第二十部 第一話 反撃
「ワイバーン便の竜騎兵団! 無事だったのか!?」
「当然ですよ」
しれっと何でもなく答える兄貴だが、こっちはもう信じられない。
すれ違った竜騎兵団の次は、大きな飛空挺も見えてきた。
インターラーケンに居た、ほぼ全機が無事に飛んでいる。
領地から離れた空域、飛行できる限界高度ギリギリに滞空していた。
トンネルを出たとき、確かに城も駐屯地も燃えていた。撃墜される飛空挺も見た。
全滅したと思ってた。
まさか、無事だったなんて。
兄貴は飛空挺団に急接近しながら、手早く説明をしてくれた――
――飛翔機を発進させた兄貴達は、俺達の帰還を待っていた。
昨日の朝、城近くの集落から「変な音が聞こえる」という報告が幾つも届いた。
エルフ達がすぐに調査を始め、地下の大規模な異変に気がついた。
技術者達が総掛かりで調査した結果、人間達がインターラーケン侵攻作戦を実行中と推測。
兄貴は即座に魔界本土へ連絡、魔王城と各地の兄弟姉妹へ援軍を要請。
竜騎兵団と一部のエルフ魔導師・ドワーフ技術者達などは合戦を叫び武器を握る。
だが兄貴は退却を決断。
試作機運用が目的だったため技術者や研究者が大半。
魔導師だけなら多いが武装はほとんどなく、各種族合同での軍事訓練もしていない。この状況で交戦など自殺行為。
兄貴の魔力も完全回復にはほど遠い。
地上へ到達するまで丸一日あるので、迎撃準備をしたり罠を仕掛けたりはできる。だがそれでも敵の規模と掘削技術を予測したとき、勝ち目があるとは思えない。
仮に撃退を成功させたとしても、トンネルがある以上は人間の軍が続々と押し寄せてくる。未だ街道を開いていない魔王軍より進軍は速い。
インターラーケンを奪われ、魔界本土への侵略という危険は無視し得ない。が、今ここで戦端を開くことに意味はない。
それより重要なのは、非戦闘員を避難させ、敵の情報を入手すること。魔界本土からの援軍と合流すること。
妖精達は命じられるまでもなく、逃げる準備を始めた。
もともとインターラーケンは、エルフやドワーフやリザードマンにとっては自分達の領地でもなんでもない。なので、ルヴァンの命に反し命賭けで戦うほどの理由はない。退却命令に素直に従った。
飛空挺団に積めるだけの荷を詰め込んで全機離陸、偵察用の数機を残してジュネブラまでの退却を開始した。
妖精達と城にいた鳥人達は元々飛べるので、荷を飛空挺団に預けて途中の集落に声をかけながらジュネブラまで飛んでいった。
朝日を眺めながら飛んでいると、偵察からの緊急連絡が飛空挺団に続々と入った。
予想通り、日の出と同時に人間の軍団が地下より湧き出したこと。
見たこともない兵器を大量投入し、城と駐屯地跡を瞬時に破壊し尽くしたこと。
その少し後、トンネルから何故かトゥーン=インターラーケンとネフェルティ=エストレマドゥーラが、部下と人間の娘達を連れて飛び出したこと。
人間達の追撃を振り切ろうとしていたが力尽き、林の中に落下。
救助に向かった偵察機の一機も、あえなく撃墜された。
トゥーンは人間の軍団に突撃。王子が人間達と戦っている隙に、残りの者はジュネブラへの逃走を始めた――
――飛翔機を運んできた一番大きな飛空挺内に入り、足に刺さったままだったナイフを抜いてエルフ魔導師から『治癒』を受けつつ、話を聞き続けた。
なんとまあ、城も何もかも、とっくにカラだったのか。
水をがぶ飲みしながらも一安心した。
「……で、助けに来てくれた、てワケか……」
「助けるつもりはありませんでしたよ」
うわ、メチャクチャ冷たい。
全くの真顔で当然に言いやがった。
「あんな大軍に単独で突撃するなど、愚行蛮勇も甚だしい。虚しく討たれることは確実と見ていました。
あなたは私の生存を前提に、全力で逃走しながら救助を待てばよかったのですよ。
私はネフェルティ達の方を救助に来たのです。
あなたを救出したのは、全くの偶然です」
「そ、そうだ! 姉貴達は、姉貴達が逃げてるんだっ!」
兄貴はチラリと部下のエルフを見る。
そのエルフはもったいぶって頷いた。
「全員、無事との報告がありました。被害報告もありません」
