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【第10話】「空気が変わり始めた支部とアゼリアの秘密」

 その日、支部の朝は少しだけ静かだった。


「……ふぁあ、今日も雑用かなぁ」


 アゼリアが椅子に腰かけながら大きく伸びをする。鎧の肩当てがカタンと音を立てた。


「おはようございます、アゼリアさん」


「ん、おはよ、ミロリー……って、なんでまた土だらけになってんの?」


「す、すみませんっ。朝から畑に……つい、耕したくて……」


「つい!? 耕したくなる衝動ってなに!?」


 二人のやり取りに、知久は小さく笑う。支部に来た頃に比べれば、確実に空気が柔らかくなっていた。


(少しずつ、変わってきてるな)


 人手不足、装備不足、士気の低さ。課題は山積みだが、それでもこの場所は、ほんの少しずつ前に進み始めていた。


「おーいアゼリア! お前に手紙届いてるぞ~」


「あ、ちょっと、放り投げないでよ!」


 そこにゴルディがやってきて、ひょい、っとフリスビーのように封筒を投げて渡してきた。

 が、アゼリアは当然のようにキャッチしそこねた。

 

 パサッと床に落ちたのは、立派な紺の封筒だった。開封する前からただ者ではない気配が漂う。

 封蝋には、見覚えのない紋章が刻まれていた。

 慌てて拾い上げて差出人を見ると、アゼリアは顔をしかめた。


「げっ。兄貴からだ」


「兄貴? アゼリア、お兄さんいたんだ」


「ま、まぁねー。中身は……うわ、一言だけ!? 『ホワイティア支部はどうだ?』だって。まったく、仕事のことしか興味ないんだから! あのクソ兄貴!」


「仕事? お兄さんは何をやってる人なの?」


「中央ギルドのお偉いさんよ! おおかたこのギルドのこと調べたいんだろうけど……ちょっとペンと紙貸りてくる! 『それくらい自分で調べなさい』って返してやるわ!」


 アゼリアはそう言ってぷりぷり怒って受付に行き、ペンと紙を受け取ってくると、ほとんど殴り書きのように一文を書いてそのままポストに放り込んだ。


「まったく、くだらないことで手紙送ってくるんじゃないっての!」


 そう言って送られてきた便箋をくしゃくしゃに丸めてしまった。


「アゼリアのこと心配してるんじゃないの? こっちに来てうまくやってるのかどうか」


「え~!? あの兄貴が!? まさか! 子供の時からすっごい厳しい人だったのよ!?」


 とても信じられない、という顔をしている。

 親しい人の心配は、意外と届かないものらしい。


 ふと、ミロリーが丸められた便箋を見ながら、おずおずと尋ねた。


「あ、あのアゼリアさん……。そこに描かれているの……王家フレーヴェン家の紋章では……?」


「ギクッ」


 予想もしなかった言葉に、思わず聞き返してしまう。


「お、王家? アゼリアが?」


 アゼリアはちょっと困ったように、言葉に詰まっている。

 その様子を見て、ミロリーも「しまった」と気づいたように表情をこわばらせ、あわてて口をおさえる。


「あっ、ご、ごめんなさいっ……! わたし……!」


 聞いてはいけないことを聞いてしまった、と一気に青ざめるミロリーを逆に心配したのか、アゼリアは慌てて手を振った。


「いいの、ミロリー。あたし、別に隠してたわけじゃないの。前のギルドでは、みんな知ってたし」


「……ああ。だから、前線に出してもらえなかったってこと?」


「あはは。だったら、まだよかったんだけどね」


 アゼリアは力なく笑っていた。


「兄貴が元☆5冒険者で、今はギルドの監査長なんてやってる人だからさ。……やっぱ、どうして妹のあたしも、期待されるし、比べられるちゃうのよね~」


へらへらと笑ってごまかすアゼリア。その笑顔の奥に宿る陰りに、知久も気づいていた。


「いや、いいか。こんな話しても仕方ないし! それより、今日の任務って何か来てる?」


 明るく話題を変えたその声には、どこか不安の色が混ざっていた。

 それを見て、知久は思う。


(──この子も、背負ってるものがあるんだ)


 その思いは、やがて支部の未来を変える、ひとつのきっかけとなっていく。


☆ ☆ ☆


 ギルドが眠りについた深夜。


 月明かりを頼りに、一人の影がそっと裏口の鍵を開けて侵入する。

 フードで顔を隠した小柄なその人物は、静かに廊下を抜け、帳簿が保管されている部屋へと足を踏み入れた。


「……やっぱり、予想通りか」


 書棚の奥から帳簿を取り出し、ページを繰るフードの人物。

 声は小さいが、淡々と、数字を確かめるたびに表情が険しくなっていく。


「物資の記録と照合が合ってない。経費の使途不明分も多すぎる……」


 その瞳は冷静だったが、指先にはわずかな震えがあった。


「………このままじゃ、また同じような犠牲が出る」


 手早く数枚のページを抜き取ると、それを懐に収める。

 音もなく、彼女は元のように帳簿を戻し、誰にも気づかれないようにその場を後にした──。

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