【第2話】「馬車と剣士と魔法使い」
──ガタンゴトン。
馬車がきしむ音が、やけに耳につく。
木のフレームが擦れ合うたび、どこか遠い記憶がよみがえった。
「……ホワイティア支部、か」
王都を出て半日。
窓の外には、果てしなく広がる丘陵地帯が続いていた。
金色に染まる草原、ぽつぽつと点在する小さな家。牧歌的な風景。
だが、知久の胸には微妙な虚しさがこびりついていた。
「……はぁ」
ため息が、窓ガラスに薄く曇りを生む。
せっかく異世界に転生したってのに──
これじゃあ、「俺TUEEEE」も「チート無双」も夢のまた夢だ。
(あの女神、よくわからん加護を渡しやがって……)
悶々とした思いが心を埋める中、ふと気がつく。
「そういえば、加護の使い方……まだ試してなかったな」
手のひらをゆっくりと持ち上げ、恐る恐る口にする。
「《ライフイズエナジー》、起動──とか?」
ピンポーン☆
軽快すぎる電子音と共に、車内の空間が歪み、一角に何かが現れた。
「……自販機?」
そこに現れたのは、未来感とレトロ感が奇跡的に融合した派手なカラーの自販機。
中には見たこともないドリンクがズラリと並んでいた。
──《レッドバイソン》:筋力アップ
──《ブルーライトニング》:スピードアップ
──《クリアゾーン》:集中力増強
「見た目はちゃんとエナドリだけど、能力つきか……なんだこれ」
金を入れる投入口はない。完全無料か?と思った瞬間、パネルに表示が浮かび上がる。
── 現在の購入制限:1日 1/1本
── 効果時間:1分30秒
── 残スキルポイント:0pt
「1日1本だけ!? いや、まあ……普通は1本でも多いか」
試しに、いちばん無難そうな《クリアソーダ》のボタンを押す。
ガタンッ──
メカ音と共に、細長い缶が落ちてくる。
プルタブを引いて飲むと、爽やかなラムネ味が口いっぱいに広がった。
「……うま」
飲み干した直後、頭がスッと冴え渡る。
思考の靄が消え、細部までクリアに感じられる。
缶に書かれた細かい文字も──今なら、読める。
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《クリアソーダ》
効能:集中力・分析力が増強します。事務仕事、探索などに最適。
効果時間は1時間。成長次第で最大6時間まで延長可能。
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(これ……前職であったら便利だったろうな……)
パネルの表示は『1日 0/1本』に切り替わっていた。
当然、ボタンを押してももう反応しない。
その下には注意書きがあった。
『スキルポイントを使用することで、1日に購入できる本数や種類を増やすことができます。また、効果時間を延長することも可能です。スキルポイントはあなたの成長によって加算されます。』
(スキルツリー形式か……育て方次第ってことか)
「加護の仕様はわかったけど……これで何をどうしろってんだよ、女神様……」
深いため息をついた瞬間、馬車がガクンと大きく揺れ、停止した。
(あ、誰か乗ってくる)
《クリアソーダ》の効果か、それとも単なる勘か──人の気配を感じた。
「ここ、空いてるかしら?」
立っていたのは、赤毛の少女。
背筋は伸び、腰には細身の長剣。
視線は鋭く、風格すら漂う。まるで騎士だ。
「……どうぞ」
少し気圧されながらも、隣の席を指さす。
彼女は無言で座ると、腕を組んで外を見た。
静かな時間が流れる。
やがて彼女の方から、ぽつりと声が落ちる。
「……あんたも、ホワイティア支部?」
「あ、うん。今日登録したばっかりでさ。初任務ってやつ」
「ふーん。新人ね。あんまり期待しない方がいいわよ、田舎ギルドは支援もろくにないから」
「あはは……そうなんだ……」
意外と話す子だなと思った。
「君は……剣士?」
「まあね。剣しか使えないし」
「その剣、すごく立派だな。ギルド歴、長いの?」
「ま、そこそこね。とはいえホワイティア行きって時点で、お察しでしょ」
「……ってことは、君も☆1?」
その瞬間、彼女の肩がぴくりと動いた。
「……うん。まあ、そうよ」
目を逸らしつつ、ぼそりと返す。
「なにか文句ある?」
「いや、ないない。仲間ができて嬉しいよ」
「ふん……さっきまでビビってたくせに」
「だって見た目が強そうでさ。構えも様になってたし」
「……言っておくけど、褒められたって、別に嬉しくなんかないんだからね!」
「え、なにそのテンプレみたいなツンデレ?」
その直後、馬車が再び停まり、次の乗客が現れる。
今度は小柄な青髪の少女。ローブ姿で、いかにも魔法使いという風貌だ。
「えっと……こ、ここ……空いて……ますか?」
「ああ、どうぞ」
おずおずと前の席に座る彼女は、どこか小動物のようだった。
「あなたもホワイティア行きよね?」
「は、はい。ミロリーです。土の魔法、使えます……☆1、です……」
「ミロリーね。あたしはアゼリア。剣士。よろしく」
「よ、よろしくお願いします……」
「俺は四谷知久。よろしくね」
ぎこちないが、しっかりと会話が回っていく。
不思議な安心感があった。
「……ホワイティアって、本当に僻地なのね」
アゼリアが窓の外を見ながらつぶやく。
「王都から1日がかりの馬車移動って、どれだけ遠いのよ……てか、山の中じゃないこれ?」
「夜も更けてきたな……到着は明日の朝か……」
時刻は23時を回った頃。
前の世界なら、終電に飛び乗るか、会社に泊まるかの選択肢を考えていた時間帯だ。
(定時退社……そんな幻想もあったな)
人の夢と書いて儚いと読む。知久の会社では、定時退社とはまさにそんな感じだった。
そのとき、ミロリーの体がぴくりとこわばった。
「どうした?」
「森の方から……なんだか、変な気配が……」
アゼリアも険しい顔になる。
「……気を抜くなってことね。田舎道でも、何が出るかわからない」
「な、なにか出るのか……?」
「まだ。でも……警戒はしとくに越したことないわ」
馬車はゆっくりと、森の奥へと進んでいく。
何も起きなければいい──でも、勘は往々にして当たる。
そしてこの先。
知久は、人生初の"実戦"を迎えることになる。