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魔王子  作者: デブ猫
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     第二話  勇者達

 トゥーンの攻撃で第三陣は混乱していた。

 先頭の魔道車を失い、指揮車両から士官専用車両までが全て脱線転覆。

 特に高級士官用食堂車で優雅な食事をしていた軍高官達は、爆発の直撃で全滅。

 他の生き残った士官達も、一般兵士達の救助を待っている状態だ。

 第三陣で指揮を執れる高級士官は、事実上、ペーサロ将軍しか残っていない。

 その将軍は無事に停車した礼拝車両で、導師へ向けて大声を上げていた。


「急げ!

 一人でも救い出すんだ!

 アンクの力を見せてみろ!!」

「わかっとるわいっ!

 そう急かすな、わし一人じゃ手が足らんのじゃ……」


 部下である魔導師二名を失った導師も必死で入力を続ける。

 指示を受けるアンクは激しく点滅し、高速で様々な術式を組み上げ発動させていた。

 一つの術式が組み上がるたびに、一つの車両が宙に浮いて、線路の上に戻される。

 急速に冷気が収縮し、火災の熱エネルギーを相殺して消火していく。

 完全に破壊された車両は線路からどかされる。

 まだ助かる生存者には『治癒』の魔法をかけていく。

 もちろん後方の車両にいたおかげで転覆に巻き込まれなかった一般兵士達も、必死で救助活動をしている。

 ただ、彼らは一般兵士であるため魔法にはあまり長けていなかった。アンクの救助活動の方が遙かに効率が良かった。


 ほどなくして火災は全て消火され、走行可能な車両は復旧された。

 だがそれでも第三陣が混乱し、兵士達に動揺が走っていることには変わりない。

 とても全軍が今すぐ進軍を開始できるという状態にはなかった。

 戦場への到達前に、既に大損害を喰らった軍を前にして、導師は呆れた様子で罵声を吐く。


「クソッ!

 バカ共めが、足を引っ張りおって。

 こんな連中は無視して追撃を開始しておれば、すぐに奴らを捕らえれたものを……」


 その発言に将軍は、導師を憤然と睨み付ける。

 だが軽々しく怒声を上げたりはしなかった。

 ただ、その口調は余りにも刺々しい。


「……いかにも素人の浅知恵だな。

 が、そんな単純かつ世間知らずな発想で、国や軍は動かない」


 技術士官の長たる導師に対して、知恵の足りなさを指摘する発言。

 顔を真っ赤にして反論しようとした導師だが、出来なかった。

 逆に将軍の眼光に射すくめられ、口をモゴモゴと閉ざしてしまう。


「余計な事を考えてないで、例のものを起動させろ」

「い、今やっとるわ!

 そっちこそ、さっさと犬や馬を連れてくるんじゃ」

「承知している」


 話している間にも車列の彼方から犬の吠える声や馬のいななきが聞こえてくる。

 暗闇の向こう、復旧した車列の横を軽装の兵士達が鎖や紐を引っ張ってきた。

 連れてこられたのは、人が乗れそうなサイズの巨大な犬や、立派なスタイルの馬達。

 動物たちは後方の車両にいたため、脱線横転に巻き込まれず無事だった。

 人間の兵士達の動揺も、救助と復旧活動にも彼らには関係ないようで、この混乱の中でも落ち着き払っている。


 そして、礼拝車両前方の方でも変化が生じていた。

 礼拝車両は中央に置かれたアンクによって前後に分けられており、その前側には巨大なガラス瓶のようなものが並んでいた。

 瓶の中は曇っていて見えないが、ガラス全体から光が放たれている。

 薄い青色の光が満たされたガラス瓶は全部で八つ。それぞれに大量の宝玉が装着されて、複雑な術式がビッシリと書き込まれている。

 瓶の底からは太い縄か紐のようなものが大量に出ていて、それらはアンクへと繋がれていた。

 アンクの下にある隙間を通って、将軍は並ぶ瓶の間に立つ。


「魔道車を失ったが、魔力供給は大丈夫か?」


 忙しく両手を動かしアンクを操作する導師は、パネルに目を向けたまま答える。


「安心せい、この車両の床下にも緊急時用に予備の魔力炉がある。

 出力は魔道車に遠く及ばんが、アンク一つを動かすだけなら十分じゃ。

 そやつらの起動にも運用にも問題ないわい」

「そうか。

 それで、あとどれくらいで起動できるんだ?」

「そう急かすなっちゅーとろうが!

