【第1話】「波間に揺れる不穏」
どこまでも透き通るような青い空の下。
潮風に軋む帆船が、ゆっくりと海原を滑っていた。
その船は《カラーポルト》と呼ばれる港町へ向かっている。
魔鉱石や海産物の積出港として栄えた海路の要衝──しかし近年は、周辺海域にモンスターが出没し、警備体制が強化されつつある。
船内の客や乗組員も、どこか気の張った様子を見せていた。
そんな中、一人だけ別の意味で緊張感に包まれている者がいた。
「……うぅ……もうダメかも……」
船底近くの陰にしゃがみ込み、顔色を失っている青年が一人。
服装からして冒険者であることは間違いないが、今はその威厳も欠片もない。顔を青くし、胃の中のすべてを吐き出している最中だった。
「うわ、また吐いてるよ……おい、アンタ本当に冒険者かぁ? どこの新米だよ」
甲板の上から覗き込んだ船員が、鼻で笑う。
「……まさか……帆船がこんなに揺れるとは……」
そう呟いて空を仰いだ。酔いが覚める気配はない。
その時だった。
──ドンッ!!
「な、なんだ!?」
「船底が押し上げられてる?! 海の下から――!」
ざぶん、と水柱が上がる。船のすぐ横、泡立つ海面から、黒い巨影が現れた。
ぬらり、と姿を見せたそれは、巨大な鱗に覆われた四つ足の海獣。目は赤く光り、背びれは鋭い刃のようだった。
「ば、バジルドン……!? ☆4モンスターだぞ!!」
「終わったぁぁぁ!! 逃げろぉぉぉ!!」
船員と乗客が一斉に悲鳴と共に散る。
だが、そのパニックの中で青年はゆっくり立ち上がった。
「うわ……まだ気持ち悪……でも……今それどころじゃなさそうだな……」
よろよろとモンスターに向かって行く青年を見て、船員が叫ぶ。
「おい! あんた戦うつもりか!? 冒険者なら星いくつだ!?」
「……☆1だけど……」
「帰れ雑魚!!」
完全に正論だが、彼は聞いていなかった。
「《ライフイズエナジー》、発動」
そう呟くと、何もない空間に、突如自販機が現れる。
ボタンを押すと、赤く燃えるような外見の缶が排出された。
ゴクリと一口。瞬間、青年の周囲に赤い炎が巻き起こる。
風に逆らうように炎がうねり、彼の足元に円を描いた。
「お、おい……!」
青年は、その手に炎をまとわせながら、モンスターへと突っ込んでいく。
「うおおおおおおおおお!!! 燃え盛れ!! 《フレアハート》!!」
火の剣のような一撃が、バジルドンの肩をえぐる。
炎に焼かれた肩を振り払うように、怒りの咆哮を上げた。
巨大な体がのけぞり、海へ逃げるように後退する。
「う、嘘だろ……あいつ、☆1冒険者なはずじゃ……」
「あいつまさか、《ドリンクの加護》の……! 《ホワイティア》支部を立て直したって噂の……!」
興奮する船員たちをよそに、炎の効果が途切れたのか、青年の手から火が消えた。
「げ、もう時間切れか! 効果時間をもっと伸ばしておけばよかった……!」
追撃の余裕はない。バジルドンは大きくうねりながら、港の方へ泳ぎ去ろうとしていた。
「まずい! あいつ、港に突っ込むぞ!」
だが、そのときだった。
奇妙な影が港から飛び出してきた。
顔をフードで隠した人物。手には銀の長槍。
「……水の上を走ってる!?」
水気を帯びた魔力の軌跡が、波の上に残っている。
その人影が手を掲げると、湾内の水が、一気に盛り上がった。
「はっ!!」
海水が竜のようにうねりを上げ、そのままバジルドンに突撃をする。
モンスターは悲鳴を上げ、海へと沈んでいった。
「な、なんだ今のは……?」
青年──いや、四谷知久は、ただ呆然とその光景を見送った。
謎の人物は、そのまま波間を駆けて、町の方へと姿を消した。
船が静かに、カラーポルトの港へ滑り込んでいく。
港が騒然とする中、知久はゆっくりとフードを脱いだ。
「……いったい何者だ……?」
──港町カラーポルト。
知久はまだ知らなかった。
この町で、もう一つの《働き方改革》が始まろうとしていることを──。
お待たせしました!第2部開幕です!
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