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魔王子  作者: デブ猫
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第十七部 第一話  褒美

 この魔道車列は、非常に長い。

 先頭は全車両を引っ張る、車体下部に歯車が付いた登山用魔道車。

 巨大な金属の筒のような形をしていて、全体に上質の宝玉と術式が惜しげもなく配されている。

 操縦者がいるべき場所、運転台とかいう狭い部屋のようなものが、車両の一番後ろについている。

 運転台は一段高くなっていて、天井近くに窓ガラスがはめられてる。そこから車体上部と前方、空も少しのぞける。

 背中側は大きな窓ガラスがあり、背後を広く見渡せる。

 車両一番後ろ、運転台と後続車との連結部分の間には、簡単な手すり付きの狭い通路が通ってる。その通路はそのまま車両をぐるっと回って左右へ続き、魔道車前面近くまで歩いていける。

 車体表面の宝玉や術式などをチェックするための作業用通路だそうだ。


 次に窓のない、白地に大きく国旗が描かれた車両。何の車両かは分からなかった。

 三両目からは士官用車両。その先頭がペーサロ将軍のいる指揮車両、次に高級士官用車両、士官用食堂車、下士官用車両数両。

 そしてその後ろに一般兵士用の車両、犬・馬・ペガサス等の軍用生物輸送車両、貨物車両が並ぶ。

 最後に、一番後ろにももう一両の魔道車がついている。予備と、先頭の魔道車の補助とかだそうだ。


 トリニティ軍の第一・二・三陣は相互に連絡が取り合える。

 各隊が『マルアハの鏡』を持ってるわけではなく、通信用の宝玉があるとのこと。

 時計は指揮車両に置いてあり、現在は既に日付変更間際の深夜。

 昨日の朝に出発した第一陣は予定通り、今朝に到着し地上への掘削作業に入ったそうだ。

 今朝出発した第二陣は、明日の夜明けには到着。ほぼ同じ頃にトンネルは地上へ開通する。

 開通した瞬間からインターラーケン侵攻が始まる。

 俺達がいる第三陣の乗る列車が到着するのは、昼前だ。 


 トンネルは狭いため、開通前に第一・第二陣が一カ所に集中すると動けなくなる。

 それどころか空調管理能力の限界を超えてしまい、酸欠による死者が発生するかも知れないそうだ。

 だから第二陣到着を開通時間に合わせたんだそうだ。第三陣の到着を遅らせるのも同じ理由らしい。


 既に消灯時間は過ぎている。

 どこからか流れてきた消灯のアナウンスと共に、車両内の照明が落とされた。

 薄いオレンジ色の非常灯とやらが、足下が見える程度に薄暗く光ってる。

 消灯したから寝ろって意味なんだろうけど、あちこちからザワザワという話し声や派手な笑い声が聞こえてくる。

 寝ずに騒いでるヤツも多いらしいな。


「……というわけさ。

 食堂車のカウンターじゃ、偉そうなオッサン共がワインあおってたぜ。

 おかげで、よくしゃべってくれたな」


 イラーリアとミケラが食堂車に行って、もう一度紅茶をもらってきてくれた。

 ついでにカウンターで酒を飲んでいた高級士官達から情報収集をしてきてくれた。

 いまのところ順調だ。こちらの仲間は全員無事で、トリニティ軍内の諜報も進んでいる。


「そっか、助かったぜ。

 んで、例の情報はあったか?」

「例の、あんたのオヤジさんの件だな?

