表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王子  作者: デブ猫
79/120

     第四話  裏切り者

 裏切り者。

 導師は、ヴィヴィアナを始め聖歌隊四人を指さして、裏切り者と言った。

 その口調に、表情に、指先にも迷いはない。

 本当に聖歌隊が裏切り者だと確信している。


 ペーサロ将軍以下、軍人達は仰天している。

 高速で導師と聖歌隊の間を視線が往復する。

 一体どこからそんな話になるのかと、必死に考えている。

 彼らの口は無様に開けっ放しだ。


 そして聖歌隊は、驚愕していた。

 自分達が、まさに裏切り者だから。

 魔族を匿い、教会を逃れ、トリニティ軍の侵攻作戦を阻止し、魔界へ亡命するのが目的なのだから。

 一体どこから発覚したのか、軍人達と同じく全く分からない。


 しかし、理由はともかく、ばれてしまったのだ。

 四人の全身に脂汗が流れる。

 手足が強ばる。

 泣きそうな目のサーラは、本当に涙がこぼれている。

 ヴィヴィアナすら、導師の視線を正面から受けれず、顔を伏せてしまう。

 だが、そんな中でもイラーリアは一歩前に出た。

 そして、逆に指を指し返す。


「どういうことですか!

 こともあろうに、マテル・エクレジェ女子修道院所属の修道女たる私達を、裏切り者だなどと!

 あなたの今の言葉、法によって裁かれるに相応しい暴言ですわよ!」


 必死の形相で睨み返すイラーリア。

 その反撃に、ヴィヴィアナも勇気づけられる。

 顔を上げ、キッと将軍を睨み付けた。


「こ、これがトリニティ軍に参加した従軍聖歌隊への扱いですか!?

 軍の横暴と無礼には、言葉もありませんわ!

 帰らせて頂きます!」


 そういって踵を返したヴィヴィアナは、まだ呆然としている後ろの二人を押し退け、扉へ駆け寄り取っ手に手をかける。

 だが、開かない。

 力を込めてドアを開けようとするが、押しても引いてもびくともしない。


「カギを閉めました」


 さっきドアを閉めた魔導師がポツリと呟いた。

 今度は四人全員で魔導師達を睨み付ける。


「一体、何のつもりです!」

「おいおい、どういうことだよ……これは、シャレじゃすまねーぞ!?」


 ヴィヴィアナと、興奮のあまり地が出てしまったイラーリアの叫び。

 真実を見抜かれた動揺を隠すための反撃と、虚勢。

 それは将軍始め軍人達には効果があったようだ。困惑し、導師の方を睨んでいる。


「導師、一体どういうことか!?

 さっきの話が、どうして聖歌隊の裏切りに通じるんだ?

 納得のいく説明が出来なければ、あなたを軍事法廷に告訴せざるをえないぞ!」


 将軍の言葉に四人は勇気づけられ、希望を持つ。

 将軍を騙し通せば、なんとかこの場を立ち去れるかも知れない。

 そうすれば、あとは何とかなるかも……そう期待して。

 だが導師の方は、全く動揺が見えない。それどころかニヤニヤと下品に笑っていた。

 その程度の疑問反論は予想通りだったようだ。


「じゃから、話はちゃんと聞くべきなんじゃよ。

 このアンクというのはな、神の力を与えられた宝玉なんじゃ」


 そういって振り返る導師が見上げる先で、巨大なアンクが光を明滅させている。

 だがその目には信仰とか神への畏怖が見られない。

 まるで自分の作品を愛おしげに眺める巨匠かのようだ。


「術式とは、我らが生み出した魔力を一時的に貯め、変換し、放出する公式じゃ。

 宝玉とは、その術式を書き込んだ物。

 主にコランダムや水晶などの鉱物結晶に描くのお。

 魔族は宝石の表面に、平面的にしか描けないが、皇国では内部にまで書き込む技術を確立しておる!

 おかげで術式を立体構築することができ、飛躍的に術の魔力変換効率と魔力制御技術が向上したんじゃ。

 そして……この、アンク!」


  バンッ!

 導師は、神体であり信仰の対象たる巨大アンクを、平手でぶっ叩いた。

 その姿は信仰心があるようには見えない。明らかにアンクを単なるアイテムと同列に見ている。事実扱っている。

 その様に軍人達と聖歌隊は仰天してしまう。


「これこそが皇国の魔法技術の結晶であり、最高傑作じゃよ!

 アンクとは本体の積層形成と同時に立体術式を転写された、いわば術式の塊での!

 もはや、一般の宝玉とは比べものにならん!

 それ自体が新たな術式を内部に、ほぼ無限に形成することが可能となった!

 しかも自立的に、じゃ!

 注入された魔力を変換放出するどころか、もはや世界の存在そのものに干渉し、因果律を操作し、任意の未来を選び取ることすら出来るのじゃ!

