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⒊ 彼女と結婚するって決めたんだ

 ヴィートから結婚したい相手が出来たから、お祖父さんを一緒に説得して欲しいと頼まれたルーシェは少しだけ考えた。


 昨日会った人がヴィートの天使なのだとしたら、ルーシェの感じた印象とは噛み合わない気もするけれど、美しかったことだけは間違いない。

 ただ、あの美しい人がヴィートと結婚?と考えるとどうにも腑に落ちないように思うのだ。


 これは嫉妬というわけではないはずだ。


 むむっと自問自答したルーシェは、はっとしてヴィートに尋ねた。


 「その…天使…?とヴィートは結婚の約束をしたの?」


 ヴィートは昨日天使に会ったと言ったのだ。

 だとしたら、会ったその場で結婚しようと約束したのだろうか。


 「いや。だけど俺は彼女と結婚するって決めたんだ」

 「………………そう」


 これはただのヴィートの一目惚れのようだとようやくルーシェは気がついた。


 とはいえ、まあ幼馴染がこんなにも真摯に想っているならば説得くらい手伝ってもいいかとルーシェは思った。


 確かに小さい頃からヴィートの家族からは将来はお嫁に来てねと言われていたし、ルーシェも大きくなったらヴィートのお嫁さんになるのだろうと思っていた。

 けれど幼い頃は、お嫁さんというのも結婚というのも、よく分かっていたわけではない。

 ヴィートと結婚したくない、とまでは言わないけれど。絶対に結婚したい、と思っているわけでもない。

 だからまあ、口添えくらいはしてやろうとルーシェは思う。


 ヴィートの口からの天使への賛辞は、『今まで見た事がないくらい…』とか、『あんなに愛らしい人は初めて見た』とか、何だかルーシェを含めた町の女の子に対して失礼過ぎる言葉が多くて少々むっとしたりもしたけれど、確かにあの人と比べられれば仕方がないだろうなと考えて、ルーシェは気持ちを立て直した。


 「それじゃあ一緒に祖父さんのところに来てくれ」

 ヴィートはそう言うと立ち上がってルーシェの手を引いた。


 「え?今?」

 驚くルーシェをぐいぐいと引っ張りヴィートは自分の家の裏口へと向かう。


 「待って、ヴィート!裏口からは失礼だわ!正面からお邪魔するから!」

 「いいから来いって!」

 ルーシェの言葉を気にも留めないヴィートに手を引かれ、ルーシェはあっという間に隣家の奥の部屋ーー幼馴染の祖父の前へと連れて来られてしまった。


  **


 「こんにちは」

 とりあえず挨拶したルーシェに、ヴィートの祖父であるリカルドがにこにこと歓迎してくれる。

 「ルーシェ!最近はなかなか顔を見せてくれないから寂しかったよ。ここはルーシェの家みたいなものなんだから毎日顔を見せておくれ」

 「………その、ご無沙汰してました」


 これからの話を考えれば、何と返すのが正解か分からずに、ルーシェはひとまず当たり障りのない言葉を口にする。


 何と言って説得するのだろう。そう考えてちらりと幼馴染に目を向ければ、ヴィートは前置きもなく宣言した。


 「祖父さん!俺はルーシェとは結婚しない!」


 ヴィートの言葉にリカルドは一瞬動きを止めたが、どうしてだか彼はヴィートに目を向けることなくルーシェに話し掛けて来た。


 「ルーシェはヴィートと結婚するのは嫌なのか?」

 「え……」

 「それならワシがしっかりヴィートを鍛え直してやるから安心すると良い」

 「え…と……」


 ヴィートが結婚したい相手がいると伝えて、自分もヴィートと結婚したいわけではないと言えば済むだろうと考えていたルーシェは、ヴィートを無視して話し掛けてくるリカルドに固まってしまった。


 「祖父さん!聞けよ!」

 叫ぶヴィートに少しも目を向けず、にこにこと話し掛けてくるリカルドの姿は言葉に出来ない怖さがある。


 ルーシェは泣きたくなったけれど、このままでは帰るに帰れない。

 ルーシェは頑張って言葉を絞り出した。


 「ヴィートと結婚するのが嫌なわけではないけれど…」ヴィートが結婚したい相手とさせてあげて欲しい。そう続ける前にリカルドは「それなら良かった!」と言葉を被せて来た。


 「ま…待って!違うの。ヴィートには好きな相手と結婚して欲しいと思うの!」

 思わず叫ぶようにルーシェが言葉を継ぐと、そこでようやくリカルドはヴィートに目を向けた。


 「どこの女に誑かされた!ワシはルーシェ以外は認めんぞ!」

 「誑かされてなんかいない!彼女を侮辱するのは祖父さんでも許さないからな!」


 睨み合う祖父と孫の横で、ルーシェは逃げ出したくて堪らない。


 「ワシが断ってやるからここに連れて来い!」

 祖父にそう返されたヴィートが、言葉を返せずに動きを止めた。


 「何だ、連れても来れんのか。それじゃあどうしようもないな」

 ふんっと鼻息を飛ばしたリカルドを睨んで、ヴィートが唸るように言う。


 「祖父さんだって彼女の歌声を聴いたら必ず認めるはずだ」


 ………歌声?


 ヴィートの言葉にルーシェはあれ?と内心で首を捻った。


 中庭でヴィートはそんなことを言っていただろうか?


 彼女の外見を褒め称え、動きの一つ一つに賛辞を贈っていたのは覚えている。

 しかしながらあまりに甘い言葉が続いたものだから、途中から聞き流してしまっていたのだ。

 聞いた覚えはないけれど、しかしながら絶対に話していないとも言い切れない。


 …が。ここで問題なのはヴィートが先ほどそれを話したかどうかではないのだ。


 ヴィートの天使が歌っていたと言うのであれば、もしかしたらヴィートの天使はルーシェが考えていた美しいあの人ではないのかもしれない。


 なぜなら昨日ルーシェが会ったその人は、喉を痛めており声が出せないのだと聞いたのだから。

 そして昨日代官邸で歌を歌っていた人にルーシェは心当たりがあった。


 え?まさかヴィートの言う天使って…。


 ルーシェは先ほどのヴィートの賛辞を思い返し、可愛いとか愛らしいとか言う主観は置いておき外見的特徴だけ拾えば、該当しているのではないだろうかと胸の内で検討する。


 嘘でしょう?あんなに『初めて会った』とか『今まで見たことがない』とか言っておいてそんなことある?


 中庭での推理を大幅に修正せざるを得ない新しい情報を加味すれば、それは今更認めるには少々受け入れ難いと言うしかない状況が推察された。


 ルーシェはヴィートとリカルドが言い合う声を聞きながらも、途方に暮れた気持ちで昨日のことを思い返した。

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