 軍が『どうやって魔王を倒す』のか」

「ああ。

 トリニティ軍はそのための方法を、絶対に用意してるはずだ」


 皆で頭を寄せてヒソヒソ話。

 消灯後は演奏できない。なので聖歌隊は声を潜めてる。

 聖歌隊以外の、パオラと魔族一行も静かにしている。同じ部屋で。

 結局、元の木箱には戻れなかった。

 今さら戻ろうとしたら、かえって目立つ。トイレに行くのも一苦労なのは同じ。分かれて隠れると、連絡も不便。

 だったら、開き直って部屋に隠れていよう、ということになった。

 俺の質問にはミケラが答えてくれた。


「すまねっす、そん話は教えてもらえなかっただよ。

 何度聞いても、ニンマリ笑いながら話をはぐらかされたり、後のお楽しみ、とかばっかりだべな」


 その質問に一番がっかりしてたのはクレメンタインだ。

 大きな溜め息をついてしまう。


「なんとも、当然ながら軍事機密とはいえ、もう教えてくれても良いでしょうに……。

 なかなかに口の堅い連中ですな」


 俺もがっかりだ。

 あいつらは魔王支配地域である魔界に侵攻する。

 なら魔王を効率的に倒す手段を考案し、準備してるはずだ。

 それが分かれば、さらに魔王軍が有利になるんだが。



 魔王は、ほとんど前線に出ない。

 オヤジは荒っぽいことが嫌いで、常に戦争を回避する手段を最優先で選択する。

 それは魔界の各部族統治でも対人間戦でも変わらない。

 第一、総司令官が最前線で戦うなんて論外だ。いくら桁外れの魔力を持つと言っても危険極まりない。

 それに最近は大規模な両軍の衝突が無いため、出番が無かった。


 とはいえかつては、全軍を鼓舞したり戦局の不利を逆転するため、前線に出て極大魔法を放ったことは何度かある。

 そのたびに人間達は魔王が絶対的存在であることを見せつけられた、はずだ。

 が、それでも侵攻を諦めない。つまり、このトリニティ軍は魔王を倒す算段もつけてると見るべきだ。

 ミケラの話だと、実際に用意しているらしい。

 どうしても知りたいが……。



「くそ、あんまりしつこく嗅ぎまわるのも変に思われるだろうしなぁ」

「残念ですが、今はこれ以上の諜報は難しいでしょうぞ」


 窓の外は、相変わらず真っ暗。たまにライトが通り過ぎるだけ。

 人間が小走りする程度の速度を維持し続けてる。

 今まで、何カ所かトンネルが太くなってる場所があった。そこは線路が二本になり、俺達の乗る魔道車が通る横で、貨物車に土砂を満載した魔道車が停まっていた。

 掘削したときに出た土砂を外へ運び出す運搬車両か。


「あ……あの……」


 気弱そうな小声が僅かに耳に届く。

 サーラがイラーリアを、何か決意をしているような目で睨んでいる、つもりらしい。

 もともとが泣きそうな気弱そうな目なので、よくわからないけど。


「ぺ、ペーサロ将軍は、指揮車両に、ずっといるんですか?」

「んー、そうらしい。

 多分、その指揮車両ってのに将軍用の部屋があるんだろ。

 そこから出ることがあるかは知らねえなぁ」

「そ、そう……」

「でも多分、朝メシは食いに出るんじゃねーか?」


 サーラは小さく頷いただけで、それ以上は何も言わなかった。


 後ろの方から、何か野太い叫び声がした。

 何だろう、と耳を澄ましてみれば、どうやらいつまで経っても寝ない兵士を下士官が怒鳴ったらしい。

 以後、何の騒ぎ声も聞こえなくなった。


「私達も、そろそろ寝ましょう」


 ヴィヴィアナの常識的な提案に、疲れ果てていた全員が頷く。

 俺達と同じく白の従軍聖歌隊服を着たクレメンタインは、荷物の中から棒を一本取りだした。


「では、念のためドアにつっかえ棒をしておきましょうぞ」


 ドアの出っ張りに棒を引っかけてから、クルリと振り向く。


「それでは、皆、明日に備えて休みましょうぞ。

 トイレはもっと夜が更けてから、他の者が寝静まってから密かに行けば良いですな。

 念のため交代で見張り番はしましょう」


 周囲が寝静まれば、さっきみたいにマヌケな苦労をしなくてすむ。

