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魔王子  作者: デブ猫
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     第四話  走馬燈

 人間界侵入に使った試作型高々度飛翔機『ソッピース』。

 それを撃墜したのは、あのマジックアローだ。

 とんでもない速度と旋回性能で、飛翔機は簡単に墜とされた。


 くそ、それを撃つか。

 こっちの方が小回りは効くだろうが、速度は負ける。

 なら、撃ち落とす!


 背中に背負ったままの銃を手にして減速。

 煙を突っ切って向かってくるマジックアローの群れへ、狙いを定める。

 残り少ない魔力を圧縮し、銃へのダメージなど一切考えず、一気に魔力を注ぎ込む。

 最大出力でマジックアローの群れを銃撃。


 真っ直ぐに俺へ直進する魔法の矢は、次々と光に貫かれる。

 上空まで舞い上がった煙である程度は遮られてるし、風で銃口がぶれるしで、銃撃は拡散してしまう。

 だがそれでも、普段の俺からすれば残り僅かな魔力であっても、十分に桁外れな量の魔力だ。

 拡散してなお十分な威力を維持した光に貫かれ、次々と矢は燃え、切り裂かれ、力を失い墜ちていく。


 が、それでも全てを迎撃は出来なかった。

 先端の宝玉が、粉々に砕け散ってしまったから。

 負荷に耐えきれなかった銃を投げ捨て、残った剣を握りしめる。


 撃ち漏らした何本かが突っ込んでくる。

 こちらの落下速度も合わさって、とんでもない速さだ。

 鋭く尖った先端の宝玉が、精確に俺の体を狙ってる。

 防御の術式なんか間に合わない。そもそも魔力が足らない。


 慌てるな。

 目を逸らすな。

 ギリギリまで引きつけろ。


 一瞬を、見極めるんだ。



 交差。



 こめかみが、裂けた。

 マジックアローが、俺の頭をかすめて飛び去った。

 三本の矢が俺の体を貫く瞬間、身をよじらせて避けた。

 せ、成功だ。


 だが、まだだ。

 肩越しに後ろを見れば、飛翔機の時と同じく飛び去った矢が旋回をしてる。

 弧を描き、再び俺を狙ってくる。

 いつまでもかわしきれるものじゃない。


 そして下を見れば、間近になった地上では、移動砲台上に並べられたマジックアローが俺へ向けられている。

 くそ、次弾装填済みか。

 なんて考えてる間にも矢は続々と撃ち出される。

 後ろからはさっきのが旋回してくる。


 だめだ、挟まれた。

 目は後ろにないし、銃も失った。残るは剣が一本。

 前後からの矢は、同時に回避も迎撃も出来ない。

 煙は晴れ始めた、地上の兵士達との距離も近い、次に銃撃に当たったら、死ぬ。

 魔力もカラに近い。


 終わったか……。





 目を閉じれば、リアの顔。

 昔っから生意気だった。魔王一族の俺を何だと思ってんだ?

 怒ったり笑ったり、一緒にインターラーケンに来たときは他の妖精達も一緒に、頑張ろうとガッツポーズをしたもんだ。

 結局、キスしかできなかった。それが残念だ、クソ。

 上手く逃げ切れよ。


 クレメンタインは口うるさかった。

 偉そうに講釈たれてばっかで、上から俺を見下ろしやがって。

 まったく、おまけに子種をよこせと来たもんだ。

 そんな事のために俺にずっとひっついて来たのかよ。こんな危険な任務にまで、大怪我までして。

 あいつ、助かるかな……助かるといいなぁ。


 パオラ、あいつから全てが始まったのかもな。

 脳天気でお気楽でバカで、でも不安や孤独を必死に隠して、城で働いてた。

 あいつを故郷に帰してやろうって思って、色々あって、ここまで来たんだ。

 魔王城へ行けば、ミュウ姉ちゃんが雇ってくれるさ。オヤジとミュウ姉ちゃんなら安心だ、あいつを任せれる。

 ま、頑張って働けな。



 他にも憎ったらしい兄弟の顔が、微妙にイヤな家族の想い出が浮かびやがる。

 これが噂の走馬燈ってヤツか。

 はは、本当に見れるとは驚いたぜ。


 想い出の中でも、つい最近の人間界での出来事は鮮明だな、さすがに。

 仲間になった修道院の連中、無事に逃げ切れるかな。

 姉貴一人であいつらを守りきれるかどうか……?




