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魔王子  作者: デブ猫
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     第二話 眼と矢

「繰り返します。

 突撃です」


 簡潔な命令。

 突撃。

 その意味が分からないような者は、指令室内にはいなかった。

 だが、ルヴァンの後ろに控える部下のエルフは、あえて尋ねた。


「と、突撃と、おっしゃられましたか?」

「はい、突撃です」


 律儀に、丁寧に返答する第二王子。

 だが内容は粗暴で強引極まりない命令の繰り返し。


「我らがトリニティ軍の気を引く隙に、父上が勇者達を倒す。

 この一点に賭けます」

「わ、われら全員に、素人の寄せ集めである地上部隊五千名と、非武装のワイバーン便全てを使って、囮になれと、いわれるのですか!?」

「そうです。

 理解が早くて助かります」


 当然のように言うルヴァン。

 だが、部下には当然と考えてもらえなかった。


「し、死ねと仰られますかっ!?」

「死ねとはいいません。

 各自奮戦し、人間達の気を引いて下さい。弾薬と魔力を浪費させるのです。

 各武装艇は魔王軍前へ発煙筒及び信号弾を全弾射出、銃撃を封じます。

 父上が、魔王が勇者達を倒すまでの間だけで結構です。

 まず、この旗艦を前進させます。マジックアローの射程直前まで進めなさい」


 この命令を、弾かれたように敬礼して全軍に伝えたエルフがいる。

 頭を抱えてうずくまったドワーフもいる。

 落ち着いて神竜への祈りを捧げてたリザードマンもいる。

 こっそり逃げる準備をしているゴブリンもいた。

 そして、武装飛空挺の各砲座では、砲の弾が取り替えられる。

 まず旗艦の各所から信号弾が上げられ、間を置き発煙筒が魔王軍前に撃ち込まれた。



 命令を伝えられた地上では、僅かに生き残ったワーウルフの黒狼近衛兵団が遠吠えを上げ、全軍に進撃を命じる。

 戦場のそこかしこから遠吠えが答え、いくつもの影が立ち上がる。工事に来ていた普通のワーウルフ達だ。

 他の一般の魔族達は、顔を見合わせ、恐怖に震え、足がすくんで動けない。

 それでもオークの三匹は各自の武器、というにはこころもとないツルハシとスコップを握って立ち上がった。

 小降りになる雨の中、泥の中に足がめりこむ。


「い、行くんだなっ!」

「だ、だだ、大丈夫だぞ、魔王様が守ってくれるぞ!」

「かか、かーちゃん、ゴメン。オラ、帰れねー、ゴメン。

 子供達を頼むぞ、良い相手と再婚しろよ、でもハンスだけは止めとけよ、あいつ口だけなんだから」


 後ろにいるゴブリンの金貸し達は、はぁ~……、という深い溜め息の後に頭上を見上げる。

 雲の下、煙の合間から見えるのは、勇者達との激闘を続ける魔王の姿。

 飛空挺団の先頭に出る旗艦。


「……逃げねえ、なぁ」

「それどころか、突っ込んでくぜ」

「俺達、死ぬかな?」

「多分な」

「敵前逃亡は死刑だけどよ、突っ込んでもあの世行きだぜ」

「つか、逃げても人間共が追ってくる。やっぱ死ぬな」


 重苦しい、あまりに重苦しい沈黙。

 二つの深すぎる溜め息が漏れた。

 そしてゴブリンの二人組も剣とナイフを手に立ち上がる。


「どうせ死ぬなら、人間共を道連れにして死ぬとすっか」

「……だな。ゴブリン族が受けた恨み、たっぷり味わってもらうとしようや」

「それに、魔王様が勇者共を倒せれば、勝てるわけだし」

「突っ込むっきゃ、ねえわけだ……はぁ、さっさと結婚しとけばよかった」

「ま、俺達独身は身軽でいーわな。

 あの世への旅路も楽なもんだ」


 渋々でも、恐怖に震えながらも、立ち上がる魔族達。

