【第29話】「黒焔の終焉」
黒焔に包まれていた街は、いまや嘘のように静かだった。
海風に煽られて黒い炎は消え、残っているのは白く立ちのぼる煙と、壊れた屋台の残骸。そして――中心で向かい合う、二つの影だけだった。
片方は、蒼い光を宿した槍を構える少女。
もう片方は、肩で呼吸をしながらもなお立ち続ける男。
セファとヴィーノ。
彼らを照らすのは、炎ではない。
夜空に戻った、本来の星明かりだった。
「……おじ様。もう、やめてください」
セファの声は震えていたが、芯は折れていない。
白い水流が彼女の周囲を巡り、ひとつの大きな“環”を描いていた。
その中心で、蒼い刃が脈打つように輝いている。
ヴィーノは黒焔の剣を構え直しながら、かすかに笑った。
「……その光。その力……どうやらグラン・マリヌスの真の力を扱えるようになったのだな」
黒焔が彼の足元で揺らぎ、再び立ち上がろうとする。
だが――水流が触れた瞬間、黒焔はまるで霧のように消えた。
「……っ!? やはり……それか……!」
「おじ様の黒い炎は、もう……私には届きません」
セファが前へ踏み出すたび、水の“環”が大きく波打つ。
黒焔が襲いかかるほどに、それは激しく弾け、触れたそばから浄化していく。
ヴィーノはひとつ、深い息を吐いた。
「……神器グラン・マリヌスは所持者に《水精の加護》を与え、浄化の力を持つ。そして私の黒焔の”呪い”は、初めからその槍によって浄化されるためにあったのだ……」
「もう……終わりにしましょう」
水流が一気に高まり、槍の刃先へ集まり始める。
セファは瞳を閉じ、短く祈りを捧げた。
(お母さん……お父さん……どうか、私に力を――)
蒼い光が彼女の全身を包み込む。
「はあああああああああああああああああ!!!」
床を蹴る音が響き渡り、その瞬間、セファの姿が蒼い残光に変わって駆けた。
ヴィーノが黒焔の盾を展開する。だが――
「無駄だよ」
知久が遠くから呟くのと同時に、セファの槍が黒焔の壁を紙のように突き破った。
「……っ!?」
黒焔が煙をあげて消散する。
槍は止まらず、そのままヴィーノの胸元へ――。
「―――見事だ、セファ」
静かな声が夜に溶けた瞬間、槍がヴィーノの身体を貫いた。
黒焔が、風に吹かれて散っていく。
彼の膝がわずかに地面へとつき、黒焔の剣が音を立てて落ちた。
セファは槍を引き抜き、震える息を吐いた。
「……おじ様……ごめんなさい……」
ヴィーノは倒れ込みながらも、穏やかな目をしていた。
「何を謝っている……お前は……最後まで、あの二人の娘だった……誇れ……」
その言葉を最後に、彼の身体がゆっくりと傾く。
受け止める腕はなかった。
ヴィーノはそのまま地面に伏せた。
黒焔は――完全に消えた。
静寂が、一瞬だけ街を包む。
そして――
「セファだ!!」
「黒焔が消えた……!」
「やったんだ……あの子が……!」
避難していた人々が、瓦礫の向こうから顔を出した。
誰かが涙声で叫ぶ。
「セファ!! セファがやってくれたんだ!!」
その声に誘われるように、歓声が広がり、街全体へと波のように広がっていった。
「セファ!!」
「すげぇよ……俺たちの支部長だ!!」
「ありがとう……ありがとう!!」
普段は口の悪いベルノーまで、泣きながら両手を挙げていた。
セファはしばらく立ち尽くしていた。
その肩に、そっと手が置かれる。
知久だった。
「……よく、やったな」
涙を堪えるように笑う知久。
セファは泣きそうな顔のまま笑って、知久の胸に飛び込んだ。
「せ……先生ぇ……!」
「無事でよかった……本当によかった……」
花火の煙にまぎれるように、二人の周りを蒼い光がそっと揺らめいた。
黒焔の夜が終わり、カラーポルトに――新しい朝が訪れようとしていた。




