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魔王子  作者: デブ猫
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     第二話  軍議

 幸い、トリニティ軍に空戦力は乏しい。

 俺が突撃かましている間、空を飛んでいたのはペガサスに騎乗したヤツが十数騎くらいだけ。

 やはりトンネルを通っての輸送のため、積める荷の種類や大きさに限界があったんだろう。飛空挺やワイバーンはなかった。

 恐らく空戦力はマジックアローでの迎撃がメイン。そして、勇者共……これだけでもトンでもない戦力だが。

 ともかくジュネブラまでの後退中、奴らからの攻撃はなかった。


 そして後退しながらも、『無限の窓』は大量の映像を映し出す。

 それは兄姉達の姿。

 次々と入れ替わり立ち替わり、画面を幾つにも分割したり上書きしたりしたりしながら表示していく。

 音声もゴチャゴチャで聞き取りにくいくらいだ。


《全く無茶をしたものだね、トゥーン。

 本当に心配したよ》


 ニッコリ笑う長兄、ラーグン

 いつもの作り笑いとは違う笑顔……本当の笑顔に見える。

 こいつもたまにはこんな顔をするのか、と思ってたら、ラーグンの顔の上に別の画像が重なった。

 狼頭のベウル兄貴、滝のように流す涙付きだ。


《うむ!

 よくぞ無事に帰還した!!

 それでこそ魔王の末子、我が弟よ。

 その実力と戦果、何より勇気に疑問を挟む者はいまい。

 心を鬼にして鍛え上げた甲斐があったというもの。

 お前の成長と自立を、今こそ心から祝福しようっ!》


 おいおい、ベウルの兄貴、泣きながら言ってるぞ。

 無駄に熱いんだよおめーは。

 何が心を鬼に、だ。絶対に楽しんでやってただろ。

 ま、まぁ、悪い気はしないがよ。


《おい、トゥーン》


 陰気な声がした。

 画面の隅に、オグルの陰気な姿が映ってる。

 そっぽ向きながら、なんかブツブツ言ってやがる。


《……けっ!

 せっかく葬式の準備してやってたってのによ。

 無駄金になっちまったじゃねぇか》


 こいつの回線だけ切ろうかと宝玉へ手を伸ばした。

 だが、次のセリフで手が止まった。

 耳を疑うセリフに、全身が硬直してしまった。


《む、無駄金じゃもったいねーから、インターラーケン防衛の戦費にでも使ってやる。

 後の再建費用も肩代わりしてやる。

 ふ、ふん! 葬式代の方が安かったぜ、くそ》


 お前は、なんて素直じゃないんだ。

 こっちまで礼を言いたくても言えなくなる。

 微妙な空気が一瞬漂ったが、他の姉達からの通信でかき消された。


《ちょっとトゥーン!

 全く、アンタは無茶をするんじゃないわ!

 姉さん、どんだけ心配したか……》

《本当よ!

 あたしもフェティダ姉さんも、ティータンもリトンもハルも一緒になって、あなたの無事を祈ってたんだからね!》

《ちょ、ちょっとリバス姉、あたしは、そんな、そんなのしてないわよ!》

《なーにを言ってるのよ、ハル。恥ずかしがることないでしょ?

 一週間経っても帰ってこなくて、それからは毎日のようにインターラーケンのルヴァン兄さんへ、トゥーンが帰ってないか尋ねてたくせに》

《きゃー!

 や、やめて言わないでぇーっ!》


 フェティダ、リバス、ハルピュイが次々と出てきて、意外な言葉を投げかけてくる。

 仲の悪い姉貴達が、しかもハルピュイまで一緒に、俺の安否を気遣い無事を祈っていただなんて。

 ほとんどケンカしてる姿しか見たことがなかったから、だから、あまりにも意外。

 真っ赤になりながら、涙目ながらも、ハルピュイは強気なセリフを吐く。でも白い翼に広がる魔力ラインがシオシオとへたれてる。


《と、ともかく、よ!

