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魔王子  作者: デブ猫
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     第四話  始動

《……というわけで、この子なんかどう?》

「何が、というわけで、だよ。どういうワケだよ、リバス姉」


 執務室の鏡。

 エルフの知識とドワーフの技術力とゴブリンの資金力、そして魔王の魔力を結集して作った秘宝。

 魔王一族専用通信回線、『無限の窓』。

 その貴重品も、目の前のド派手な化粧をするケバい女、リバスにとっては暇つぶしのオモチャでしかない。

 やたら無駄に露出度の高い服、というか黒い下着みたいなのを着て、胸の谷間を強調してる。

 でも、今リバスが俺に見せつけたいのは、胸の谷間じゃなかった。

 手に持っている似顔絵、凄い美人のブロマイド。


《だからね、あんたもそろそろ彼女作んなさいって話よ》

「いらねーっつってんだろっ! いきなり何を言い出す!」

《この前送った女の子達も追い返しちゃうし、姉さんは心配よ》

「サキュバス送ってどうすんだ!? ミイラにされるじゃねえか!」

《相変わらず、頭が固いわねぇ。

 死なない程度に、ちょっとだけ楽しんでから帰せばよかったでしょ?》


 まったく、この姉貴は……。

 口を開けば恋だ愛だ人生は男女のゲームだと、うぜえったらありゃしねえ。

 そしていつも男をとっかえひっかえ、飽きたらポイ。

 こいつに泣かされた魔族は両手両足でも足らない。

 しかも他の兄弟の色恋にまで口出ししやがる。

 俺なんか、どんだけ女を押しつけられそうになったか。

 他の兄弟とは違った意味でイヤなんだ、こいつは。


「おめーみたいに、常時男を何人もキープする気はねえよ」

《まったく、せっかく晴れて自立して領主になったって言うのに……。

 そんなんじゃフェティダ姉さんみたく、行き遅れるわよ》

「よ、余計なお世話だ! それに、結婚してないのはお互い様だろうが」

《アタシはフェティダ姉さんと違って、よりどりみどりなの。

 一番良いのを探してるだけ。まだ若いし、ね。

 あんな、男が近寄って来ないのと一緒にしないでね》


 まったく、フェティダとリバスの仲の悪さは特別だ。ついていけない。

 お互い妙なライバル心剥き出し。


「つか、俺はインターラーケンの開発に手一杯だ。余計な事をしてるヒマはねえ」

《そう、しょうがない弟ねえ……。

 まぁいいわ。そっちの仕事が一段落したら、遊びに来なさいな。

 街一番の女の子を付けてあげるわよ♪》


 そういって姉貴は窓の外から見える風景を指し示す。

 そこは姉貴の領地、モンペリエ。

 姉貴は第8子。さすがに8番目ともなると、大した土地が残ってなかった。

 リバス姉には魔王支配地域南方、沿岸部の田舎が与えられた。

 豚の頭を持ったオーク達が畑を耕す、静かな寂れた農業地帯。


 夏は暑く乾燥している。冬は沿岸部では穏やかで、東部は湿潤。ただし北部では厳しい。

 このインターラーケンからの北風が吹くと気温が落ちて乾燥し、海の向こうからの熱風が吹くと蒸し暑くなる。

 敵である人間達の支配地を東に臨むが、国境代わりのインターラーケンの山々が海岸近くまで伸びているし、その各所に要塞が築かれてる。

 なので戦乱に巻き込まれる不安もない。


 もともとの産業だったオークの農業を育てたのは当然。

 姉貴はその上に、沿岸部の穏やかな気候を利用して、一大リゾート地を作り上げた。

 そんなわけで、窓から見えるのは静かな波が打ち寄せる海岸。

 白い砂浜の奥には派手な看板のカジノや高級レストランが並ぶ。

 浜辺に沿って走る道を、着飾った魔族がユニコーンの馬車で往来してる。

 もちろんリバスが領主な以上、夜の街としても有名。


「ま、ヒマが出来たら、な」


 素っ気なく通信を切る。

 椅子に深く座り、ふと窓から外を見る。

 そこにはインターラーケンの山々。登ったら魔界の王子すら死にかけるような、過酷な土地。

 ハヤブサが忙しげに上空を飛び回ってる。


「ああいうリゾートは、ここでは無理っぽいなぁ……」

「ですねぇ」


 後ろから声がする。

 振り返るまでもない。通信の間、画面に映らないよう隅で静かにしていたリアだ。

 蝶の羽をはためかせながら俺の前へ飛んできた。

 リアが着ている服は、コイツの普段着。白のキュロットスカートと白のシャツ。

 他の城ならメイド服とか支給するんだろうけど、今はそんな余裕がない。


「魔界の王子っつったらなぁ。

 お伽噺なんかだと、強いモンスターを一発でドーンと倒して、襲われてた女を助けて恋に落ちる、というのが定番だけどな」

「まずぅ、この地にはぁ、モンスターがいませんねぇ」

「……だな。そして恋に落ちる女もいねぇ」

「あら、いるじゃないですかぁ」

「どこに?」

「ここにぃ」


