【第21話】「前夜」
カラーポルトの夕暮れは、祭りの熱気を先取りしたように賑わっていた。
屋台の組み立てがひと区切りつき、冒険者たちも作業を終えて帰り始めている。
広場には色とりどりの旗が並び、港へと向かう風が、どこか甘い匂いを運んでくる。
「はぁ……ようやく終わったな」
知久は額の汗をぬぐいながら、組み上がった花火台を見上げた。
木枠に魔石を収納する筒が取り付けられ、明日の夜には立派な花が夜空に咲くはずだ。
街では、前夜祭と称して早くも飲み歩く者たちがいる。
笑い声や歌声が夜風に乗って響き、カラーポルトは久しぶりに活気を取り戻していた。
そんな中――街では、ある噂が静かに広がっていた。
「おい、明日の祭りに“偉いお方”が来るらしいぞ」
「中央の大貴族だとか。総督様のお父上だったか?」
「ああ、ヴォイド様だな」
住民たちの反応は、好奇と畏怖が入り混じった“遠巻きな関心”程度だった。
「初めて見るって人、多いんじゃないか?」
「まぁ祭りの視察なんだろ。珍しいけど、縁起がいいのかねぇ」
だが――ひとりだけ、別の反応を見せた者がいた。
知久だ。
(……ヴォイド・アッシュヤードが来る? 本当に?)
胸の奥でひやりとした感覚が走る。
エナが言っていた。
『ヴィーノ総督の父上――ヴォイド・アッシュヤード様も、いま厳しい追及を受けています』と。
(なのに、このタイミングで“祭りを視察”? ……逃げてきただけ、じゃないのか?)
だが、街の誰もそんな事情を知らない。
ヴィーノの父が来ると知っても、
「すげぇ! 総督様のお父上か!」
「めったに見られないぞ! アッシュヤード家のご当主様なんだよな!」
と、どこか浮かれている。
知久だけが、胸のざわつきを押し殺していた。
(……嫌な予感しかしないな。黒焔鬼が動くとしたら、絶対この祭りのタイミングだ)
その不安を振り払うように、知久は夜遅くまで見回りを続けた。
花火の設置場所。
倉庫。
屋台の裏。
裏路地の死角――。
可能性がある限り、全部チェックした。
「……何も、ないな」
不気味なほど、何もなかった。
黒焔の痕跡も、明らかにおかしな配置も、どこを見ても引っ掛かりがない。
気が抜けたように息を吐く。
「何もないならそれでいいんだけど……なんか、逆に不安だな」
夜空には星が瞬き、潮騒がどこか遠くで揺れている。
その奥で、見えない何かが息を潜めている気がした。
☆ ☆ ☆
一方その頃――ギルド支部の支部長室。
静まり返った部屋の中で、セファはひとり、壁に掛けられた青い槍を手に取った。
《グラン・マリヌス》
母リヴェラが生涯握り続けた、支部長の象徴のような武具。
この槍を手にする資格など無いとずっと思っていたし、今もまだ不安だ。
水精の加護が宿る青い刃は、灯りのもとで淡く輝いた。
「……明日、絶対に守ってみせる」
呟きは小さいが、震えていなかった。
「ギルドも、街の人たちも……私が守る。だって、私は支部長なんだもの」
その目はこれまでで一番強く、真っ直ぐだった。
拳を握りしめた少女の横顔に、青い光がそっと寄り添うように煌めく。
――嵐の前の、静かな夜。
祭りを迎えるカラーポルトは、まだ誰も知らない。
明日、この街の運命が大きく揺らぐことになるということを。




