表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王子  作者: デブ猫
85/120

     第四話  嵐

  ガキュンッ!!


 一際甲高い金属音がトンネルに木霊する。

 それは、トゥーンの握る剣が、黒騎士の放った矢を撃ち落とした音。

 撃ち落とした、といっても、その勢いを完全に弾くことは出来なかった。

 剣で矢の軌道を僅かに変え、なんとかクレメンタインへの狙撃を阻止したのだ。

 そしてガラスを貫通し、金属で出来た車両の壁に突き立ち、ビイィィン……という振動音を残して全運動を停止する。

 人間の腕力でひいた弓が、鉄の壁に突き立つ程の威力で放たれたのだ。

 トゥーンの剣は、矢の軌道を逸らした衝撃で、刃が欠けていた。


「な、なんつう威力だ――うおぉっ!?」

「と、殿ぉ!」


 息つく暇なく、クレメンタインの呼びかけに答える間もなく、次々と矢が飛来する。

 しかも正確無比にトゥーンを、ネフェルティを、操縦席のクレメンタインを狙ってくる。

 トゥーンはクレメンタインを庇いながら矢を弾き、ネフェルティも矢をかわしながら銃撃を続ける。

 だがネフェルティの攻撃は騎士達に当たらない。銃撃は光を散乱させながら、ナイフの刀身と盾に弾かれるばかりだ。

 それどころか、ネフェルティが矢から逃れるために生まれた隙を突いて、ナイフの何本かが闇を切り裂き飛来する。

 それらの切っ先が反射する光は様々な軌跡を残し、魔族達へと襲いかからんとする。


「か、『風』よぉっ!」


 操縦席の屋根に立つリアが魔法を放つ。

 連続して彼女の後ろからも突風が巻き起こる。


「あたし達だって!」「『風』だべよぉ!」


 それらは『風』の魔法。

 小さな妖精と、修道院で修行を積んだ少女達の手から放たれた高圧大気の塊が、車両後方で爆発した。

 速度と小回りは優れていたが質量の軽いナイフの群れは、突然の突風に巻き込まれ、トンネルの壁にぶつかり軽い音を立てて地面に落ちる。

 落ちても魔力を失わないそれらは、カタカタと震えたかとおもうと、即座にフワリと再び宙に舞う。

 だが突然、宙に舞ったナイフの群れが、突然騎士達のもとへ飛び去っていった。

 一瞬、騎士達の攻撃に間が開く。


 刹那、トゥーンとネフェルティの背筋に、凄まじい悪寒が走った。

 二人とも瞬時に術式を組み上げ、後方へ両手を突き出す。


「『炎』よ!」「『炎』だニャ!」


 王子と王女が、魔王一族の魔力を惜しげもなく炎へと変換した。

 しかし、同時に白騎士の大砲からも砲撃が放たれていた。

 それは再び『氷』の魔法。

 全てを灰にする紅蓮の炎と、全てを凍てつかせる冷気が、両者の間でせめぎ合う。

 急加熱と急冷却に耐えきれなかったトンネルの壁面には、異音と共に亀裂が広がっていく。


 白騎士の砲撃は、王子と王女の炎より早く威力を失った。

 冷気に打ち勝った炎と、飛来する騎士達が交錯する。

 大方の威力を削がれたとはいえ、十分な熱量を保つ火球に騎士達が突っ込む。


「燃えろぉっ!?」「やったべか!?」


 戦えるほどの魔力がないため車両側面の細い通路にずっと伏せていたパオラも、騎士達が炎に包まれることを期待する。

 が、即座に期待は裏切られた。

 熱気と冷気が混じり合う空気を貫き、ナイフと矢が飛来する。


「ち、ちぃいっ!!」


 トゥーンは肉体強化を限界まで発動し、恐るべき速さで跳ね回る。全身のバネを駆使して剣を振る。

 車両後部のみならず、トンネル天井や壁まで足場として、矢とナイフを弾き返し、自らと仲間達への攻撃を間一髪で凌ぎ続ける。

 聖歌隊やリアも風の魔法で援護し、ネフェルティが銃で反撃を試みる。


 だが、必死で迎撃を試みるトゥーン達ではあったが、全く勝機を見いだせない。

 あらゆる攻撃を回避され、着実に魔力と体力を浪費させられている。

 