 リアが胸を張る。羽も一杯に広げる。短い金髪を軽くかき上げ、青い目でウィンク。

 俺の半分くらいの身長で、胸はペッタン。

 年が近くて仲もいいから、というだけの理由で押しつけられた、魔王城からの俺専属侍従。

 仲が良いだなんて、とんでもない勘違いだ……という抗議は無視され、オヤジの命で俺にひっついてきた。


「さて、それじゃ仕事すっかな」


 リアの世迷い言は無視して、椅子から立ち上がる。

 背中にポコスカという感触があるけど気にしない。

 まずは城を一回りしてこよう。



 兄貴達のイタズラでメチャクチャにされた城は、とりあえず住める程度には元通りになった。

 ただ、今は騒がしい。

 魔界の王子が住まう城、といったら普通は薄暗くて不気味だと思う。

 少なくとも重厚で威厳に満ちた雰囲気があるもんじゃねえ?

 そんなもん、俺の城にはない。

 明るい初夏の太陽が窓越しにホールを照らす。

 そのホールは、入り口は開けっ放しにされ、ひっきりなしに妖精達が出入りしてる。

 そしてホールの一角では、白い翼を持つ魔族数人が妖精達から手紙だの小包だのを受け取っている。

 ハルピュイの部下、鳥人達だ。


「はーい、並んで並んでや!」

「ちゃんと受け取るかんな、順番抜かしたらあかんでー」


 変な訛り方をした鳥人達が、妖精達の荷を受け取ったり手紙を渡したり。


「これを魔王城の孫へ、コーラルっつーんじゃ」

「キュリア・レジスのアンリへ伝言をお願いします。『麦酒とフィッシュ&チップスありがとう、美味しかったよ』と」

「アロイスですけど、ブルークゼーレのラモラールから伝言は預かってませんか……」


 城のホールの一角を、ハルピュイが経営するファルコン宅配便のオフィスとして使わせることにした。

 そして妖精達は各地へ出稼ぎに出てる家族友人からの手紙小包伝言を受け取り送ってる。

 それらは主にハヤブサで各地へと運ばれる。大きな荷物なら鳥人達とか身体の大きいヤツが運ぶ。


 ファルコン宅配便の支店開設。

 上の兄弟達に比べるとケチな贈り物。けど、ハルピュイも俺と同じく余り物の辺境を与えられた身だ。これが限界だろう。

 俺への贈り物を横取りしようとした所を見ると、実のところ懐具合は結構ヤバイのかもな。

 階段を下りてくる俺の姿を見るなり、鳥人の一人が声をかけてきた。


「どもー、トゥーン様。今週分のお荷物が届いてますで」

「おう。今回は何だ?」

「へぇ。セント・パンクラスからの写本でおま。もう運んでおきましたで」

「お、あんがとよ」


 さらさらと受取書にサインして、リアを引き連れ一階奥の書庫へと進む。


「今回は、何の本でしょうねぇ」

「さーな、すぐに役に立つモノならいーけどよ」

「前回のダルリアダ百科全20巻はぁ、微妙でしたからねぇ」

「だなぁ。インターラーケンでダルリアダ大陸の知識は意味ねーだろ」


 城の奥にある大きな部屋を書庫にした。その書庫には次兄のルヴァンからの贈り物が次々と運ばれてくる。

 エルフが住む北の大陸ダルリアダ。

 ルヴァンはそこでキュリア・レジスという名の都市を築いた。

 もともと頭が良いルヴァンは、長命かつ知識豊富と名高いエルフを束ね、学術を発展させた。

 そこでの様々な研究の結果を記録しているのが、エルフが誇る巨大図書館兼博物館、セント・パンクラスだ。


 で、そこの書物を写し送られてきた本を収めるのが、目の前にある書庫。

 ズラリと並んだ本棚。まだ隙間だらけだけど、既に本が収められている。

 中に入り本を眺める……どれもこれもでかくて分厚くて重い。並の魔族なら殴り殺せるレベルだ。


「エルフが誇るっつっても、図書館建てれたのは魔王一族の力だろーに」

「ですよねぇ。研究を指揮支援してるのもルヴァン様ですよぉ」

「ここまで発展できたのはオヤジの力だろうが。それを自分達の手柄みたいに、偉そうにしやがって」

「いいえっ! 魔王一族の躍進こそがエルフの知恵と知識の賜物なのですぞっ!」

「のわっ!」「なぁ、なによぉいきなりぃ!」


 いきなり本棚の向こうから口を挟んできたのは、白いマントをまとった女エルフ。

 背が高くて、白い髪をおかっぱにした、釣り目の眼鏡エルフ。おかっぱの横からエルフの証、長い耳が突き出てる。

 ルヴァンが派遣を約束した学芸員が居たんだった。

 俺達のビックリを無視し、ソプラノな声でエルフの素晴らしさを語る演説が続く。


「そもそも我らエルフは魔界において最も知的で、平和を愛する種族。本来ならば魔界統一などという、愚かな欲に満ちた世俗の覇権争いになど荷担はいたしません! ゆえに我らは古来よりダルリアダ大陸を出ることはありませんでした。

 ですが、魔王様の『魔界に平和を、知恵と理性による統治を』という理念に早期から賛同し、その覇道に知恵を貸したのです。

 そして現在の魔界統治も、魔王ご子息の方々それぞれの下へ派遣されたエルフ学芸員の、豊富な知識に裏打ちされた有益な助言があればこそ!

