第二話 決行の時
トリニティ軍の糧食は後方の貨物車両に満載されてる。
といっても、これだけの軍が動くわりには少ない量といえる。
やはり、この鉄道とトンネルのおかげで補給に不安がないせいだろう。後からどんどん運び込む気だな。
それに、もともと長期戦は考えていないだろうし。
で、朝食の時間だ。
インターラーケンへ向かう現在、貨物車両から食料を運び出してはいない。
一般兵士は各自が持参した食料を取り出してるそうだ。それぞれの家族が作ってくれた弁当だろう。
士官も自分用の食べ物は持ってきてるけど、士官用車両列には食堂車がある。
ワインや高級食材が保存され、専属のコックが料理してくれるそうだ。
ペーサロ将軍とか、高級士官連中は食堂車の豪華なテーブルで飯が食える。
さすがに下士官では本来、食堂車では食べれない。
で、聖歌隊は士官扱い。
修道院が崩壊したので食べ物を全く持ち出せなかったのも承知されてる。
なので食堂車に自由に出入りして良し、と言われてる。
というか聖歌隊のメンバーは、士官のオッサン連中から「良いワインがあるんだ」「是非、一緒に食事をしよう」「私の部屋へ遊びに来たまえ」なんて誘われてるそうだ。
もちろん「神について語ろう」「是非にオルタゆかりの聖者について話を聞きたい」なんて理由も付けられちゃいるが、下心はミエミエ。
修道女は「貞潔」「清貧」「従順」の誓願を立てるって知らないはずないだろ。
エロオヤジどもめ。
もちろん聖歌隊連中は俺達魔族を匿ってるし、演奏の練習が必要なのも本当だしで、この女性士官専用車両から出ることは滅多にない。
そして一般兵士や高級士官の男共も、女性専用車両には入りづらいようで、何かの連絡や作業で通り過ぎる程度。
が、あんまり部屋に閉じこもってると変に思われるだろう。
他の女性士官達も聖歌隊連中と話をしたいみたいで、さっきからドアがコンコンと何度も叩かれてる。
一緒に食事をしませんか、朝のお祈りをお願いします、とノエミをはじめとした女性士官達が来るたびに、俺達は大慌てだ。
リアとパオラは座席下に隠れ、俺と姉貴は窓から飛び出し車体の屋根に張り付く。クレメンタインも『浮遊』の宝玉を握りしめ窓を飛び出し、屋根の上にへばりつく。
今は白い従軍聖歌隊の服を着てるから、昨日みたいに死にかけたりしないが、それでも寒いモノは寒い。
すぐに行きますので、しばしお待ち下さい……と、話を手早く切り上げてくれてるおかげで、すぐ部屋に戻れるけど。
「……そういうわけですので、私達は食堂車に行かねばならなくなりまして……」
「ああ、承知してるぜ」
「情報収集をお願いしますぞ」
ヴィヴィアナが申し訳なさそうに言う。気にすることはねーのにな。
カタカタと震える体を急いで暖めつつ、聖歌隊の四人に手を振る。
残るは魔族四名にパオラ、静かにしてればバレないだろう。
「朝食前に朝の礼拝もしますから、かなり遅れると思います。
ほら、先頭近くにある、あの白い車両です」
「あー、あったな。
何の車両か分からないって言ってたヤツ」
「ええ。
聞いてみたら、礼拝堂があるんだそうです。
特大のアンクが鎮座しているって」
礼拝専用車両だったのか。
それを一番先頭にもってくるとは、大した信仰心だな。
ま、そんなことはいいや。信仰は捨てても礼拝の真似事をするのに問題ないだろう。
俺はトンネル開通がいつになるのかを知りたい。
「しっかりやってきてくれ」
「ご飯もお願いねぇ」
侍従長らしく食事を気にするリア。
今はそんなことを気にしてられる場合じゃ……とも思ったが、朝ご飯は大事だ。
ベウルのシゴキを受けてるとき、メシも食えないほどの状態になったことがあった。だが「朝飯食わずにどこから元気が出るというか!?」と、無理矢理に口に突っ込まれた。
なんで家族の想い出は、こんなイヤなモノばっかなんだ?