 砲弾の雨の中、煙に隠れながらも、命を賭しての前進が開始された。





 旗艦の一室、というより貨物室の隅に、パオラとヴィヴィアナとイラーリアとサーラがいた。

 四人は修道服のまま、各自の楽器を胸に抱いてうずくまっている。

 さすがに戦いの最中は邪魔だということで、貨物室で大人しくしているよう命じられた彼女たち。

 足下には、死んだミケラのヴァイオリンも置かれていた。


 窓の外には、相変わらずの暗雲。

 戦いを繰り広げる魔王と勇者達。

 死を覚悟して突撃を開始した魔王軍。

 突然、雷撃と雨が止まる。

 雨は止み、静寂が部屋に満ちる。


「どう、なるの……かしら?」


 沈黙に耐えられなかったのか、サーラが口を開いた。

 漠然とした質問に、三人は答えられない。


「このままだと、魔王軍が、危ない……わよね?」

「そう、みたいだな」


 イラーリアの疲れた声が答える。

 ぼんやりと外を眺めるヴィヴィアナが、感情のこもらぬ声をもらした。


「でも、あたしたちには、出来ることはないわ。

 出来るだけのことは、もう全部やったもの。

 あとは、魔王様に全てを委ねるだけよ」


 四人は、口を閉ざす。

 だが静寂は破られた。

 雷撃が止んだ隙を突き、トリニティ軍が砲撃を開始したのだ。

 砲台から撃ち出された弾丸が、放物線を描いて魔王軍地上部隊を狙う。

 マジックアローの群れが空を舞う。ただし、今度は魔王ではなく、炎と煙をまとってトリニティ軍へ落下する飛空挺の群れを狙う。

 地上でも、空でも、花火のような光がそこかしこで瞬いていた。

 その様子を見つめていたサーラは、もう一度呟いた。


「このままで……ここにいるだけで、いいの、かしら?」


 三人は、やはり答えない。

 黙って宙を見上げているパオラが、ポツリと漏らす。


「トゥーン様……」


 ミケラのヴァイオリンは、重苦しい空気に潰されそうになりながら、床に置かれていた。









 その頃、トリニティ軍の移動砲台列。

 上空の障壁を解除し、砲撃とマジックアロー射出を続けている。

 ぬかるんだ湿地と草原に重量物である砲台は半ば沈んでいるが、それでも太く頑丈なベルトで車輪をくるまれ行動不能にまでは陥らない。

 また、車両側面に追加で足場を取り付けたり、ぬかるんだ地面を凍らせるなどして砲の重量と砲撃の衝撃を受け止めている。


 沼地にいた動きの鈍いスライムを挽き潰し、ゆっくりと、だが確実に進撃を続ける。

 彼らの上空では魔王と勇者達が宙を舞い、雷光と砲撃を輝かせている。

 遙か前方では撃ち込まれた発煙筒と信号弾が煙をあげ、小雨と交代で視界と銃撃を遮る。

 煙の合間、砲弾と撃墜された飛空挺が土砂と土煙を巻き上げるのが見える。

 突撃し、虚しく戦死する魔物達の雄叫びと断末魔は、移動砲台列までは届かない。


 ただ、移動砲台列の一番後ろに位置する、一際大きく立派な屋根付き馬車に乗る太った男は、双眼鏡越しに魔物達の死を眺めていた。

 警備の部隊に囲まれ、鳴り響く砲撃の轟音を遠くに聞いている。

 大きな荷台に簡単な屋根をとりつけただけの単純なものだが、中に座る人間達は単純な存在ではなさそうだ。

 満足げに戦場を眺める男はシワ一つ無い軍服を着て、胸には沢山の勲章が輝き、肩には金銀の装飾が付けられている。

 目から双眼鏡を外し、肩に付いた水滴を鬱陶しそうに払いながら、同じ馬車に乗る部下達に話しかけた。


「上々じゃないの」


 微妙に甲高い、中性的というより女性的な声と口調。

 だが話しかけられた隣の部下は口調を気にせず、筋肉に覆われた胸を張る。

 そして肺の中で響かせた大声で返答した


「はっ!

 ツェルマット浄化作戦、全て順調です!」

「第三陣はどう?」

「はっ!