 今回の情報は各地の『無限の窓』から、あたしのファルコン宅配便で魔界全土へ送ったわ。

 各地各種族から続々と協力支援の回答が届いてきてるの。

 あたしも急いでそっちに向かうから、感謝なさいよ!》


 魔王十二子、そのほとんどが鏡の前に集まって来てた。

 それも、皆で一緒に俺の無事を喜んでる。

 こんなの見たことがない。

 なんだか、胸が熱くなってきた。

 くそ、涙までこぼれそうだ。

 えーい、こっぱずかしい、こんな空気には耐えられねえっての。


「お、おお、俺のことなんか、どうでもいーんだよ!

 それより、インターラーケンが大変だってんだっ!」

《うん、昨日からの話と、トゥーンからの報告は聞いているよ》


 ラーグンの返事と共に、一気に軍議が開始された。

 まずはベウルが無念そうにうめく。


《おのれ、口惜しい……!

 こうも見事に裏をかかれるとは、勇者侵入の事実を軽視したのが失敗であった。

 しかも我と我が軍はヴォーバン要塞を離れられぬ。

 むしろ、今回判明した人間共の新兵器を踏まえて、防御態勢を増強と再構築せねばならん。

 街道敷設に参加していたワーウルフ達には、可能な限り協力するよう命じておいた。戦闘可能な者は募兵に応じてくれよう》

《僕のトリグラブ山も同じだよ、すまない。

 残念だけどインターラーケンは遠すぎるよ、とてもこちらから援軍を送れる場所じゃない。

 現地と付近にいるワイバーン便の竜騎兵達には戦闘参加を命じたけど、飛空挺は輸送用で非武装、運用する竜騎兵も軽武装なんだ。

 果たして戦力になるかどうか……》

《ラーグン兄上、それを言われるな。

 反撃は今しかありえませぬ。トゥーンとネフェルティ姉上が命を賭し作り出した、千載一遇の好機。

 これを無にしては、我らの面子が潰れよう》


 悔しがり、不安がる東西の前線指揮官二人。

 当然だ、まったくもってその通りなんだから。

 完全に裏をかかれた奇襲作戦。しかも新兵器と勇者の大量投入。

 これが皇都にあるアンクの力というなら、本当に恐ろしい。


 俺とネフェルティが暴れ回ったから奴らを分断し情報を手に入れれた。反撃の機会を見いだせた。

 でなけりゃ、俺が言ったとおりサッサと逃げ出して、インターラーケンは奪われたろう。

 いや、パオラを帰してやろうって思わなかったら、俺も領民の妖精達も全滅してたんだ。

 そう考えると、本当に寒気がする。


 そこでミュウ姉ちゃんの顔が大写しになった。

 軍議に口をだすなんて珍しい。


《みんな、大丈夫よ!》


 強ばってはいるけど、勇気を振り絞って皆を励ますミュウ姉ちゃん。

 力も魔力もほとんどないのに、あのタレ目で言われると、なんか和むし勇気が出てくる。

 両手でガッツポーズをしながら現状の楽観的側面を元気に並べる。


《お父様がインターラーケンに向かってくれたのよ。

 それに城や通り道にある武装飛空挺や武具宝玉も兵士達も、ありったけ運んでくれてるの!