 この私、クレメンタインも、未だ若輩のトゥーン殿に知恵を授けるため、この山深い僻地へ参ったのです。その点をお忘れになっては」

「わーった! わーったっつーのっ!」


 あーうるさい。

 まったくこいつらエルフは、全員ルヴァン兄貴と同じかよ。偉そうで話が長くて人を見下してバカ扱い。

 今だって学芸員のエルフが冷たい目で俺を見下してやがる。

 負けるもんかよ、と気合いを入れて見上げる。目に力を込めてクレメンタインを睨み返す。


 あれ……あっさりと目を逸らした。

 誤魔化すみたいにオホンと咳払い。

 意外と気の弱いヤツなのか?


「ねぇねぇ、クレメンタインさん」


 話を逸らすかのように、リアが間に割って入った。


「それではぁ、早速知恵を拝借いたしたいのですけどぉ」


 クレメンタインはリアには何も答えない。

 ただ、フンと鼻で笑ってそっぽを向いた。


「ちょっと、クレメンタインさん」


 つーん。

 プイッと横を向く。

 下等な妖精に話す言葉は無い、とでも言いたいようだな。

 リアが「無視しないでよぉ!」と抗議してるけど、それも無視。

 やはりエルフは高慢ちきで気に入らない連中だ。


「おい、クレンタイン。答えてやれよ」

「クレメンタイン、です。

 私は魔王とエルフ一族の盟約に従い、トゥーン殿へ知恵を授けるため参ったのです。他の方とは関わりありません」


 ぬをぉっ! ムカツク。

 その態度、本当にムカツク!

 リアもワナワナと震えて怒ってるぜ。


「……んじゃ、俺に答えてもらおうか。クレメン」

「クレメンタイン、です。勝手に省略しないで下さい」

「わーったよ、おクレ。この地に街を築きたいんだけどよ、どんなのがいいんだ?」

「変な愛称も付けないで下さい!

 ですが、まぁいいでしょう。この地に築く街は、もちろんインターラーケンの地形、水利、防衛、住まう種族の利便性、もちろん産業……。様々な要素を考慮して設計せねばなりません」

「んなこたわーってる。で、どんなのがいいんだ?」

「それは、ですね……」


 クレメンタインは勿体ぶって間を挟む。

 俺とリアは、ムカツク態度はおいといて、その回答は何かとググッと顔を寄せる。

 そして、エルフはハッキリ宣言した。


「まだ思案中です」


 自信満々で、答えやがった。

 ガクッとこける。





 城を一回りして、執務室に戻ってきた。

 窓から外を見れば、ハヤブサ便が飛び回ってる。城を出入りする妖精達も忙しそうに飛び回ってる。

 そしてヒマそうに大あくびしている、庭の白い大犬。名前はカルヴァにした。

 リアがお茶を入れ、デスクに置いた。


「やっと、本格的になってきたな」

「始動、って感じですねぇ」

「今はまだ、俺の城しか建物がねーけど。

 おかげで城の中もワイワイとうるせーが、それも少しの辛抱だ」

「私は好きですよぉ、いかにも街の政治をやってますって感じでぇ」

「勘弁しろ。魔王の威厳がありゃしねえ」

「そういうセリフはぁ、魔王に相応しい力を手に入れてからですねぇ」

「……ふん、今に見てろ」


 お茶をひとすすり。

 口は悪いし王子への敬意も知らないリアだけど、お茶は美味い。

 デスク正面のカベを見れば、長老に作らせたインターラーケンの地図。

 そこにどんな街を築くか、俺の采配次第だ。

 燃えてくるぜ!


「さて、どんな街を作るかな。

 周囲の山のおかげで天然の要塞みたいなもんだから、城塞都市みたいな防衛は考えなくていいのが楽だぜ。

 やっぱ、まずは開いた道に沿って建物を建てていくか」

「広々としてて、いいですねぇ。可愛い屋根の宿屋が並んでるとぉ、素敵ですよぉ」


 インターラーケンの領主、まずは第一歩だ。

 そしてこの地で力を付けて、いずれは次の魔王になってやる。

 みてろよ、兄貴共め。見返してやるからな!

 そんな気合いを入れていたら、執務室の扉が激しく叩かれた。


「とぅ、トゥーン様! 一大事ですじゃっ!」

「ベルンか、一体どうしたってんだ?」


 飛び込んできたベルンはゼーハー言いながら報告した。

 確かにそれは一大事だった。


「に、人間が、人間が現れましただっ!」

第二部、終了です。


続きはまた後日…


ではでは~

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