第三話 突撃
矢が、光が、魔法の風がかすめていく。
煙と炎、木々の間を駆け抜け、トリニティ軍の小隊の間をすり抜ける。
広範囲な『魔法探知』の魔力が、一定間隔で何度も体を通っていくのが分かる。
そうだ、居場所を確かめろ。
桁外れな魔力に目を奪われろ。
お前等の相手は、俺だ。
障害物に身を隠して攻撃をかわしつつ、時々目立つように姿を現し、銃を持ったヤツから狙い撃ちにする。
反撃が来る前に、即座に身を隠して移動、逃走。
姿を現す瞬間だけ魔力ラインを輝かせ、移動するときは輝きを抑える。
止まるな、囲まれるな、常に動け。
少しでも仲間達から離れるんだ。
人間共を引きつけろ。
周囲全てから指示の叫びと怒号と、断末魔がわき起こる。
草むらの中を疾走し、木々の間を跳ね回り、時折『浮遊』も使って空を駆ける。
肉体強化は出力全開、魔力チャージも常時継続。
魔力をセーブするため銃を使うのは最小限に抑え、接近戦で勝負をかける。
一瞬でもいい、長く戦うんだ。
一人でもいい、多く倒すんだ。
殺さなくていい、注意を引くだけでいいんだ。
トリニティ軍をかき回せ!
煙を突っ切ったとき、十人ほどの小隊と至近距離でぶつかった。
鉢合わせした瞬間に、目の前のヤツの首を爪で掻き切る。
その後ろのヤツが銃口を向けた瞬間、殺したヤツが腰に帯びていた剣を引き抜きながら右へ跳ねる。
光は一瞬前まで俺が居た場所を、喉から血を噴き出しながら未だに立っていた兵士ごと貫いた。
右に立っていた別の兵士は慌てて小刀と抜こうとするが、ナイフの柄を掴んだ手首を斬る。
他の兵士達も抜刀し、俺へ斬りかかる。左右へ展開して包囲しようとする。その後ろのヤツが高速で呪文を唱え印を組む。
兵士達の動きも、さすがに速い。大した肉体強化と連携だ。皇国軍から選抜した最精鋭、というだけはある。
が、あいにく魔力量が違う。
肉体強化術のレベルが違う。
覚悟も違う。
一番左のヤツに向けて銃を構える。
そして、渾身の魔力を込めて、引き金を引く。
光はそいつの脇腹を貫く。
構えた銃を、そのまま右へ一気に薙ぎ払う。
魔力を流し込む銃に大きな抵抗を受けるのを感じる。同時に、銃の先についている宝玉が火花を散らす。
だが、銃のダメージを一切考えず、魔力を強引に光へと変換する。
銃を右に薙ぎ払うと同時に、銃口からの光も扇状に拡散する。
だが拡散したといっても、兵士達の体を貫くには十分なエネルギーを維持し続けた。
人間の小隊の体が、上下に真っ二つになり、ぐしゃりと音を立てて地面に落ちる。
同時に銃口の宝玉が、パキンッ……という音を立てて砕け散った。
一瞬で小隊を全滅させ、死体の山を築いた。
壊れた銃を交換して背負い、剣を腰に帯びる。
そして草むらと煙の中に飛び込み、身を隠す。
背後には風を切る音と共に矢が雨のように降り注ぎ、全滅した小隊の死体ごと、付近を穴だらけにした。
身を伏せながら草むらを走っていると、どこからか『魔法探知』の魔力を感じた。
相変わらずの一定間隔で、一定の方角から回転するように放たれている。
この感じは、覚えてる。駐屯地の中心から放たれていたヤツと同じだ。
あれまで持ってきてたか。
チラリと振り返れば、ペガサスが空を舞い、ピッタリと俺の後ろについてきてる。
斥候に徹しているらしく、攻撃はしてこない。俺の居場所を確認し、地上の連中に伝えているんだろう。
好都合だ、そうでなくちゃ囮にならない。
探知された魔力と、上空からの指示に従って形成される包囲網。それより速く動くんだ。
包囲の輪を食い破れ。
誰も姉貴達の方へ向かわせるな。
このまま本隊へ、本陣へ突っ込むぜ。
ふと、人間共の気配が無くなった。
銃撃も止む。
上空のペガサスも遠く離れてる。
ようやく包囲を破ったか……と、周囲の様子をうかがう。
いや、違う。例の回転する『魔法探知』は感じる。
俺の居場所は確認し続けているのに、俺から離れた……何故だ?