 今、そやつらの全宝玉に魔力をチャージしとる最中じゃ。

 95%……97%……よし、100%!」


 導師の目の前にあるパネルが100%という文字で全て埋まる。

 恐らくは、その一つ一つが宝玉への魔力供給量を表しているのだろう。

 その表示が現れると同時に、導師はパネル横にある大きなレバーを、やせ細った指で握りしめて力一杯引き下ろした。


 一瞬の間をおいて、四つのガラス瓶が真っ二つに分かれた。

 生まれた隙間から、白い煙のようなものが漏れだし、床を這って線路上へとゆっくり流れていく。

 分かれたガラスのうち一方が跳ね上がり、大きく開かれる。

 ガラスが大きく開かれると共に、内部から漏れ出す青い光も輝きを増す。


 光の中から、何かが伸びる。

 五本の指が、開かなかった方のガラスの端を掴む。

 漏れ続ける白い煙の中から、金属の塊のような物体が這い出してくる。

 それは、甲冑。

 黒光りする、異様に硬質の質感を持った金属で構成された、見事な甲冑だ。

 人型をした鉄の塊、とでも言うべきそれは、ガシャンッ、という金属音を響かせながら車両に降り立った。

 煙の中に雄々しく起立するそれは、全身各所に宝玉が輝く。

 様々な色をした宝玉が装着され、虹色に輝いているかのようだ。


 他のガラス瓶のうち、三つからも同じように重装備の戦士達が降り立つ。

 それらは黒ではなく、白・赤・青と色分けされた甲冑をまとっていた。

 全身に多数の宝玉を装備している点には変わりがない。


 それらは確かに各自が入れられていたガラス瓶の前に起立している。

 だが、それ以上は動こうとしない。

 まるで魂のない人形かのように、直立不動のままピクリとも動かなかった。

 その様子に、将軍は不思議そうな反応はしなかった。

 むしろ彼ら重装の戦士達が動かないことを当然として、気にせず導師と話を続けている。


「同時に四体を稼働か、魔術の進歩とは素晴らしいものだな」

「当然じゃ。

 装備された宝玉とて最新魔術を駆使しておる。

 予備魔力炉といえど、全てをこやつらの運用に振り向ければ、長時間の連続稼働に問題はないぞ」

「肝心の『システマ-アッツェラメント』はどうだ?」

「もちろん万全じゃよ!

 全データもアンクに入力済みで、いつでも現状から再起動が可能だわい。

 対魔王用兵器群の要じゃ、ぬかりないわい」

「よし、やれ!」


 導師の指がパネル上の『Inizio』という文字列を押す。

 瞬間、四体の甲冑が将軍へ振り向いた。

 全員が見事な敬礼をする。

 そして見事なハーモニーで、同一の文句を高らかに述べ始めた。

 ただし、声は大きいのに、何の感情もこもらぬ棒読みだった。


「ぺーさろしょうぐん、おはようございます。

 われらはけがれたまぞくをうちたおすべく、かみよりつかわされたうんめいのせんし。

 かみがけんげんしたるぴえとろのおかにましますふくいんのしゅくふくをえて、いまここにさんじょういたしました。

 いかなるきょうてきであろうとも、ひるむことなくたちむかい、かならずしょうりしてみせます。

 おお、せいぎはわれらにあり。

 かみのあいはむげんなり。

 せかいにひかりとしゅくふくをもたらさん」


 まるで心のこもらない、不自然極まりない誓いと祈りの言葉。

 そして将軍も導師も、彼らの宣誓を聞いていなかった。

 鳥のさえずりか木々の揺れる音かのように聞き流し、パネルと未だ開いていないガラス瓶を見比べながら、他の作業を続けている。


「こやつら専用の武具も四種、これも凄いぞい。

 追加装備も存分に使って、戦果と改善点を報告してもらおうかの」

「ほほう、魔力消費量も桁外れだが、これは期待できそうだな。

 だが現状で最も憂慮すべきは」

「言われんでも承知しとる。

 貨物車から工事用機材を運んでこさせい。

 急いでトンネルの補修じゃ」


 一通りの相談と、部下への指示をする将軍。

 その合間に自称『神に遣わされた運命の戦士』達へ手早く命令を下した。


「さあ、行け!

