第五話 尋問
瞬間、サーラの小さな体が宙を舞っていた。
握りしめられたままの凍った花が、花弁をキラキラと散らしていく。
壁に彼女の背が叩きつけられる。
そのまま床に崩れ落ちた彼女は、すぐには起きあがることが出来ない。うめき声を上げながら倒れたままだ。
将軍はサーラの一撃を、右足を後ろに引いて体を半回転させるだけで、軽く避けていた。
さらに突き出された彼女の手を素早く捻り、足を引っかけ、突っ込んできた勢いをそのまま利用して投げ飛ばしたのだ。
「動くなっ!」
将軍は、全員の鼓膜を破らんばかりの声で命じる。
だが既に、車内に動く者はいなかった。
士官二名は瞬時に抜刀し、一人がヴィヴィアナの首筋へ、もう一人がイラーリアとミケラの方へ刃を向ける。
導師以下、魔導師達三人は動いていない。薄ら笑いを浮かべながら、聖歌隊四人が速やかに制圧されるのを見物していた。
将軍は、軽々と投げ飛ばされて地に這うサーラへ、ゆっくりと歩を進める。
軍服の胸の奥に差し入れた手は、内ポケットから何かを握った状態で引き出された。
その手にあるのは、銃。先端の宝玉が鈍く光る。
ただし他の兵士や士官が所持しているような銃身の長いものではなく、ポケットに収められるほど短く小型。
それをゆっくりと斜め下へ、やっと体を起こせたサーラの頭へと向けた。
「何か、反論はあるかね?」
一応は話を聞く言葉を吐く将軍。だがその指は引き金にかけられている。
泣きそうな目のはずの少女は、目に涙を浮かべながらも、キッと将軍を真っ直ぐ睨み上げた。
「嘘つきの、人殺しめ!
皇帝も、教皇も、何もかも大嘘つきよ!!
勇者なんて使って、街を焼き、人を殺し、その上ッ!!」
将軍は何も言わない、答えない。
無表情に、ただ冷淡に、引き金を引き絞る。
「あー、ちょっと待つんじゃ」
緊張感のない、気の抜けた導師の声が飛んだ。
引き金を引こうとしていた将軍の指が止まる。
真っ直ぐに銃口を睨み付けていたサーラが、今度は導師を睨み付ける。
仲間の死を覚悟し、目を閉じ顔を背けていた三人も、うっすらと目を開ける。
そこにはパネルに表示されるデータを食い入るように見つめる魔導師三人がいた。
「ここで殺すのは止めてくれんか。
血が飛び散ると術式に付着して、後で誤作動の原因になる。
掃除するのも大変なんじゃよ」
「……承知しました、導師。
外で処刑するとしましょう。
ご協力、感謝します」
淡々と事務的に返答した将軍はサーラの襟首を乱暴に掴み、そのまま入り口の方へ引きずろうとする。
そして他の士官達も、刃を突きつけたまま顎を振り、車外へ出ろと指示する。
だが再び導師の気の抜けた声が一同を呼び止めた。
「ああ、協力ついでに、もう少し付き合ってくれんかね」
「ふむ、なんですかな?」
「その者達に少し尋ねたいことがあるんじゃよ」
「ほう、良いでしょう」
将軍はサーラの襟から手を離し、無造作に礼拝空間の真ん中へ少女の体を放り出す。
他の士官も残り三人を部屋の真ん中へ集める。
全ての企みが露見し、処刑を待つ身となってしまった少女達は、恐怖のあまり体がすくんでしまっている。
ヴィヴィアナは、それでもサーラの身を案じ、彼女に手を貸して立ち上がらせる。
パネルを見つめたままの導師は、それが何でもないことかのように尋ねた。
「トゥーン=インターラーケンは、どこかね?」
「!!」
全くの、予想外の質問。
核心を突く事実。
彼らが一番恐れた、魔界の王子がいるという事実の発覚。
四人とも言葉を失ってしまう。
言葉を失わなかった将軍が代わりに話を続けた。
「ほう!
