【第3話】「はじめての実戦(そして空回り)」
──パカラッ、パカラッ
馬車の車輪が砂利道を叩く音が、耳の奥に心地よく響く。木々の影が揺れ、窓の外には深い森が広がっていた。
3人の向かう先、ホワイティア支部まではあと少し。しかし、車内には言葉では表せない緊張が満ちていた。
「……なんか、静かじゃない?」
アゼリアが不意に呟く。
確かに。森に入ったあたりから、鳥のさえずりも虫の声も聞こえなくなった。異常な沈黙が耳を刺す。
「……嫌な感じ、します」
ミロリーが、おずおずと杖を手に取る。身長ほどもあるその杖が、彼女の細い腕に不釣り合いに見えた。
──その瞬間。
「ぐるるる……!」
茂みの向こうから、低いうなり声が響く。ガサガサと草をかき分ける音が、確実にこちらへと迫ってきた。
「来ますっ……!」
──ドンッ!!
馬車が急停車すると同時に、前方の茂みから黒い塊が飛び出してきた。
「魔獣!? しかも二体っ……!」
飛び出してきたのは、狼に似た魔獣だった。だが、その大きさは人間の肩ほどもあり、真紅に光る目が敵意をむき出しにしていた。
「ひ、ひえっ……」
初めて見る本物の魔獣に、思わず腰が引ける。が、女の子2人は即座に対応していた。
「《ハウンドウルフ》ね! ☆2程度の魔獣なら、あたしに任せなさい!」
アゼリアが馬車から勢いよく飛び降り、腰の剣を抜いた。
「いくわよ! 燃え盛れ!! ≪フランベルク≫!!」
波打つ刃を持った長剣が、その名を呼ばれると同時にメラメラと赤い炎を噴き上げる。
燃え上がる剣と勇ましい掛け声──場の空気が一気にヒロイックになる。
「すげぇ! 燃える剣か!」
知久が思わず感嘆の声を上げると、アゼリアはふふんと鼻を鳴らして胸を張った。
「見てなさい! こんなの、あたし一人で──でやあああああっ!!!」
──が。
「……あれっ?」
次の瞬間、アゼリアの手から剣がスポーンッと抜け、くるくると宙を舞ったかと思えば、ズボッという音とともに地面に突き刺さった。
剣身を包んでいた炎は、しゅん……と情けなく消える。
「あ、アゼリアさん!? 今のなに!?」
知久が思わず素でツッコむ。
「ち、違うの! ちょっと緊張しただけなんだからねっ!」
顔を真っ赤にして慌てている間にも、魔獣は容赦なく迫ってくる。
「あっ、待って!? こっち来ないでぇぇぇぇぇ!!」
声にならない悲鳴とともに、アゼリアは情けなく後ずさるのだった。
魔獣の一体が彼女に飛びかかろうとする──その時。
「アゼリアさん危ない! 《アース・フォール》!」
──ズドォンッ!!
ミロリーの叫びとともに、地面に茶色い魔力陣が展開され、地面が掘り起こされたように、大きな穴が出現した。
……アゼリアの足元に。
「ぎゃああああ!? ちょ、何やってんのぉぉぉぉぉ!!!」
「ご、ごめんなさい~~~っ!」
パニックになったミロリーは、自分で土を掘って即席の穴を作り、そこにダイブした。
「……え、ちょ、なんで潜った!?」
「うぅ……ごめぇんさぁい……わだすっていづもごうで……」
まさかの訛りで泣き出す始末。穴の中でミロリーが小さくうずくまり、震えている。
「ちょっと! 出してよぉぉぉ! 1人じゃ出れないんだけどっ!!」
アゼリアも落とされた穴の中で叫び続けていた。
思わず天を仰いだ。
(……そっか。この2人も、俺と同じ☆1だったな)
そう、才能が無いか、何かしら致命的な欠点を抱えた“左遷組”。
その証拠を、ありありと見せつけられていた。
──そして、残された俺の目の前には、魔獣が2体。
(まずい、マジでヤバい)
じりじりと距離を詰めてくる魔獣に、咄嗟に腰のナイフに手を伸ばした。中央ギルドで支給された安物。刃こぼれこそ無いが、頼りなさすぎる。
「……これで戦えるのかよ……!」
だが、やるしかない。背中を冷たい汗が伝う。震える手で構えたその瞬間、ふと脳裏によみがえる声。
《ライフイズエナジー》。
(……そうだ、これを使えば……!)
知久は自販機を呼び出した。自販機が現れると同時に、魔獣が飛びかかってくるが、その姿がゴンッと自販機に阻まれ、勢いを止められる。
(……効いた!)
時刻は深夜0時過ぎ。日付が変わり、ドリンクの購入制限もリセットされていた。
「頼むぞ、《レッドバイソン》……!」
缶を取り出し、プルタブを開ける。中からはビリビリとするほどの刺激的な香り。迷わず飲み干す。
──ドクン。
心臓の鼓動が高鳴り、筋肉が膨張するような感覚。
「おおおおおっ!!」
全身にみなぎる力。視界が一気に明るくなり、体が軽くなる。
「そらぁぁああっ!!」
拳を叩き込む。鋭い一撃が魔獣の顎を捉え、そのまま吹き飛ばした。
「す、すごかっ……!」
「う、うそ……!?」
穴から這い出てきたアゼリアとミロリーが、口をぽかんと開けて固まっていた。
そのまま振り返り、叫ぶ。
「アゼリア、次の奴は頼む! 剣、ちゃんと握ってな!」
「わ、わかってるわよっ!」
「ミロリー、足元じゃなくて! 敵の下!」
「は、はいぃぃ!」
ぎこちないながらも、連携は……取れてきている。
こうして、初の実戦は──ドタバタの幕開けとともに始まった。
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【RESULT: ハウンドウルフ2匹を撃破! スキルポイント +2!】
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《レッドバイソン》
コーラ風味のドリンク。
牡牛をイメージしたロゴが刻まれている。翼は授からない。
効能:筋力が増し、凄まじいパワーを得ることができます。
効果時間は30分。成長次第で最大2時間まで延長可能。