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魔王子  作者: デブ猫
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     第四話  お花摘みへ

 うーむ、どうしよう。

 これが男だったら、「そこで漏らせ」とか、「窓からやれ」とか、「電車飛び降りて、済ませたら走って追いついてこい」とでも言うんだけど。

 全員うら若き乙女とかいうヤツなんだよなー、無理だよなー。

 クレメンは違うかな?

 まーでも乙女扱いしてやろう、うん。

 幸いにもトイレが真ん前だから、少々臭っても不思議には思われないだろうけど。

 周囲を確認、ミケラの服をチョイチョイと引っ張り、急いで部屋に戻る。



「……ふぅ、サッパリしたぜ」


 白の従軍聖歌隊服を着てから魔力消費の激しい『穏行』を解除。

 さて、急いで三人の方をやらないと。

 とはいえ俺は宝玉でないと姿を消せない、宝玉が目立つ、ゆえに動けない。

 姉貴は自力で完璧に『穏行』できるが、どっちにしても魔力消費が激し過ぎる。

 インターラーケンでの決戦前に魔力をカラにしたら意味がない。

 姉貴がポンッとヴィヴィアナの肩を叩いた。


「んじゃ、リアちゃん達は君達にお願いするね」

「は、はい。分かってます。

 まだトイレ行ってないのは?」

「あたいだね」

「あ、あたし、も……」

「わだすもだよ」


 今さっきトイレに行ってたはずのミケラも手を挙げる。

 ちょっと首を捻って、「あ、俺に付き合ってトイレ行けてねーや」と気がついた。

 同じ人間が何度もトイレにきて、変に思われねーかな……と、少し不安になる。

 が、そこまで観察してるヤツがいるとも思えないし、女なら付き合いでゾロゾロとトイレに来ることも珍しくないだろう。

 ま、大丈夫か。


「分かったわ。

 じゃ、順番に行きましょう。

 まずは、私がリアさんを連れて行くわ」


 そういって、ヴィヴィアナは廊下の様子をうかがいながら、外へ出て行った。

 残った聖歌隊メンバーは演奏の練習をしながら待つとする。

 なんか、奏でられる音楽も緊張感が漂う。





 しばらくして、ヴィヴィアナは困った顔で帰ってきた。

 何か気まずそうな顔をする彼女の顔は、いつも笑っているように見える目もオドオドしてる。


「どうか、したのか?」

「はぁ、それが……その」


 下の方を見ながら、自分の服の裾をススス……と持ち上げる。

 そこには、下着姿のリアがいた。

 頬をポリポリ掻きながら、恥ずかしそうにしてる。


「えへへぇ……来ちゃったぁ」

「……来ちゃった、じゃねーだろ。

 どうしたってんだ?」


 恥ずかしそうに説明する

 会話を隠すための演奏も、どこかマヌケな感じに変わってる。



 説明によると、まず人通りが絶えた所でリアが木箱から飛び出した。

 ヴィヴィアナは背が高いし、リアは小柄だし、黒の修道服はだぶだぶで裾も広いので、服の中に隠すことにした。

 トイレに駆け込んだリアは、無事に用を済ますことは出来た。

 で、スッキリして出ようとドアを開けた所で、一般兵士用車両の方から人が来た。

 トイレと荷台棚は女性士官用車両の一番後方にあり、その後ろは一般兵士用車両へ続くドアがある。そのドアがいきなり開けられて、兵士が来てしまったワケだ。


 ビックリしたリアはトイレのドアの影に隠れる。

 そしてヴィヴィアナも困った。


 中途半端に開けられたドアの前で固まってるわけにもいかず、閉めたら閉めたで誰も入ってないトイレ前にウロウロしてるのも変だ。

 なので、慌てて自分も入ることにした。

 狭いトイレ内で、廊下に人気が無くなるのを待ってたが、運悪く女性士官の一団までやってきた。

 一般兵士は前の車両へ通り過ぎていったが、女性士官の一団はトイレ前に居座って、オシャベリしながら順番待ちをし始めた。

 トイレは二つあるけど、士官でも女性だけあってトイレが長い。なのですぐに行列になってしまう。

 順番待ちをしてた女達が、いつまで経っても出てこないヴィヴィアナのトイレをノックしてしまう。