 インターラーケンまでの街道建設をしてたティータンも、きっと今頃ジュネブラへ急いでるわ。

 お父様とみんながいれば、きっと負けたりはしないわよ!》

《いいえ、そここそが問題なのよね……》


 ミュウ姉ちゃんの言葉に、似てないけど双子の姉であるフェティダが口を挟む。

 せっかく雰囲気を明るくしようと頑張ってくれたのに、それを台無しにしてくれるような事をいいやがる。

 もっとも、フェティダ姉が顎に手を当てながら話すのは、不安になるのも当然なことなんだけど。


《人間達は、魔王出陣を予想していたはずよ。

 だって、インターラーケンみたいな道もない山の上に行けるのは、空を飛べる者くらい。その中でも大きく強い翼を持つ者でないと、すぐには駆けつけられないわ。

 しかも人間の軍団と対峙できるほどの力を持つ存在……それは魔王、お父様のみよ》

《そうだぜ、これは罠だ》


 オグルまで口を挟んできた。

 こいつも軍議にあまり口を挟まない。たまに嫌みったらしく、金がねえだの財源はどこだだの、どうのこうのとチャチャを入れるだけ。

 そのオグルまでが積極的に発言するとは、それだけの緊急事態ってことだ。


《人間共は、間違いなく魔王出陣を予定にいれてるぜ。

 それはトゥーンの情報からも明らかだ。

 オヤジが出陣しないならインターラーケンは頂戴、出陣してきたら『魔王軍本隊との分断に成功』てぇこった。

 奴らの最大の目的。それは、オヤジを孤立させて仕留める、だ》

《そ、そんな、みんな……》


 ミュウ姉ちゃんが不安そうな表情に変わる。

 俺も言われて改めて気がついた。

 そうだ、今さらだけど、その通りなんだ。

 オヤジは戦闘力も飛行速度も桁外れ、つまりインターラーケンへ慌てて救援に向かうと、他の連中が置いて行かれる。

 魔王が敵陣の中に孤立してしまうんだ。


 皇国め、まったく、恐ろしい連中だ。

 このインターラーケン奇襲は、魔界侵攻の足がかりでもあり、魔王討伐作戦でもあったんだ。

 だから新型アンクも、勇者を四人までも連れてきたんだ。


 そして、オヤジは既にジュネブラへ到着している。

 窓の外を見下ろすと黒い影が細長い湖、レマンヌス湖へと降下していった。

 その後ろには何隻もの特大飛空挺が牽かれていて、次々と着陸していく。オヤジが運んできた軍事物資を満載した船だ。


 第三陣を襲撃したのは大正解だった。

 あれは対魔王用兵装を輸送してた。それらも、あのアンクや勇者共だけという保証はない。他にも恐ろしい兵器を持っていたかも。

 先発の第一・第二と合流していたら、オヤジまで殺されていたかもしれないんだ。


「ところで、こんな時にリトンはどこへ?」

「リトン様は現在、海に出ておられます。

 急ぎ部下を放っておりますが、いまだ連絡が取れておりません。

 今しばらくお待ち下さい」


 疲労した頭で必死に考える横で、通信回線から軍議が続くのが聞こえてくる。兄姉以外の声も混じってる。いまの返答はリトン配下の魚人族らしい。

 横目で見ると、ルヴァン配下のエルフはじめ、主要魔族の長老や実力者まで映されてる。

 兄姉達の築いた各都市に、それぞれ一枚だけ置かれた魔王一族専用通信回線『無限の窓』。それを配下の主要魔族にも使わせたのか。

 兄貴が留守にしてるダルリアダ大陸キュリア・レジスのエルフ達が、特によく発言してる。

 他にもドワーフ・リザードマン・ゴブリンその他の種族で画面が埋まる。


《円卓会議より作戦案を緊急提案致します。

 東西両要塞を放棄、即時完全撤退》

《なんと! このようなときに、正気か!?》

《はい。後方の集落からも全領民全物資を脱出させます》


 エルフの軍師集団、円卓会議からの提案。それは両要塞のみならず近隣集落までも含めた放棄。

 その他種族はいきなりのことに驚愕してる。


《バカか!

 トゥーン王子からの情報で、俺達ゴブリンが伝えた情報が、役立たずなほど古いと判明したんだぜ。

 要塞を放棄したら、あいつらが魔界になだれ込んで来るじゃねえか!

