9話 キングス侯爵令嬢シェリ
◇◇◇
(数時間は経ったかな、ちょっと疲れてきちゃった)
お父様に許可を取り、テラスでほんのひと時の休憩中。
お父様の評判は良くて、ひっきりなしに貴族と挨拶を変わしたり雑談してたけど、娘である私の評判は最悪で、喜ばしいことに、ダンスのお誘いがくることは無かった。
(マジでラッキー! まだ全然、自信ないもん!)
強がってみせてるけど、実は凹んでる。
予想はしてたけど、リーゼの悪評は凄くて、お父様目当てで話しかける人はいても、私個人に話しかける人は、誰もいなかった。
(いつか普通に恋して結婚したいのに、こんなんで恋、始まるかなぁ)
深く深く、夜の景色に向かって、ため息を吐いた。
「――ちょっとティア! 平民のクセにフェルナンド様のパートナーになるなんて、いいご身分じゃない!」
(! え、何!?)
テラスの下から聞こえる声。
この下は、パーティーとは関係ない立ち入り禁止の場所なのに……それに、今、ティアって言った?
嫌な予感がして、慌てて、私は声の聞こえた方へ走り出した。
「平民ごときがちょっと特別な力を使えたからってチヤホヤされて、何様のつもり!?」
「わ、私……そんなつもりは……!」
「お黙りなさい! 《キングス》侯爵令嬢である私、《シェリ》に逆らう気!?」
「っ!」
慌てて着いた先には、ティアが数人の令嬢に囲まれて泣いている姿があった。
「ちょっと! 何してるのよ!?」
ティアを庇うように、手を広げて前に立つ。
「何よ、貴女……ああ、思い出しましたわ! 貴女、フェルナンド様に愛されていない、可哀想な妻のリーゼでしょう?」
「そうだけど、今、それ関係ないでしょ! 私は、なんでティアに酷いことしてるのって聞いてるの!」
こんなに寄ってたかってティアを虐めるような真似……! 私の推しに何してくれてんの!? 絶対許せないんだけど!
「たかが平民のクセに思い上がってるので、立場を分からせてあげているだけですわ」
「思い上がってるって何よ?」
「聖女だとしても、この女はただの平民! チヤホヤされて、フェルナンド様のパートナーになるだなんて百万年早いですわ!」
「はぁ?」
別にティアが望んでフェルナンド様のパートナーになったとは限らないのに、意味が分からない。大体、それを貴女に諫める権利なんてある? 妻でもないのに。
「ティアは聖女なのよ? こんなことして、許されると思ってるの!?」
「関係ありませんわ、私は、キングス侯爵令嬢ですもの。私に逆らえる相手なんて、そうはいませんのよ」
「その理屈で言うと、公爵夫人である私は、貴女より格上でしょ? 逆らっていいの?」
「ふふ、何を言っていらっしゃるの? 貴女みたいに、離婚寸前の愛されていない女のどこに、価値があると思っているのよ?」
駄目か……これで引いてくれたら楽だったのに。
「大体、貴女だって妻である自分を差し置いて聖女を優先されたクセに、よくその女を庇えますわね」
「フェルナンド様は、聖女を預かった身であることを優先しただけです。私を蔑ろにしたワケじゃありません」
「何言っていますのよ、他のパーティーでも、リーゼ様はフェルナンド様のパートナーに選ばれていないじゃないの」
「そ――それは……そうなんだ」
転生する前の記憶はないので、知りませんでした。リーゼ、完全に塩対応されてたのね。
「兎に角、私のことはいいから、これ以上、ティアにちょっかいかけないで!」
「お断りですわ、聖女様には、即刻、パーティーから帰って頂きます」
「聖女の誕生を祝うパーティーなのに主役がいなくなってどうするのよ」
「お黙りなさい! 私は神聖な貴族のパーティーに、マナーもダンスも中途半端な泥臭い平民がいることが、耐えられないのです!」
シェリ様の言っていることに凄く腹が立つけど、彼女の言葉は、小説のリーゼがティアに投げかけた言葉と一緒だ。きっと、彼女がいなければ、私が――リーゼが、ティアに酷いことを言っていたんだ。
ヒロインがどれだけ、努力しているかも知らないクセに――!
「ティアは、急に故郷から離れて悲しくて、それでも、聖女として国を救おうって覚悟を決めて、ここに来たのよ!? ティアの覚悟も知らないで、どれだけ今日のために頑張ってきたかも知らないで、酷いこと言わないで!」
遅い時間まで一人で一生懸命ダンスの練習をしていたのを、私は知ってる。
急に聖女だと祭り上げられて、貴族社会に放り込まれたティアの気持ち、同じ平民出身の私には分かる! 大変なんだから! それを、ティアは私と違って泣き言一つ言わないで努力してたの! そんなティアを馬鹿にするのは、許さない!
「…………っ」
私の背の後ろにいるティアは、ギュッと、強く私のドレスの裾を握りしめた。
「正義の味方気取りですわね、いいですわ、キングス侯爵家の力で、貴女の実家に圧力をかけて滅茶苦茶にして差し上げ――」
「――――そこで、何をしているんですか?」
「フェルナンド様!」
「ここは立ち入り禁止のはずですが」
腕を組み、冷たい表情で立つフェルナンド様。
ちょっと遅くない? が、最初の感想。普通、ヒロインが虐められてたら私よりも早く助けに来るものじゃないの? 遅い!
「フェ、フェルナンド様、あの、これはですねぇ」
フェルナンド様の登場に、さっきまで息を巻いていたシェリ様は、分かりやすく狼狽していた。
「っ! そうです! リーゼ様が聖女を虐めていたので、私達が止めに入っていたのですわ!」
(――は?)
どんな言い訳を並べるのかと思ったら、あろうことか、私に全てを押し付ける気なのね……!