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魔王子  作者: デブ猫
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     第五話  帰還

 後方のトンネルを埋め、再加速した車両。

 これでもかとライトアップしたままの魔道車の光と、トンネル内に一定間隔で設置された照明と、彼ら自身が持つランプの光で、人間達が僅かに見える。

 闇の中に浮かび上がるのは、剣や銃を手にし、茶色の軍服を着た人間の兵士達。

 ようやく人間の少女達と妖精の少女も起きあがる。

 運転台から飛び出して車両側面に立つトゥーンが叫んだ。


「突っ切れっ!!」


 主の命にクレメンタインの手足が弾かれるように動く。

 ペダルもレバーも限界まで押し込む。

 魔道車内部から響く低く唸るような音が、徐々に大音量の高音へと移っていく。

 鋼鉄の車輪と歯車が回転数を上げていく。


 トゥーンの体を、そして彼ら全員の体を違和感が通過した。

 それは『魔法探知』の魔力が通過した感覚。

 同時に前方にいる人間の部隊の動きが慌ただしくなる。

 彼らの持つ光が左右に展開し、かすかに見える人影は銃を構えている。

 トゥーンとは反対側に立つネフェルティがニヤリと笑った。


「ようやく気付いたようだけど、もう遅いんだニャッ!」


 そう、確かに遅かった。

 彼らが『第三陣の魔道車が、後続の車両を切り離して暴走してくる』という異常事態に気付いた瞬間には、その魔道車は彼らへ向かって最大出力で疾走してきていた。

 しかも、その巨大な鉄の塊は、前方にいる彼らに向かって走っている。

 その重量物を、そしてそれが内包する極大の魔力を、止める手段は彼らにあろうはずもない。


 斥候として放たれた人間の兵士達が、慌てて線路から飛び退いてトンネルの壁に張り付いたり身を伏せる。

 その横を魔道車の巨体が走り抜ける。

 急激な気圧変化を残し、客車も貨物車もない魔道車一両だけが、一瞬で通過した。


 目があった。

 すれ違う一瞬、斥候隊と魔王一族の目があった。

 人間の運転手が操縦し、長大な車両を牽いているはずの魔道車。が、なぜか単独で、しかもワーキャットを乗せて走っている。

 運転席には白い服を着た長身の女性と、黒い修道服を着た少女達。

 絶対に有り得ないはずの光景。

 恐らくは何が起きたのか全く分からないままであろう兵士達は、それでも走り去っていく魔道車に向けて銃を向ける。


「おらよっ!」


 車両後方へ移動したトゥーンが、さらにトンネルの壁や天井へ攻撃を加える。

 途端に瓦礫が降り注ぎ、粉塵の雲が車両後方に舞う。

 その雲の向こうから、銃の生む光が伸びてきた。

 車両の後ろ側を走り回る光の筋は、ネフェルティやトゥーンや、ガラス越しのクレメンタインの背にも当たる。

 だが粉塵に遮られたそれは微かで、光を受けた彼らに傷を与えられなかった。

 聖歌隊のメンバーも、ようやく狭い運転台から這い出して、車両横や後方の狭い通路に立つ。


「こ、このまま、では、前の車両にっ!?」


 サーラの叫びに、低く押し殺したトゥーンの声が返ってくる。


「突っ込むぜ」


 少女達が息を呑む。

 だがこれも、トゥーン達が危険を冒してまで魔道車を強奪した目的の一つ。

 即ち、魔道車そのものを弾丸として、第二陣に撃ち込む。


「クレメンタインッ!」

「はいっ!」

「飛べるかっ!?」

「大丈夫ですぞっ!」


 魔法でレバー類を固定させているクレメンタインは、手に持つ青の宝玉を示す。

 それは『浮遊』が付与された宝玉。恐らく魔力が乏しくなったクレメンでも、自分の体だけなら飛ばせるだろう。

 トゥーンは手近にいたヴィヴィアナとイラーリアを、問答無用で両脇に抱え込む。