 もしこのままトイレに居座っていたら不審に思われる。

 うっかり「事故か!?」なんて思われてドアをこじ開けられたり、短気なヤツがトイレに向かって『魔法探知』や『探査』なんか使ったら、ドエライことになる。


 なのでやむを得ず、再びヴィヴィアナの服の裾に隠れたリア。

 必死に「ごめんあそばせ、ホホホ……」なんてひきつった笑いを残して、トイレを出た。

 で、荷台棚前には相変わらずトイレ待ちの行列、荷台の木箱には戻れない。

 いつまでも服の下にリアを隠していたら、小柄とはいえ不自然すぎる。

 なのでしょうがなく、そのまま部屋に帰ってきた……。



「とぉ、いぅワケなのよぉ」

「あニャー。

 それはしょうがニャいねー」

「ま、リアの体ならどこにでも隠れれるだろう。

 見つからないようにしてろよ」

「はぁい」


 リアは荷台の下に小さな体を飛び込ませた。

 こいつなら十分隠れれるだろう。


「さて、次は誰が行く?」

「あたいが行くよ。

 パオラを連れて行くぜ」

「おう、頼んだぞ」

「まっかせなー」


 イラーリアが手を振りながら出て行った。

 修道院でも彼女の度胸と行動力と機転には感心したもんだ。

 パオラはマヌケなところがあるけど、問題なくフォローしてくれるだろう。





 しばらくして、コンコンとノックの音が響く。

 チラリとカーテンからのぞいたサーラが、泣きそうな目をさらに泣きそうに、つか半泣きで目を潤ませる。

 そしてカギを開けて入ってきたのは、当然ながら修道女。

 でも、二人いた。


「えへへへ……すまねっす」

「わりぃ、連れてきちまった」


 恥ずかしそうに頭をかくパオラとイラーリア。

 いや誤魔化されないから誤魔化されないから。


「……今度は何だよ」



 また事情説明。

 周囲を警戒しながら木箱を開けてパオラを引っ張り出した。

 下着姿では目立ちすぎるので、一緒に入れていた黒の修道服を慌てて着こみ、トイレに駆け込んだ。

 ところが今度は棚の方で、何人もの士官と一般兵士が荷物を出し入れし始めた。

 木箱に戻れないのでトイレでそのまま待ってたら、トイレに一番近い部屋のドアが少し開いて、こちらをうかがっている。

 どうやらトイレが空くのを待ってるらしい。

 これ以上トイレに居座ってたら……というわけで、ヴェールで顔を隠しながら二人で部屋に戻ってきた。



「だ、大丈夫だべよ!

 あだすの顔は見られなかっただ。

 修道服だけなら、誰だかわかんねーべ!」

「トイレに来るときは誰もいなかったから、一人増えてるのはばれなかったと思うぜ」

「そう、祈るぜ……」


 しょうがない、パオラはもう一つの座席下に隠れてもらう。

 俺と姉貴は、どこに隠れようか……。

 それは後で考えるとして、今度はクレメンタインだ。

 確か、あいつが一番限界近かったはず。

 時間もないし、サーラとミケラに二人で頑張ってもらうとしよう。

 サーラの泣きそうな目を見てると、かなり不安だけど……その分ミケラとクレメンに頑張ってもらおう。

 そうだ、念のためにアレも渡そう。


「そ、それじゃ、行ってきます」

「あ、ちょっと待て」


 ドアに手をかけたサーラに『浮遊』の宝玉を握らせる。


「念のためだ。

 あいつなら既に魔力を回復させてるだろうし」

「わ、わかりました」


 んなワケで、サーラとミケラはオドオドしながら出ていった。



 今度も時間がかかるかな……と思ったら、意外と早く帰ってきた。

 二人ともキョトンとしながら部屋に入ってくる。

 頭の上に「?」を幾つも浮かべてるかのような感じだな。

 おずおずとサーラが口を開いた。


「あ、あの……」

「どうした?」

「クレメンタインさん、その、『浮遊』の宝玉を、凄い勢いで掴んで、車両の後ろの出入り口から、飛んで、行きました」

「へ?」

「誰にも見られなかった、と、思いますけど……ドアは閉めて、おきました」


 確か各車両には、車両間をつなぐドアの他に、乗り降りのためのドアがあった。

 走ってる車両から、『浮遊』を使いながら飛び出したのか?

