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魔王子  作者: デブ猫
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     第三話  難問なもんで

 状況は、かなりマシになった。

 いや、十分に希望が持てる。

 ヴィヴィアナ達の話から、明日の朝にはトンネルが開通すると分かった。開通と同時に総攻撃が始まる。

 この列車は昼に到達する。小走りくらいの速度で、到着まで丸一日か。

 第一陣は昨日の朝に出発した。なら、今朝にトンネルの先端に到達して、掘削を開始しているはず。

 トンネルの中なので真っ暗だし、時計は持ってないので時間は分からない。だが恐らく、指揮官の誰かが時間を計っているだろう。

 アナウンスとやらで起きる時間とか教えてくれるらしいから、確認は難しくない。


 なら、朝まで待てばいいんだ。


 朝まで列車内に隠れていれば、勝手にインターラーケン近くまで運んでくれる。

 開通時間になったら、この列車を飛び降り、トンネルの中を走るんだ。

 第三陣の奴らには見つからないのが一番だが、見つかったとしても大丈夫。この列車の速度なら、追いつかれることはない。

 後ろから先発隊である第一・第二陣を襲撃、そして一気にトンネルを飛び出す。


 今朝からの掘削作業は、相当の突貫工事だろう。

 なら間違いなく、城にいる連中が気付く。ルヴァン兄貴は頭が切れるからな、奇襲に気付かないはずがない。

 もちろん総攻撃まで丸一日あるといっても、魔界本土から増援が来るほどの余裕はない。

 兄貴達は試作型高々度飛翔機『ソッピース』の輸送と発進のために来たので、軍備はほとんどない。

 ワイバーン便の竜騎兵団がいるにはいるが、もちろん数は少ない。

 そして兄貴は魔力が尽きていた。あれから日数は経ってるけど、完全回復にはほど遠いだろう。まさか俺みたいに、なにかに激怒して魔力が貯まったなんて無いだろうし。

 そして、掘削を始めてすぐに地上の連中が気付く、というのも期待できない。ある程度は遅れる。

 決して楽観できる状況ではない。


 ついでに言うと、兄貴はインターラーケンの戦力をまとめることが出来ないだろう。

 兄貴の直接指揮下にあるのはエルフの魔道師達。こいつらは兄貴の指示に従う。

 だが『ソッピース』を実際に組み立てたのはドワーフ。ドワーフの技術者達は、フェティダ姉の支配下だ。そしてエルフとの仲の悪さは有名。

 輸送機はワイバーン便、ラーグン率いるリザードマンの空輸会社。リザードマンは、感情が欠けてるとか何を考えてるか分からないとか言われ、他種族からの評判が悪い。

 そしてインターラーケンに住む妖精達。イタズラ好きだが働き者で陽気な妖精達は、他種族から好かれてる。でも戦いでは役に立たない。

 奇襲に気付いた連中が協力し、速やかに迎撃態勢を整える……なんて期待できない。

 対するトリニティ軍は情報統制と信仰のおかげで鉄壁の一枚岩。しかも新兵器を山ほど抱えてる。


 だが、絶望するほどでも無くなった。

 トリニティ軍に勝てる可能性はある。


「……明日の朝まで、隠れているのが一番だな」

「だニャ。

 今から走り出しても寒さと疲労が凄いしで、到着したときには魔力も尽きちゃうよ。

 この部屋で隠れていよう」


 ようやく震えが止まった俺と姉貴、なんとか希望が見えてきたし、気合いも入る。

 回りには演奏の練習、のフリをして俺達の会話を音で誤魔化すヴィヴィアナ達。

 ただイラーリアがいないのでリュートの音がない。


「よぉ、俺達の宝玉は持ってきてるか?」

「ええ、もちろん」


 ヴィヴィアナが懐から小さな袋を取り出す。