「あ、足止めをっ!」


 操縦席のクレメンタインが、必死に叫ぶ。

 足止めを頼まれたものの、王族二人に振り返る余裕などない。

 矢とナイフを回避しつつ、銃撃と魔法を断続的に繰り返すので精一杯だ。

 それでも部下の言葉に、トゥーンは必死で答える。


「あ、足止め、つったって!」


 答えつつも、必死で剣を振るトゥーン。

 一振りごとにナイフをはじき返し、矢を逸らし、姉が銃撃する隙を作る。

 姉は銃を乱射するが、全く当たらない。騎士達のこれ以上の接近を阻止するだけで手一杯だ。

 時折どうにかしてトンネルの天井を攻撃しているが、せいぜい穴が空く程度。とてもトンネルをふさげるほどではない。

 車両の側面や屋根にいるリアとヴィヴィアナ達も援護してくれてるが、とても間に合わない。


 畜生っ!

 両手足の魔力ラインは全開なんだぞ!

 自分でも見たことないほどに強く青く輝いてるってのに!!

 そんな王子の叫びを声にする余裕すら与えられない。


「む、無理だ!

 大魔法を、組み上げる、暇、なんぞ、ない!」

「頑張って下さい!

 やつら、トンネルの崩落を恐れて、強力な爆発を伴う攻撃を控えているのです!

 今しか足止めのチャンスはありませぬ!