 おいおい、窓を開けてるヤツはいないと思うが、それでも外を見られたらヤバイぞ。

 ヴィヴィアナが窓の外の様子を確かめる。だが騒ぎが起きている様子はない。

 ミケラとイラーリアが廊下に出て、他の車両の様子もうかがう。

 だが変化はない。


「あいつ、どこ行ったんだ?」

「にゃんで外に飛び出したんだろう、トイレが目の前ニャのに」


 首をひねる俺達。

 サーラがハープを奏でながら窓を見る。その曲調もヘンテコな感じだ。

 すると、サーラの目が見開かれた。弦がビィンッと弾かれる。

 全員の視線が一斉に窓へ向かった。


 ガラスの向こうに、白い髪を振り乱した女がいた。

 天井から垂れ下がっているであろう女の目が、恨めしそうにコッチをみつめていた。



「……ひ、ひぃぃ、酷い目に、遭いましたぞ!」


 窓を開けて、天井に張り付いていたクレメンタインを引っ張り込んだ。

 下着姿で寒風吹きすさぶトンネルにいた彼女は、布にくるまりながらガタガタ震えている。


「リアとパオラの様子から、あんな人通りの多い場所に、私のような目立つ存在が、行くことはできないと、思って……。

 サーラが、『浮遊』を持ってると聞いて、誰もいないうちに、外へ飛び出して……。

 誰にも見られないよう、車両の天井を飛んで移動して……」

「そ、そうか。

 大変、だったな。

 用も無事に済んだワケだな?」

「きッ聞かないで! 尋ねないで、欲しい、です!」


 もの凄い剣幕で怒られた。

 他の連中の視線も冷たい。

 べ、別にセクハラじゃねーぞ! 俺は、真面目な話をしてるんだ!

 クレメンタインの心配をしてるんだぞ!


 オホン、と咳払いをして室内を見る。

 この狭い部屋に、今や九人がギュウギュウ詰め。

 リアが小柄とはいえ、これだけ一杯いたら、座席下に隠れることもできやしない。

 こんな所に誰かが来たら……。


  コンコン。

――もしもし、ノエミですが。


 全員が飛び上がった。

 音を立てたらダメなのに、ドタバタと上へ下へと大慌て。

 座席下に飛び込むリアとパオラ。いくら二人が小柄でも、狭い座席下にこれ以上は隠れれない。

 大柄なクレメンはどこへ!?

 つか俺と姉貴はっ?!?



  コンコンコン!

――もしもし、どうかしました?


「ど、どうもありませんよ!

 いい今、開けますから!!」


 声が裏返ったヴィヴィアナが、汗で濡れた手でドアを開ける。

 そこにはカゴを手に提げたノエミがいた。

 サンドウィッチが詰まったカゴを持つ第四魔導師隊隊長が、不思議そうに部屋の中をのぞく。

 そこには各自の楽器を持った聖歌隊隊員四人しかいない。

 何故か汗を流しながら、不自然なほどニコニコと笑顔を向けてくる。


「あの……練習のお邪魔でしたか?」

「いえいえいえいえいえっ!

 そんんあことは、ありませんよっ!

 で、でも時間がありませんので、ご、ご用はなんでしょうか!?」


 汗を飛び散らせながらブンブン頭を振るヴィヴィアナ。

 何か納得できないノエミだが、ともかくという感じでカゴを差し出した。


「あの、夕食の時間ですが、食事の配給に来られなかったようですので、持ってきましたよ?」

「あ、ああ、ありがとうございます!

 おお、お腹が空いていたんですよ!」

「はぁ、それなら良かったです」


 不思議そうな顔をしたノエミだが、それ以上突っ込むことはなく去っていった。

 ドアを慎重に閉め、カーテンもピシャッと閉め、カギもしっかり閉める。


「ぶふわぁ~っ!」


 瞬間、九人分の溜め息が室内に響く。

 聖歌隊が座る座席シート下から、リアとパオラの上半身が飛び出して、だらーんと伸びる。

 俺と姉貴は『穏行』を解除。

 そしてクレメンタインは、天井近くからダラダラと汗を滴らせる。

 クレメンは隠れる場所が無く、やむを得ずドア直上の天井に張り付いたんだ。

 いくら『浮遊』の宝玉があるといっても、上を見上げられたら終わり。

 全員、もの凄い緊張で汗が噴き出てる。


「こ、こんな調子で、明日の朝まで……」


 再び全員が深い溜め息をつく。冷や汗が流れる。

 特に俺と姉貴は、こんな調子で『穏行』を使いまくってたら、あっと言う間に魔力切れになっちまう。

 しかも、トイレには朝までに幾度か行かなきゃならない……。


 か、考えるだけで死にそうだ。



魔界帰還作戦、トンネル編前編。まずは終了です。


次回、第十七部第一話、トンネル編中編。


『褒美』


2010年8月20日01:00投稿予定

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