あのトンネル出口の予定地点で勇者が遭遇したという、魔王第十二子の名ですな。
手配書は見ましたが、まさかあの魔界の王子が、この娘らと接触があると?」
「ほっほっほ!」
期待したとおりのリアクションが得られたらしい導師は、楽しげに髭を撫でる。
「いかにも!
アンクの計算によると、修道院の修道女が総掛かりでも司教と助祭達には勝てぬ。
また、犬たちが彼女らに吠え立てたという事実、これは彼女らが魔族に接触した事実を表す。
そして、オルタの街での戦闘記録じゃ!」
導師は満面の笑みでパネルに表示された文字を読み上げる。
だが聞かされる修道女達は、もはや絶望の底にいた。
ミケラは意識を失いかけ、イラーリアに抱きかかえられている。
導師へ歯を剥き敵意を向けるサーラを、ヴィヴィアナは必死で押しとどめている。
「あの映像にあった、勇者と切り結んだ小柄な修道女。
入力情報と照合した結果、トゥーン=インターラーケンと68%の確率で一致した!
その魔界の王子は、同じく修道女姿の人物を救助するため、捨て身で『雷撃』を発動させていたんじゃ。
恐らく助けたのは、本物の修道女じゃろうて」
「なんと、驚きですな。
神の教えに身を捧げる修道院が、禁書を収集し魔王一族とつながりを持つとは」
「アンクの予測では、ツェルマット登山に同行した修道女の一人が遭難した件が原因としておるの。
魔界へ遭難した修道女が、修道院と魔王一族をつなげた、と」
「そうか、それで全ての筋書きが見えました。
例の墜落した飛行物体に乗っていたのは、トゥーン=インターラーケン。
魔王の一族が自ら潜入し、諜報活動をしていたとは、驚愕ですな」
「うむ、縁とは不思議なものじゃ。
遭難した修道女をツテにして、その王子は修道院に潜伏。
勇者を倒し、司教を返り討ちにして修道女達を救った。
アンクも『魔族侵入』と『侵攻作戦への妨害工作』までは読んでいたが、まさか修道院が魔界の王子とつながっていたとまでは読めんかったの。
その筋書きを構築する最後の要素、それは彼女たちの朝の礼拝に込められた魔力、それが導く敵意と叛意じゃったんじゃよ」
四人の誰も、もはや力を失っていた。
全てを知られてしまった。
この一時に、いつもの朝の礼拝がために、何もかもが崩れ去った。
もう立っている力もない。一人、また一人と床にへたりこんでしまう。
サーラすら、もう歯を剥く気力がない。
彼女たちを囲む軍人と魔導師は、悠然と見下ろしてくる。
将軍は、相変わらず冷静に導師と話を続ける。
「すると、この者達を魔界へ誘うは……魔界の王子」
「うんむ。
当然ながら、その居場所を知っておるじゃろうよ。
アンクの予測では63%の確率でトンネル内を通過中、19%の確率で列車内に潜んでおる、と弾き出しておるのぉ」
将軍が部下の一人に目配せをする。
視線による指示を受けた士官は頷く。
魔導師の一人が手元の宝玉を操作し、ロックが外されたらしい音がする。
開放された扉を通って指揮車両へと走っていった。
導師の方も部下の魔導師へ指示を出す。
「最大範囲で『魔法探知』をかけるんじゃ」
「了解です」
指示された部下は手元の宝玉を操作する。
その指の動きに合わせ、アンクは新たな光の列を生み、様々な図形を内部に描く。
ペーサロは、床にうずくまる少女達を冷徹な目で見下ろす。
「では、この者達からも話を聞こうか」
将軍は無造作に一番近くで座り込んでいた少女、イラーリアの胸ぐらを掴み、締め上げる。
か細い首に黒い修道服の布地が食い込み、短い悲鳴が漏れる。
彼女も必死で抵抗するが、丸太のような腕はびくともしない。
引っ掻こうと殴りつけようと、将軍は意に介さない。
「導師、血が出なければ構いませんな?」
「気をつけてな。
あ、じゃが少しくらいの出血なら良いぞ。
後でキッチリ掃除してくれば、な」
「承知しています」
当たり前のように尋問を、いや拷問を開始した将軍。
導師と魔導師達も、目の前で行われる少女達への非道な行為を、当然の責務と見ている。
彼女に駆け寄り、将軍へ魔法を放つため印を組もうとした少女三人。
だが、いまだに剣を突きつける士官を前に、動くことが出来ない。
「さて、それでは吐いてもらおうか。
魔界の王子は、どこにいる?」
窒息しかけ、苦しさに顔を歪めるイラーリア。
それでも彼女は薄目を開け、怒りに燃える琥珀色の瞳で将軍を睨み返した。
「だ、誰が言うか、ハゲ……。
とっとと、殺しやがれ!」
将軍の岩のような手が、軽く力を込める。
ただそれだけで、更に襟が柔らかな皮膚に容赦なく食い込んでいく。
「別にお前が言う必要はない。
あと三人いるからな。
さて、何人目が言う気になるかな?」
「て、てめえ……!
