【第31話】「新しい朝」
黒焔が消え去った翌朝、カラーポルトには、夜明けの光が静かに差し込んでいた。
あの地獄のような黒焔の嵐が嘘のように、街は薄い靄に包まれている。
「……本当に、全部……終わったんだ」
知久は、街の入り口からその光景を眺めながら呟いた。
瓦礫はまだそこかしこに残っている。
焦げた壁、崩れた屋根、黒焔の跡がこびりついた広場。
だが――それでも、人々の顔は暗くない。
「支部長! こっちの荷物、置く場所はどこですか!」
「はいっ! そっちはテントに持っていってください、です!」
「水の運搬は若いもんで行くぞーっ!」
中心に立ち、次々と指示を出している少女がいた。
セファだった。
昨日まで倒れ伏していたとは思えない、はっきりとした声。
槍ではなく、復興のための道具を片手に、迷いなく動き回る姿。
「……やるなぁ、セファ」
知久が小さく笑うと、隣でルネがふんと鼻を鳴らす。
「当たり前さ。あの子は、リヴェラとダリオンの子だよ」
「……そうだな」
「それで、あたしの娘であり、あんたの弟子でもある」
「違いないや」
セファは市民から声をかけられて、照れながらも誇らしげに応えている。
「支部長さん! 本当に助けてくれてありがとう!」
「セファちゃん、黒焔消したって本当なのかい?」
「すげえや! 俺、この街に生まれてよかったよ!」
温かい視線。
尊敬の響き。
そのどれもが、彼女が“支部長”として受け入れられた証だった。
知久は、胸がじんわりと熱くなるのを感じていた。
だが――彼の表情はどこか浮かない。
ルネがそれに気づいて、横目でじろりと睨む。
「あんた、なんだいその顔は。まだ腹に黒焔が残ってるのかい?」
「いや……そうじゃないんだけどさ」
知久は少し迷い、視線を落とした。
“ヴィーノのこと”。
黒焔を使い、街を焼いた張本人。
けれど――本当に彼は、ただの“悪”だったのか?
昨日、戦いの最中に見た表情が頭から離れない。
(……あの人は、何を守ろうとしてたんだ?)
その時だった。
「四谷知久殿」
聞き慣れた落ち着いた声が背後からした。
振り返ると、青いマントを揺らしながらグレンが歩いてくる。
「グレンさん! 来てくれたんですね」
「当然だ。総督府の処理、王族関係の帳尻合わせ……色々と後始末が必要でな」
グレンは軽く息をついた。
「ヴォイド・アッシュヤードは黒焔により焼かれ、意識不明の重体だ。中央へ搬送する手筈を整えているが……それまでもたんかもな」
「あの人が……」
「ヴィーノについては、我が監督下に置いた。重傷だが命に別状はない。近いうちに中央へ護送される」
知久は、胸の奥がひどくざわつくのを感じた。
「……本当に……逮捕されるんですか」
「当然だ。黒焔鬼としての罪は重い。罪状は多岐にわたる」
「……そう、ですか」
グレンはそんな知久の反応を見て、わずかに目を細めた。
「――何か、気がかりなのだな?」
「……はい」
迷いながら、知久はゆっくりと言葉を紡いだ。
「グレンさん。ヴィーノ総督は……セファを殺すためじゃなく、守るために……動いていたんじゃないかって、思うんです」
グレンは驚いたように目を見開いた。
「ほう?」
「俺たちはあの人を倒したけど……その判断は間違っていなかったのか。確信が持てなくて」
グレンは知久の肩に手を置いた。
「君の判断は間違っていない。それだけは保証する。そして、セファをここまで導いた功績……本当に見事だった」
知久は、照れくさそうに後頭部をかいた。
「俺は……ただの元社畜ですよ」
「その“ただの元社畜”に、2度も助けられた のだがな」
グレンが微笑むと、知久もつられて笑った。
その時、広場の向こうでセファが手を振っていた。
「せんせーい!! サボってないで、手伝ってください!!」
「……ああ。今行くよ、セファ」
知久の胸に、静かな温かさが広がった。
新しい朝。
カラーポルトは、ゆっくりと、確かに前へ歩き始めていた。
その背中を――
知久もまた、しっかりと見つめていた。




