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26. おしゃべり会

 ルーシェはカミロの絵を描かせて欲しいと言ったけれど、それは許可を得ようとしたというよりもむしろ、カミロの絵を描くという宣言であったのだろうとカミロは察した。


 ルーシェの描いたカミロの絵は、その量だけでも驚くしかないものであるけれど、どれもが確かにその時のカミロであると思えるほどの正確さである事には、更なる驚嘆を感じざるを得ない。そのどちらに対しても、ともすれば執着心を感じるところであろうけれど、ルーシェから向けられる好意はからりとした心地である。それはもしかしたら、描かれているカミロが女装しているからなのだろうかと推測すれば、女装の効果というものを検討した方が良いのだろうか考えてしまうのも致し方ない。


 「カミュさんにはどうして侍女が一緒に来ていないのかしらと思っていたけれど、男の人だったからなのね」

 そんな風にルーシェがぽろりと言葉を漏らした事に、カミロは瞬いた。

 「え?何故侍女が一緒ではないと?」

 「だって…」

 ルーシェが言うには、カミロの化粧はルーシェが代官邸を訪ねた日にルーシェの化粧をしたメイドが手掛けたものなのだと見れば気づくのだそうだ。

 それは女性であれば分かるものなのか、それともルーシェがそういった事に聡いのかはカミロには判断出来なかったけれども、代官邸に滞在しているというだけでなく、その所作からも侍女を伴っているべき令嬢としか思えなかったのに、代官邸で働くメイドが化粧している事がルーシェには不思議であったのだそうだ。


 そういうものか。とカミロは思いもよらない指摘に感心した。


 「……従者が一緒に来ている」

 そう言ったのは、ひとりぼっちでモンサレに来たわけではないのだと伝えた方がいいだろうかと少しだけ感じたが故であったのだけれど、口にした後でカミロは、そういえば代官邸に着いてからは従者と顔を合わせていないなと思い出した。

 出来るだけ新鮮な気持ちでいられるようにという配慮から、従者はつけるけれども、困った時の頼りにする為であり、側に侍るような事は避けると聞いていたけれど、本当に顔すら見せないのだなと今更ながらにカミロは気がついた。


 しかしだからこそカミロは、モンサレという知らない町にいるのだとしっかりと実感出来たのだと思う。


 「モンサレは…塩が特産なんだろ?」

 そう言ったのは、このおしゃべり会が町の案内の一環なのだとしたら、町の事を話題にしなくてはならないだろうとカミロが考えたからだ。

 「そうよ、山の麓に作業場があって、そこに塩を含んだ水が滲み出てくるの。それを加工して塩を作っているんだけれど…」

 そこでルーシェが眉を下げたからカミロは首を傾げた。

 「ごめんなさい。私、塩の作り方はあまり詳しくなくって…、作業場も見学は出来ない事になっているの」

 しょんぼりとルーシェはそう続けた。


 カミロは実のところ塩に興味があるわけではなくて、他に取り上げるべき話題が思いつかなかっただけである。


 「兄なら詳しいと思うけれど、兄さんは高等学校に通う為に領都にいるから…」

 ルーシェの言葉にカミロはぎくりとしたけれど、短い深呼吸で気持ちを整えるとルーシェに返事を返す。

 「お兄さんがいるの?」

 「そう、兄は…何ていうか、石とか地層?とか何かそういうものが好きで、山の中に塩の層があるのだとか言っていたけれど、私はよく分からなくって」

 「ああ」


 カミロはモンサレに来るのは初めてだけれど、領内の特産であるモンサレの塩づくりについては学んだ事がある。…と言っても、さらりと家庭教師に説明を受けた程度であるから、詳しいという程ではなかったのだけれど、だからといってルーシェに塩づくりの解説をして欲しかった訳ではない。


 塩から話題を離そう、と思ったものの、他に思いつくものもなく、カミロはしぶしぶ片目を瞑るような気持ちで「…ルーシェは来年高等学校に行くの?」と聞いた。


 「ええ、そうなの!」

 「えーと、それは絵を学びに?」

 「そう、それに領都には沢山の絵があるでしょう?」

 ルーシェの言葉にカミロは少しだけ考え込む。


 ルーシェの描いた絵を大量に見たばかりであったから、カミロはルーシェが絵を描く勉強の為に高等学校に行くのだろうかと考えたのだけれど。ルーシェはむしろ他の絵が見たいと考えているように感じたのだ。

 その言葉の感触から記憶を辿れば、ヴィートとの事情を語った時にルーシェは、モンサレの風景を描く事と、領都で多くの絵を見る事を天秤に掛けていたのだったなと思い出す。


 だとしたら、領都の絵の話でもすればルーシェは喜ぶだろうかと思ってはみたものの、絵に詳しいわけではないカミロには広げるべき絵の話題が思い浮かばない。

 と、すればやはりモンサレの話に戻すべきか。


 そう頭を巡らせていたカミロに、ルーシェが「…その、もしよかったら高等学校の様子を教えてもらえないかしら…えっと、嫌じゃなければだけれど…」と恐る恐るといった様子で切り出した。


 カミロはルーシェのその様に瞬いた。

 ルーシェはカミロが高等学校から逃げ出した事を知らない筈で、だからこそ高等学校の話を聞きたいと質問しているのだろう。けれども事情を知らないはずのルーシェは、それがカミロに好ましい事ではないのだろうと推察しているようではないか。


 いや、事情を知らなくても昨日ルーシェが話題にした際のカミロの反応から気がついたのかもしれない。


 溜息を吐きそうになった直前で、カミロは自分の内心の感慨が少しだけ軽やかになっているような気がした。


 視界に入れたくもなかった高等学校の事を、薄目でなら見れない事もないような気がしたのだ。

 だからこそきっと自分から話題にする事が出来たのだろう。


 けれどもカミロが見てもいいと思えるものは、ルーシェが通う予定である高等学校であって、カミロが通っている高等学校ではないのだ。


 それを同じものだと思えるようになった時に、きっとカミロはもう一度高等学校に行く事が出来るのだろうけれど、その為にどうすべきなのかは、カミロには分からない。


 ただ、昨日カミュの皮が剥がれてしまった時に、カミロの痛みも少しだけ一緒に剥がしてくれたのだとしたら、きっとモンサレでのこの先の日々が、恩恵となる公算はあるだろう。


 カミロはルーシェの質問を考えてみる事にした。ーーが。大した答えを出す事は出来なかった。


 「……絵を描きたくなるような場所ではないと思うけど」

 「そう、なのね…」


 ルーシェは、カミロの答えに眉を落としたけれど「でもどんな場所なのか見るのは楽しみだわ」と続け「あ…まずは合格しないといけないけれど」と付け加えた。


 だからカミロは「じゃあ、そのうち勉強をみてあげようか」とルーシェに返し、

その言葉にルーシェはとても嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

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