第五話 魔力ゼロ
勇者共は四人。
近接戦闘用の槍を持った青騎士。
遠距離戦用の弓を装備した黒騎士。
遠方から凶悪な大砲をぶちかます白騎士。
大量のナイフと剣と盾を使ってオールマイティに戦う赤騎士。
青が前に出て牽制し、後方から黒が狙い、オヤジの動きを止めて時間を稼ぎ、白が最大出力まで魔力をチャージした大砲を当てる。赤は他の三人を援護し続ける……というわけか。
もちろん鎧だって信じられない性能だろう。
いや、トンネルから飛び出したって事は、いったんトンネル奥で足止めされた第三陣に戻ったんだ。てことは、魔力も武器も補充してる。
事実、今、オヤジと渡り合ってる。
おまけに地上からのマジックアロー、支援砲火だ。
地上への雷撃と雨も続けないと、魔王軍も潰されちまう。
魔王軍が全滅したら、最後に残るのはオヤジだけ。
勇者四人にトリニティ軍全軍、勝ち目はない。
逃げようにも、あの勇者共相手に逃げれるかどうか。
いや、多分、無理。
もし倒すか逃げれたとしても、後々がまずい。
問題なのは、勇者共が不死身だということだ。
死を恐れず突っ込んでくる。自爆だってためらわない。
どうにか倒しても、またすぐ復活してしまう。
次に戦うときは前の経験を元に、さらに対魔王戦術を強化してくる。
もしかしたら、次は俺がオルタで倒したヤツも含めた五人組かもしれない。
最悪だ。
この戦場で勝利する方法は、トリニティ軍の地上部隊を潰すこと、もしくは一時しのぎとはいえ勇者共を倒すこと。
どちらかだけでも倒すかどうにかすれば、一気に盛り返せる。
勇者はオヤジと共に空の上、飛空挺団なら援護出来るか?
移動砲台を潰すには、地上の魔王軍が……だから進めないって話なんだ。おまけに完全にビビッてて、進撃どころじゃねーよ。
飛空挺団が突っ込めば……マジックアローの的にしかなんねーって。
しばらくは攻撃をオヤジから逸らせれるから、その隙に勇者共をぶっ倒してくれればいいんだけど、そう上手く行く相手じゃねーよな。
突っ込んだ連中は全滅確実、でも勝てるかどうか分からねーと来てる。
ええい! ちくしょうっ!
第三陣と分断してすら、これかよ!?
「くそっくそ!
ノンビリ城に帰ってる場合じゃねえ、どうにかしねーと。
つったって、今の俺は魔力が無いんだぞ。
一晩寝たくらいじゃ、体力が回復したって程度だ。
どうにか、どうにかしないと……」
「魔力が失われた以上、どうしようもありますまい」
「そんなこと、言ってる場合か!
魔力を回復させたって、インターラーケンを失ったら、いや、オヤジが倒されでもしたら、魔王軍は終わりなんだぞ!
魔力が無いからって……魔力が……無い?
俺の魔力は、今、ゼロ……」
もう一度、指を見る。
間違いない。完全に魔力はゼロだ。爪が魔力ラインの青い輝きを失ってピンクになってる。
魔力が全くない、ということは……?
「いける!」
突然の俺の叫びに、ベルンもカルヴァも仰天する。
そりゃそうだ。この絶望的とも思える状況で、拳を握りしめて笑ってるんだから。
確かに、これが他の兄姉なら、普通の魔族なら絶望的。
魔力の切れた魔族なんて、ただの足手まとい。名も無き雑兵の足しくらいにしかならない。
だが、俺は違う。
俺は魔力が切れても構わない。
いや、むしろ魔力を失ってこそ俺の真価が発揮できるんだ。
そうだ、そうだったんだ。
魔力を持たないことこそが、最強の力になりうるんだ。
人間界に潜入して、イヤと言うほどその事実に気がついたじゃねーか。
そしてさっきの一騎駆けだ。
魔力が無くなったおかげで、俺はこうして生き残ったんだ!
「いける、いけるぞ……。
戦えるんだ、まだ負けてねーんだ!
これなら皇国軍を倒せるぜ!」
力を込めた拳を突き上げる。
そして目をまん丸に見開いたままのベルンを睨み付ける。
「おい、すぐに船を戻せ!」
「……な、む、無茶を言わんで下され!
こんな小船で戦場に戻るなど」
「違う!
戦場を大きく迂回するんだ。
奴らの後ろに降ろせ」
「は、はぁ!?
いきなり、何を言われるのですか。
たったお一人で、どうすると」
「決まってる!
皇国軍を潰すんだよっ!」
「な、なんですとおーーっ!!」
ひっくり返らんばかりの叫び。
そりゃそうだろう。
一人で奴らの後ろから突っ込むなんて、まともに考えれば自殺行為だ。
「き、気を確かにっ! おやめ下され!
奴ら人間の大軍に切り込むなど、しかも魔力も全て失った身で、死にに行くようなものです!!