それはおいといて、楽器を抱えて出て行く聖歌隊を見送り、自分達のコンディションを確認。
俺と姉貴の魔力は十分だ。昨日からの『穏行』でかなり消費したが、朝の瞑想で十分に回復させれた。
クレメンタインも魔力十分。『浮遊』の宝玉のおかげで魔力をセーブしながら隠れることが出来た。
リアも問題なし、というか、もともと戦力には数えてない。飛んで逃げるだけの魔力があればいい。
パオラは、もともと魔力をほとんど持ってない。
そして全員、休息睡眠で体力は回復した。せいぜい、朝だから小腹が空いてるくらいなもんだ。
あとは正確なトンネル開通時間を確認するばかり――
――そして礼拝車両へ向かう聖歌隊一行は、食堂車を通過していた。
そこは他の車両と違いコンパートメントがなく、代わりに赤いテーブルクロスが敷かれたテーブルと椅子のセットが並んでいた。
前方に向かって右側窓際に椅子とテーブルの列、左側にカウンター席が並んでいる。
カウンター奥の棚には立派なワインや蒸留酒のボトルが入っているようだ。
さすがに軍用車両なので大方は無骨で機能優先の造りだ。食器も走行中の振動で落ちたりして割れないよう、木製と金属の物が多い。
カウンターの中にいるバーテンダー役の男も軍服を着たまま。
各席には軍人達が着席し、優雅に談笑しながら朝食を楽しんでいる。
その軍服の肩や胸のところには、様々な形の勲章や階級章、宝玉が付いている。相当の高級士官だろう。
奇襲作戦直前の緊張感は見られない。第一・第二陣からの報告に異常を知らせる物はないのだろう。
また最後尾だけあって、戦闘が自分達に及ぶとも考えていないようだ。
サンドウィッチとチーズ、朝からワインをあおる者もいた。
ヴィヴィアナを先頭にした聖歌隊一行が食堂車に入ると、一斉に軍人達の視線が彼女たちへ向いた。
下品そうな粗野そうな表情の者も多かったが、それでも修道女姿の四人が入ってくると顔を引き締める。
全員が一旦立ち上がり、祈りの所作をする。
聖歌隊一行も目を閉じ、同じく祈りの所作をもって応える。
彼女たちが目を開け祈りの所作を終えると共に、軍人達は再び席に座って雑談を始めた。
――開通ももうすぐだな。
――ああ、第二陣も突撃準備は万端だ。これで爺様と親父の仇を討てるよ。
――あの気持ち悪いトカゲやイヌネコ共をぶっ殺せるかとおもうと、腕が鳴るぜ。
――神の尊き教えも分からん下等生物も、麦畑の肥やしにくらいはなるだろうよ。
――領地はどれくらい分配されるんでしょうね?
――ふん、皇都の能なし共が漁りに来る前に、俺達で全部いただきだ。
――後ろでふんぞり返るだけの腰抜けに、私達の苦労が分かるものですか。これは正当な権利ですよ。
――魔族共の巣を壊す前に、取れるモノは取っておかないとな。
――第一・第二陣の一般兵士を黙らせるのも大変ですので、急がないと。
――浮かれるのは早いぞ。さすがに魔王が出現するかもしれんからな。
――なあに、対策はバッチリだ。皇都で開発された対魔王用兵器群に驚くがいい。
聞こえてくる話の内容に、敗北を臭わせるものは一つもない。
既に勝利を疑っておらず、戦後処理という名の虐殺と略奪にばかり気が移っている。
そして罪悪感の欠片も見えない。
罪悪感のあるはずもない。
彼らにとって魔族とは殺すべき敵であり、生かしておく理由がない。
それが彼らの正義、彼らはそう教えられ、生きてきた。
魔族を殺し、彼らの有する富を奪う。それは彼らにとっては悪鬼を討ち払い、富を正しき所有者に戻すこと。
従軍聖歌隊の所属していた教会が、そう教えたのだから。
真実を知った四人にとって、今さらながらに自分達が何をしてきたのかを思い知らされる光景だ。
そんな中、サーラがキョロキョロと車内をくまなく探っている。何かを探すように。
少しして、ウェイター役をしていた若い士官が寄ってきた。
「従軍聖歌隊のご一行ですね、お待ちしていました。
朝食の準備をしますので、少しお待ちを」
ピシッと敬礼をしてからカウンターに戻ろうとした彼をヴィヴィアナが呼び止めた。
「あの、礼拝専用車両にて朝の礼拝を、とノエミさんから頼まれたのですが」
「ああ、なるほど、分かりました。
あの車両は指揮車両より前にあって、許可無く入れませんから。
私が入り口までご案内しますよ」
「あ、あの!」
四人を案内しようとした彼を、今度はサーラが呼び止めた。
「はい、なんでしょうか?」
「ぺ、ペーサロ、将軍が、おられないよう……です、が?」
食堂車を観察する彼女の目には、確かにペーサロの禿頭は見えなかった。
すぐ前にいたイラーリアが肘で彼女を小突く。その目は「余計なことすんな!」と、サーラを咎めている。
ウェイターの方は事務的に返答した。
「ペーサロ将軍でしたら指揮車両で作戦会議中です。
食事もそこで食べられてますよ」
「あ、そ、そうです、か」
「礼拝の時には会えると思いますから、ご用があるのでしたら、そのときにどうぞ」
「わ、わかり、ました」
