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異世界働き方改革~エナドリ自販機で社畜を卒業します~  作者: ゼニ平
第2部 『港町の黒焔鬼編』

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【第7話】「影の来訪者」

 その日のギルドは、朝からどこか落ち着かなかった。

 普段なら喧噪に満ちているはずのホールは、息を潜めるような静けさに満ちていた。


「……今日、来るんだろ?」


「総督がギルドに、だぞ。そりゃ空気も変わるわ」


「ベテラン勢はいい顔しないよな」


 ひそひそと小声で囁かれる。

 その“総督”という言葉の後には、決まってもう一つの名前が続く。


 『裏切り者』、と。

 

 その単語は、誰も声に出せないまま、ギルドの空気に重く沈んでいた。


☆ ☆ ☆


「ヴィーノおじさまが、来る……」


 執務室の窓際に立つセファが、小さく呟いた。

 手に持つ書類は、数分前から一文字も読み進んでいない。

 深呼吸をして、背筋を伸ばす。


——支部長である自分が、ちゃんと対応しなければならない。


「大丈夫。私は……この支部の代表なんだから」


 ぎゅっと手を握り、何度も言い聞かせる。

 ノックの音と共に、ベルノーの声が届いた。


「総督閣下、お見えです」


☆ ☆ ☆


 扉が開く。

 現れたのは、漆黒の上着に赤紫の裏地を仕込んだ外套をまとい、銀髪を後ろで一束に束ねた男だった。

 姿勢は完璧で、ゆったりとした歩調の中にも、一歩ごとに確かな“格”がある。


 ヴィーノ・アッシュヤード。

 港都市カラーポルトの総督にして、王族の傍系に名を連ねる男だ。


 その場にいる誰もが、無言で背筋を伸ばした。

 それほどまでに、彼は自然と空気を支配していた。


 だが、沈黙を破った者がいた。


「あんた、よく顔を出せたもんだね」


 声の主は、ルネだった。

 知久がカラーポルトにやってきた日、支部長室でセファと言い争いをしていた中年の女性。

 壁に寄りかかって、腕を組んでいる。

 笑っているように見えて、目はまったく笑っていなかった。


 ヴィーノはその視線を、静かに受け止める。


「……総督として、管轄ギルドの視察は職務の範囲内だ」


「よく言うよ。リヴェラとダリオン……それにキース、ハワード、ダリルの葬式にも顔を出さなかったくせに」


 空気が一段階、さらに重くなった。


 聞いていた冒険者数名は、息を止める。

 誰かが椅子の脚を鳴らし、それすら大きな音に感じた。


「……今名前上がったのって誰?」


 知久はこっそりと横にいたベルノ―に尋ねる。


「今までの支部長たちでさぁ」


「ああ……なるほど」


 ヴィーノはそれ以上何も言わず、ただセファへ視線を向ける。


「よくやっているようだな、セファ」


 低く、よく通る声だった。


 セファははっと顔を上げて、小さく口を開いた。


「おじさま……じゃ、なかった。えっと、ヴィーノ総督。ようこそ、カラーポルト支部へ」


 言い直すまでに、一拍の間があった。

 ヴィーノはその様子に目を細め、やや硬めの口調で言った。


「ここは公務の場だ。呼び方には気をつけなさい」


「……はい、申し訳ありません」


 セファはすぐに頭を下げた。

 その背に、ヴィーノはふと目を留めたまま、わずかに目を伏せた。

 まるで、その姿に誰かを重ねているかのように。


☆ ☆ ☆


 応接室の空気は静かで、冷ややかだった。

 知久は隣に控え、ヴィーノを観察する。

 初対面の男から漂う“圧”に、言い知れぬ警戒心が芽生える。

 

 セファが意を決して、話しかける。


「本日は……どのようなご用件です、か?」


「先ほども言ったが、カラーポルト総督として、ギルドの視察だ。……主に、支部長の様子を見に、な」


 ヴィーノは短く答える。


「前ギルド支部長が亡くなられたのが半年前。支部長不在期間が長くなれば、ギルドの閉鎖もあり得たのだが……まさか、セファがその座につくなどとは夢にも思わなかったぞ」


「お、おじさま……」


「十年前……君の両親とは同じ志を持った同士だった。二人の子供である君が、支部長につくのは本来ならば喜ばしいことなのだが……」


 昔を懐かしむかのように、遠い目をしていたヴィーノだったが、急に厳しい表情になる。


「私は、まだ君には早すぎると思っている」


「……っ!!」


「知っての通り、カラーポルトは、海運事業と魔石の採掘で発展した、中央から重要視されている街だ。周辺にはダンジョンもあれば、魔物もいる。当然、冒険者ギルドの仕事も重要になってくる。その支部長ともなれば、責任は重い。それに、危険な仕事だ」


 改めて支部長という立場の重圧に気付かされたセファだったが、それでもなんとか言葉を紡ぐ。


「わかって……います、です。少しずつ、仕事を覚えて、支部長として、がんばります、ので……」


「……“少しずつ”では遅い。君は支部長であり、同時に——ダリオンとリヴェラの娘でもある。それだけで、周りは君をそういう目で見る」


 セファの肩が震える。

 だがすぐに、彼女は目を逸らさずに言葉を継ぐ。


「おじ……ヴィーノ総督。私たちのギルドでは、今様々な問題が起きています。それを全て改善して、母たちの時代にような。家族のような、素晴らしいギルドにしてみせます、です」


