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魔王子  作者: デブ猫
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     第二話  合流

 聖歌隊は手早く準備に入った。

 イラーリアは手荷物から布とピンを取りだし、ドアの小窓にカーテンを付けた。

 サーラとミケラは部屋中を、椅子の下から天井まで、穴が空くほど調べ上げる。覗き見用の穴が無いかを確認する。

 ヴィヴィアナは呪文を唱えながら印を組み、『魔法探知』や『探査』で室内を調べ上げる。

 ほどなくして、全員が問題なしのサインを出す。


「部屋の中は大丈夫だぜ」

「外を、見て、来ますね」

「あ、わだすも行くだよ」


 サーラとミケラが扉のカギを開けて廊下へ出た。

 廊下は狭い通路で、進行方向に向いて右に木製のドアが並ぶ。

 左は窓で、真っ暗なトンネルを映し出している。たまに魔法のランプが通り過ぎる。

 トンネル内の冷気に冷やされたガラスが廊下の空気も冷やす。車両内の暖気とせめぎ合い、混じり合って流れている。

 往来する士官や下士官、一般兵士も多い。狭い廊下は大人二人が並ぶには難しく、階級の低い方が敬礼しながら、壁に張り付くように道を譲る。


 車両前後には別車両へ続くドア。

 前は高級士官用の、さらに上等な客車と司令室があるはずだ。

 後は一般兵士用の客車、というより貨物車に近い雰囲気が漂う車両が続いている。

 大量の兵士と荷物がギュウギュウに詰め込まれているようだ。

 従軍神父は士官として扱われるが、彼女たち従軍聖歌隊も同様に士官扱いらしい。


 他の部屋から出てくる士官や兵士を観察すると、女性の比率が高い。

 スカート姿で緑色の軍服を着た女性に、ノエミ率いる第四魔導師隊所属の女性魔導師達。

 どうやらこの車両は女性専用車両らしかった。


 車両の後方にはトイレの扉が二つ並んでる。

 そのトイレ前の空間は四角く空けられていて、二段の棚が並んでいる。棚にはギッシリと荷物が詰め込まれていた。

 棚の奥にもコンパートメントと同じ窓がある。そして棚の横には乗降用のドア。

 従軍聖歌隊の荷物と楽器が入れられた大きな箱も、棚の奥の方に見えている。


 二人はキョロキョロと周囲を見る。

 士官用車両と一般兵士車両の間には、あまり往来はないようだ。

 だがトイレ前だけあって、頻繁に黒や紺のローブ姿の魔導師や女性士官が出入りしている。

 サーラが聖歌隊の木箱前に行き、ミケラが廊下の様子を探る。

 人通りが絶えた時、ミケラが手振りで合図。サーラは木箱をそっと開ける。

 そこにはリュートのケースを抱きかかえたパオラが荷物の中に埋もれていた。

 箱の隅にはリアも窮屈そうに丸まっている。

 二人とも下着姿のまま、底の方に収められた衣服や布地にくるまってる。


「だ、だいじょう、ぶ?」

「あ、サーラだか?」

「ふぅ、おどかさないでよぉ」


 緊張で強ばっていた三人の体が、安心して少し緩む。

 サーラは素早く周囲の様子をうかがいながら、箱の中の二人の無事を確かめる。


「しー、静かに。

 何も、も、問題は無い?」

「大丈夫だべ」

「よ、よかった、わ」


 ビクビクと緊張しながら、サーラはパオラが抱えているリュートを手にする。

 さらにリアの横へ手を突っ込み、ハープのケースも引っ張り出す。


「こ、こっちも大丈夫、よ。

 このまま辛抱、してね」

「分かってるだ」

「頼んだわよぉ」


 もう一度周囲を確かめ、誰もいないのを確認してからバタンと木箱を閉じる。

 トイレ前にいるミケラに楽器のケースを手渡し、改めて周囲を確認。

