【第3話】「再会は突然に」
そもそも——。
なぜ元社畜であり、ホワイティア支部長代理を務めた後に昇進の話を断り、そのまま旅に出ていた知久が、よりによって先行き不安なカラーポルト支部の補佐官になったのか。
仲間たちに見送られ、ホワイティアを発った知久は、この世界を自由に旅していた。
思えば、この世界に来てから彼が訪れた場所といえば、王都とホワイティアだけ。
せっかく異世界に来たのだからと、あちこちの町を回り、困っている人を助けたり、剣の腕や加護を鍛えたりして過ごしていた。ところが。
「まさか……仕事に就いていないのがここまで落ち着かないとはなー……」
異世界に来ても、会社勤め時代の『働いてないと不安』という価値観は、案外しぶとく残っていた。
『フリーランス』と言えば聞こえはいいが、どこか後ろめたさが消えない。
そんな旅の日々が、半年ほど続いた頃――転機は、ほんとにふとした瞬間に訪れた。
「久しぶりだな、四谷知久殿」
王都から少し離れた宿場町。夕飯を食べようと、何の気なしに入った飲食店で、不意に声をかけられた。
視線を向けた先には、場違いなほど整った立ち姿の青年。
「え、グレ……!?」
思わず大声を上げそうになったが、相手に口元で人差し指を立てられ、間一髪で声を飲み込む。
彼の示す席に促されるまま、腰を下ろした。椅子が小さく軋む音が耳に残る。
「い、いやいや。こんなところで何をやってるんですか、グレン様」
思わず「様」をつけたが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「飯だ。うまいぞ。食うか?」
テーブルの上には香ばしく焼けた魚串と、湯気を立てるスープ。
知久は眉をひそめる。
「えっと、毒味しろって意味でしょうか?」
「もう俺が先に口を付けている。その毒味は無意味だな」
事もなげに言うグレンに、知久は呆れたように息をついた。
「王族のあなたが、そんな適当でいいんですか……?」
「勘違いするなよ、四谷知久殿。ここにいるのは王家フレーヴェント家嫡子、グレン・フレーヴェントではない。元冒険者の、ただのグレンだ。堅苦しい毒味役などいてたまるものか」
見回せば、そこは現代で言うところの大衆居酒屋。
木製のテーブルは年季が入り、壁には酒瓶と古びた冒険者ポスターが並んでいる。
安酒の匂いと、焼き魚の香ばしい煙が漂い、油のはねる音が小気味よく響いていた。
王族にして、アゼリアの兄——グレン・フレーヴェント。
知久にとっては、この世界で最初に出会った人物であり、冒険者ギルドへ足を踏み入れるきっかけを作った人物でもあった。
ホワイティア支部時代には、悪徳支部長マルベックを追い出す際にも力を貸してくれた恩人だ。
「それで、その冒険者のグレンさんが、なんで大衆居酒屋なんかで魚串を食べてるんですか?」
「うむ。この店、昔から冒険者仲間の間で評判でな。一度来てみたかったのだ」
串を一口かじり、満足そうに頷く。
だがその表情が、次の瞬間、引き締まった。
「……という冗談はここまでにして、だ。実は、貴殿に頼みたいことがある」
「いいですよ」
間髪入れずに答えた知久に、グレンは一瞬きょとんとする。
「……そうだな、まずは内容を聞かないことには承諾のしようも——いや、ちょっと待て。今、二つ返事で『いいですよ』と言わなかったか?」
「え、言いましたけど?」
「いやいや、安請け合いがすぎるだろう! 普通は内容や報酬を聞いてからではないか!?」
「まぁ確かにそうですけど……グレンさんには以前お世話になりましたから。仲間や後輩のこともありますし、義理を通す意味でもお受けしようかと」
あっけらかんと答える知久の様子に、呆れたようにため息をついた。
「……貴殿は少々お人よしがすぎるのではないか?」
「グレンさんなら、多少無茶なことはあっても、無理なことは言わないだろうと信頼していますので」
その言葉に、グレンはわずかに目を細める。
暖簾の向こうから聞こえる笑い声が、一瞬遠くに感じられた。
「……信頼、か。まったく……」
短く息をつき、グレンは言った。
「ならば——貴殿を信頼して頼む。冒険者ギルド・カラーポルト支部。新任の若い支部長を、独り立ちできるよう育てて、守ってあげて欲しい」
そう言って託された役目が、支部長補佐だった。
まさか、その“若い支部長”が十三歳の少女だとは、このときの知久は想像もしていなかった。