 それは本当にありがたい。 

 俺と姉貴も、潜入時に消費した魔力を少しでも回復させれる。

 見張りの順番を決めてから、毛布や余った布にくるまってうずくまり目を閉じる。





 深夜、車両は何の問題もなく走り続けた。

 一定間隔で揺れる車両が、まるで揺りかごのようで心地よく思えてくる。

 トンネル内に反響する音にも、すぐに慣れた。

 斜面を登り続けているので、常に少し斜めになってる。でも気になるほどじゃない。


 疲れ果てていた俺達は、泥のように眠る。

 見張りの交代時、ついでに何人かトイレに行った。

 今度は人通りがほとんど無く、順番待ちも無かったので、トラブルは何もなかった。


 時折、一定時間ごとに兵士が車両を往復していく。

 トイレに行っていたミケラが通りすがりに尋ねると、定時の巡回をしているとのことだった。

 眠そうな目をこする兵士によると、第一陣の作業は少し遅れ気味で、予定より遅れてトンネルは開通するとのこと。

 それに合わせて第二陣は速度を僅かに下げているそうだ。この第三陣はそのままの速度で走行中。

 トリニティ軍にとっては何の問題も無い。

 俺達にとっては好都合でも不都合でもある。

 隠れる時間が長くなればリスクも苦労も増える。開通時間が正確に分からないと、この車両から飛び出すタイミングが掴めない。

 だが奇襲時間が遅れれば遅れただけ、インターラーケンの危機は先延ばしになる。ルヴァン兄貴が事態に気付いて対応する可能性も高くなる。


 最後の見張り番をやってる俺は、ついでに魔力回復のための瞑想。

 扉を背にしてあぐらをかき、腹の前で手を組んで心を静める。

 耳を済ましつつも目を閉じ、意識集中。


 もうすぐ起床時間、車両の照明が点灯されるはず。

 既に各車両からは人のざわめきが聞こえてくる。目を覚ました兵士も多いようだ。

 対して聖歌隊と魔族の一行は、見事に寝息を立てている。

 聖歌隊は各自の楽器を抱いたり膝にのせたりしながら、座席に座って寝てる。

 姉貴は座席の間で丸くなってる。たまに尻尾がピコピコ動く。まさにネコのよう。

 クレメンタインとリアも床の上で毛布にくるまってる。

 パオラは座席の下か。

 こんな時によく寝れる、とも思えるけど、昨日は全員がほぼ徹夜だったからな。

 それに今のうちに寝れるだけ寝ておかないと、これから体が保たないぜ。


 そんなことを考えていたら、何かゴソゴソという音が聞こえてきた。

 寝返りかな、と気にせずにいたら、その音がコッチへ近寄ってくる。

 薄目を開けて見ていると、リアだった。

 トイレか?……なんて声をかけたらまたセクハラ呼ばわりされそうだったので、黙って瞑想してるフリを続けた。

 そしたら、なんかコッチに近づいてくる。

 周囲を素早く見まわしながら、音を立てないように寄ってくる。


 俺は瞑想しているフリを続ける。

 本当は鼓動が早くなってるし、手の平に汗もかいてる。

 でもそんな素振りは見せない。

 幼なじみの顔がゆっくりと近寄ってきても、決して動かない。

 気付かぬフリをし続ける。


 唇が重なった。

 ほんのちょっと、一瞬だけ、小さくて柔らかな、そして暖かい感触。


 唇はすぐに離れたけど、小さな幼なじみの小さな吐息は離れていかない。

 ジッと俺の顔を眺めているようだ。


「……起きてるでしょぉ」


 気付かれたか。

 ま、それもそうだ。なにせ自分の顔が真っ赤になってるのを自覚してるんだから。

 きっと耳まで赤くなってるに違いない。


「たりめーだ」

「ンじゃぁ、もう一回ぃ」


 もう一度、今度は長めに唇が重なる。

 頬を両手で挟まれて。

 そのまま首に腕を回されて。

 体が熱い。俺の体も、リアの体も。


 信じられない。

 子供の頃から魔王城で一緒だったのに、こんな風にキス出来るなんて思わなかった。

 身分違いとか、野望とか、体の大きさが違いすぎるとか、アレコレと理由をつけて考えないようにしてた。