 まだだっ!




 くそ、しっかりしろ!

 諦めるな、目を閉じるな。

 まだだ、まだ死ねないっ!



 まぶたを開くと、目の前に赤く尖った宝玉があった。


「うぉああっっ!!?」


 無我夢中で『浮遊』の宝玉を握りしめて右へ急加速!

 つい一瞬前まで自分の体があった空間を、特大の矢が貫いていく。

 肩を、脇腹を、足をかすめて飛び去っていく。

 触れただけで皮が裂け、肉がえぐれ、腕や足ごと吹き飛ばされそうな衝撃が来る。

 マジックアローだけでなく、銃撃の光も俺を狙ってきていた。

 熱ぃっ! 熱い、光が熱いっ! 肉が焼けるっ!?


 ち、地上が近いっ!?

 やべえっ、地面に激突するっ!!

 後ろから甲高い音が、て、旋回してきたマジックアローッ!?

 確か三本、いや、見る暇ないっ!!


 重力と『浮遊』の急加速を足して、死にものぐるいで急降下。

 地面スレスレで体を起こし、移動砲台の横を突っ切る。

 俺の真後ろにつけていた矢が一本、地面に激突して土砂を巻き上げる。

 残り二本は俺と同じく地面スレスレを飛んで追ってくる。

 そして、二本とも移動砲台に突き刺さった。


 砲台が爆発した。

 粉々になった破片がまき散らされる。

 地面ギリギリを、兵士達と移動砲台の間をすり抜けて飛ぶ俺の後ろから衝撃波が襲ってくる。

 爆風で吹っ飛ばされ、兵士数人を巻き込んで、沼の中を転がる。

 破片が降り注ぐ中、ようやく草むらの中に止まった。


 体の上に人間の男が覆い被さってる。

 吹っ飛ばされたときに巻き込んだヤツか。どうやら気絶してるらしく、動かない。

 力任せに吹っ飛ばし、周囲を見る……兵士達は爆発した移動砲台を、そして空の方を見てる。

 泥だらけになった顔を上げて上を見れば、まだマジックアローが飛んでる。

 数十本もの特大の矢が、急旋回して地上へ、俺の方へ!?


 やべえっ! 逃げなきゃっ!

 飛んで逃げようとして、両手がカラになってるのに気がついた。

 しまったっ!

 吹っ飛ばされて泥の中を転がった拍子に、宝玉も剣も落としちまった!?


 見上げれば、甲高い風切り音を響かせてマジックアローが急降下してくる。

 迷ってる暇はないっ!

 突っ込めぇっ!


 泥を跳ね飛ばしながら飛び起きる。

 目の前に、剣を振り下ろそうとした兵士。

 すれ違い様に脇腹を爪で引き裂く。


、移動砲台の群れの中へ身を躍らす。

 俺を追って自陣に飛来してくるマジックアローの群れに、人間達も慌て出す。

 荷台のようなものに乗っていた何人かが、載せられている荷物に付けられた宝玉を操作してる。


 上空に、さっきの障壁が再び展開した。

 魔法の矢は次々と障壁に衝突し、急制動を加えられた矢がへし折れ、砕ける。

 その破片も慣性の法則に従って障壁へ衝突する。飛び散った破片も重力に引かれて落下し、障壁に当たって止まる。

 マジックアローは粉々に砕けるまで障壁にぶつかり続けた。


 だが、幾つかの矢は障壁をすり抜けた。

 展開より速く、障壁内部へ飛び込んだんだ。

 それらは再び急旋回して、俺を追いかけてくる!


「く、クソッタレぇっ!!」


 がむしゃらに、飛ぶような勢いでトリニティ軍のど真ん中を突っ走る。

 後方斜め上からはマジックアロー。

 目の前には兵士の群れ、突っ込んでくる魔界の王子とマジックアローに仰天し、慌てて逃げたり銃を構えたり剣を手に立ち塞がろうとしたり。

 銃撃も魔法も立ち塞がるヤツも、一切無視!