足を止めて考えてると、ヒュッ、という風を切るような音が聞こえた。
地面が炸裂した。
背後で大量の土砂が吹き上がる。
爆風で吹っ飛ばされるが、それでも空中で体勢を立て直す。
草むらの中に頭から落ちそうになるが、左手をつき、そのまま前転。受け身をとる。
即座に立ち上がって、止まらず走り出す。
俺がさっきまで居た地点めがけて、ヒュヒュヒュッ、と風切り音が連続する。
連続で地面が爆発し、土砂が雑草や低木ごと巻き上がる。
なんとか爆風からは逃れるが、背中や頭に容赦なく石が叩きつけられる。
息を切らしながら上を見ると、遙か彼方から何かが……砲弾が雨のように飛来してきてる。
方角は、恐らくさっきの攻城兵器みたいなのがあったはず。
くそ、移動砲台か。
広範囲な『魔法探知』で確認した場所めがけて、撃ち込んでるんだ。
全力で草原を駆け抜け、林を跳ね回り、沼を飛び越える。
雨のように降り注ぐ砲弾から逃れ続ける。
至近距離で炸裂するたびに体が吹っ飛ばされる、全身に石つぶてが降り注ぐ、耳鳴りがする、頭がグワングワンと振り回される。
それでも必死に砲弾を避け続ける。
耳鳴りで低下した聴力だが、ヒュルルルル……という、さっきより低く間延びした風切り音が聞こえた。
見上げれば高速で飛来する弾幕の中を、低速の弾丸が飛んできてる。
他と違ってハッキリ見えるほど遅く、そして、大きい弾丸……?
ヤバイっ!
全筋力魔力を足に集め、圧縮。
溜め込んだ力を一気に解放、同時に宝玉を握って『浮遊』も発動、跳躍による加速を得て一気に飛び上がる。
飛翔する俺と、特大の低速弾丸が、至近ですれ違う。
弾丸が割れた。
爆発ではなく、パカッと殻が四つに割れた。
その中に収められていた大量の黒く丸い物体が、再度地上へ向けて撃ち出される。
俺が飛び立った地点を中心に、極めて広範囲に。
地上へ撃ち込まれる。
大地が、沸騰した。
草原が、林が、湿地が、煮えたぎるかのように揺れ、土砂を巻き上げ、煙を上げる。
地上で舞い上がった爆風と粉塵が、上空にいた俺まで一気に包み込み、振り回し、熱を持った空気が喉を焼く。
衝撃が頭を貫き、意識が飛びそうになる。
必死で意識を保ち、『浮遊』で姿勢を直す。
息を止めたまま上昇を続け、肺を焼くような熱い粉塵の雲から脱出する。
雲を抜けた瞬間、必死で呼吸を整えながら、地上と上空を確かめる。
地上には、煙の合間から見えるトリニティ軍。
その数は……やはり、少なくとも一万はいそうだ。
俺が居た場所を中心として、極めて大きな円陣を組んでる。
くそ、やられた。
包囲網だと思って必死に突っ込んでいたのは、さらに巨大な包囲網の中に組まれたものだったんだ。二重の包囲かよ。
くそ、なんて指揮能力と機動力だ。敵ながら見事、としか言いようがない。
トンネル出口の方角には、大型の砲台を乗せた荷車のような物やら、なんだか四角い箱を斜め上に向けて取り付けたような、妙な物を並べた部隊が見える。
その一番後ろには、やはりあった。
駐屯地の『レーダー』だ。
一際背の高い、やぐらのようなもの。そのてっぺんに大きな宝玉が見える。
斥候のペガサスは、遠く離れた空を飛んでいる。
高速弾の弾幕は止まってる。代わりに俺がさっきまで居た場所へ向けて、例の低速巨大弾頭がもう一発飛んでいくのが見える。
それは大きな放物線を描き、軌道の頂点へ達した後、ゆるやかに自由落下を始める。
自由落下……放物線を描いて、自由落下だと!?
瞬時に加速、弾頭へ向けて飛行する。
低速弾頭は標的である俺が高速で接近してきているのに、何の反応も示さない。
さっきまでと同じく自由落下、のんびりと地上へ向けて落下速度を上げていた。
弾頭に触れるほどの距離まで接近した。
とういか、弾頭と一緒に風を切っているのに、爆弾はリアクションを示さない。
あの小型爆弾をばらまいたり、この場で爆発するとかもない。
やっぱりだ、これは魔力で誘導した物じゃない!