 要塞死守、今は他に何があるよ!?》

《相変わらずエルフ共は理屈倒れよ。

 そしてゴブリンも体と同じく肝が小さい。

 我らワーウルフ族の熱き闘志と鋼の絆をもってすれば、いかな敵も打ち砕けようぞ》

《ジブエル・アル・ターリクの執事長からも言わせてもらうニャ。

 あいつらがインターラーケンに全兵力を集中させた隙に、要塞から打って出るのがいいんだニャ。

 今ならきっと、一気に進軍できるにょ》

《いえ、全兵力とは言えません》


 エルフの軍師が画面に出ると同時に、様々な表も映される。

 その中で一番大きく表示されているのは、人間達の兵士の数を示すらしい。


《確認された兵数は約一万、予測される総兵力の、ごく一部。

 恐らくは精兵のみを編成し最高の装備を与えたのです。

 無論、兵装や練度は劣るでしょうが、それでも大多数の一般兵は各防衛戦に配備されたままでしょう》


 軍師の予測を受け、さらに軍議が熱を増す。

 ウロコで覆われた顎に髭を垂らすリザードマンが口を開いた。


《神竜僧院本山高僧会の総意を伝えましょうぞ。

 慈悲深き魔王殿がもたらした平和を破り、魔界へ剣を向けたるは愚かな人間達。

 これを見過ごしては、さらに奴らを増長させる。神代かみよ安寧あんねいが保たれぬ。

 皆、心せよ……再び戦乱の時は来た。

 古代神竜の加護は我らにあり》

《化石化したトカゲなんか知らんがな。

 つーかそれ、作戦案と違うし。

 ともかく、ドワーフ工房連盟の職人共の見立てを言わせてもらうよ。

 今回もたらされた敵さんの情報にゃあ、びっくらこいた。ワシらが必死こいて築いた城壁も、バターみたいに切り取られちまぁよ。

 これじゃ、お山の上の要塞なんか、あのマジックアローとかの的にしかなんね。

 エルフどもと同じ意見っつーのは気にいんねーけど、しゃーあんめ。

 悪いこたいわね、さっさと逃げな》

《いかにも、今回はドワーフの職人方と私達エルフ円卓会議は同意見です。

 人間達の攻城兵器は、各要塞の武装も城壁をも無力化しうる射程と威力を有することが判明しました。

 現状において兵力を要塞に集中させることは、魔王軍全滅に直結しかねません。

 よって要塞を放棄し、近隣集落の領民と全物資まで含めての撤退と軍の分散配置を提案します。

 新たな防衛ラインは各要塞より十万ヤード後方に敷設しましょう》

《焦土作戦かい?》

《はい。

 人間側の突撃を誘い、魔界深奥まで引き込み、補給線を断って後に包囲殲滅するのです》

《愚策であろう。

 その程度の策を見抜けぬ奴らではあるまい。

 むしろ東西の要塞を奪われることこそ問題だ。一度奪われれば、再奪取は困難を極める。

 ここは裏を掻き一気に進軍、正面より雌雄を決すべき!》

《アホかっつの。

 やっぱイヌころは頭までイヌ並だな。

 それこそ全滅決定じゃねーか》

《何を!?

 金勘定しかできぬゴブリン共に戦場の何が分かるか!

 今、要塞から撤退してどうなるか、お前達には分からぬか?

 後方に新たな防衛戦を構築、など出来ぬ。雪崩をうって全軍が瓦解する!》

《あのな、撤退を主張してるのは俺じゃなくてエルフだっつの。

 こっちは最初から要塞堅守っつってんだろ》

《だから、それが無理だという話をしてるのだ!》

《皆様、まずは落ち着いて下さい。

 そのように興奮して声を荒げてばかりでは、まとまるものもまとまりません》


 各魔族の意見はぶつかり合うばかりで、全然まとまる様子がない。

 当然だ。そんな簡単にまとまるくらいなら、はるか昔に戦国時代は終わってた。

 そして要塞の維持、放棄、突撃……どの案であっても最善とは言えそうにない。

 魔族全てをまとめ上げることが出来るのは、オヤジのみ。だが今回ばかりは、まとめられるかどうか。


 だが、皆の想いは一つ。

 魔界の平和を守るため、人間の侵略を迎え撃つ。

 それに違いはない。


 熱い軍議が続く。

 皆が魔界を守るため、人間の侵略を迎え撃つため、力の限りを尽くそうとしている。

 ともかく、現状は最悪じゃない。

 そして、本当に反撃の機会は今しかない。

 たとえ少なくても、しかも寄せ集めの素人が大半でも、唯一上回ってる空戦力すら非武装の輸送船ばかりだとしても、やるしかないんだ。

 オヤジが来た以上、勝てないワケじゃない。


次回、第二十部第三話


『結集、脱出』


2010年10月20日01:00投稿予定

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