第三部 第一話 人間
第三部を開始します。
今後は不定期で週に1~2回UPして行こうか、と思ってます。
遅筆はどうかご勘弁下さい
人間。
インターラーケン南方の地域、海に突き出したアベニン半島に暮らす種族。
姿形はエルフやドワーフに近い。妖精から羽をとり二倍の大きさにしたような外見。
魔王による魔界統一に唯一抵抗し続ける種族。
自分達を人間と呼び、一般に魔族と呼ばれる我々と区別している。
能力的には、平凡。牙も爪も無く、火も吐かないし空も飛べない。
あえていうなら、何もかもが一通り出来る、というくらい。特別秀でた能力はないけど、特別苦手なこともない。
肝心の性格は、困ったことに、とにかく話が通じない。
自分達以外の種族、特に上位魔族を見つけると、問答無用で襲いかかってくる。
これまではエルフ・ドワーフ・ドラゴン・ゴブリン等も、それぞれ互いに殺し合ってきた。土地や財宝の奪い合いを続けてきた。
その中では人間も別に目立った種族ではなかった。
だが魔王の圧倒的魔力を恐れ、かつ、気長で心のこもった話し合いの末、とうとう争いをやめた。
魔王一族が各魔族の間に立つことで魔界は平和になった。
魔界の魔王というと、絶大な魔力を振りかざして力ずくで魔界を征服……というイメージがある。おとぎ話ではそうだろう。
でも現魔王は違う。
確かに絶大な魔力はある。でも、それを振りかざして破壊の限りを尽くす、なんてことはしなかった。
魔王になれたのは、みんなが「この方ならいいだろう」と思ったから。
別に力だけで、恐怖をまき散らす魔王になったわけではない。
ところが、アベニン半島に暮らす人間だけは、話を聞いてくれなかった。
人間達も昔は我々魔族とさしたる違いは無かった。エルフやドラゴンと小競り合いを続けていた。
そして同じ人間の中でも各部族間で抗争を続けていた。これも通常の魔族と大きな違いはない。
だが魔王による魔界統一が始まった頃、人間達は統一国家を築いた。
瞬く間に人間達は周囲の魔族を駆逐し、虐殺し、占領した。
人間がいた地域、アベニン半島を支配仕切ると、今度は勢力を北へ広げ始めた。インターラーケンの山々近くまで。
同じ頃、魔王が魔界統一のほとんどを完了した。残るは人間達が支配する、アベニン半島のみ。
魔王は何度も使者を送ろうとした。
文を何度も投げ入れた。
彼らの返答はいつも同じ。剣と魔法、死と沈黙。
ここにいたり、両種族の違いが鮮明になった。
人間は極端に排他的、独善的、攻撃的、強欲、残忍、etc……の負の評価が下された。
魔族と人間は明確に区別された。
魔王一族すら立ち入れないインターラーケンの山を挟み、両種族は睨み合った。
山は東西に延び、両端を海岸に接する。その低くなった山の中で、何度も衝突を繰り返した。
最初の頃は押され気味で、山を越えられることが何度かあった。
だが現在では魔王軍が盛り返し、山に要塞も築き、インターラーケン東西の端で防衛を続けている。
「……以上が、現在までの人間と魔族の関係に関する概略です」
「んなこた、俺だって知ってるよ」
「先手を打つための第一の布石は情報ですぞ、そのためには、現状を再確認するのも肝要です」
城の扉前、多くの妖精がひっきりなしに飛び回る。
俺の後ろで、頭に黒いとんがり帽子を被ったクレメンタインは本を片手に基本的知識を並べる。
それを軽く聞き流しながら、俺は武具を確かめる。妖精達が背中の留め金を留め、カルヴァの背に荷物をくくりつける。
俺の武具は、後ろでふんぞり返るお偉いさんが見栄で見せびらかせるためだけの、派手で無駄な鎧と剣じゃない。
前線に立つための実戦用。
魔王一族は他の上位魔族に力を示すため、また直接指揮のため、前線にも立つ。
でも、それだけじゃない。
なにしろインターラーケンの戦力は、実質、俺だけなんだから。
俺以外に兵たり得るヤツがいないんだ。
黒を基調に塗装した、軽く強度の高い金属を組み合わせたもの。
基本はチェインメイルで、胸・手など要所のみを金属板で保護している。
俺の動きを邪魔しないよう無駄なく軽量化してある。兜も同様。