 第三陣のペーサロ将軍との連絡が取れました。

 第一陣工兵隊と共にトンネルの補修を継続中。

 第二陣及び第一陣戦闘部隊は侵攻を継続せよ、との指示であります!」

「それじゃ、このまま前進を続けなさい」

「はっ!」


 部下からの報告を聞き終えた軍人は双眼鏡を置き、かわりに黒い鳥の羽を重ねて作られた扇子を手にする。

 それをシャッと広げて、左手で優雅にあおぎながら空を見上げる。

 雨が上がって明るさを増す空の中、いまだ戦い続ける魔王と勇者達の光が見える。


「上の連中、魔力量はどうなの?」


 答えたのはさっきとは別の軍人、後ろの席で宝玉が幾つも付いたガラス製のパネルを持つ女性部下。

 彼女が宝玉を操作すると、様々な図式と文字が表示された。


「現在、魔王の魔力残量は戦闘開始時と比較し、54%。

 勇者隊の宝玉内魔力残量は16%、18%、21%、22%。急速に下降中」

「あらあら、さすがは魔王ね。

 本気で戦うと凄いわあ」

「地上への支援魔法を止め、勇者隊との交戦に集中したためですね。

 ところでバルトロメイ少将、そろそろ勇者隊は自爆しますか?」

「勇者の一体でも10%を割れば、まとめて魔王にとりついて自爆ですよ。

 派手に弾けますから、その前に障壁展開を忘れないように」

「承知しました。

 ですが、この魔力差ですと……魔王を仕留めるには至らないかもしれませんが」

「別に構わないわ、少なくとも戦闘不能になればいいの。

 むしろ、こっちでトドメを刺せれば手柄も頂けるわ。そっちの方がお得ね。

 それに、すぐに『システマ-アッツェラメント』で再起動させるだけだもの。痛くもかゆくもないわ。

 トンネル奥に足止めされて、かえって幸運だったかもね。アンクの防御を気にしなくて済むし」

「そうですね」


 バルトロメイ少将と呼ばれた肥満体も、隣の副官も、その後ろに控える女性士官も、全く焦りや動揺が見えない。

 彼らはトリニティ軍敗北という不安を全く抱いていないようだ。

 優雅にひるがえる黒い扇子も、胸を張る副官も、パネルの情報を読み上げ続ける女性士官も、緊張や恐怖を抱いていない。

 女性士官がパネルの宝玉を撫でながら報告を続ける。


「それでは、レーダーの回転数を上げますので、魔力供給量を増やします」

「魔力供給は順調かしら?」

「問題ありません。

 全魔力炉は通常運転を継続、供給量は安定しています」

「いいわねえ。

 魔物共の動きはどう?」

「全てレーダーの索敵に捉えられています。

 我らに接近しているものから順に砲撃で潰しています。

 現在、トリニティ軍接近に成功した敵兵力はいません」


 女は淡々とパネルを操作し、馬車の外へ指示を出す。

 バルトロメイ少将と呼ばれた肥満体は、無様に膨れた腹を突き出す。

 そしてたるんだまぶたを上下させながら、少し離れた場所に組まれたやぐらを見上げた。

 それは、回転を続ける巨大な宝玉を乗せた、移動式レーダー。その下にはレーダーを操作している魔導師らしき人物数人。

 魔導師は移動式レーダーの下にある大きな装置を操作し、その装置からは様々な太さの紐が四方八方へ伸びている。

 紐は各所で淡い光を放ち、何か巨大な物体へと続いている。それは、トンネル内で列車をひいていたものより小型ではあるが、魔道車に近い形状をしていた。

 回転速度を上げた宝玉は周囲に『魔法探知』のを放ち続け、まだ薄暗い戦場全体をくまなく監視し続けている。


「んふふふ……。

 レーダーの目からは誰も逃れられないのよ。

 これがある限り、汚らしい魔物共なんか、砲撃の的でしかないわ」


  ガキュンッ!


 突然、音がした。

 何か硬質な物が衝突した音だ。

 砲撃とは異質な音の発生源へ、その周囲の全ての人が目を向ける。

 その中には、バルトロメイ少将の粘着質そうな目もあった。


 音は彼らの斜め上、レーダーの宝玉からだった。

 何か棒のような物が宝玉から生えている。

 それがやぐらを支える柱に引っかかり、宝玉の回転が止まっていた。


 同時に、全ての砲撃が停止した。


次回、第二十一部第三話


『影は走る』


2010年11月7日01:00投稿予定

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