撃ち出したら撃ち出しっぱなしの、ちょっと中身にからくりを入れただけな、単なる砲弾だ。
だったら……。
「いただきだっ!!」
砲弾と一緒に放物線を描きつつ、瞬時に『念動』を組み上げる。
そして発動。
予想通り、砲弾は巨大さと勢い故に重いが、それだけだ。
魔法に抵抗せず、『念動』に捉えることが出来た。
そして地上を見下ろす。
「返すぜっ!」
弾頭の放物線が『念動』によって不自然にねじ曲げられ、回れ右した。
渾身の魔力で巨大な爆弾の塊をぶん投げる。
地上へ、トリニティ軍の攻城兵器の群れへ。
爆弾は、やっぱりのんびりと放物線を描いて落下していく。
そして、ある程度地上へ近づいたところで、パカッと殻が割れた。
黒く丸い爆弾が、今度はトリニティ軍へ向けてばらまかれる。
再び、広範囲に爆炎が上がる。
大地が沸騰するかのように粉塵の煙が巻き上がる。
包囲の一角がごっそりと削られるかのように、トリニティ軍の攻城兵器群ごと森と泉と草原が塵になる。
もうもうと立ち上る雲が視界を塞ぐ。
やったか……?
だが、俺の期待は裏切られた。
粉塵の下に、淡く輝く光の波紋が見え隠れする。
煙と光の下に微かに見えるのは、未だ健在なままの兵器群。
その周囲にはある程度の被害を与えたようだが、致命的な一撃には至らなかった。
「ちぃっ!」
舌打ちしつつ、『浮遊』の宝玉を再稼働。
ついでに自分のコンディションもチェック……くそ、じり貧ぽいな。
魔力は大方を消費した、残り一割くらいか。
全身が痛む。大きな傷は負ってないが、ボロボロになった服は紅く染まってる。倒した人間のものか、細かな傷から染み出た俺の血か。
大きな傷が無くても、細かな傷をこれだけ大量に負えば、出血が激しいのに変わりない。
喉もさっきの熱風でヤケドしたようだ、呼吸するたびに痛い。
だが、まだ戦える。
大丈夫、体は動く。
魔力が尽きたって、俺には『肉体強化』と魔力チャージが同時に出来るんだ。極端な話、永遠に剣を振り続けることができる。
そうだ、大きな負傷さえしなければ、それでいい。
まだまだ奴らを引っ掻き回せるぜ。
気合いを入れ直し、地上を敢然と見下ろす。
重力の加速も加えて、一気に地上へ急降下。
粉塵の向こう、まるで麦粒のように小さく見える人間の兵士達。
微かに見える姿は小さいが、何をしようとしているのかは分かる。
上空へ、俺へ向けて真っ直ぐに銃を向けている。
当たってたまるかっ!
急降下しながらも、旋回と方向転換を加えて狙いを逸らそうとする。
地上からは銃撃の光がシャワーのように襲いかかってくる。
くそ、奴ら、あらゆる場所からメチャクチャに撃ってきやがる!
広すぎる。オマケに銃の光は、まさに光。避けれる速さじゃないんだっ!
少々の回避をしたってどうにもならない!?
粉塵の雲の向こうから伸びる光の針。
光は一点へ、急降下する俺へと収束する。
突風に震える俺の頬に、髪に、腹に、そして頭にも光が当たる。
……え?
何ともない。
当たってもダメージがない。
ちょっと熱いかな、という程度だ。
目に当たったら眩しいだろうが、それだけ。
どうなってる……?
粉塵の向こうから伸びる光は多いが、弱い。
かすれたり、途切れたり、フラフラと揺れている。俺の体に当たっても一瞬だけで通り過ぎる。
全く狙いが定まってないし、光に力もない。
遠すぎる上に急降下してきてるから、狙いが定まらないんだ。
手ぶれも加わって、光を一点に集めれない。
オマケに空中に舞い上がった粉塵で光が遮られてしまってる。
この広範囲な粉塵で、奴らの銃を封じれたんだ!
行ける!
回避をやめ、速度を上げ、一直線に降下する。
髪も服も、急降下による風圧で吹き飛びそうだ。
必死に薄目を開けて地上を見れば、兵器を覆っていた光の波が消えた。
ふん、あの銃撃が障壁をすり抜けるのは知ってる。司教が障壁越しに攻撃してきてたし、今のも障壁を無視してのものだった。
だったら今度は、障壁を維持していると出来ない攻撃……。
そう予想し、覚悟していた。
そして予想していたとおりの攻撃が来た。
先端に赤く輝く宝玉をつけ、術式が書き込まれた矢。
巨大な魔法誘導式の矢が、四角い箱を乗せたような荷台から、その箱の中から幾つも撃ち出される。
飛翔機を撃墜した、マジックアロー。
それが何十と発射され、まっすぐに俺の方へ急上昇してくる。
次回 第十九部第四話
『走馬燈』
2010年10月4日01:00投稿予定