剣は俺の魔力と筋力に耐えれるようドワーフが鍛え上げた逸品。
夜間戦闘でも月明かりを反射して居場所を悟られたりしないよう、表面は黒塗りつや消しをしてある。
鎧が黒いのも同じ理由。
王子、というより魔王一族に相応しい、実用性を重視した武具。
そして目の前には白い大犬のカルヴァ。
ユニコーンもペガサスもいない以上、騎乗できるのはこいつだけ。
贅沢は言えない。俺以外に前線で戦えそうなのはコイツだけだ。
「くそ! まさかこんな場所に人間が現れるなんて、予想外だ。
金が無くても敵はいないから軍事費を削れる、なんて甘かったぜ」
「やつら人間は、インターラーケン東西の要塞を素通りするため、迂回路を探しているはずですぞ。
すなわち、現れた人間は斥候隊。ですがまさか、初夏とはいえ、あの急峻な山脈を越えてくるとは……無茶をするものです」
「さすが、ネズミのようにどこにでも湧き、ゴキブリのようにしぶとく、蛇のように執念深い、と言われるだけあるぜ」
武具を整え終えたところで、ベルンが追加の報告にやってきた。
その向こうでは鳥人がハヤブサの速達を飛ばしてる。各地に人間襲来の情報を送ってるんだ。
ベルンは慌てて報告をした。
「あ、現れた人間は、ひ、一人ですじゃ!」
「一人?」
聞き返す俺に報告を続ける。
「は、はいです。
たった一人ですじゃ。このインターラーケンの地を皆でくまなく飛び回りましたが、現れた人間以外はおりませんです!」
防具の各所に備えられた宝玉をチェックしていたリアも尋ねる。
俺の鎧には黒光りする宝玉が幾つもついている。
エルフ達が研究開発した強力な術式が組み込まれた、特別製だ。
「そいつってぇ、どんな感じなのぉ? 強そう?」
「う、うむ。相当に強そうじゃ。身体は大きく、筋肉質で、目つきも鋭い。
装備は山越えのための防寒服、武器は腰に剣を携えておる」
「でもぉ、一人だけって変よねぇ。もしかして、迷ってきただけぇ?」
「道に迷っても、わざわざあの山を登りはせんじゃろ。
目的は山の調査じゃな。そして、山の向こう側……わしらの住まうこの地、じゃ」
青ざめた顔で語る長老に、クレメンタインも頷く。
「一人でインターラーケンを登山したはずはありますまい。恐らく、山の向こう側に登山チームがいるはずです。
人間達は以前からこの地を窺っていたのでしょうぞ。そして山向こうの調査を終えたため、ついに山を越えたのですな」
「使者、という可能性はないのかよ」
「ありませぬ」
自信を持って断言された。
「何故なら、ヴォーバン要塞など前線基地にすら使者が送られたことなどないのです。
わざわざ越えることすら困難なインターラーケン山脈を越えてまで文を送るなど、ありえませぬ」
「ふん……。そして、ヤツの目的は情報を持ち帰ること、か」
「その通り。ゆえに……帰してはなりませんぞ。
ですが、こちらは情報が欲しい。出来るなら生け捕りにしたいところですな」
「任せな」
装備を整え終え、カルヴァにひらりとまたがる。
周りにいる妖精達や鳥人、リアにクレメンタインまで不安げに見上げている。
「んじゃ、行くとするぜ。
他の連中の避難は済んでるな?」
ベルンが頭を上下させる。
「皆、避難を進めております。城の準備も済んでおります」
「よし、お前らも逃げろ。危ないから近寄んじゃねーぞ」
それだけ言って兜を被る。
顔の上半分と首筋までを守る薄い金属板。眼前のスリットから細長い風景が見える。
カルヴァを走らせようとした。
が、俺の後ろにクレメンタインがよじ登ってきた。
「お、おい、危ねえから、ひっこんでろ!」
「そうもいきませぬ」
「お前、戦えるのかよ?」
「僭越ながら、魔法を少々嗜んでおります。
それに、戦いの基本は数。少数を多数で圧倒するのです。一対一など愚行の極み。
戦争とは算術なのですよ」
「つったってお前、戦闘経験はあるのか?」
「トゥーン殿と同じに御座います」
ハッキリ言うなよ。
リアも俺の頭上を飛び回る。
「このリアなしにぃ、あんたがまともに戦えるモンですかぁ。
ちゃーんと応援してあげるからぁ、しっかり戦いなさいよぉ」
