【第14話】「迫る影」
朝の港町は、潮の香りと波の音に包まれていた。
空気はまだひんやりしていて、夜明けの名残が街の屋根を淡く染めている。
その静けさの中、ギルド裏の訓練場では、槍と剣の鋭い音が響いていた。
セファの槍がしなやかに弧を描き、空気を切り裂く。
水の魔力がうっすらと流れ、砂地に淡い蒼の光を残していく。
対する知久は、剣を軽く振りながら自身の動きを確かめていた。
攻撃というより、体の感覚を整えるための型稽古だ。
二人は言葉少なに、それぞれのペースで鍛錬を続けていた。
朝の光が二人の影を長く伸ばし、訓練場を染めていく。
「ふぅ……セファの集中力はすごいな」
知久が剣を納め、汗をぬぐう。
「先生も、いい動きでした」
セファは小さく笑う。
その額には汗が光り、息は整っていた。
「セファの方が、よっぽど本格的だよ。俺のは運動不足解消のための筋トレみたいなもんだ」
「そ、そんなことないです! 先生、あれから毎朝欠かさず来てるじゃないですか」
「まぁな。支部長が毎日頑張ってるのに、寝坊したら恥ずかしいからな」
セファはくすっと笑った。
訓練というより、互いの“努力”を確かめ合う時間。
その穏やかさが、ギルド全体を少しずつ変え始めていた。
「……でも、夜の見回りは、なかなか成果が出ませんね」
セファがため息まじりに呟く。
「焦るなよ。こういうのは、地道にやってくしかないさ」
「でも……そうこうしているうちにまた誰かが襲われたら……」
その時だった。
「支部長ーっ!」
ギルドの門の方から声がした。
見れば、数人の冒険者が駆けてくる。見覚えのある顔ぶれだ。
先日の街道で、トータス・コロッサスに返り討ちに遭った若手たちだった。
「ど、どうしたんですか?」
槍を下ろしたセファが駆け寄る。
「いえ、別に事件とかじゃなくて……その」
青年が照れくさそうに頭を掻いた。
「訓練、参加してもいいですか? 支部長が毎朝やってるって聞いて」
「え、あ、もちろん、です!」
ぱっと花が咲いたように表情が明るくなるセファ。
その様子を見て、知久は思わず微笑んだ。
「ベルノーさんがぼそっと言ってたんですよ。『支部長、大したもんだ』って」
「べ、ベルノーさんが……?」
セファの目がまん丸になる。
「う、嘘じゃないですよね!?」
「本当です。あの人が珍しく笑ってましたよ。“支部長らしくなってきた”って」
その言葉に、セファは一瞬、言葉を失った。
「正直俺たち、ギルドを辞めようか迷ってたんですけど……」
「年下の支部長があの魔物を簡単に倒したって聞いて……負けてられないなって思ったんすよ」
頬がじんわりと赤くなり、目尻が潤む。
それは、努力がようやく誰かに認められた瞬間の笑顔だった。
「うれしい……です。ほんとに」
「そりゃあ、当然だろ」
知久は軽く笑う。
「セファが頑張ってるの、みんな見てるさ」
訓練場に笑い声が広がる。
かつては暗く沈んでいたギルドの空気が、少しずつ変わり始めていた。
互いに声を掛け合い、励まし合うその光景に、知久は静かに胸をなで下ろす。
(ようやく……少しずつ、前に進み始めたな)
潮風の中で、セファの髪が陽に透ける。
その背中に、確かな成長の影を感じた――そのときだった。
「――支部長っ!! 補佐官殿もっ!!」
息を切らしたギルド員が駆け込んできた。
顔は青ざめ、目には恐怖が宿っている。
「ど、どうした!?」
知久が駆け寄る。
「か、花火用の魔石を保管してた倉庫が……爆発しました!!」
空気が一瞬で凍りついた。
「爆発……?」
セファが呟く。
「け、怪我人が多数出てます! ルネさんも巻き込まれて……! 今、救護班が――!」
「ルネおば様がっ!?」
セファの顔から血の気が引いた。
知久は即座に判断を下す。
「セファ、行こう!」
「はいっ!!」
二人は訓練場を飛び出し、港へと駆けていく。
焦げた匂いが、すでに風に混じって届いていた。
☆ ☆ ☆
倉庫街は、黒煙に包まれていた。
人々の叫び、燃える木箱の音、そして泣き声。
地面には魔石の破片が散らばり、空気中に微かな魔力が漂っている。
「くそっ……!」
知久は歯を食いしばった。
これはただの事故じゃない。
魔石が自然発火することはない。誰かが――意図的に。
「ルネおば様! どこですかっ!」
セファが叫ぶ。
「こっちだ、セファ! こっちにいる!」
運ばれてきた担架の上で、ルネが苦しそうに息をしていた。
服の袖は焼け焦げ、腕にひどい火傷が見える。
「おば様っ!!」
「……セ、ファ……あんたが無事、で……よかった……」
かすれた声が、風の中で震えた。
「しゃべっちゃダメです! すぐに治療を……!」
「……あいつが……また、出たんだよ……」
その言葉に、知久とセファの心臓が同時に跳ねた。
「あ、あいつ?」
「まさか……」
「見たんだよ、確かに。普通の火じゃない……。あれは……《黒焔鬼》の――」
その先の言葉は、意識と共に途切れた。
「おば様!! いや!! いやああああ!!」
セファの叫びが、港の喧騒に飲み込まれていく。
黒焔鬼の脅威からは逃れることができない。
ギルドメンバー全員が思い知らされた日だった。




