第十八部 第一話 逃亡特急
彼ら魔族はトンネル開通のアナウンスと同時に行動を開始していた。
窓から小部屋を飛び出し、全力で『浮遊』を用い、トンネル内を飛行した。
車両前方へ、指揮車両も礼拝車両も越えて、魔道車へ向けて。
そして運転者を外へ放り出し、操縦台を奪い取った。
その上でトゥーンとネフェルティが礼拝車両へ戻り、天井に張り付いて将軍と導師の会話を盗み聞きしていた。
白い従軍聖歌隊の服に身を包んだ魔族四名と、黒の修道服をまとった元修道女五人。
彼らはトリニティ軍第三陣を輸送する魔道列車から、全員無事に脱出。
先頭の魔道車を強奪し、後続の車列を脱線横転させ、第三陣進軍を阻止することにも成功した。
まさに大戦果。
それぞれの楽器を手にしたまま走ってきた聖歌隊は、そのままの勢いでパオラとリアに抱きついた。
「やった、やったわよぉ!」「やったべな……大成功だべよ!」「これであいつらぁ、もう進めないわぁ!」「はう、うう、こ、怖かった、です……」「無事で良かったぜ、もうダメかと思ったさ」
再会を喜び合う少女達。
だが運転席から身を乗り出すクレメンタインは、感動の場面で時間を浪費する気はなかった。
「さあ、話は後ですぞ!
時間はありませぬ、急いでインターラーケンへ向かうのです!
全員、乗って下さい」
その声に弾かれるように、全員が魔道車へと上がる。
運転台は魔道車の一番後方、一段高くなった場所にある。
前方の上部が線路の先を見るための窓、下が宝玉とパネル・レバーやメーター等、他にもなんだか分からないボタンや表示がズラリと並んだ狭い空間。
後ろ側は大きなガラスの窓で、後方が大きく見渡せる。
当然、そんな場所に九人も入れるわけはない。
でも慌ててるので、それに外は寒いので、後ろからどんどん押されてギューギュー詰め。
「ちょ、ちょっと、そんなには入れませんぞ。
運転するのは私とネフェルティ殿ですので、他の方は外の手すりへつかまってもらえませぬか」
「せ、狭いぞお前等、つか、回りが見えねーだろが」
トゥーンも抗議の声を、どこからか上げる。
よく見たら小柄な彼は、女性達の間に挟まれて埋もれていた。
修道服の娘達は運転台を出た外側、車体の左右に取り付けられた狭い足場へ出る。
車両前方へ移動したり車体各所をチェックするための狭い通路のようなもので、ちゃんと手すりもついているので、落ちる事はない。
かなり寒いが、修道服を頭から着込んでいるので、短時間ならなんとかなりそうだ。
ちなみに運転台の左右から後ろにかけて、ぐるっと手すり付きの細い通路が囲っている。
右側通路にいるパオラが、運転席の窓へ向かって手を振る。
「んだば、トゥーン様。よろしく頼むべ」
「おう、しっかりつかまってろよ」
答えるトゥーンは運転席の中、リア・ネフェルティ・クレメンタインと一緒にいた。
大人二人が運転するだけの広さしかないが、小柄なトゥーンとリアが一緒に入るくらいのスペースはあった。
そしてクレメンタインは各種パネルの表示を必死で読み、ネフェルティはウキウキした様子でレバーやペダルをいじってる。
姉の様子に、弟は少し不安そうだ。
「お、おい……本当に運転できるのか?」
「だーいじょーぶ!」
自信満々で、耳も尻尾もピンと伸びる。
クレメンタインはズラリと並ぶ宝玉を確認しながら、姉を援護する。
「安心してよいですぞ。
先ほど私に指示して下さった減速・停止操作、間違いはありませんでした」
「そ、そうか」
「あたしはコレ、一度運転してるもーん。
大船に乗った気持ちで見物してにゃさーい、だよ!」
メルゴッツォ駐屯地で魔道車を暴走させてトゥーンの危機を救ったネフェルティ。
姉の操縦技術に関する経験とセンスも知っている。
だからこそ皇国へ侵入する飛翔機のテストパイロットにも選ばれた。
そのことは承知しているので、「あれは掘削機だったろうが、コレとは別の車両だったじゃねーか」というツッコミを口にしないよう努力した。
とにもかくにもリアが元気よくかけ声をだす。
「それじゃぁ、一気にインターラーケンへ帰りましょぉー!」
「うにゃー!」
ネフェルティは元気なかけ声と共に目の前のボタンを押した。
一瞬の間を置いて、車両上方のライトが点いた。