「きゃっ!」「うひゃっ、いきなり何だよ!?」

「飛ぶぞ! パオラは背中に乗れっ!」

「えっ!? あ、わ、分かっただよ!」


 しゃがんだ彼の背にパオラが飛びつき、首にしっかりと両腕を回す。

 車両の反対側からは、同じくネフェルティが抱きつけのなんのと騒いでる声がする。

 離脱準備は整った。


 前を睨めば、暗いトンネルの向こうに明るくなった空間が見える。

 遠くても、『暗視』や『鷹の目』を使わなくても分かる、第二陣の最後方車両。

 沢山の人間達が動き回り、大声や警笛が響いてくる。

 車両を挟んで、姉と弟が声を合わせる。


「姉貴!」「飛ぶニャっ!」

「トロワ(3)!」

「ドゥー(2)!」

「アン(1)!」


 一つ数えるごとに、第二陣最後尾との距離がグングン縮む。

 魔法で出力最大のままレバーを固定された魔道車は、全く減速しない。

 第二陣最後尾の予備魔道車と、その周囲で慌てふためき逃げていく人間達までハッキリと見えてくる。


 両腕と背中に人間三人を乗せたまま、トゥーンは体を屈める。

 全身に魔力を満たし、両脚の筋肉に力を込める。

 膨れあがった太ももの筋肉が、弾ける寸前のバネのよう。

 大きく深く息を吸い、精神統一。

 脳内に『浮遊』の術式を組み上げる。

 担いだ三人と彼の体が、重力の足枷から解き放たれつつある。


「ゼロッ!!」


 二人が叫ぶと同時に、四本の足に込められた筋力が解き放たれる。

 強力な『浮遊』を組み上げていた二人の体は、仲間達を抱えたまま前方へ撃ち出される。

 宝玉を握りしめたクレメンタインも宙に舞い、文字通りに飛び出す。


 白い従軍聖歌隊服と、黒の修道服の者達が、トンネルの天井スレスレを飛び去る。

 第二陣配属の兵達には、魔道車から飛んで逃げる敵へ気を払う余裕は無かった。

 彼らは警告も警報も無視して減速無しで突っ込んでくる魔道車から、慌てて逃げ出すので必死だったから。

 手にしていた武器も放り出し、回れ右をして先を争い魔道車同士の正面衝突から離れようとする。

 魔道車二両が正面から接触したのは、その直後だった。


 巨大な鉄の塊が、ぶつかる。


 金属が打ち付けられ、花火を散らす。

 超重量物であるはずの双方が、浮く。

 一瞬で線路はひしゃげ、床から弾け飛び、地面を割ってめり込む。

 車体下の歯車が噛み合っていた歯軌条と呼ばれるレールが、引きちぎられた。

 歯車も粉砕され、弾丸のごとき勢いで破片をまき散らす。

 なにより、車両の衝突部分がひしゃげ、砕け散り、可燃物だった部品は炎を上げ、それらを狭いトンネル内にまき散らした。


 近くにいた兵士達の鼓膜が破れる。

 衝撃波で人間がまとめて吹き飛ばされる。

 折り重なった者達があげるうめき声など、耳にすることが出来る人は居ない。


 ある者は、吹き飛んできたレールで体を上下真っ二つにされた。

 またある者は、車体下で跳ね回った歯車の破片に足を撃ち抜かれた。

 衝撃波が体を通過しただけで、脳や内蔵を破壊された者もいた。

 そして多くの兵士が、再び発生した脱線横転に巻き込まれた。


 車列後方には貨物車と、予備の魔道車が配置されていた。

 現在は魔界侵攻のため、兵達は前方に配置されている。

 なので本来、敵襲も何もないはずの後方への兵士の配備は多くない。


 だが、本陣たる第三陣との通信途絶に加え、明らかにただごとではない衝撃音が響いてくる。

 そのため斥候隊だけでなく、手の空いていた多くの者が車列後方へ戻ってきていたのだ。

 そこへ暴走魔道車が突っ込んだ。

 第二陣の予備魔道車に連結されていた貨物車両も、衝突の衝撃を喰らって吹き飛ぶ。

 ブレーキで固定されていた車輪を無視して、ひたすら前方へ向けて玉突き衝突を繰り返す。