その言葉に、俺は全身の力が抜ける。
バタッと無様に飛空挺の床に倒れ込んでしまった。
相も変わらぬ真顔で見下ろしてくる兄貴。
「ふむ……このような稚拙な選択を褒めるのは不本意ですが、結果として、あなたの行為を評価せざるをえません。
あなたが突撃と包囲突破を成功させたため、一時的にでも人間達の隊列が崩れ士気が低下し、命令系統も混乱したのです。
でなければ、被害もなく速やかに救助することはできなかったでしょう」
「素直に褒めろよ……」
まったく、ルヴァン兄貴の話はいつもいつも回りくどくて長い。
そして絶対に手放しで褒めたりしない。まず最初に屁理屈や悪口や嫌味やがくる。
こっちの事情を考えろ。
「さて、私の話は以上です。
そちらの報告を聞きましょうか」
起きあがる気力もないし、口を開くのもめんどくせえってのに……。
つか、このまま寝たい、気絶したい。
だが状況は、そして冷たく見下ろしてくる兄貴が、俺の泣き言なんか聞いちゃくれない。
回りのエルフとドワーフに助け起こされながら、重い舌を必死に動かし、簡単に今までの状況を説明した。
飛翔機墜落と遭難。
メルゴッツォ駐屯地潜入。
マテル・エクレジェ女子修道院で修道女達と接触。
皇国軍による魔族襲撃偽装。
修道女達の手引きで魔道車内に潜伏。
車列を脱線させトンネルを埋めてからインターラーケンへ帰還。
「……あいつらの宝玉加工技術、その最高傑作らしいアンクってヤツ、マジに信じられねえ。
何より、勇者だ。あの強さ、しかも不死身だなんて、ふざけるにも程がある。
兄貴がサッサと逃げ出してくれて良かったぜ。
でなきゃ、あっと言う間に全滅だ」
「ごく当然の選択です。
私は戦争というものに幻想を抱いていません。勝つ確証と得うる利益が無い限り戦いませんよ。
私が人間の軍と意味もなく戦い虚しく死ぬなど、よくもそんな下らぬ妄想が出来たものですね」
お、お前は、ケンカ売ってるのか!?
心配して損した。
命懸けで頑張ったってのに、アホらしい。
あー力抜けて眠くなってきた。
も、いーや。やること全部やったし、寝よ寝よ。
「さて、報告も聞きましたし」
事務的に報告を聞き終えた兄貴は、やっぱり事務的に振り返って口を開いた。
その口から事務的な口調で飛び出したセリフは、とても事務的とは思えない内容だった。
「反撃します」
眠気が吹っ飛んだ。
今、何を言った?
反撃、反撃っつったのか!?
「お、おい兄貴、まさかと思うが、今……反撃、つったか?」
「言いました」
あ、あ、あ……。
当たり前のように、普通に言いやがった……。
ちょっと待て、俺の話を聞いていなかったのかっ!!
最後の力を振り絞って立ち上がろうとするが、体に力が入らない。足に激痛が走って動かない。
回りのヤツの助けをかりて、ようやく上半身を起こす。
「待て……待ちやがれ! 死ぬ気か? 勝てると思ってるのかよ!?」
「無論」
なんの疑問も迷いも挟まずに即答しやがった。
しょ、正気か?
「俺の言ったことを、嘘だと思ってるのか!?
インターラーケンにいる連中だけで、勝てるワケがねーだろうが!」
「あなたの報告が全て真実と認めています。
だからこそ、今が反撃の好機」
「ふ、ふざけるな!
魔力が尽きた俺と兄貴、丸腰の非戦闘員ばかりな連中を引き連れて、あのバケモノ共と戦えるわけがねーだろうが!!」
「話は最後まで聞きなさい。
私の話は、まだ途中でしたよ」
「な、なに?」
兄貴の話を思い返してみる。
確か、インターラーケンに居た全員を乗せて、ジュネブラまで退却中。
その最中に俺達を見つけて、慌てて救助に戻ってきた……だったよな。
やっぱり勝てねーじゃねーか。
そう考えてた俺を、やっぱり兄貴は下らないと言いたげに見下ろし続けてる。
「だから、話の途中だと言ったのです。
この飛空挺団は現在、退却中なのではありません。
とっくにジュネブラへ戻り、非戦闘員を下ろして、再編成を済ませてあるのです。
既に臨戦態勢にあるのですよ」
「んなっ!?」
た、たった一日で、インターラーケンの全員を避難させて、戦闘準備を整えて、出陣してきたってのか?
