7話 好きじゃなくなったんです
◇◇◇
結婚生活十五日目――
「もう、無理っ!」
実家であるモンセラット伯爵家を借り、ダンスやらマナーやら挨拶の仕方等を教師の人達に教えてもらっているけど、心が折れそう!
「難しいよぉ」
特に難しいのが、ダンス。何度踊っても、教師の足を思いっ切り踏んづけてしまう!
(先生も段々、足の痛みを気にして私と踊るのを嫌がってきてるし……本当にごめんなさい! でも決してわざとじゃないんです!)
何とかパーティーまでに挨拶やマナーは形になっても、ダンスだけは不可能。このままだと、踊った相手の足を負傷させる自信しかない。
(もういっそのこと、パーティーを欠席する?)
二人がダンスを踊る姿は見れないけど、それが一番良い気がしてきた。
「よし、欠席しよう」
数日前に決めたパーティーの出席を簡単に諦め、私はフェルナンド様に欠席を伝えるために、グリフィン公爵邸に戻った。
◇◇◇
私がグリフィン公爵邸ではなく、モンセラット伯爵邸で勉強しているのには、理由が二つある。
一つは、貴族令嬢であるはずの私が、出来て当然のはずのダンスやマナーの勉強をしているのを隠すため。
そしてもう一つは、ティアのため――
(ティア、相変わらず私に怯えてるんだよね)
特に何かした覚えはないのに、初対面から私に怯えているティア。出来るだけ刺激を与えないように会わないようにしてるけど、今朝も、少しすれ違っただけで蛇に睨まれた兎のように震えてた。
(最近はご飯も実家で食べるようにしてるから、こんなに早く帰るのは久しぶり)
夕食も食べてゆっくりしてから帰るから、グリフィン公爵邸には最早、寝に帰るだけ状態になってる。
(お父様も喜んでくれるし、のびのび暮らせるから、実家の方が居心地が良いんだよね)
(どうせ私は、もうすぐここからいなくなるし――)
「――今日はお早いお帰りですね」
「! フェルナンド様」
グリフィン公爵邸、自分の部屋に入る直前、不機嫌そうなフェルナンド様に声をかけられた。
まさか、フェルナンド様がこんな早い時間に家にいるとは思っていなくてビックリしたけど、ティアがいるから心配して家にいるんだと気付いて、納得した。
「毎日毎日、どこに夜遊びに行かれているんですか?」
「夜遊びって……ただ、実家に帰っているだけです」
「こんなに頻回に実家に? それはそれで問題だと思いますが」
「問題?」
「嫁いだ身でありながらこう頻回に実家に帰られては、周りから何か問題があると思われても仕方無いでしょう」
「それはそうかもしれませんけど、私達の場合、今更では?」
私とフェルナンド様が不仲であることも、私がお金の力を使って無理矢理結婚したことも、周知の事実として知れ渡っているんだから。
「……他に好きな男でも出来たんですか?」
「はい?」
「俺に興味が無くなったように見えるので」
そりゃあ、私は初めからフェルナンド様のことが好きじゃありませんからね、って言えたら楽なんだけど、言ったら転生のこととか話さなきゃいけなくなるし、面倒事になるのは嫌。だから簡単にこう答えよう。
「フェルナンド様のことが好きじゃなくなったんです」
嘘じゃない、リーゼは、フェルナンド様が好きだった。リーゼになった私は、フェルナンド様が好きじゃなくなった。これが正解。
「あれだけ俺を振り回しておいて? 随分、勝手ですね」
「それは……本当にごめんなさい」
「それに、聞いてはみましたが、正直、あれだけ俺に執着していた貴女が急に俺を好きじゃなくなるなんて信じられません。俺の気を引こうと、わざとしているんじゃないですか?」
「そんなことありません! 本当に好きじゃなくなったんです!」
どう言ったら信じてもらえるんだろう? やっぱり、離婚を切り出すしかない? 離婚したいって言えば、流石に信じてくれるよね。
「あの、私――」
「ダンスが上手く踊れないんですか?」
「何でそれを知ってるんですか!?」
「モンセラット伯爵が教えて下さいました。娘が頻回に実家に戻っていて申し訳ありません、と」
お父様……! わざわざフェルナンド様に報告するなんて、私がちゃんとして、ってお願いした日から、本当にちゃんとするようになったんですね! というか、フェルナンド様は知っていてわざと、どこに行ったとか聞いたのね!? なんて意地悪!
「ダンスは得意だと聞いていましたが?」
「ちょーーーーっと、見栄を張っていまして……」
「そんなことだろうと思っていました。次からはここでダンスの練習をして下さい。貴女にも教師を呼びましたから」
「……はい」
(駄目だ、逃げられそうにない。やっぱりパーティーが終わってから離婚しよう)
でも、見栄を張っていたわけじゃないの! リーゼは、本当にダンスが得意だったって聞いたし! ……でもまぁ、誤解してくれているなら、それでいいか。
「あ、でも。私がここにいたら、ティアが――」
私が最近家を出ているのは、ティアのこともある。
「ティア? 彼女がどうかしましたか?」
「あの、彼女、私に怯えているみたいだから、心配で……」
ティアの悲しそうな顔を見るのは、辛い。だって私、小説ではヒロイン推しだったんだもん!
「そんなことを気にして家を出ていたんですか?」
「だって、可哀想じゃないですか。ただでさえ、故郷から遠く離れた場所へ、一人で連れてこられたのに」