「……ふむ」


 ヴィーノは口元に手を当て、セファの様子を見ていた。


「……そう、なってもらわないと、こちらも困る」


「……は、はい」


 お互いに、沈黙する。

 気まずい空気の中、セファがこちらとヴィーノの顔を交互に見た。


「あ、あのおじ……ヴィーノ総督。こちら、四谷知久先生、です。私の補佐としてついてくれています、です」


 セファが少し声を張って紹介すると、ヴィーノの表情がわずかに動いた。

 無言のまま、値踏みするようにじろりと知久を見回す。

 その視線は鋭く、全身を切り取るようだった。まるで「この男に任せる価値があるか」を一瞬で測っているかのようだ。


 重苦しい沈黙の中、知久は小さく息を吐き、口を開いた。


「四谷知久と申します。グレン・フレーヴェント様の勧めで、この支部の補佐に入りました。ギルドの運営において、私が彼女を全力でサポートするつもりです」


「そうか。君が、か……」


 ヴィーノの目が、ようやく知久を正面から捉える。

 その視線には、好奇心とわずかな警戒が混じっていた。


「グレンは昔から優秀な男だった。だが、王族直系(フレーヴェント家)と、王族傍系(アッシュヤード家)では、仕事の考え方が少し異なる」


「考え方、ですか?」


 ヴィーノは腕を組み、ゆっくりと答える。


「……君の役目はセファを一人前の支部長にすることだと聞いている。だが、セファをどのように育てるつもりだ?」


 真正面からの問いに、知久は思わず言葉を詰まらせた。

 胸の奥が冷たくなり、指先に力が入る。


「……えっと、それは……」


「答えられないのか?」


 視線がさらに鋭くなる。

 叱責というより、試すような声音だった。


 知久は一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を上げた。

 セファが不安そうにこちらを見ている。


——ここで逃げるわけにはいかない。


「まだ、自分はセファさんのことも、この街のことも、すべてを把握できていません。だから、彼女をどう育てるかはまだ十分な答えが用意できていません。ですが……」


 知久は隣に立つセファをまっすぐ見た。

 その表情に宿る決意と、不安と、期待をすべて受け止めるように。


「セファさんの想いは本物です。ギルドを守りたいという気持ちは、きっと彼女のご両親にも負けていない。その想いを忘れないように、彼女の理想とする支部長になれるまで。彼女を守っていこうと思っています」


 短い沈黙の後、ヴィーノが目を細める。

 その表情には、試すような色と、どこか懐かしむような影が混ざっていた。


「……ほう」


 低く唸るような声を漏らし、ゆっくりと立ち上がる。


「とりあえず、よしとしておこうか。……また来るとしよう」


 マントを翻すと、足音が廊下に消えていった。

 残された部屋には、ようやく張り詰めた空気が緩む音が響いた。


☆ ☆ ☆


「……ふぅ……」


 ようやく一息ついたセファが、そっと机に手をついた。小さな指が、少しだけ震えている。


 知久は支部長室の壁際に背を預けたまま、視線を外に向けて呟いた。


「あれが……王族、アッシュヤード家の人間か」


 言葉にすると、背中に刺すような緊張が蘇る。

 グレンやアゼリアのような親しみのある雰囲気とはまるで違っていた。


 彼らが“春の太陽”だとしたら——

 ヴィーノは、氷の刃。ひと目でこちらを見透かすような、冷たい鋭さをまとっていた。


「……ごめんなさい。おじさまは、本当は優しい人なんです」


 セファの声は静かだったが、芯のあるものだった。

 椅子に腰を下ろしながらも、その瞳はまっすぐだった。


「お母さんとお父さんの大事なお友達で……ずっと昔から、この町で一緒に過ごしてきた人なんです」


「……でも、ギルドの人たちは裏切り者だって、言ってたけど」


「……それは……私には、よくわからない、です……」


「ふーむ」


 セファは指を組みながら、ゆっくりと語る。


「おじさま、昔は二人と一緒に、このギルドで冒険者をしていたんですよ。三人でパーティを組んで、冒険してたらしい、です」


 その声には、どこか誇らしさが混じっていた。


「……ほら、あの槍」


 彼女が指差したのは、支部長室の壁にかけられた一本の槍だった。

 水を思わせる淡い青色の金属が、木漏れ日のような柔らかな光を返している。


「《水精の加護》が宿った槍、《グラン・マリヌス》です。三人が海底遺跡のダンジョンを攻略して、手に入れた宝だそうで……ずっと、この支部長室に飾られてるんですよ!」


 頬を染めて語るその姿は、ほんの一瞬、年相応の少女に戻ったかのようだった。

 無邪気で、誇らしげで、少しだけ寂しそうでもあった。


 知久は近づいて、その槍を見上げる。

 水をたたえるような冷たさと、包み込むような優しさを兼ね備えた不思議な気配があった。


「……確かに、立派な槍だな。それに、なんだか穏やかな力を感じるよ」


「母さんが……この槍を使っていたそうです。浄化の力を持っていて、呪いなんかを消すことができるらしい、です」


 セファの目が細められる。

 まるで、その向こうにまだ母親が立っているかのように、優しい光が宿っていた。


(しかし、ヴィーノ総督……セファの両親の仲間だった人で、裏切り者と呼ばれる人。ただ者じゃない雰囲気だったな……)


 そして、知久にとって一番重要なのは、


(——セファをどう育てるか、か)


 この問いには、いずれ明確な答えを出さないといけないだろう。

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