いや、領地の民は妖精だ。荷物さえなければ全員あっと言う間に飛んで逃げれる。その荷物も飛空挺団に預けたって。
エルフやドワーフ達も大人数じゃない。ファルコン便の鳥人は飛べる。リザードマンはワイバーンに騎乗してる。
その気になれば、全員すぐに脱出できる。
ジュネブラへの視察には、飛空挺で日帰りした。一日で往復、それ自体は可能。
つったって、まがりなりにも軍団規模なんだぞ。それを、こんな高速で編成し運用したって?
信じられねえ。
驚き呆れる俺を尻目に、兄貴は部下に指示を飛ばす。
忙しく走り回るエルフ達を横目で見ながら、俺へ軽く手を振る。
すると、俺の体がフワッと浮き上がった。
「話は司令室で続けましょう。
この機は臨時に旗艦としての機能を持たせてあります。
来なさい」
ふよふよ漂う俺の体を後ろに連れて、兄貴は機体前方へと歩いていく。
貨物室から司令室とやらまでの狭い廊下、沢山のエルフ達が走り回る。
彼らの服は赤緑青とカラフルで、それぞれの色が各自の職務内容を表していた。
その中でも白い服を着たエルフ達の間で、落ち着いた口調ながらも早口で指示と報告が飛び交う。
――竜騎兵団が帰還しました。十数騎を撃墜され、敵兵を逃したとの報告です。
――ジュネブラより連絡、資材搬送用飛空挺の非常徴集が完了。工事の人員より兵員参加希望者を募っています。
――ティータン様との連絡が取れました。街道建設現場より急ぎジュネブラへ向かわれるとのことです。
――当該空域の全機へ通達。トゥーン王子と同行者全員を収容しました。これより当飛空挺団はジュネブラへ後退を開始します。
――総員へ告ぐ、交戦は不可。本隊との合流まで交戦は不可。戦力を温存せよ。
――全宝玉異常なし、機体損傷無し。出力80%を維持。
――風は東南東、微風。雲多し。現在インターラーケンは大規模な火災が発生し、強い上昇気流が予測される。山脈上の気流の乱れに注意せよ。
遠のきそうな意識を必死に支え、断片的な情報を耳にしながら、ジュネブラの状況を改めて思い返す。
ジュネブラには巨人族、ワーウルフやワーキャット、魔族の中でも素で強い連中が居た。資材輸送用の飛空挺も大量に来ていた。
確かに兵士の頭数だけはそろう。
が、みんな工事で来てただけだ。軍事訓練なんかしてないし、武器もなにもないぞ。
丸腰のド素人共を引き連れて、人間の軍団と勇者の一団に戦いを挑めってのか。
つか、職業軍人でもないのに、いきなり徴兵された仲悪い奴らが一緒くたになって前線に出ろって、どんな無理難題だよ。
有り得ない。
そんな疑問に、兄貴は司令室についてから答えた。
司令室といっても、本当に臨時の簡単なものだ。
機体の操縦席、その後方にある空間から乗客用の椅子と壁を取り払い、ちょっと広めの部屋にしてあった。
そこにデスクと書類、そして俺の執務室にあった『無限の窓』が運び込まれてる。
隅にサササッと簡易ベッドが組み立てられ、俺の体がヒョイと置かれる。
眼下にゆっくりと遠ざかるインターラーケンを見下ろす。
「領地から離れていってるじゃねーか。
反撃じゃなかったのか?」
「この編隊は先発隊です。
資材運搬用飛空挺を転用した本隊は、ジュネブラで発進準備中ですよ。
彼らと、魔界本土からの援軍と合流し、速やかに反撃を開始します」
兄貴は指示を飛ばし、『無限の窓』で各地と連絡を取りながらも、反撃計画とやらを説明する。
それは、確かに納得はしうるものかもしれないが……。
俺の報告を聞くまで、確かに兄貴はインターラーケン退却を実行中だった。
ジュネブラまで後退した後、工事用の飛空挺を使って作業員も含め全員を脱出させる予定だった。
この編隊は脱出が完了するまでの、皇国軍への牽制と情報収集が目的。すぐに離陸できる飛空挺と竜騎兵を、適当にかき集めただけ。
今、この編隊で戦う気は欠片も無かった。
だが俺達を救出し、報告を聞いて、計画を変えた。
今しか反撃の機会は無いと判断した。