 お前達の武器を手に、敵を討ち滅ぼしてこい」


 見事に揃った敬礼で返答した神の戦士達は、それぞれが残りのガラス瓶の前に移動。

 同時に瓶は開き、中に収められた物があらわになる。

 それらは武器、それも見事な輝きを放つ宝玉が大量に装着されている。

 巨大な弓、剣と盾、槍、そして肩紐がついた大砲のような物だ。

 他にも付属して宝玉とナイフが並んで収められたベルトもある。

 それらを手早く装備した戦士達は、それぞれ犬や馬にまたがり、あぶみで腹を軽く蹴る。

 威勢良くいなないたり咆哮を上げた馬や犬は、魔道車を追ってトンネルの奥へと駆けだした。

 あっと言う間に見えなくなった戦士達を、将軍は忙しく指示を出しつつ横目で見る。


「ふん……気に入らないが、あの戦人形いくさにんぎょう共なら魔王一族も無事には済まないだろう」


 その言葉に、導師もパネルに視線を向けたままで同意する。


「当然じゃよ。

 あれらは皇都の試作品とはワケが違う。

 あの『勇者』共は本来、この移動アンクとの緊密な連携があってこそ、真価を発揮するんじゃからな」

「そうだな、その点でもこの列車搭載式小型アンクは画期的だ。

 皇都の『勇者』も既に骨董品だし、複数同時投入出来る新型は頼もしい限りだ。

 もはや魔王すらも恐るるに足らん」

「戦い以外には役に立たん、木偶の坊ではあるがの」

「それでいい。

 英雄だの勇者だのなんて、平時は邪魔者以外の何者でもないからな。

 人形にやらせておけばいいことだ」


 先陣を切らせた『勇者』達を、木偶の坊と評し物扱いする将軍と導師。

 彼らの軽蔑など意にも介さず、『勇者』達はトンネルの奥へと消えていた。





 ほどなくして、犬と馬にまたがった勇者達が、逃走する魔族達に感知された。

 最初に気付いたのは、運転席で魔道車を走らせるネフェルティの耳だ。

 レバーやペダルを操作する彼女の耳が、シュピッと後方へ向けられる。


「……ニャにか、来る」


 後方を監視していたトゥーンより早く追撃に気付いたネコの尻尾が、毛を大きく膨らませてピンと立ちあがる。

 その様子に、弟はすぐ後方へ振り返り『暗視』を使用。

 さらにクレメンタインが『鷹の目』を用い、トゥーンの視界をトンネルの奥まで伸ばす。

 だが、増幅された暗視能力と遠視であっても、薄暗い闇の彼方を見通せなかった。


「姉貴、なんにも見えないぞ」

「来てる、来てるよ!