 全てを後ろに置き去りにして、ただひたすらに駆け抜ける。

 移動砲台だか、ただの荷車だか知らないが、とにかくでかいヤツの側や後ろを走り抜く。


 上から降ってくるマジックアローが、次々と地面に突き刺さる。

 大量の泥や土砂や草木を巻き上げて、土の中にめり込み動かなくなる。

 スレスレで避けるが、そのたびに巻き上げられた土砂を全身に受け吹っ飛ばされる。

 幾つかの矢は、盾にした移動砲台や荷車に直撃して、両方とも派手に砕けた。


 自陣内に戻ってきたマジックアローに、爆発した移動砲台の車列に、兵士達の目が一瞬奪われる。

 その隙を突き、風のようにトリニティ軍内部をすり抜ける。

 身を屈め、草むらに隠れ、燃えさかる森に飛び込み、炎と煙の中を跳ね回る。

 後ろも見ずに走り続ける。









 どのくらい走り続けたろうか。



 少しして、人間の姿が見えなくなった。

 もうレーダーの『魔法探知』も感じない。


 我に返って周りを見れば、山の斜面を少し登った所に立ち尽くしてた。

 黄金色に染まった枯れ草の野、人間に踏み荒らされた様子はない。


 耳鳴りが凄い、何も聞こえない。

 自分の呼吸音しか聞こえない。肩が激しく上下する。

 全身が少し痛む、いや、痛みの感覚が戻ってきてるんだ。どんどん激痛が大きくなっていく。

 足は、根が生えたように動かない。

 腕は、もう上がらない。

 指は、硬直してる。

 目は、だんだんかすんでくる。

 意識が遠のく。


 それでも振り返る。。

 首を回す、ただそれだけで背中が痛む、息が切れる。

 肩越しに見れば、トリニティ軍が遠くに見えた。


 奴らの進軍は、止まっていた。

 斜面の下、平地のあちこちに散らばっている。そのまま移動しようとせず、うろうろしたりジッと止まったり。

 どうやら指揮が混乱したんだな。隊列も乱れて行軍できなくなって、慌てて再編成してるんだ。

 しかも、俺を逃がしてしまった。後方からの襲撃にも警戒を払わなきゃならない。

 進軍速度は確実に落ちる。


 斥候を兼ねて姉貴達の追跡隊を編成するだろう。パオラ達の足跡は残ってるから、それを追ってくる。

 が、軽装備の小隊なら姉貴一人で十分だ。

 そもそも姉貴の耳なら、楽に人間共の動きを先につかめる。足音もなく隠密行動が出来る。

 リアはこの地を知り尽くしてる。

 裏をかいて逃げれる。


 今、立っている場所は、山の麓。

 トンネル出口と、トリニティ軍と、俺とで正三角形を描けるような位置。

 この場所ならよく知ってる、狩や視察で何度も通った。

 俺が隠れる場所も逃げるルートも、手に取るように分かる。


 姉貴達は、助かる。

 助かるんだ。

 そして、俺も、生き残った。

 生きてる。


「やった……」


 やった。

 やったんだ。

 やり遂げたんだ。

 

 逃げ切れた。

 はは、一騎駆けだぜ。

 敵陣中央を、突破してやったぞ。

 多くの兵士を倒し、幾つもの移動砲台を破壊した。

 魔王の血族とはいえ、総力を結集しても止めることが出来なかった。士気はガタ落ちだ。


 皇国軍を足止めした。

 人間界の情報も持ち帰った。

 インターラーケンは奪われたが、最悪の事態にまでは至らなかった。


 どこかに潜み、十分休息を取って、再び奴らを引っかき回してやる。

 トンネルなんか、何度でも埋めてやる。

 ジュネブラまでは道が来てるから、そこから魔王軍の本隊だって来る。

 ヴィヴィアナ達が持ってた聖具、楽器の宝玉。あれがあれば人間の宝玉加工技術も手に入る。

 記録用宝玉の情報もある。

 インターラーケンは、すぐに取り戻せる。


「は、はは、やった、やったんだ……。

 あはは、はは……は」


 笑いたいけど、もう笑う気力もない。

 力が抜けていく。

 ダメだ、立っていられない。

 やっと休める……?


 何かの気配を感じた。

 黄金色の草原の中を、何かが走ってくるような。

 そう感じた瞬間、足に振動。



 下を見ると、左足の太ももに、ナイフが刺さってた。

 流れ落ちる血を、呆けたように眺めている自分がいる。

 脳が働かない、何も考えられない。

 ようやく、視線だけを前へ戻す。



 そこには白、黒、赤、青の鎧を着た四人の騎士がいた。


次回 第十九部第五話


『砲と重』


2010年10月6日01:00投稿予定

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