魔道車列への攻撃により、第一・第二陣と第三陣は分断。トンネルは多数箇所が塞がれ、線路も破壊された。
突貫工事で土砂を取り除き線路を修復するだろうが、それでも鉄道が使用可能になるまでは、ある程度の時間が必要。
指揮車両を破壊し、指揮命令系統にダメージも与えた。
トゥーンの突撃を迎撃するため、奴らが有する新兵器が使用された。装備戦力の情報は、ある程度は集まった。
即ち、今、トリニティ軍は戦力が激減している。新兵器への対策も立てられる。
だが時間が経てば、トリニティ軍全軍が合流し、トンネルも復旧し、続々と補給援軍が送り込まれる。
魔王軍が攻め上がることは難しく、皇国軍が攻め下りることは容易い。
インターラーケンを足がかりにして、魔界侵攻を繰り返すことになる。
人間の野望を挫き、魔界崩壊の危機を救えるのは、今しかない。
現在インターラーケンにいる全魔族を結集し、魔界本土からの増援を加え、一気にトリニティ軍を叩くべし。
「……もともと、インターラーケンにいる全魔族が避難するまで、ジュネブラ付近で応戦する気でしたよ。
そのための増援は依頼していました」
「その増援と、ジュネブラの全戦力を使って、皇国軍の地上に出てきてる連中を潰す、というワケか」
「そうです。
ジュネブラに展開する予定だった防衛線を、強引に押し上げます。
分断されたトリニティ軍第一・第二陣と第三陣を各個撃破するのです」
「……兄貴らしくねえな」
「いいえ、私らしい判断です。
先ほど話したとおり、私は勝つ確証と得うる利益が無い限り戦いません。
よって、トリニティ軍とやらに勝つ確証があり、魔界防衛という利益がある戦いを、今、するのです」
「そうじゃねえ!」
力の限りに叫んだ、つもりだったが、もう声にも力が入らねえ。
ゼイゼイと息が切れる。
横に控えてたエルフが背中をさすってるが、そんなんじゃ間に合わない苦しさだ。
「こんな、寄せ集めの素人共が、なけなしの武器を手にしたくらいで、勝てる相手と考えるとは、兄貴らしくねえ判断ミスだ……て、言ってんだよ」
俺の反論を、兄貴は聞き流してるとしか思えない。
部下共に命令をしながら、コッチをろくに見ようとしない。
必死にベッドから足を下ろし、立ち上がろうともがくが、力が入らなくて上手く行かない。
周りの連中もベッドに寝かそうと、俺が立つのを邪魔しやがる。
だが寝ている場合じゃない。
「もう一度、言ってやる……奴らは、バケモノだ。
今は反撃の好機なんかじゃない、撤退できる最後の機会だ。
すぐにジュネブラから逃げろ。第三陣にダメージを与えた今しかねえ。
皆を逃がし、街道も橋も破壊だ。
インターラーケンは諦めるんだ」
《大丈夫よ、トゥーン》
いきなり別方向から懐かしい声がした。
見れば、『無限の窓』が映像を映していた。
それは、ミュウ姉ちゃんの姿。
涙ぐみながら俺の方を見てるミュウ姉ちゃんだ。
《よかったわ、生きていたのね。
本当に、本当に安心したわ。
まったく、相変わらず無茶ばかりするんだから》
「へ、へへ……当然だぜ。
この程度で俺がくたばるワケねーだろ?
見事に人間界潜入作戦は成功、人間の味方も手に入れて、皇国軍に大損害も与えてきたぜ。
ま、心配させて悪かったな」
姉貴の顔を見て、ちょっと元気が出てきた。
頑張って胸を張り、大丈夫な所を見せる。
足もなんもかんも激痛だけど、そんな素振りは見せられない。
姉ちゃんはといえば、ハンカチで涙を拭いてる。
《ともかく、援軍の方は大丈夫よ。
一番頼もしい方が、そっちへ向かったわ》
「一番、頼もしい……?」
兄貴が黙って窓の向こう、西の空を指さす。
そこには、何か黒い影があった。
鳥のように羽ばたくソレは、真っ直ぐにこちらへ飛んできてるようだ。
「……は、はは。
なるほど、一番頼もしい援軍、だな」
それは黒い鳥、じゃない。
あまりにも遠くの空を飛んでいるのに、ハッキリと見える巨大な影。
そんな存在は、一つしかない。
オヤジ。
魔王出陣だ。
次回、第二十部第二話。
『軍議』
2010年10月18日01:00投稿予定