歩き出したウェイターの後ろをついて歩く四人。
狭い通路を抜け、高級士官用車両を通る。ドア数が士官用車両より少ないのは、コンパートメントが広くとられているからだろう。
そして、銃を背負った見張りの兵二名が立つ入り口に到着した。
ウェイターと兵達は軍人らしい敬礼を交わし、礼拝のために従軍聖歌隊を案内した旨を報告した。
すると兵士達は、「失礼します!」という気合いの入った言葉と共に、瞬時に印を組み上げて『魔法探知』『探査』を放った。
もちろん本来なら探知系魔法を人へ、それも若い女性へ放つのは覗き見同然。大変なマナー違反。
が、彼らは「規則ですのでご容赦を」「任務ですから」と、一言だけで当然のように続けていた。
念入りに、しつこく。
彼らの顔、妙に楽しそうだ。役得とでも思っているのだろう。
「あの、もういいでしょうか?」
いい加減、イヤそうな顔をしたのはウェイターだった。彼の言葉にようやく二人ともボディチェックを切り上げた。
対する聖歌隊の四人は、少々ひいてはいたが、イヤな顔はしなかった。
もちろん彼女たちは念には念を入れて、聖具の楽器以外は武器もマジックアイテムも所持していない。
疑われたら終わりなのだから、むしろ疑われないようにチェックを進んで受ける覚悟だった。
「では、聖歌隊の方々はお通り下さい」
「奥で将軍がお待ちです。
あ、ただ……」
兵士の一人が咳払いをして、まるで丸暗記したセリフを暗唱するかのように話し始めた。
「指揮車両以降の車両で見聞きした事実は軍事機密となります。
聖歌隊の諸君等にも秘密保持義務が生じ、これに反した場合は軍法会議の対象となります。
諸君等も今は従軍聖歌隊として士官扱いです。なので、教会法ではなく軍法で裁かれますので、注意して下さい」
事務的な注意事項が終わってから、目の前の扉が静かに開けられる。
ウェイターに見送られ、ようやく四人は指揮車両へと歩を進めた。
指揮車両内部は、他とは全く異なった作りをしていた。
入り口近く、右側に大きめのコンパートメントが一室。恐らく将軍専用の部屋。
目の前に広がる空間は、車両ほとんど全てを使っての指揮命令通信室だ。
窓は減らされて、その分の壁を使って執務机と棚が並んでいる。
机の上には様々な宝玉が並んだ、何らかのマジックアイテム。
ガラス製らしきパネルも置かれ、その表面に様々な文字が浮かんでは消えていく。
車両の中央には大きなデスクが置かれ、その上には地図が広げられている。
地図にはオルタ周辺の地形、そこから伸びる一本の直線、そして直線の先には丸いお盆のような地形が描かれている。
オルタからインターラーケンまでの作戦区域を記した地図だ。
両区間を繋ぐ直線はトンネル。その上にはチェスの駒か積み木みたいなものが置かれている。
その駒や積み木は直線の先、インターラーケン近くに集められている。恐らくはそれぞれが第一・第二・第三陣、オルタに残る戦力を表すのだろう。
インターラーケンの辺りには、角や翼を生やした人形が置かれている。魔族を表すらしい。
壁際にはフタがついた管のようなモノが並んでいる。それぞれのフタには細かく文字が書かれてる。
机に向かっていた女性士官の一人が立ち上がり、フタをパカッと開けて管に向かって叫びだした。
「トリニティ軍第三陣総員へ通達、間もなくトンネルが開通する。
全戦闘員は速やかに戦闘準備に入れ。
当魔道車列は減速、第一・第二陣突貫を待つ。
現地到着と同時に第三陣も突撃を開始する。
繰り返す、間もなくトンネルは開通する……」
パイプは伝声管だったようだ。一本一本が各車両に繋がっているのだろう。
そしてアナウンス内容は、聖歌隊と魔族達が欲した情報だ。
トンネル開通時間が間近に迫っている。これは聖歌隊の部屋にも届いたはずだから、これ受けてトゥーン達も動き始めるだろう。
作戦決行は近い、彼女たちもグズグズはしていられない。
全員の表情に焦りが浮かぶ。
頬に汗が流れる。
心臓が早鐘を打つ。
「遅いぞ! 聖歌隊諸君!」
いきなり飛んできた怒声に、四人とも飛び上がらんばかりに仰天する。
彼女たちが視線を上げると、指揮車両の一番奥の扉が開いていて、そこには軍服に身を纏ったペーサロ将軍がいた。
相変わらず禿げ上がった頭は、真っ暗なトンネルの闇に溶け込みそうなほど日に焼けている。
気むずかしさと頑固さを表すかのようなへの字口も、黒の宝玉を胸ポケットの上に付けた濃緑の軍服も変わらない。
鷹のように鋭い灰色の目で睨み付けられる少女達は、またもすくみ上がってしまう。
「聞いての通り、総攻撃開始まで時間がない!
急ぎ諸君等には朝の礼拝にあわせ、本作戦成功を祈願してもらいたい。
来たまえ!」
それだけ命じると、すぐに礼拝専用車両に戻ってしまった。
あまりに一方的で高圧的かつ威圧的態度に、あっけにとられる暇もなく、弾かれるように前の車両へ向かう四人。
そして彼らは礼拝専用車両に足を踏み入れた。
次回、第十七部第三話
『アンク』
2010年8月24日01:00投稿予定