【第26話】「黒焔の戦場」
「はッ……!!」
先に動いたのはセファだった。
一点突破の槍が、ヴィーノの懐を突き破ろうとする。
だがその軌道を――黒焔の剣が軽くはじいた。
「悪くない。だが――まだ軽い」
「っ……!」
刹那、セファの身体が吹き飛ばされる。
黒焔の衝撃が、骨に響くほど重かった。
「やはり、水が使えないところではその程度のようだ」
知久はセファのフォローに回らず、攻撃へ踏み出す。
「《ダブルドリンク》!! 《レッドバイソン》!!」
体への反動が大きいため、普段はドリンクの複数使用は避けている。
だが、リスクを気にしている余裕は無かった。
「だあああああああああああ!!!」
筋肉が悲鳴を上げるほどのパワーで、炎の剣を横薙ぎに放つ。
衝撃で砂塵が爆ぜ飛び、熱気が地を焦がした。
「ほう」
ヴィーノは一歩、後ろに下がった。
ただそれだけなのに、攻撃は虚しく空を切った。
「パワーは凄まじいな。だが、剣術は素人に毛が生えた程度だ」
知久は歯を食いしばり、新たな缶を開ける。
「くっ!! ならば、《トリプルドリンク》!! 《ブルーライトニング》!!」
青い稲妻が脚へ走り、一気に加速。
体が悲鳴を上げているがわかったが、知久は構わなかった。
炎の剣を高速で振り回し、一撃でも当たれば逆転できる距離に踏み込んだ。
「そこッ!!」
「速さも悪くない……が、読める」
目にも止めらぬ斬撃のはずなのに、擦りすらしない。ヴィーノの姿が、影のように流れ――避けた。
圧倒的な実力の差に思わずぼやく。
「この人、思ってたよりも強いなっ……! 前戦った時は手加減してたってのかよ!」
立ち上がったセファが、知久の横に並ぶ。
「おじ……ヴィーノ総督は、元☆5冒険者、です! この国でも数本の指に入る実力者なんです!」
「それならそうと、誰か教えといてくれたらよかったのに……なっ!!」
言い終わるのと同時に、二人とも地面を蹴り、駆け出す。
お互い示し合わせたわけでもないのに、左右に別れて当時に攻撃を繰り出した。
「いい連携だ。さすがは師弟と言ったところか」
だが、ヴィーノの余裕は揺るがない。
右手の剣でセファを弾き飛ばし、左手が知久の腹に触れた。
一瞬、黒い光が迸る。
「や、やめ……っ!?」
「黒焔の印……まだ残っているようだな」
背骨に氷を差し込まれたような感覚。
「や、やめ……!!」
次の瞬間、知久の視界は真っ暗に沈んだ。
「先生!!」
セファの悲鳴が聞こえる。
だが知久の身体は崩れ落ちる。熱いはずの体が、冷たかった。
ヴィーノの声だけが、残響のように響いた。
「黒焔は加護の変質で生じた“呪い”だ。一度印を刻めば、精神ごと縛れる。自ら目覚めることは……二度とないだろう」
「そんな……そんなの……!」
セファの声は震えていた。
「立ちなさい、セファ」
「どうして……!」
槍を握る手は震え、視界は滲む。
それでも、セファは槍を構え直した。
「どうして……こんな酷いことを!? あなたは優しい人だったはずです! ギルドが憎いんですか!? それとも私が……!?」
ヴィーノは一瞬だけ目を伏せ、そして――ため息を落とした。
「……やはり、まだ子供だ」
「っ……!」
「子供なら、ギルドなどより自分を守っていればよかった。命も、生活も……他人のために賭ける必要は無い」
「他人じゃありません!!」
叫びは震えていたが――芯は折れていない。
「ギルドは……私の家です! お母さんとお父さんが作ろうとした、“みんなの家”です! 私は……家族を守るために戦います!!」
ヴィーノの黒焔が槍にまとわりついた。
「……その言葉、リヴェラがよく言っていたな」
ほんの一瞬、ヴィーノが微笑んだ。
懐かしさとも、諦めともつかない表情。
そして――
黒焔が爆ぜる。
「ぐっ……!!」
槍ごと弾かれ、セファは地面を何度も転がった。
腕も脚も痺れ、息がうまく吸えない。
立ち上がろうとする――だが、膝が折れた。
「まだ……っ……!」
槍は握れない。視界が霞む。
その端には、倒れたまま動かない知久の姿があった。
(……守れない……何も……)
夜空へ昇る黒焔が、街を覆う。
悲鳴と炎が混じり合い、地獄のような光景が広がる。
ヴィーノは静かに呟いた。
「……やはり、信じるべきではなかったのだろうな……」
黒焔の瞳は、もう何も映していなかった。




