【第28話】「覚醒、グラン・マリヌス」
――冷たい風が頬を撫でた。
視界に入ったのは、黒焔に焼け焦げた大地と、舞い落ちる黒い煤。
祭り会場の中心――ヴィーノと戦った場所だ。
「……セファ!」
「……せ、先生……? 目が覚めないって言われてたのに……!!」
焦点の合わない目でこちらを見上げながら、セファはかすかに笑った。
その笑顔に、知久は胸が締めつけられた。
「よかった……本当によかった……!」
と、その時。
――ゴウウウウウウッ!!
遥か向こうの街並みから、黒焔が天へ昇るのが見えた。
まるで巨大な蛇のように、建物を焼きながら街を飲み込んでいく。
「あっちは……ギルドかっ!!」
知久は歯を食いしばる。
セファも、痛む体を押し起こして震える声で呟いた。
「みんな……」
☆ ☆ ☆
ギルド支部は、避難所として開放されていた。
ギルド員たちは全力で住民を誘導し、ルネは包帯姿のまま、逃げ遅れた人がいないか外を走り回っていた。
「はぁ、はぁ……あの子達が頑張ってんだ。あたしらも、できる事をしないと……!!」
さらに、海へ通じる道は黒焔に塞がれていた。
「だめだ! 海水が使えねぇ!」
「水魔法も効かない……黒焔が濃すぎる!」
焦りが広がる中――。
「……騒がしいな」
黒焔を背に、ひとりの男が歩み寄ってきた。
「ヴィーノ……!」
ルネは武器を持つ余裕もなく、怒りだけで睨みつけた。
「セファ達はどうした!? 答えな!!」
ヴィーノは無表情のまま、静かに答える。
「……私に勝つことはできなかった。残念だ」
「このクソ野郎……!!」
怒号が響いた。
「お前……これ以上何を壊すつもりなんだい!? ギルドも街も、仲間も全部……何がしたいんだい!!」
ヴィーノはわずかに目を伏せ、かすかに呟いた。
「……さぁな。もはや私にもわからない。だが――」
ゆっくり、ギルド支部へと手を向ける。
「もう私に壊せるものは……これしか残っていない」
黒焔が蠢き、建物を飲み込まんと迫る。
「やめッ――!!」
ルネが叫んだ、その瞬間。
「――《アクア・リゾナンス》ッ!!」
透明な水流がヴィーノの黒焔を横から切り裂いた。
ルネの目の前に――知久とセファが並び立っていた。
知久の足元から湧き上がる青白い水流はヴィーノの黒焔とぶつかり合い、激しく揺れながらも押し返している。
「……ほう。自力で目覚めたか」
ヴィーノが目を細めた。
「だが、その程度の水で、黒焔が止められるものか!」
叫ぶヴィーノ。黒焔は勢いを増し、知久の起こした水流を押し除けようとする。
だが――。
「止めなくていいんだよ……!」
知久が、歯を食いしばりながら叫んだ。
「道を開ければ……それで十分なんだ!!」
激しくぶつかり合う黒焔と水流――
だがほんの僅か、ごく一瞬だけ、黒焔の壁に“隙間”が生まれた。
「セファ!! 今だ!!」
「……はいっ!!!」
恐怖で震える足。
黒焔を見るだけで、呼吸が詰まる。
あの日――両親を焼いた炎。
それでも。
「みんなを……守りたい……!!」
セファは涙を飛ばしながら、黒焔の壁へ走り込んだ。
「行け!! セファァァァ!!」
知久の叫びが遠ざかる。
黒焔が肌を焼く。
呼吸ができない。
視界が揺れる。
でも――彼女は飛び込んだ。
――ザッパァァァァァン!!
次の瞬間、セファの身体は海へと投げ出されるように落ちた。
黒焔が塞いでいた道のその先、わずかに繋がった水路の先へ。
暗い海の底。
浮かぶのは、聞き慣れた――懐かしい声。
『セファ……あなたは大丈夫。そのまま進んで!」
『迷わなくていい。お前は……僕たちの自慢の娘だ』
母リヴェラの声。
父ダリオンの声。
「……お母さん……お父さん……!」
涙が溶けて海と混ざる。
その時――
胸の奥で、青い光が大きく脈打った。
セファの加護が、海全体と共鳴する。
グラン・マリヌスが、眩い光を放つ。
そして――
水が、世界の色を変えた。
☆ ☆ ☆
海から噴き上がる巨大な水柱が、黒焔を貫くように天へと立ち昇った。
その中心に、青く輝く槍を構えた少女がいた。
「……嘘……」
「セファだ……!」
「嬢ちゃん……!!」
「支部長……!!」
セファの周囲から放たれる水流は、意思を持つかのように黒焔に突っ込み、触れた瞬間、黒焔は白い煙となって消えていく。
「これが……《グラン・マリヌス》の……真の力……!」
水流が街全体へ広がる。
熱は奪われ、黒焔は浄化され、その跡にはただ、静かな潮風だけが残った。
ヴィーノがゆっくりと視線を上げる。
煌めく水柱の中で、セファは槍を構え直した。
「――終わりにします。おじ様」
その表情は、恐怖を超えた“覚悟”の光を宿していた。




