【第13話】「街道の魔物討伐」
昼過ぎのギルド。
書類を抱えて飛び込んできたベルノーの顔は、いつになく険しかった。
「支部長! 大変です、街道に魔物が出ました!」
セファは椅子から飛び上がった。
「魔物? どこで、です!?」
「カラーポルトから北へ三十分ほどの街道です。通行商人が襲われかけたそうで……。おかげで物資が滞ってます。特に花火用の魔石が届かず、総督府が痺れを切らしてギルドに依頼を! もう若手を派遣したが、返り討ちに遭いました。まったく、無茶をする連中で……!」
ベルノーがため息をつく。その口調には怒りよりも焦りが滲んでいた。
総督府の圧力が強いのだろう。
「それなら、私が行きます、です」
「なっ……! 支部長自ら!?」
「はい。ギルドはそのためにあるんです。放っておくわけにはいかない、です」
そう言って、セファは立ち上がった。
その目には、幼いながらも確かな決意が宿っていた。
「俺も行こう」
隣で話を聞いていた知久が即座に言った。
「危険な相手なら、サポートが必要だろ」
魔物が相手なら黒焔鬼が出てくる心配は無いかもしれないが、念には念を入れておかないといけない。
「す、すみません、です。でも……助かります」
ベルノーは頭を抱えるようにして嘆息した。
「まったく……支部長の無茶に付き合わされるこっちの身にもなってほしいもんだ」
☆ ☆ ☆
街道に着いたのは夕方前だった。
風は湿って重く、空には群雲が広がっている。
道の真ん中に——それはいた。
岩のような甲羅に、塔のように伸びた角。
体長十メートルを超える巨大な亀の魔物。
その身体はゆっくりと呼吸し、まるで丘が動いているようだった。
「……でかっ。これ、☆4クラスじゃないか?」
「はい、トータス・コロッサスです。別名『引っ越し亀』。長距離を移動する性質があって……途中の道で、よく寝てしまうんです」
セファが小声で説明する。
「基本はおとなしいですが、攻撃すれば……暴れます。暴れたら、もう誰にも止められません」
若手たちが太刀打ちできなかった理由が、ひと目で理解できた。
「中央に支援を要請した方がいいのでは?」
ベルノーが提案するが、セファは首を横に振る。
「時間がかかりすぎます、です。……水があれば、どうにかできるのに」
「水?」
知久が聞き返すと、セファは小さくうなずいた。
「はい。海の近くなら、絶対勝てます、です」
その表情には、いつもの迷いがなかった。
珍しく自信に満ちている。
「水があったらどうだって言うんです? やっぱり、救援を呼んだ方が……」
「いや、待ってくれベルノー」
知久がカラーポルトやってきた日。
セファは海上を歩き、水流を起こして巨大なモンスターを撃退していた。
そう考えると——
「わかった。なら、俺があいつを水辺まで誘導してみよう」
「な、補佐官殿まで!?」
知久が腰のポーチからドリンクを取り出した。
選んだのは《アースウェイカー》。
飲み干すと同時に、腕に土属性の魔力が宿る。
そのまま、勢い任せに地面に向けて拳をたたきつける。
衝撃が伝わり、魔物の足元を揺らす。
地鳴りに驚いた魔物がゆっくりと首をもたげ、咆哮を上げて知久の方をジロリと睨む。
「こっちだ! こっちだぞ!」
わざと目立つように魔物の前で飛び跳ねる。
「よし、うまいこと気を引けた……ってはええな!?」
鈍重そうな見た目に反して、かなり速い。
轟音を上げ、土煙を上げながら物凄いスピードで知久に向かって突撃してきた。
「せ、先生!? 大丈夫です!?」
「も、問題ない!!」
ポーチから《ブルーライトニング》を取り出し、即座に飲み干す。
脚力が強化され、風を切りながら、魔物を挑発するように海へと誘う。
その迫力に、ベルノーが顔を青ざめさせた。
「な、なんて無茶を……!」
そのままセファの立つ海岸まで誘導した。
「セファ! 頼んだぞ!」
潮風に髪をなびかせ、静かに槍を構えている。
足元の砂が、淡い光に包まれ始めた。
「《水精の加護》……!」
低く呟くと、海がざわめき、巨大な水流が立ち上がった。
その水は形を変え、まるで生き物のように魔物を包み込む。
轟く波が檻を成し、魔物を閉じ込め、そのまま沖へと押し流していく。
「すげぇ……!」
知久が呟く。
「これが……支部長の力、なのか」
ベルノーの声も震えていた。
海に沈んでいく魔物を見届けると、セファは深く息を吐き、振り返った。
「終わりました、です」
その顔には汗が光っていたが、どこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
「すごいな、セファは」
知久が笑う。
「い、いえ……そんな。私なんて、しょせん水がないと力を使えない、⭐︎4冒険者ですから」
「……………………………………………………そ、そうか」
セファは慌てて顔を赤らめ、槍の柄をぎゅっと握った。
いまだ⭐︎1冒険者の知久は、何とも言えない顔で彼女を見るしかなかった。
☆ ☆ ☆
帰り道、ベルノーがぽつりと漏らす。
「……お嬢ちゃんが、あんな化け物を相手に、恐れもせず立ち向かえるなんて」
知久は頷き、少しだけ笑った。
「あの子は支部長として、街や人々を守りたいんだよ。だからこそ、魔物にも、黒焔鬼にも立ち向かえるんだ」
ベルノーは何も言わず、ただ静かに前を向いた。
その背中が、ほんの少し誇らしげに見えた。
港から吹く潮風が、三人の背をそっと押すように流れていった。