いえ、間違いなく死にますぞ!!」
「へへ、ハズレだ。
魔力を全て失ったからこそ、戦えるんだよ。
俺にはそれが出来るからな」
そうだ、出来る。
他の誰にも出来ないことが、俺なら出来る。
失った魔力を回復させる精神統一、魔力チャージ。
加えて魔王一族中、最も優れていると評された俺の肉体強化術。
それだけで良かったんだ。
基本中の基本、子供でも魔法を学べば最初に教わる、この二つ。
だが誰も、この二つを同時には出来ない。
当然だ、二つの事を同時にしてたら精神を集中してるとは言えない。だから魔法を使いながら魔力チャージは出来ない。
肉体強化術は体外に放出しないため、宝玉による肩代わりもできない。
そのため、この二つは同時には出来ない。
「力があるんだ。だから戦える」
「ち、力ですと? それは、どのような!?」
「魔力チャージをしながら『肉体強化』が出来る。
それが俺の力だ」
「……は?」
キョトンとするベルン。
何度もまばたきして、俺の顔をのぞき込む。
「はぁ、トゥーン様が『肉体強化』が得意、とは聞いております。
驚くべき事に、魔力チャージと同時に出来る、と。
元々の身軽さも加えて、『肉体強化』の術に関しては最も優れている……とのことですな」
「そうだ。わかってるじゃねーか」
「ですが、その、あの軍勢相手に……まさか、『肉体強化』の術だけで突っ込む気ではありますまいな?」
「その通りだぜ」
ベルンの目が大きく見開かれる。
わなわな震えながら、俺にすがりつく。
「お、およし下され! お気を確かに!
領地を奪われ魔王城へ下がらされる、そのことを悔しく思うのはわかりますじゃ。
無念の程、心中お察し致します。
ですが、だからこそ! 今は冷静になるべきですじゃよ!」
「冷静だぜ。
落ち着いて、全てを思い返したからこそ、分かったんだ。
トリニティ軍には、俺の特技こそが最大の脅威になるってな」
唖然と、愕然とするベルンに冷静な口調で言い放つ。
そうだ、魔力チャージは上位魔族なら出来て当たり前、『肉体強化』も大した術じゃない。
誰でも出来ることだから。
同時に出来ても、「器用だな」の一言で終わる程度の話だ。どっちも出来て当たり前、出来ない方がおかしいものなんだから。
もちろん俺だって、肉体強化術以外の魔法を使いながら魔力チャージは出来ない。
ほぼ無意識のレベルまですり込まれた、最も基本の魔法だからできるんだ。
そして、それこそが、俺の最大最強の力だったんだ。
魔力ほとんどゼロのまま肉体強化術を使う、ということこそが。
対人間戦では、最後の切り札にすらなるんだ。
外を見れば、どんどん回りは暗くなっていく。
どんだけ寝てたか知らないが、この分厚い雨雲もあって、まるで夜のよう。
よし、これなら行ける!
「またぁ、行くのぉ……?」
力のない声が聞こえる。
振り返るまでもない、リアだ。起きたのか。
言いたいことも分かる。ベルンと同じだ。
いや、リアならベルン以上に俺の身を心配する。
それでも、行かなきゃ。
「すまねえ。
でも、こいつは俺にしかできないし、今やらなきゃならないんだ。
止めるな」
返事はない。
ただ、溜め息。深い溜め息が聞こえる。
振り返れない、涙がこぼれるのを見るのは辛い。
「……まだ、約束の褒美をもらってないんだけどぉ?」
こんな時にふざけてるのか、とも思えたセリフ。
だが口調は、いたって真面目だった。
今までに聞いたことがないほど、真剣な言葉。
振り返ってしまった。
でもリアは、泣いてなかった。
ただ真顔で、俺を見つめている。
昨日は運良く無事に帰って来れた。
今日も無事に帰れる保証は、無い。
なら、クレメンタインの言ってた通り、今なし得る全てを為さなければならない。
彼女の目を真っ直ぐ見て、答えた。
「分かってる。
嘘じゃないし忘れてないから安心しろ」
「そぅ……」
それ以上は、彼女は何も答えない。
少し沈黙。
やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいので、つい背中を向けてしまった。
部屋に戻っていく気配だけは感じる。
黙って話を聞いていたベルンへ簡潔に命じる。
「言われたとおりに飛ばせ。
俺を下ろした後は離脱しろ。回収は不要だ。
魔王城へ行け」
「しょ、承知いたしました」
「そして、リアを頼む」
「……承知、しました」
窓の外は雨。
雨雲の下、オヤジの影の回りを勇者共の光が飛び回ってる。
時間はない。急がないと。
インターラーケンの戦いは激しさを増す。
トリニティ軍の進撃、苦戦する魔王軍、一発逆転を狙うトゥーン。
この戦いの果てには何があるのか、いまだ誰も知らない。
次回、第二十一部第一話
『戦力差』
2010年11月3日01:00投稿予定