【第14話】「みんなで耕す朝」
ギルド支部の裏手にある畑には、手作りの鍬やスコップを手にした冒険者たちが、朝の陽射しを浴びながら集まっていた。空は澄み渡る快晴。
「よっし、今日はみんなで耕すぞー!」
知久の掛け声が青空に響くと、『おー!』『よっしゃやるかぁ』『とっとと終わらせちまおうぜー!』と、あちこちから返事が返ってきた。
なんせ、1週間以上かかるはずだった作業が、2日で終わる見通しなのだ。
疲れの色はあっても、昨日のような重たい空気はない。全員が身体を動かすことに、どこか清々しさすら感じている。
「たまには汗を流すのも悪くないよなー」
そう言って笑ったのはゴルディ。軽口を叩きながらも、誰より早く鍬を振るい、土を豪快に掘り返していた。顔には汗がにじんでいるが、不思議と楽しげだ。
「ま、あたしに土いじりなんて似合わないんだけどね! 鍬より剣のほうが断然合ってるし!」
「いや、あんたは剣よりも箒とか雑巾の方が似合ってるだろ?」
「なによそれ!!」
アゼリアが怒りながらも勢いよく鍬を振るう。その様子は、まるで畑を相手に一人で戦っているかのようだ。ただし勢い任せで、無駄が多く、掘った場所をまた掘っている始末。
「おい嬢ちゃん。そこ、二回目掘ってるぞ」
「え、うそ!? もーっ!」
そんな中、今日の立役者は、やはりミロリーだった。
「えっと、いきます! 《アース・ウェイブ》!」
──ドゴォッ!!
魔法陣が淡く光り、地面がごっそりと浮き上がる。石や雑草が勢いよく吹き飛び、固かった土は見事に掘り返されている。
「おお……こりゃ楽でいいや!」
冒険者たちが感嘆の声を上げる。掘り起こされたあとの土はふかふかで、鍬を入れると、まるでバターのようにすっと刺さる。昨日は全身の力を込めてやっと掘れたのが嘘のようだ。
「ミロリー、すごいじゃないか! 助かるよ!」
知久の声に、ミロリーはビクッと肩をすくめた。
それでも、次の瞬間には頬を紅く染め、恥ずかしそうにうつむいて、小さくはにかんだ。
「え、えへへ……」
ぎこちない笑みだったが、その顔にはどこか誇らしげな色が差していた。
自分の力が役に立った。――そんな喜びが、彼女の中に少しずつ芽吹いていた。
(……いい顔だ)
鍬を手に戻そうとしたのだが、
「私……元々すっごい田舎の出身で……実家が農家で、ずっと畑で育ったんです」
ぽつり、と告白するように語られた言葉に、知久は思わず耳を傾ける。
「土魔法を覚えたのは、畑を耕すのを手伝うためだったんですが……ずっとうまくいかなくて。だから、ギルドに入って、魔法をうまく扱えるように修行したかったんです」
目を伏せ、土を見つめながらそう言った。
(……そうだったんだ)
土を耕すために魔法を学び、それがうまくいかず、自分を変えるためにこの場所へ来た――
今、ようやくその力が仲間のために役立っている。
そのことが、彼女にとってどれだけ大きな意味を持つか。
「よかったな、ミロリー」
知久の言葉に、ミロリーは驚いたように目を瞬かせ、
そしてまた、嬉しそうに頷いた。
「えへ。えへへ……」
それは、まるで幼い少女が初めて誰かに褒められたときのような、純粋な笑みだった。
そんな和やかな空気を、後ろからの大きな声が破る。
「おい、土魔法の嬢ちゃん! ここの岩盤がすげー硬い! 魔法でぶっ壊せねぇか?」
ひとりの男が、鍬を持ったまま大声で叫ぶ。
ミロリーは一瞬びくっとしたものの、すぐに顔を引き締め、コクリと頷いた。
「わ、わかりました……い、今やりますっ!《アース・フォール》!! ……あっ」
バキンッと音がして、地面に亀裂が走る。
──ズボッ!!
次の瞬間、アゼリアの足元が陥没し、派手に地面に落ちた。
「ぎゃーっ!? なんでいつもあたしなのぉぉぉーーー!!」
「あ、あぅぅぅぅ! ごべんなせぇぇぇぇぇ!!」
ミロリーはまた顔を真っ赤にし、半泣きになりながらその場にしゃがみこんでしまう。
「アゼリア、早く出てこないと埋めるぞー」
「だったら手を貸しなさいよ!!」
土を掘る音。魔法の閃光。誰かの笑い声。
最初はばらばらだった手が、少しずつひとつになっていく感覚。
(俺……今、楽しんでるな)
四谷知久25歳。2回の人生を通して、初めて労働の喜びを知った日だった。