 接近されたら終わりですぞ!」

「ちぃ! そ、そんなこと、言ったって!」

「か、『風』で、フタをするのです!!」

「任せて!」


 クレメンタインの叫びに答えたのはヴィヴィアナだ。

 そして聖歌隊の全員も、彼女の声に束ねられ、一つの呪文を組み上げる。

 だがその一瞬、『風』による援護が低下する。飛来するナイフの攻勢が増す。


「妖精の力をぉ、甘く見ないでぇ!」


 その一瞬の間を埋めたのはリアの渾身の魔法だ。

 背中から生える蝶の羽が大きく広がり、輝きも増す。

 そして、ぜた。

 空を飛ぶために特化した魔法の羽が、その全魔力を一気に放出したのだ。

 風を捉える羽は、純粋な魔力として車両後方へ放出され、一際強力な突風へと変換された。

 飛来するナイフも、衝撃波をまとった矢ですらも、トンネルを吹き下ろす突風に弾き返され壁や地面に衝突する。


「『風』よ!」


 間髪を入れず、聖歌隊の魔法が合唱するかのように組み上げられた。

 リアの渾身の一撃に匹敵する威力で、魔法の風がトンネル内を吹き下ろす。


 だが、こんな狭いトンネルで、一方向へ向けてばかり風の魔法を使っていたら、どうなるか。


 極めつけの重量物で、歯車をレールに噛み合わせている魔道車は全く何事もないかのように走り続けている。

 だが確実に、車両後方の気圧は低下してしまった。

 その上、巨大な魔道車によってトンネルはさらに狭くなってしまっている。

 そこへ気圧の低下を埋めようと、一気に前方からの冷気が高速で通過する。

 車両の遙か後方では逆に気圧が上昇するが、術式の効果が切れた途端に気圧の平衡状態を取り戻そうと、大気の流れが反転する。


 車両後方に出現したのは、魔法による低空気圧空間。

 そこへ物理法則に従い、空気が引き寄せられる。

 それは、小型の台風か竜巻が生じたのと同じ。


 進行方向から吹き付ける冷気は、まるで狭い水路を一気に流れる洪水のよう。

 もはや空気という触れない物ではなく、目に見える質量を伴い、襲いかかる。

 車両横の狭い通路にいた少女達と、操縦席の屋根に乗っていたリアが、容赦なく吹き飛ばされる。


「きゃあああっ!」「助けてぇー!」

「アブねえ!!」「こっちニャァッ!」


 間一髪、突風に跳ね飛ばされた少女五人と妖精の服の裾を、トゥーンとネフェルティが捕まえる。

 そのまま運転台の狭い空間に引きずり込み、クレメンタインも操縦席から引きずり倒して抱え込む。

 狭い操縦席の中に全員が折り重なり、互いを抱えて丸くなる。

 聖歌隊四人と妖精の五名が同時に放った渾身の『風』の魔法は、激しい気圧変化をトンネル内に引き起こし、彼らの耳に激しい耳鳴りを起こす。


 局地的な嵐が生む轟音の中、ガシャンドカンとかいう金属音が聞こえてくる。

 闇と砂埃の向こう、追撃隊が装着する宝玉の光がデタラメな軌道を描き跳ね回る。

 飛行していた勇者達が空気の乱流に巻き込まれ、壁や地面に叩きつけられたのだ。


 ほどなくして、風が力を弱める。

 気圧変化が生んだ嵐の直撃を受けたであろう追撃隊の攻撃は止まっていた。

 操縦者を失った魔道車も速度を落とす。

 その一瞬をトゥーンは逃さなかった。即座に人間と魔族の団子状態から抜け出し、運転台から身を乗り出す。


「うぉりゃあっ!」


 後方のトンネル天井へ向けて、渾身の力で魔力をぶつける。

 瞬時に岩盤が大きくえぐられ、破片が線路上に降り注ぐ。

 耳を押さえたまま半泣きで起きあがったネフェルティも、少女達の団子状態を抜け出して、天井への攻撃に加わる。


「うにゃにゃにゃにゃーー!!」


 大穴が天井に幾つも開く。

 速度を落とした魔道車後方に、天井からの瓦礫が降り注ぐ。

 さらには横の壁まで大きくえぐる。

 この一瞬だけで、後ろのトンネルは半分以上が瓦礫で塞がれてしまった。


 地鳴り。

 最初は小さな振動が、徐々に大きくなる。

 さらに魔道車に乗った者達全員の体を小刻みに揺らすほどの揺れへと成長する。

 伏せていたクレメンタインが慌てて立ち上がり、操縦席にかじりついた。


「行きますぞっ!」


 魔道車は再び速度を上げ、崩落箇所を後方に置き去っていく。

 その魔道車の屋根にもカラカラと破片が落ちてきている。

 他の者達は伏せたまま動かない。


 轟音。

 腹の底に響くような振動。

 そして、後方から砂煙が追ってくる。

 トンネルが崩落したのだ。


「……や、やったぜ!」

「トンネルを塞いだニャ!

 こ、これで逃げ切れるよ!」

「まだですぞ」


 後方のトンネルを落盤させて追撃を阻止したと喜ぶ王子王女に、クレメンタインは冷たい言葉を返した。

 その目は真っ直ぐ前方を見つめている。

 二人も、そしてリアと人間の少女達も起きあがって前を見た。

 運転台は車両後方の、一段高くなった場所にある。

 そして天井近くに、前方を見るための窓がついていた。

 クレメンタインは、そして他の者達も前方を見つめる。


 そこには、光があった。

 ライトアップされた車両の向こうに、確かに光がある。

 トンネルを一定間隔で照らす照明とは違う種類の光が、幾つも並んでいる。

 しかも、一定リズムで揺れている。

 それは明らかに、人間が手に持つランプの光。


「とうとう、先発の第一・第二陣と接触ですぞ!!」


 その光は、確かに魔道車の方へ移動してきていた。


次回、第十八部第五話


『帰還』


2010年9月18日01:00投稿予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