 もはや原型を無くしつつある予備魔道車は脱線し、斜めになったままトンネルの壁を削り落とし、暴走を止めない魔道車に押されていく。

 それに押された貨物車が、前方の車列との間に挟まれ、大きく歪み曲がっていく。

 二つに折れた貨物車が、トンネルの床や天井を破壊しながら車体を土中にめり込ませる。

 同じく脱線していく車列が次々と横倒しになり、壁に車体をぶつけ、火災を発生させる。


 魔界侵攻のために満載していた武器類は、大方が前方へ運ばれていたが、それでもいくらかは車両内に残されていた。

 その中には火薬も、魔力が完全に充填されたままの宝玉類もあった。

 それらもまとめて車両の脱線横転と、車両とトンネルの壁が接触した摩擦熱で起きた火災に、巻き込まれた。


 爆。


 狭いトンネル内で、大量の武器弾薬に引火。

 爆風はトンネルの壁と車列に封じ込まれ、圧と熱を凝縮させる。

 それらは出口を求めて暴れ出す。

 トンネルの前後へと、一気に。



 トゥーンとネフェルティ、そしてクレメンタインは、必死で飛んでいた。

 狭く暗いトンネルの、さらに車列と天井との隙間をすり抜けていく。

 魔王一族の姉と弟は、体に仲間達をそれぞれ三人も乗せ、それでも高速で飛行し続けている。

 ところどころで出っ張った天井のパイプや、たまたま車両の上に出て何かの作業をしていた人間を回避しつつ、どうにか第二陣の突破をし続けている。


「姉貴! 魔力は保ちそうかっ!?」

「にゃんとかっ! あたしより、クレメンちゃんはっ!?」

「大丈夫! ついてきてる……!?」


 トゥーンは、振り返った。

 確かに彼の部下であるエルフの学芸員は、ついてきていた。

 だが彼女の着る白い服、その背後から迫る爆炎にも気がついてしまった。

 主の視線と表情の変化に気付いた彼女は、後ろを見ようとする。


「振り返るなっ!」


 彼の言葉に弾かれるように、視線を前へ戻すクレメンタイン。

 だが、明らかに彼女の表情も変わった。

 必死さの度合いが数倍にも増している。

 トゥーンの『浮遊』は速度を増す。


「後ろを見るなっ! 何にも構うなっ! このまま突っ切れっ!!」


 彼に言われるまでもなく、全員がただ必死だった。

 全魔力を失った元修道女五人もリアも、死にものぐるいで王子王女にしがみつく。

 クレメンタインも『浮遊』が付与された宝玉を握りしめ、前を行く主に付き従う。

 その身に秘めた魔力全てを飛ぶことに集中させる勢いで、トゥーンとネフェルティは速度を上げる。


 後方の衝突爆発に気付いた兵士達が、大声を上げながら走り回る。

 高速で飛来するトゥーン達の姿を発見した何人かが、止まれとか何とか叫ぶのが聞こえる。

 見たこともない武器や機材を手にした兵士の群れを無視し、掘削で出た土砂を満載した運搬車両など目もくれず、ただ飛び続ける。

 後ろの方から銃撃が飛んできたが、何か探知系の魔力を感じた気もするが、そんなことには構ってられない。

 幾つもの車列と様々な形状の魔道車を飛び越えて、彼らは飛んでいく。

 前へ、地上へ、故郷であり新天地であるインターラーケンへ。


 そして、ついに辿り着いた。

 眩しいほどの光が差し込む、トンネルの出口へと。





 外へと飛び出した彼らの前に広がるのは、山脈に囲まれたインターラーケンの地。

 ただし、そこには朝日に包まれた山や森はなかった。

 代わりに、紅蓮の炎に包まれていた。


第十八部、終了。


故郷と新天地に到着した彼らですが、歴史の奔流からは逃れられなかったようです。


戦乱は魔も人も等しく焼き尽くします。



次回、第十九部第一話『死』


2010年9月28日01:00投稿予定

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