「うるせーっ! くんな、邪魔だ、足手まといだ!」
足手まといだ、といわれても、コイツらは離れる様子がない。
クレメンタインはカルヴァから降りようとせず、リアもカルヴァの頭に乗っかってすましてる。
溜め息一つ。
「しゃーねえ。
けど、絶対に前に出るな。常に俺の後ろにいろ。やばくなったら、すぐに逃げろ。
いいな!?」
「オーケェ♪」「承知致しました」
カルヴァの腹を軽く蹴ると、大きな遠吠えと共に走り出した。
報告のあった、人間のいる場所へ。
「本当に、一人だな」
「堂々としてますねぇ。まっすぐ城へ向かって歩いてますよぉ」
「見える武器は剣だけ……。他にもあるだろうが、軽武装だな」
「山を越えるためにぃ、余計な武器は持てなかったんですねぇ」
山の麓。例の人間はすぐに見つかった。
白い防寒着を着て、頭には色眼鏡。腰には剣を提げている。
森の端をスタスタと、恐れる風もなく歩いている。
インターラーケンの平地を見下ろす、俺の城へ向けて、真っ直ぐ。
「なんなんだ、あいつは。全然警戒している様子がないぞ」
「ここが魔王様の支配地域だって、知らないはずはないでしょうにぃ」
後ろでは黒のとんがり帽子の下で、クレメンタインが双眼鏡を覗いている。さっきから一言も話さず、じっとヤツを観察している。
「おい、どうだ? クレメン、なんか分かるか?」
聞かれたエルフの女は何も答えない。ただジッと双眼鏡を覗き続けている。
「ちょっとぉ、トゥーン様に答えなさいよぉ」
カルヴァの頭に座りっぱなしのリアが怒るが、それでも答えない。
だが、双眼鏡を握る手に、妙な力がこもってる。
「……に……」
「に?」「にぃ……なによぉ」
クレメンタインの額に汗が流れる。手が震えている。
引きつった口から、絞り出すような声が漏れる。
「逃げて……下さい」
ようやく答えた。逃げろ、と。
いきなりなセリフに、俺もリアもキョトンとしてしまう。
「逃げろ……て、いきなり何だ」
「逃げるんですっ!
勝ち目はありません。早く、早く全員を避難させるのですっ!」
その剣幕は、冗談には見えない。
いや、エルフの学芸員ともなれば、そんな冗談を言うはずがない。
つまり本当に、あの人間はヤバイってことだ。
「あんたぁ、あいつのことを知ってるのぉ?」
ようやく双眼鏡を下ろしたクレメンタイン。その目は、明らかに恐怖で濁っている。
「知って、います。手配書で、見た顔です。
対人間戦を考える上で、絶対に忘れてはならない、存在です」
「え……そぉ、それってぇ……」
「まさか……ヤツ、なのか?」
口を固く閉ざし、小さく頷くクレメンタイン。
双眼鏡をエルフの手から取り、俺もヤツの顔を見る。
それは、確かに手配書で見た顔だ。
魔族にとって恐怖の象徴。
思わず、俺の手にも力が入ってしまう。頬に冷たい汗が流れる。
ヤツは、人間最強の戦士。
常に人間の軍団の先頭に立つ切り込み隊長。
そして時として、単独で魔族の軍団の後方に現れる、神出鬼没の遊撃手。
撤退する人間の殿をいつも守る、鉄壁の盾。
危険な任務を常にこなしているにも関わらず、ヤツは死なない。
いつまで経ってもヤツは死なない。
いや、正しくは殺せない。
戦場でヤツを討った魔族は何人もいる。なのに、ヤツは再び戦場に現れる。
何度も討たれ、何度も殺されている。間違いなく。
にも関わらず、ヤツは再び戦場に現れる。
死を超越した、化け物。
巨大なドラゴンにも、エルフの高位魔導師にも、大地を埋め尽くすオークの大群にも斬りかかる狂戦士。
目の前に立つ存在は全て殺す殺戮者。
倒した魔族は身ぐるみはぎ取り、牙も皮も剥いでいく強奪者。
驚くべきことに、その欲望は敵である魔族のみならず、味方であるはずの人間にまで向けられている。
ヤツは人間の村や民家で、力ずくで金目の物を奪っていく。味方を盾にして攻撃をかわす。そんな姿は何度も確認されている。
魔族の天敵。
最強最悪の人間。
不死の化け物。
全てを殺し、破壊し、奪っていく、恐怖の闘神。
魔王に対抗しうる、唯一の存在。
やつの名は知らない。
ただ、人間達にこう呼ばれている。
勇者、と。