さらに左右後方のライトも点灯され、暗いトンネルは景気よくライトアップされた。
発進はしない。
「……あのぉ、ネフェルティ様ぁ?」
隣にいるリアを始め、仲間達の目が運転者に集まる。
ポリポリと頬を掻くネフェルティ。
「う、動かす前に、ライトを点けにゃいと、危ないからね」
次に王女は足下のペダルを踏んだ。
すると、魔道車から唸るような低い音が響き出す。
それは力強く、全員の体を腹の底から揺らすかのように振動させる。
クレメンタインは緑色の表示が増えていくパネルを見つめながら興奮する。
「お、おお、出力が上昇していきますぞ。
これは行けそうですな」
「もっちろん!」
叫んだ姉は、さっきと別のボタンを押した。
すると、どこからか砂が流れるような音がしてきた。
車輪の真上の手すりにつかまっていたサーラが下をのぞくと、車輪の前に車体の底から砂がまかれていた。
車体周囲を砂煙が覆う。
何のための機能か知らないが、やっぱり発進しない。
「砂……です、ね」
見ればわかるサーラの報告。
皆の冷たい視線が、後ろにペタッと伏せたネコ耳に集まる。
だんだんトゥーンがイライラしてきてる。
「おい……本当に運転できるのか?」
「ほ、本当だよ!
これが発進レバーだって、知ってるんだから!」
そう叫んだネフェルティは、握っていたレバーを左へ回転させた。
……ガッシャン!
重低音と共に、魔道車は発進した。
しかも急速に加速していく。
ただし後ろへ、後方のトリニティ軍第三陣へ向けて。
「キャー!」「や、やめれー!」「戻るなバカーッ!」
手すりにしがみつく少女達の悲鳴がトンネルにこだまする。
「ドアホーッ!」
ボカッ、という景気良い打撃音と共に、トゥーンの拳が姉の頭に直撃。
その拍子にレバーは右へ回転。
すると車体内部から気味の悪い金属音が響き、車輪も火花を上げて逆回転。
急なバックをしていた車体が急停止、今度は急速前進を始めた。
「ヒャーッ! む、無茶苦茶するなあーっ!」「お助けえ~っ!」
イラーリアだか誰だかの悲鳴が響く。
だが、とにもかくにも一同を乗せた魔道車は前進を開始した。
しかもさっきまでの小走り程度の速度ではなく、馬が走るくらいの速度で走行している。
「良いですぞ!
この速度ならインターラーケンへ程なく到着します。
トゥーン様もネフェルティ様も、次の戦闘への準備をお願いしますぞ!」
「分かったぜ!
て、ちょっと待った。
姉貴、魔力は吸われてないのか?」
「うにゃ?
吸われてないよ」
ケロリとした姉の姿。
尻尾もピンと元気よく動き、耳もパタパタ。
全く魔力を吸われている様子はない。
その様子にクレメンタインも首を傾げる。
「おかしいですな?
飛翔機の魔力推進器とはシステムが違うのでしょうか」
「魔導師数人だけで動かせるって聞いたことはあったけど……。
この魔道車、もしかして、魔力で動いてるわけじゃないのか?」
納得がいかない二人だが、リアはウンウンと納得していた。
「魔力を失わずに済むならぁ、最高じゃないですかぁ!
このまま走れば地上でも戦えますよぉ!」
確かに魔力の浪費を押さえれるなら、それにこしたことはない。
なので姉も気にしないことにした。
「そんにゃ話は後!
それで、クレメンちゃん、この後のトリニティ軍はどうでるかにゃ?」
「っと、そうですな、今は目の前の事に集中しましょう。
次のトリニティ軍の出方ですが、大体の予想はつきますぞ。
ですがその前に、礼拝車両での情報を頂きたい」
「おうよ!
奴らの魔法技術、マジで凄かったぜ。
おい、おめーらも……」
トゥーンはヴィヴィアナ達も呼び、皆で手早く礼拝車両での情報を伝える。
聞かされるクレメンタインは目を白黒させっぱなしだ。なにしろ、魔界最高の魔法技術を有するとされるエルフを遙かに凌駕する技術なのだから。
特にアンクの性能には言葉を失った。
「お、恐るべき技術力、ですな……。
鉱物結晶内部への術式構築による立体術式の実用化、自立的思考を行う巨大宝玉アンク……。
信じ、られませぬ、まさか、我らエルフが足下にも及ばぬとは……。
おまけに、そんな技術を全て今回の作戦のためだけに隠し通すなど」
「感心すんのも後だ!