 でもまさか、こんな時になって、こんな関係になるなんて、なぁ。

 ようやく唇を離したのだけど、面と向かって話すのは恥ずかしい。

 なのでプイとそっぽを向く。


「時と場所を選べよ、まったく」

「今しかぁ、ダメかも知れないもん。

 褒美の手付け分っていうかぁ、先払いよぉ」

「ンなもん、城でたっぷり払ってやる。

 ……あ、そだ」


 首に抱きつかれて思い出した。

 俺も今のうちにやっとかないとマズイものがあったんだ。

 リアの青い眼が、至近距離から不思議そうにのぞきこんでくる。


「あ、って何ぃ?」

「あー、あのよ、ずっと言おうと思ってたことがあるんだけどよ」

「なぁにぃ?」


 くそ、ますます顔が熱くなる。

 けど今言わなきゃ、今しかない。


「城で、勇者との戦いのとき……助けてくれて、ありがとうな」


 何のリアクションもない。

 いつまで経っても何もない。

 勇気を出して、チラリと横を見たら、キョトンとしてた。

 ゆっくりと表情が変わる。

 青い眼に涙が浮かぶ。


「な、なによぉ、今さら、遅いわよぉ」

「あ、ああ。

 ずっと、礼をしたかったんだけどな、言い出せなくって、悪かった」

「そういうのも全部ぅ、城に帰ってから頂戴するわねぇ」

「ああ、分かってる。

 だから、必ず勝つぞ」

「えぇ、必ず無事に帰るわぁ。

 そしてぇ、たっぷり褒美を頂くんだからぁ」


 もう一度、妖精の腕が俺の首を抱き締める。

 唇が近づく。


  ガタン


 狭い部屋の中に音が響く。

 ハッとした俺とリアが音の方を見ると、リュートが床に落ちていた。

 それを持っていたはずのイラーリアは、寝たふりしながら硬直してる。ダラダラと汗を流してる。

 よくみたら、他の聖歌隊メンバーも同じく固まってる。

 ネコ姉の耳は真っ直ぐこっちに向いてる。

 クレメンタインは薄目でコッチ見てた。


 パッと部屋の灯りが点いた。

 同時にどこからか、別の車両からクラリオンだかトロンバだか、ええと、トランペットだったかな? 多分そんな種類の楽器の音が聞こえてくる。

 起床時間、か。

 灯りが点くと同時に、クレメンタインがすっくと立ち上がった。


「うむ、朝ですな。

 とうとうここまで来ましたぞ。

 皆、これが最後の戦いとなるでしょう。

 頑張りましょうぞ」


 いきなり演説を始めたクレメンに、全員大きく頷く。

 話を逸らしてくれる知恵袋役に感謝して、俺も頭を上下させる。

 けど、いじり足りないらしいイラーリアがニンマリと笑ってやがる。


「何をいきなり、わざとらしく仕切ってンだよ?」

「殿はオトリコミ中のようですので」


 しれっと答えるエルフの目が冷たい。

 リアが未だに首に抱きついたままだった。

 他の連中の目も温かいやらニヤニヤしてるやら。

 慌てて離れるリア。

 オホンッ! と誤魔化しに咳払い。


「と、ともかく、もうすぐ決戦だ。

 全員、油断せず」


  トントントン

  開けてくんろぉ~……。


 ヴィヴィアナとサーラの座る座席のしたから、パオラの声がする。

 二人が座ってるせいで座席から出れないらしい。

 慌てて二人が立ち上がって座席を上げれば、ぷはぁっ、とパオラが飛び出してきた。


「はぁ~、やっと出れたべ。

 ほんで皆の衆、何を話してたべな?」

「あー気にすんな気にすんな!

 今は作戦に集中しろって!」

「へぇ?

 んー、まぁそうだべな。

 んじゃ、頑張るべよ」


 痩せた体で、それでも力一杯ガッツポーズ。

 みんな笑顔で「おうさ!」「や、やります」「頑張りましょう」なんて答える。


 そうだ、もうすぐ全てが終わる。

 いや、終わらせるんだ。

 トリニティ軍が強力でも、オヤジを倒す手段が何であろうとも、関係ねえ。

 皇国の野望を、必ず潰してやるぜ!


次回、第十七部第二話


『決行の時』


2010年8月22日01:00投稿予定

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