 トリニティ軍に配備された、このアンクはなぁ……」


 ぶっ叩いたその手で、今度はアンクをなで始める。

 愛おしげに、まるで我が子をあやすように。


「今回の作戦のために皇都で製造された、新型じゃよ。

 ツェルマット山を奪取した後、その後の魔界侵攻作戦を現地で補佐するため、車両での運搬が可能なよう小型化されたんじゃ。

 完成したばかりなんで、まだ基本情報しか入力できておらず、いまだ本来の力を発揮し切れておらんがな。

 だが、これが本格運用されれば、もはや魔王すら恐るるに足らん!

 魔族の軍はことごとく裏をかかれ、罠にはめられ、仲間割れを起こし、自滅すらしていくじゃろう。

 そのための作戦を立案するために、こいつは造られたんじゃからな!

 そしてワシらは現在、魔界侵攻計画を実現すべく、あらゆる事象を入力し続けておる。

 その情報を元にアンクは計算し、思考し、我らに指示を出し続けている。

 で、最初の話。聖歌隊の娘っこ達なんじゃが……」


 ようやく話を聖歌隊に戻した導師。

 だが、その話に軍人達と少女達がついてきているかは疑わしい。

 ともかく、指を指されている本人達には、ある程度のことが分かった。


 アンクとは、巨大な宝玉だということ。

 神が地上に顕現した福音という存在などではなく、単なるマジックアイテム。

 奇跡のような力を持ってはいるが奇跡ではなく、奇跡に見えるほど高性能なだけ。

 即ち、修道女や牧師の『天にまします我らが主よ、その慈しみが生みしピエトロの丘に顕現したる三位一体にして同一たる祝福……』なんて、全くの嘘。


 それは、確かに国家機密。

 教会の権威と信仰が崩壊する。

 同時に教会と不可分一体である皇国の統治も権力も崩壊する。

 第一級というに相応しい、国家の土台を揺るがす真実。

 公表出来るはずがない。


 扉に手をかけていたヴィヴィアナも、まだ祭壇の近くにいた残りの三人も、驚愕のあまり言葉を失う。

 教会が魔族に関する情報をねつ造し、魔界侵攻の大義名分に利用しているのは知っていた。

 だが、今、導師の口から語られたのは、その比ではない。

 神の三位一体トリニティを表現するアンク、信仰の対象が、それ自体が虚構だったというのだ。

 もはや聖歌隊だけでなく、口にしてはならない事実を惜しげもなく垂れ流す導師に呆然とするペーサロ将軍も、その部下達までも、言葉を失っていた。

 そんな彼らの沈黙の中、ただ導師だけが悠々と講釈を続ける。


「その娘ッ子達が祈りを捧げるまで、このアンクは皇都のアンクと同じく『作戦成功確率99.999%』と弾き出しておった。

 ところが祈りを捧げたとたんに、突然に成功確率が減少したんじゃよ」


 少女達には、もう何を言ってるのか分からない。

 発覚したのは、さっきの祈りが原因らしいのだが、その理由が全く理解できない。

 だが将軍の方は、ある程度は理解していたらしい。

 というより自分の専門領域たる軍事面に話が及んだので、ようやく質問できるようになったのだろう。


「成功確率が下がった、だと?