 間違いにゃい、トンデモニャイのが追ってきてる!!」


 姉の尻尾はますます膨らむ、口からは牙まで剥いている。

 冷静に操縦を続けているが、全身から冷や汗をも流している。

 何の探知系魔法も使っていない姉に対して警戒心を、恐怖心すらも呼び起こす存在。

 トゥーンも不吉な予感を感じずにはいられない。

 隣にいるクレメンタインが印を組んで意識を集中する。


「私が『魔法探知』で調べましょうぞ」

「けっ、面倒だ。

 一気にケリをつけるぜ」


 言うが早いか、トゥーンが高速で印を組み上げ呪文を唱える。


「そは揺れる振り子なり。

 ゆらゆらと混沌を漂う塵芥ちりあくた

 世を形作る砂粒よ、我が声に耳を傾けよ。

 今、言の葉に従い、集い高まり波と成れ」


 それは初歩の初歩、基本である『念動』の呪文。

 上級者にもなれば、いちいち呪文にしたりしないほど、基本の魔法。

 だがトゥーンは、あえてその呪文を唱えた。

 集中力を高め、膨大な魔力を完全に制御するために。

 極めて効果的ながら、自分達が巻き込まれる可能性のある手段を、万一の失敗もなく使用するために。

 クレメンタインが主の意図に気づく。


「トゥーン殿、後方のトンネルを埋めてしまうおつもりか?」

「追撃隊ごと、な」


 一瞬、迷いを見せたエルフの学芸員。

 だがそれは一瞬でしかなかった。


「やむを得ぬでしょう。

 危険は大きいし、後のことを考えると最善とは言えませぬが、我らには他に選択肢がありますまい」

「そーゆーこった。

 さあ……全員、伏せてろよ!」


 かけ声と共に、開けはなった運転台の扉から身を乗り出す彼の両手から、青い魔法の光が放たれる。

 聖歌隊も魔族達も、身を屈めて近くの取っ手にすがりつき衝撃に備える。

 光が、魔道車後方のトンネル内に満ちる。


 天井に亀裂が生じた。

 その亀裂は高速で成長し、壁や床にも広がる。

 クモの巣状に展開された亀裂から、僅かな振動が生まれる。

 僅かな振動は徐々に大きくなり、細かな破片が落下しだす。

 そして、地響きが唸りを上げる。


 何かが通過しようとすれば、その足音だけでトンネルは崩落することは明らかだ。

 いや、何も通らなくても、ほどなくして天井は岩盤を支えきれなくなる。

 事実、落下する破片は徐々に大きさを増していた。


「これで良し」


 完全に想定した通りの結果を生み出した王子は、崩落と追撃隊の全滅を確認すべく、再び『暗視』を使用する。

 急速に彼方へ去っていく崩落予定箇所では、着実に崩壊が進み落下する破片の量が増加していた。


「……、……?、??」


 破片の落下が、急に止まった。

 地響きも消えた。

 その代わり、風が逆流しだした。

 最初は僅かに、一瞬の後には車両後方から吹き付ける暴風へと変化する。

 しかもそれは、全てを凍てつかせる程の冷気。

 凍えるほどの冷気の塊が一気に車両を包む。


「うおおっ!?」「きゃあ!」「さ、寒いニャあーっ!」


 もともとが冷気で満たされたトンネルだったが、後方から今この瞬間に吹き付けてくる冷気は、その比ではない。

 運転台の外にいた少女達が凍死しそうなほどだ。

 一瞬で凍結しそうな指と唇を必死で動かすクレメンタインが、渾身の魔法を組み上げた。


「ほ、『炎』よ!」


 彼女の手から特大の業火が放たれる。

 トンネルの下から吹き上げてくる冷気を暖め、押し返そうと、渾身の魔力を込める。

 確かに魔道車後方へ向けられた火は、一時は冷気とせめぎ合った。

 だが、その努力も虚しく炎は勢いを弱め、その隙間から再び冷気が押し寄せてくる。


「こ、このやろぉっ!」


 罵声と共に、トゥーンも炎を放つ。

 窓から伸ばされた手の平から、さらに巨大な炎が生じる。

 トンネル全体を焼くかのような高熱が、どうにか冷気を跳ね返し魔道車を暖めることに成功した。


「な、なんだってんだ!?」


 炎と、そして冷気が消えたとき、トンネルには暗闇が戻った。

 だが静寂は戻らない。

 魔道車が走る轟音の中に、何かの音が混じっていた。

 それは、動物達の鳴き声。

 トンネル後方、奥を見つめるトゥーンが呻くように呟く。


「来やがった!」


 少年のような彼の顔から、余裕が消える。

 首筋の毛が逆立ち、冷や汗が頬を伝う。

 後ろを見つめる目に厳しさが増す。


 彼の視線の先には、犬と馬に乗った四人の戦士がいた。

 先頭には白い甲冑の戦士、その後方に三人が横一列に疾走している。

 白い騎士は、肩から下げた大砲のようなものを魔道車へ向けている。


 その凍てついた銃口からは、白い煙のような冷気を吐き出していた。


次回、第十八部第三話


『銃撃戦』


2010年9月14日01:00投稿予定

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