【第32話】「真実と贖罪」
夜の海風が、港町をゆっくり撫でていた。
復興作業で明かりが灯る街を背に、知久はひとりギルド支部の前に立っていた。
すると――
「四谷知久殿。少しいいか?」
振り返ると、そこにはどこか疲れた表情のグレンが立っていた。
「グレンさん?」
「話がある。……ついて来てほしい」
ただならぬ声音だった。
知久は無言で頷き、後に続く。
☆ ☆ ☆
二人が向かったのは、総督府の奥にある隔離室だった。
扉を開けると、簡素な寝台の上にヴィーノが横たわっていた。
身体中に包帯が巻かれ、息はかすかに揺れている。
「……ヴィーノ総督」
知久が声を漏らすと、グレンがそっと手で制した。
「四谷知久殿。君に話しておかなければならないことがある」
グレンは、ゆっくりと息を吐き――
まるで胸の奥に沈めていた重りを取り出すように語り始めた。
「王家の中にもいわゆる派閥争いというものがあり、中には敵対する家同士もある。特に我がフレーヴェント家と、彼のアッシュヤード家はな。だがセファが支部長に就任してから……ヴィーノは私のもとを訪れた。自分のしてきた事すべてを話し……こう言ったのだ」
グレンは一度、言葉を切る。
「“私は、彼女を守りたい” と」
知久は息を呑む。
「守る……」
「そうだ。ヴィーノは自分が犯してきた罪も、これから受ける処分も、すべて覚悟していた。ただ――セファだけは救いたい、と」
グレンはヴィーノに視線を向ける。
まるで、倒れた仲間を悼むような目だった。
「私は反対した。だが、王家の政治も、ギルドの正義も……この件に限っては、どちらにも正解がなかった。だから……貴殿を呼んだ」
「俺を……?」
「君なら、セファを導ける。守れる。そしてヴィーノの“計画”を、別の形で終わらせられると……私は信じたのだ」
知久の胸が、きゅっと締め付けられる。
「計画って……」
グレンは静かに告げた。
「――ヴィーノは、セファの手で討たれるつもりだった」
知久の身体が固まる。
「彼自身の罪をすべて背負い、“黒焔鬼”として倒されることで、アッシュヤード家からセファを守り、ギルドの未来を守ろうとした」
グレンは苦い表情を浮かべる。
「私は止めた。そんなやり方は間違っている、と。だが……ヴィーノには迷いがあったのだろう。君の力を、信じていいのかどうか。……セファの命がかかっていたからだ」
知久は拳を握った。
「……っ!!」
「……疑って、申し訳なかったと思っている……」
「ヴィーノ総督?」
「……君は、立派にセファを守り、育てた。……どうしても、私にはできないことだった……」
その時、扉の影から小さな姿が現れた。
「……セファ?」
「……全部、聞いてました」
後ろには、エナがいた。どうやら彼女がセファを連れてきたらしい。
震える声。
だが瞳はまっすぐヴィーノを見ていた。
ヴィーノはゆっくりと目を開く。
弱々しい息の中、かすかに笑みを浮かべた。
「……こんな姿を、見せたくは……なかったが……」
セファはベッドのそばに膝をつき、深く頭を下げた。
「ごめんなさい……私……おじ様のこと、疑って……傷つけて……!」
ヴィーノは首を振る。
「いいや……謝るのは……私の方だ……セファ……」
黒焔に染まったその瞳に、かすかな光が戻っていた。
「十年前……私はもっと早く、真実を話すべきだった……そうすれば、リヴェラも……ダリオンも……助けられた……」
セファの肩が震える。
「……私は……弱かった……王家の闇から逃れられず……お前を……あの家の手から守るために……黒焔鬼として生きるしか……なかった……」
ヴィーノの手が、震えながらセファの頬へ伸びた。
「……すまなかった……セファ……こんな形でしか……守れなかった……」
セファはその手をぎゅっと握る。
「おじ様は……守ってくれました。ずっと……ずっと……私を、守ってくれていたんですよね……?」
涙がぽろぽろと落ちる。
ヴィーノの唇がかすかに動く。
「……ああ……それだけは……本当だ……」
その様子を見守りながら、知久は静かに前へ出た。
ヴィーノは視線だけで、彼に問いかける。
「……四谷くん……君は……セファを……どう育てた……?」
それは、これまで幾度も投げられた問い。
知久は、迷わず答えた。
「俺はセファを……信じました。信頼して、育てました」
セファがこちらを見上げる。
グレンも、ふっと目を細めた。
「最初は、不安でした。でも、俺はこの子なら立派な支部長になれると信じてました。両親の思いを受け継ぎ、俺の教えたことを守って……きっと正しい道を進むことができる。間違えたとしても、周りと一緒にまた歩いて行ける。そんな強さを持っている。だから俺は、この子に信じて、寄り添って歩いていただけです」
ここまで来るのに、グレン、エナ、ホワイティアの仲間たち。
みんなが知久を信じてくれた。
だから、今度は自分がセファを信じる番だと、そう思ったのだった。
「ヴィーノ総督も……同じ考えだったんじゃないですか?」
ヴィーノの瞳に、わずかに笑みが宿る。
「……ああ……君がセファの先生で……よかった……」
その言葉は、安堵と、長い苦しみから解放されたような響きを帯びていた。
静かな夜が、ゆっくりと過ぎていく。
黒焔鬼の真実は――
ようやくここで、終わりを迎えたのだった。