 聖歌隊が礼拝をしたとたんに……導師、いったいどういうことだ!?」


 話に食いついたペーサロの姿に満足したらしい導師。

 アンクの前をカツカツと靴音を響かせて往復しながら説明を続ける。


「さっき説明したとおり、人の意志が生み出す魔力は、世界を構成する極小の弦に干渉する。

 干渉された弦より生じた力が、因果律という世界の流れを組み替える。

 人やリンゴやネコのような巨大な物体や他の知性体に直接干渉できなくとも、他者の知覚が及ばぬ極微極近の世界になら干渉できるんじゃ。

 その極微極近に限定した世界のあり方を書き換え、任意の未来を選び取る。その発動が、魔法じゃ。

 このアンクは強力な魔力を用い、高速で思考し、人間の限界を超えた範囲にある因果律まで操作するんじゃ。

 神にも等しい力を持っておる……といいたいが、やはり限界はある。

 干渉しうるのは、アンクに入力した情報の範囲内のみじゃ。

 まあ当然じゃな、知覚せぬ範囲に意志は及ばぬ。ゆえに因果の組み替えも及ばぬ。

 そして、ようやく将軍殿の待ち望んだ、結論じゃ」


 導師は聖歌隊へ向けて右手を振る。

 楽しげに笑いながら、イタズラをしようとしていた悪ガキの企みを見抜いたかのように。

 汗を滝のように流し、顔を強ばらせ、目を逸らす四人へ。


「娘ッ子達の聖歌に込められた意志は、意識しなくとも魔力を僅かに帯びる。

 その魔力を感知したアンクは、それが世界に干渉する新たな因果律も計算に入れて、作戦の成功率を再計算したんじゃ。

 結果、娘ッ子達は『作戦失敗』への因果を組もうとしていることが判明した。

 そやつらのヘマが原因で作戦が失敗に終わる、なんて可愛いモノではなく、故意に作戦を妨害している、とな!」

「な……なんですと!?」


 将軍は、そして付き従う部下達も愕然とする。

 そして動揺を隠しきれない聖歌隊を睨み付ける。

 逃げ場が無く、部屋の隅で縮こまるミケラを。

 脂汗を全身から流しているイラーリアを。

 青ざめた顔をそむけているヴィヴィアナを。

 祭壇前で立ちつくすサーラを。

 彼女らは何も言わない、何も答えられない。


 だが軍人達には真相がいずれにあるのか判断がつかない。

 導師の言葉が嘘だとは思えない。

 アンクという新型巨大宝玉が誤作動を起こしたとも考えにくい。

 といって、聖歌隊の少女達が、そんな大それたことを考えてるとは信じられない。

 細腕の娘達に、これだけの軍事作戦を阻止する力があるはずもない。

 将軍には、結論を出すべき根拠が足らなかった。


「ど、導師……あ、あなたの言葉を疑うつもりはない……。

 そんなつもりは、ないが……それだけでは、裏切り者というには難しい」


 将軍は、聖歌隊の四人に負けず劣らず動揺している自分を抑え込む。

 襟を正し、咳払いを一つして、理知的かつ高圧的態度を取り戻す。


「つい数日前にトリニティ軍へ編成されたばかりの、それも夢見がちで世間知らずの娘達が、政戦両略も何も考えずに戦争を忌避するのは珍しくない。

 それだけで故意に失敗させる計画を立てている、とは言えんぞ。

 しかも、どうやったら彼女たちが本作戦を失敗させうる、というのか?

 第一、先陣は恐らく、既に突撃を開始しているんだぞ。

 今さら、前線に到着もしていない本陣の中で、こんな細腕の娘達が、何をやったら失敗させうるのだ?」

「ふむ、それも当然の疑問じゃな……おい、その表示をこっちへ」


 導師は部下の魔導師に指示して、何か宝玉を操作させる。

 ガラスのパネルに表示された文字の列を、導師はかいつまんで読み上げ始めた。


「さっきまでに入力した修道院絡みの情報は、ええと……。

 マテル・エクレジェ女子修道院の、神学校講師ドメニコ神父が、禁書を収集しているという噂あり。

 戒厳令発令と街道封鎖を、ルイーニ司教と助祭二名が修道院へ連絡に向かう、か。手紙一枚を飛ばせば済む事に、わざわざ司教が自ら、のぉ。

 オルタの街での戦闘と同時か、その直後に修道院が襲撃される……ふむ、まるで軍の作戦と同調するかのように、な。だがそんな予定はなかったぞい。

 結果、修道女の大半が殺害され、修道院は崩壊。

 そしてサクロ・モンテで待機し指示を待つはずのルイーニ司教と助祭二名が失踪、と。

 これに聖歌隊の娘ッ子達が叛意を有している、という事実を加えると……。

 さて将軍、どんな筋書きを書くかの?」


 ペーサロ将軍は、顎に手を当てる。

 うつむいて、しばし黙考。

 そして、パッと顔を上げた。


「修道院を襲撃したのは、まさか、司教!」

「その通りじゃ!」


 導師がバンッと勢いよくアンクを叩く。

 この状況でもアンクは輝き、瞬き、光を放つ。

 真っ青になった四人の顔を照らし出す。


「これらの情報から、アンクは導き出したんじゃよ!

 ドメニコ神父の禁書収集を隠蔽しようとした司教達が、軍の作戦に合わせて修道院を襲撃。

 修道女達と神父はこれを迎撃、大方を殺されながらも撃退に成功したんじゃ。

 そして司教の口を割り、真実を知った。それも修道院の襲撃だけでなく、街を襲った話まで聞かされたんじゃろうて。

 というわけで、この娘達は教会の手を逃れるため、魔界への亡命を実行中じゃな」


 小さな体が、目立たぬように動いていた。

 祭壇の側にいたサーラ、彼女の手が祭壇に飾られていた花へ伸びる。

 その口は聞き取れぬほどの小声で呪文を紡いでいた。

 折れそうなほど細い彼女の手が花を花瓶から引き抜いた瞬間、花が凍り付く。

 茎の切り口と、滴る水滴が氷の針となる。

 その気弱そうな目から信じられないほどの、迷い無き動きで花の針を握りしめ、将軍めがけて飛び出した。

 一気に間合いを詰め、その心臓めがけて氷の針を突き立てる!


次回、第十七部第五話


『尋問』


2010年8月28日01:00投稿予定

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