 姉貴が持っていた宝玉は、俺が潜入に使った『穏行』だけじゃなく、他にも幾つかある。

 聖歌隊の荷物に混ぜて持ち込んでいた。

 俺の手の平に広げられたのは、白・青・赤・透明の宝玉。それぞれ記録映像を撮るためのもの、『浮遊』が付与されたもの、『炎』、そして潜入時に俺が使った『穏行』。

 姉貴が持っていた四つの宝玉。そして修道院から持ってきた聖具、宝玉付きの楽器。

 なんとか上手く使っていこう。


 さて、気になるのは木箱に隠れてる三人だ。

 後ろの荷台にまで音が届いているかどうか分からないが、話の内容を暗号化した音楽でクレメンにも伝えて欲しい。


「なぁ、また暗号化して音楽にして欲しいんだけどよ」

「あ、それダメです」


 ヴィヴィアナが即座に拒否。


「大きな音を出さないで下さい、と言われていまして」

「むー、それじゃしょうがない」


 ふーむ、それじゃ直接話をしにいくしかないわけだが、どうしようかな。


  コンコン。


 ノックの音。

 室内に緊張が走る。

 俺と姉貴は長椅子の下の空間に飛び込んで、シート兼フタを閉じる。

 扉近くでハープを弾いていたサーラがチラリとカーテンをめくる。


「だ、大丈夫、イラーリア、です」


 泣きそうな目の彼女は、ホッとしても泣きそうな目のままだった。

 左右を気にしながら素早くドアを開けて部屋に滑り込むイラーリア。

 即座にドアを閉め、琥珀色の瞳がウィンク。手にはポットを持っていた。


「大丈夫だぜ。

 熱い紅茶をもらってきたぞ」


 最初に会ったときとは別人のような、姐御みたいな口調と雰囲気のイラーリア。

 いや、もともとコッチが地なんだろうな。

 座席からニョコッと頭を出す俺と姉貴の目が、湯気を漂わせる紅茶に集中。





 トンネル内は真っ暗なので、時間は分からない。

 だが空腹度からすると、かなりの時間が経ったはずだ。多分、晩飯時だろう。

 今のところ、俺達は無事に隠れ続けている。

 が……限界は近い。

 特に姉貴の限界が。

 パカパカという音がするので座席をちょっと持ち上げてのぞいてみれば、姉貴が座席下から飛び出そうかと暴れていた。


「うにゅー!

 と、トイレとぉいぃれぇ~!」

「みっともねえぞ、姉貴」

「で、でものはれものところきらわず、にゃのだぁ!」

「……お前に恥じらいは無いのか?」

「にゃいっ!」


 断言した。

 こんなのが姉で、俺は恥ずかしい。

 ネコの尻尾も毛を逆立ててピーンと立ってる。

 座席下の空間から這い出した姉貴は、ポイッと白の従軍聖歌隊服を脱ぎ捨てた。

 いきなり部屋のど真ん中で裸になったネコ姉に、全員が目を丸くする。

 だがンなことに一切気にする様子はなく、素早く印を組み呪文を唱えた。だんだんと姿が消えていく。


「というわけで、トイレ行ってくるニャー」

「あ、でしたら念のため、私もついて行きますよ」

「よろしくね。ついでにリアちゃん達の様子も見てくるよ」


 手を挙げたのはヴィヴィアナ。

 姉貴は完璧な『穏行』が使えるし、聖歌隊の中で一番しっかりしたヴィヴィアナがついてれば、何も問題はないだろう。

 で、俺は……やっぱり俺もトイレには行きたい。

 宝玉で『穏行』は使える。ただ、この宝玉で『穏行』を使う場合、なんと宝玉自体は消えないのだ。

 だから宝玉は出来る限り透明に作られてる。

 ちょっと薄暗い所とか、ゴテゴテとした魔道車の下とか、森のように隠れる場所が多ければ、それで十分だ。


 しかし、今はマズイ。


 車両内にはライトが灯されて明るい。トイレまでの通路は真っ直ぐで隠れる場所もない。

 そんな場所を宝玉の『穏行』で歩けば……空中にプカプカ浮かぶ透明な宝玉が、俺の居場所を宣伝してくれる。

 なら、どうしよう?