今は、やつらの出方を考えろ!」
「う、そ、そうですな。
奴らの今後の対応ですが……」
学芸員は、予測される今後の人間側対応を並べる。
魔道車の速度と走行時間、方角から計算した所、現在地は既にかなりインターラーケンに近い。
同時に第一・第二陣とも近い。このまま走れば、ほどなく接触する。
列車の横転によりトンネルは塞がれ士官の大半を失った。が、最高司令官のペーサロ将軍が健在なため、第三陣の瓦解にまでは至らない。
同様に、最初から本陣とは別行動を取っていた第一・第二陣も軍事行動を止めない。
アンク破壊も失敗したため、瓦礫の撤去はアンクの魔法により速やかに行われる。
魔王出陣を予想し、そのための兵装を輸送している以上、撤退は有り得ない。魔王を倒す好機を絶対に逃さない。
恐らく第三陣は残存戦力を再編成し、進軍を再開する。
「……確か、車列最後尾には予備の魔道車があるということでしたな?」
「ああ、そういう話だった」
「では、第三陣はそれを用いて再度進軍してくるでしょう。
ただ、対魔王用兵装に特化したという第三陣を足止めし、損害を与えたのは価値があります。
それに、後続車両を切り離した我らの魔道車を追えはしないでしょうな。
ネフェルティ殿はまだ運転には慣れておりませんが、それでも身軽な分、速度は出ますぞ」
「まっかせにゃさーい」
ガッツポーズをするネフェルティ。
先ほどまでのミスはどこ吹く風で、手際よく操縦を続けている。
速度を上げる魔道車の走行は順調そのものだ。
「よし、なら第三陣は無視できるな」
「いえ、油断は出来ませんぞ。
騎馬隊や、何らかの魔法を用いた高機動な追跡部隊を放つやもしれませぬ。
後方への監視は怠れませぬ」
「分かった、監視は任せろ。
それと、第一・第二陣はどうだ?
このままなら、後ろから奇襲をかけれるだろ」
「ふ……む、うーむ。
それは難しいですぞ。
なぜならば……」
トリニティ軍の各陣は通信用宝玉で相互に連絡を取り合っていた。
無論、将軍のいる第三陣との連絡は密だろう。
その第三陣の指揮車両が破壊されたため、通信が途絶えてしまった。
しかも同時にトンネルの奥底から、凄まじい轟音が響いてくる。
アンクは本陣にしかないだろうから、潜入していた魔王一族による奇襲と聖歌隊の裏切り亡命とかは分からないとしても、何らかの異常が生じたことは明らか。
既に斥候隊が放たれ、トンネルを下りてきていると見るべき。
「……つまり現状においては、我らは前後から挟撃される立場、ということ、なのですぞ」
「なるほど、な」
「……なるほどな、じゃぁ、ないでしょうがぁー!」
落ち着き払って絶望的状況を分析する二人に、リアがツッコミを入れる。
「ど、どうするのよぉどうするのよぉ!?
これじゃ、あたし達ぃ、一体どうなるのぉ!?」
慌てふためき恐怖におののく妖精の侍従長の頭を、主は優しくなでる。
そして自信を持って、当然のように宣言した。
「みんなで帰るんだ」
「か、帰れるの?」
「ああ、みんなでインターラーケンに帰るんだ。
俺なら、俺達なら出来る!
魔王一族が二人もいるし、魔道車の強奪だって成功したし、人間の仲間さえも手に入れたんだ。
今の俺達に、出来ないことなんてあるかよ」
不敵に笑うトゥーンに、リアの顔も笑顔へと変わっていく。
いきなり、妖精は羽を広げて宙に浮く。
狭い運転台内部の天井近くを飛んで、窓から身を乗り出した。
「あたしだってぇ、妖精だってぇ、やるときはやるんだからねぇ。
みんなで帰るんだからぁ、あたしだってやっちゃうわよぉ!」
そういってリアは窓から飛び出し、魔道車の周囲を跳び回る。
さっき点灯されたままのライトを光らせ、敵であるはずの魔族と裏切り者の一行を乗せ、神聖フォルノーヴォ皇国の魔道車は走り続ける。
一路、魔界の辺境へ向けて。
彼らの故郷であり新天地でもある、インターラーケンへ。
次回、第十八部第二話
『勇者達』
2010年9月12日01:00投稿予定