【第1話】「冒険者、はじめました。即左遷されました」
──空が青い。雲も、やけに白い。
石畳の大通りをぼんやりと眺めながら、四谷知久はつぶやいた。
「……これ、完全に異世界ってやつだよなぁ」
振り返ると、背後には三角屋根の木造建築。
通りの脇にはお洒落な喫茶店や花屋が並び、道端では大道芸人がジャグリングを披露している。
そのすぐ横には、魔法使いっぽいローブ姿の人や、肩に小さなドラゴンを乗せた人まで。
どこを見ても、異世界ファンタジーど真ん中。
まるでゲームやラノベの世界に、まんま飛び込んだような光景が広がっていた。
視線を上げれば、街の奥に巨大な白い城がそびえている。塔の先端が空に刺さるようで、どうやら王都のシンボルらしい。
「うわー……テンション上がるなこれ。ラノベで100回は見た景色だけど、まさか自分が歩くことになるとはな」
夢のような景色に見惚れていたそのとき、不意に背後から声がかかった。
「ほう、貴殿……どうやら”ワタリビト”のようだな?」
振り向くと、そこには燃えるような赤髪と立派な鎧を身にまとった男が立っていた。
腰には鈍く光る巨大な剣。堂々とした佇まい。目つきも鋭く、明らかに只者ではない。
「わ、”ワタリビト”?」
「君たちの言葉では、なんと言ったか……そう、『異世界転生』だったな」
「ああ、なるほど」
話し方こそ堅苦しいが、意外と親切そうな人物だった。
「なに、そこまで珍しいものではない。私の部下にもひとり、”ワタリ”の者がいるからな」
どうやらこの世界では、異世界転生者がちらほら存在しているらしい。
男は街の一角を指差す。
「あそこに見えるのが、冒険者ギルドの中央本部だ」
「冒険者ギルド……!」
その響きに、自然とテンションが上がる。
ファンタジー世界といえば、まずは冒険者ギルド。これだけは外せない定番だ。
「”ワタリ”の者は皆、ギルドと聞くと嬉しそうな顔をするな。貴殿も行ってみるといい。登録すれば依頼を受けて報酬を得られるようになる。冒険者は誰よりも自由な仕事だ。自身の裁量次第で、いくらでも上へ行くことができる」
「ご丁寧に、ありがとうございます」
「なに、気にするな。”ワタリ”の人間は、しばしば強力な“加護”を持ってくる。その力を、この世界のために使ってくれれば……」
「グレン様! こちらにいらっしゃったのですか! 勝手にひとりで抜け出されると困ります!」
後ろから駆け寄ってきた護衛らしき男の声に、彼は肩をすくめた。
「むぅ……では、”ワタリ”の者よ。幸運を祈る」
「はい、ありがとうございました」
グレン──そう呼ばれていた赤髪の騎士に軽く一礼し、言われた通り、ギルドの中央本部へと歩き出した。
期待はある。けれど、それ以上に心配もある。
たとえば──この世界の通貨を、一文も持っていないこと。
そして何より、いまの知久は「無職」である。
異世界に来てなお、無職スタート。
なんとも現実味のある、異世界人生の幕開けだった。
(……まあ、前の世界でも一度無職になったことあるしな。あのときの惨めさ、思い出すだけで胃が痛い……)
『ご職業は?』と聞かれて気まずくなるあの感じ。
書類の『職業』欄に、渋々『無職』に丸をつけるあの屈辱。
昼間から外を歩いていると、周囲の視線が痛い──
もう二度と、あんな思いはしたくなかった。
(……って思ってた結果が、ブラック企業入って過労死だからなぁ。はは、我ながらバカだった)
そんな自嘲気味なため息をつきながら、グレンという騎士に教えられた、王都の中心部にある「冒険者ギルド・中央本部」の受付カウンターの前で──
「……はい。おめでとうございます、☆1です」
現実に引き戻された。
「え? ☆1って……最高ランク?」
「いいえ。最底辺です」
即答された。
クールな美人受付嬢は、表情一つ変えずに説明を続ける。
「ギルドでは、☆1から☆5までのランクがあります。普通の冒険者は☆2〜3が大半。☆4はエリート、☆5は英雄級とされます」
「じゃあ、☆1って……」
「ええ。ただの一般人以下です。才能がないか、あるいは問題を抱えている方が対象ですね」
ド直球だった。
だが、それ以上にショックだったのは──
「いやいや、俺一応転生者なんだけど!? 加護とかチート的なの、あるはずなんだけど!? なんだっけ、ライフイズビューティフル……?」
「“加護:ライフイズエナジー”と登録されていますが……内容がよくわからなくて」
「……え、女神様にエナドリがどうとか言われたんですけど!?」
「女神……? エナドリ……? 聞いたことないですね」
うそだろ。
まさかの、魔剣もチート魔法もなし。
唯一の加護が、意味不明なものだったとは──
「ちなみに、異世界転生者の約9割は☆2以上です。あなたのような例は、まあ……個性重視ということで」
めちゃくちゃ優しい笑顔で、最大級の地雷を踏まれた。
「では、あなたは☆1ですので、実地研修として“ホワイティア村”への異動となります」
「い、異動!? 転生してすぐ!? てか王都編、もう終わり!?」
「☆1の方に紹介できる仕事は王都にはありませんので。健闘を祈りますね」
事務的かつ一片の情も感じない“お祈りメール”並の軽さだった。
──かくして。
知久の転生初日は、「異世界生活スタート」ではなく、「地方支部への左遷」という形で幕を開けた。