「あ、あの……トゥーン様も、と、トイレに、行かれます……か?」

「ああ、まぁな」


 サーラに聞かれたから答えただけ。

 でも聞いた本人は、真っ赤になってうつむいてしまった。

 つられてコッチまで恥ずかしくなるじゃねーか。

 恥ずかしがってないミケラが提案してくれた。


「んだば、また姿を消して、わだすと一緒に行けばいいだよ」

「う~む、宝玉が消えないから、ちょっと無理かも。

 いっそ窓から」


 瞬間、室内の空気が凍り付いた。

 女達が全員、真っ赤になってる。

 お、男なんだから、非常事態なんだから、立ちションくらい……と言いたいけど、やめとこう。

 なら、トイレに行くしかないんだが、なぁ。


「あんのぉ、宝玉って、どんな風に持ってればええんだか?」

「んと、手に握ってるだけでいい」

「んなら話は早いべ」


 ミケラは真っ赤な頬でニカッと笑う。



 ミケラに手をひかれて、廊下を歩いてる。

 手の中には『穏行』の宝玉。その手をミケラの修道服の、袖に差し込んでる。

 俺の姿は見えないし、宝玉も修道服に隠れて見えない。

 さらに宝玉を握ってる手をミケラが握りしめてるので、これなら大丈夫だろう。


 廊下は士官達が何人も早足で通っていく。

 そんな時はミケラが道を譲り一礼する。

 士官達や兵士達は敬礼しながら通り過ぎたり、「神のご加護を……」と祈っていく。

 特に疑われた様子もない、上手くいっているようだ。

 実際、無事にトイレ前まで来れた。ヴィヴィアナが二つ並んだトイレのうちの、左側の前で立っていた。


「あんらぁ? 順番待ちだべか?」

「ええ、結構、こんでるのよね」


 そういいつつも、笑ったような視線はトイレ前の荷物棚へ向いていた。

 恐らくネコ姉が透明なままで、木箱の中の連中と話をしているんだろう。

 と思ったら、ヴィヴィアナが一瞬ピクッとした。

 そしてキョロキョロしたかと思ったら、修道服の一部がピクピク動く。

 どうやら姉貴の用事が終わって、彼女をつついたり引っ張ったりしたらしい。


「やっぱり、私は後にするわ。

 それじゃ、ごゆっくり」


 小さく礼をして、長身の彼女は早足で部屋に戻っていった。

 俺達が隠れる小部屋のドアが閉まるのと、目の前のトイレのドアが開くのは同時だった。

 出てきたのは中年の、ちょっと小太りの女性士官。


「あらあら、お待たせしたわね。

 ごめんなさいね」

「いんえぇ、気にしねえでくんろ」


 ちょっと気まずいのか、中年の士官はそそくさと去っていった。

 開いたのは左側。右側は使用中のままらしい。

 いまは廊下に誰もいない。


「んじゃ、はいるだよ」


 ミケラに押されるまでもなく、トイレに駆け込む。

 宝玉に流してた魔力を断ち、『穏行』を解いてリラックス……ああ~、やっと落ち着いたぜ。

 と思ったら、外から足音が近づいてくる。

 急いで宝玉を握りしめて『穏行』を発動、外に聞き耳を立てる。

 女にしては低いハスキーな声と、隣のトイレの扉が開く音もする。


――あ、失礼ッす。

――いえ、いぃんだよぉ。お先にどんぞ。

――順番っすよ。シスターからどうぞ!

――いえいえ、戦いに赴くお方が先だべよ。わだすは別に急いでねーし。

――そうでありますか? なら、お言葉に甘えるっす! 感謝するっす!


 本当に女か、と首を傾げたくなるヤツが隣のトイレに入る音がする。

 ついでに、「ふんぬー!」なんて気合いを入れる声も……さすが軍人というかなんというか。

 このままだと女性に対するイメージが壊れそうなので、慌てて外に出た。

 足音から予想はしてたが、やはり廊下にはミケラ以外はいなかった。

 彼女の耳元に小声で「三人の様子も見てくる」と呟いて、二人で荷物棚へ向かう。

 パオラとリアが入ってるはずの木箱をコツコツと叩き、「大丈夫か?」と囁いてみた。


――お、お助けぇ~……。


「なんだ、どうしたよ?」


――と、トイレぇ……。

――もぉれ、漏れるぅ~。


 予想通り、というべきか。

 出来る限り小声で、「もう少し待て、なんとかする」と伝える。

 隣のクレメンタインが入ってる木箱にも声をかける。


――だぁ、だだい、丈夫……ですぞ!

 こ、これぢぎのごどぉ、ホコリタカキエルフノ学芸員とと、してぇ~。


 大丈夫じゃない。

 絶対三人とも、もう限界だ。


 トイレは目の前、しかし結構人通りも、順番待ちも多い。

 魔力は潜入の時には使い果たしたが、今は少しは回復しているだろう。

 だが『穏行』の宝玉が使えるほどじゃないだろう。これはおっそろしく魔力を食う。だから魔王一族専用なんだ。


 さぁて、これは難問だ。

 潜入作戦では付きものの、最も頭の痛い問題。

 どうやって乗り切るか……。


次回、第四話『お花摘みへ』


2010年8月13日01:00投稿予定

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