8話 聖女の誕生を祝うパーティー
急に国を救う聖女だと祭り上げられて、家族とも友人とも離された。私なら、耐えられない、きっと、一人で心細いに決まってる。なのに怖い人が傍にいたら、余計に可哀想だものね。
「……そんな風に、貴女も人を思いやれるんですね」
「う、そ、それはまぁ」
小説のリーゼは、問答無用で大好きな旦那様に近付くティアを虐めまくったけどね!
(そしてパーティーが終わった後、リーゼは、フェルナンド様に離婚を突き付けられる)
どれだけ泣いて縋っても、フェルナンド様は私を許さなかった。モンセラット伯爵家を没落に追い込み、私を訳ありの七十代男爵の後妻に送り込んだ。
(私はティアを虐めてはないけど、今までフェルナンド様に酷いことをしていたのは事実)
やっぱり許さないって言われて、小説と同じ道を進んでしまったらどうしようって恐怖は、ある。でも、転生してから出来ることはやったし、何とか、情状酌量を訴えるしかない。平民落ちくらいなら、私は喜んで受け入れる!
(私は貴方と離婚します、そして、これまで私の所為で不幸だったぶん、貴方が幸せになれるように、祈っています)
罪滅ぼしにもならないけど、フェルナンド様とティアの幸せを、遠く離れた場所から、応援しますね。
◇◇◇
結婚生活一か月目――
今日は聖女の誕生を祝うパーティーの日だ。
皇宮で行われるそれには、各地から沢山の貴族が招待され、盛大に祝われる。
「俺はティアのパートナーとして出席します」
パーティー前、フェルナンド様から告げられた言葉。
通常、パートナーは自分にとって一番身近で大切な相手を選ぶもので、婚約者であったり配偶者であったりが一般的だが、フェルナンド様からは妻である私ではなく、ティアをパートナーにすると言われた。
この言葉を聞いた時のリーゼの怒りはそれはそれは激しくて、小説では隣にいたティアに、怒りまかせにビンタしたんだよね。
でも、私は違います。
「はい、分かりました」
小説通り万歳! 喜んで受け入れましょう!
「……そうですか」
少しでも私が本当にフェルナンド様を好きじゃなくなったって信じてもらわないとね。離婚後もつきまとわれたらどうしようって思われてたら困るし。
ティアは相変わらず、私とは視線も合わせず、俯いてばかりいた。フェルナンド様とも使用人とも話せているようだし、やっぱり私だけが怖いのね。
本当はちょっと、いや、かなり、自分の推しだったヒロインと仲良くなってみたいなって思ってたんだけど、現実はそんなに甘くないよね。当て馬的モブ悪女がヒロインと仲良くなろうなんて、おこがましい感情を持ってごめんなさいでした。
「リーゼ」
「お父様? どうしてここに?」
皇宮に向かう馬車は、フェルナンド様とティア、そして私が乗る馬車と二つ用意されていて、私に用意された馬車に乗り込むと、そこにはお父様の姿があった。
「フェルナンド様から連絡があったんだ。自分は聖女のパートナーとして出席しなければならないから、代わりにリーゼのパートナーを務めて欲しいと」
「フェルナンド様が……」
小説では、フェルナンド様はリーゼにそんな気遣いをしていなかった。惨めに、ただ一人でパーティーに向かっていた。
(このまま上手くいけば、円満に離婚出来るかも!)
と、小説と少し違う展開に、喜びを感じた。
◇◇◇
皇宮の大ホール、お父様が一緒で良かったと心から思うくらい、お父様のサポートで様々な貴族の方との挨拶を終えることが出来た。
「なにやら、ご令嬢は雰囲気が変わりましたな」
と何度か言われたけど、あはは、って笑顔で誤魔化しておいた。
「リーゼ、大丈夫かい? 疲れていないかい?」
「大丈夫ですよ、お父様」
私という我儘娘の足枷がなくなったお父様の評判はうなぎ登りで、今では汚染された領土に多額の援助を自らするようになったという。娘に自慢の父親だと思って欲しい想いからだそうですが、良いことです。
「聖女様! ご挨拶させて下さい!」
「聖女様! こちらにも!」
少し離れた場所に出来た人だかりには、ティアと、そんなティアを守るように立つフェルナンド様の姿が見えた。
「リーゼ……大丈夫かい?」
心配そうに尋ねるお父様。私がフェルナンド様を好きだったのを知っているから、心配してくれているんですね。
「勿論、フェルナンド様は聖女様をエスコートしてるだけですもの」
欠片も傷付いてはいないのですが、どうやらリーゼのフェルナンド様の執着は相当だったみたいなので、好きなことは否定せず、理解のある女を演じておいた。
「リーゼはなんて良い子なんだ! リーゼが娘で、私は幸せだよ」
感極まったように抱き着くお父様。こんな優しくて娘想いの父親を持てて、私の方こそ幸せです。