こいつらに、手ぇ、だしたら……ぶっ殺すっ!」
まるで下らぬ虫けらをみるように、何の感情も込めぬ灰色の目が苦悶するイラーリアを見下ろす。
「では、お前が言えばいい。
トゥーン=インターラーケンは、どこだ?」
「ここだ」
突然、声が湧いた。
この場にいないはずの、少年のような高めの声。
軍人達は一瞬、周囲を見まわす。
だが、誰もいない。魔導師達、軍人達、そして座り込む聖歌隊以外に人はいない。
さらに赤い光が礼拝車両を照らし出す。
甲高い警報音が響き渡る。
パネルを見ていた魔導師の一人が、金切り声を上げた。
「き、巨大な魔力反応!
アンクが敵を感知っ!!
ごく至近ですっ!」
その叫びと衝撃音は同時だった。
凄まじい振動と轟音、そして冷気が礼拝車両を襲う。
立ったままだった軍人達と魔導師達は、振動で壁やアンクに叩きつけられる。
聖歌隊の四人は座り込んでいたため、運良く転倒して負傷するのを避けることが出来た。
彼女たちが冷気の発生源へ目を向ける。
するとそこには、真っ暗な空間があった。
車両の壁の一部がぽっかりと穴を開け、トンネル内の外気が吹き込んでいたのだ。
その真っ暗な外を背景にして、通り過ぎるライトに影が浮かび上がる。
右腕を振り上げる、少年の影が。
閃光。
再度の衝撃と振動。
そして熱。
右腕から放たれた魔力が、車両の屋根を吹き飛ばした。
今度は礼拝車両の天井に大穴が開く。
吹き飛ばされた天井の破片がトンネルの天井や壁、そして後方車両にぶつかって打撃音を奏でる。
車両の壁が歪み、床がきしみを上げる。
もうもうと立ちこめた煙は吹き込む冷気で一気に流されていく。
ヴィヴィアナ達が目を開けたとき、そこにはアンクがあった。
驚くことに、至近距離で大魔力が爆発したのに、アンクには傷一つついていない。
代わりにアンクという名の宝玉周囲には、光の波紋が広がっていた。
自立的に術式を組み上げるアンクは、瞬時に自身を守る障壁を組み上げ、爆発から身を守ったのだ。
だがそのアンクの前、彼女らとアンクの間には、一つの影があった。
それは小柄な、白い従軍聖歌隊の服を着た人物。
黒髪に黒い瞳を持つ少年。
魔界の王子、トゥーン。
彼は座り込んでいた少女達へ、軽くウィンクした。
「よっ、待たせたな!」
「とぅ、トゥーン様……」「トゥーン様ぁ!」「た、助かったべぇ!」「し、信じて、ました……来て、下さると、助けに、来て下さると……」
彼女たちの絶望に沈んだ顔が、喜びに満ちる。
失意の涙が、感激の涙へと変わる。
恐怖に震えてた手足に力が流れ込む。
次回、第十七部第六話
『王子襲来』
2010年8月30日01:00投稿予定