 大丈夫なのを確かめて、再び棚の奥へ行く。パオラのいる箱の隣にある、もう一つの木箱を開く。

 そこにはヴァイオリンと携帯型オルガンのケース、そしてクレメンタインが長身を必死に縮めて荷物の中に埋まっていた。


「くれ、クレメンタインさん、大丈夫?」

「今は問題はありませぬ。ご安心を」


 微笑みを返すエルフだが、その口元は少し引きつっている。やっぱりかなり窮屈で苦しいらしい。

 サーラは重そうに楽器のケース二つを取り出す。


「到着は、明日の昼前、です。

 でも、トンネルは明日の朝には、開通するって。

 攻撃、も、その時に、第一陣と第二陣が」

「そうですか……分かりました。

 助かりましたぞ」

「ま、また、様子を見に、来ます」

「お願い致します」


 泣きそうな目の少女は木箱を閉じる。

 そして再び周囲を確認、誰にも見られていないことを確かめる。

 聖歌隊の二人は両手に楽器を持ち、急いで自分達の部屋へと戻っていった。





 ガラリと開けられた扉、狭い入り口から大荷物の楽器四つをヨイショヨイショとかけ声つきで運び込む。

 最後に廊下の様子を確認、誰にも疑われていないのをしっかり確かめてからピシャリと扉を閉める。


「さ、三人とも、無事よ」

「あとは、気にするのはトイレだけだべ。

 まずは一安心だよぉ」


 リュートとオルガンのケースを開くイラーリアとヴィヴィアナも安堵の溜め息。

 オルガンの宝玉を確かめるヴィヴィアナは思考を巡らす。


「まずは、良かったわ。

 でもトイレはどうしましょう……こんな狭い車内じゃ、目立たないようになんて、難しいわ」

「駐屯地にいたときは深夜だったしなぁ。

 森のすぐ隣に宿をもらえたから良かったけど、今はどうしたもんだか……」


 弦を弾くイラーリアも困ってしまう。

 魔族だって飲んで食べれば出す。美少女だろうが美女だろうがなんだろうが、トイレには行く。

 一日くらい飲まず食わずでも死なない。空腹で鳴るお腹の音も、揺れる列車の音に紛れるだろう。

 しかしトイレは、そうはいかない。

 もし我慢できなくなったら、あまりに恥ずかしい理由で計画が失敗に終わる。

 トリニティ軍兵士に討たれる前に自殺したくなるほど、恥ずかしすぎる。

 その当然な事実が彼らを悩ませる。


「やっぱ、皆が寝静まる夜まで、我慢してもらうしか……」


 ヴィヴィアナの、なんというか、かなり無理っぽい要求。

 それでも他の三人は、う~む……、と唸りながら頷く。

 考えたくないが、考えなければ潜入作戦は成り立たない。

 でもイラーリアは考えない方向に話を変えてしまった。


「と、ともかくよぉ……。

 それは後で考えるとして、まずは音を出してみねーか?」


 その無難な提案に皆も同意、それぞれに楽器を持って音を鳴らす。

 ただし駐屯地の横で出していたような大音量の雑音ではなく、控えめな演奏だ。


  コンコン


 窓を叩く音がした。

 全員が音源へ一斉に振り向く。

 ガラスは通り過ぎるライトに照らされる以外は、真っ黒な闇を映すのみだ。

 イラーリアは扉のカーテンを僅かにめくって廊下の様子をうかがう。誰もいないのを確認してから、ヴィヴィアナが窓を開ける。

 とたんに吹き込んでくる冷気。

 長い赤毛を風に揺らしながら、窓の外をうかがう。

 トンネルはかなり大きく、石のブロックでアーチ状の天井が覆われている。

 目の前の壁まではかなり余裕があり、手を伸ばしても届きそうにない。

 地面には排水溝や何本ものパイプ、そして通路が敷かれていた。

 キョロキョロと左右を見る。幾つもの窓が並んでいるが、同じように顔を出している者はいない。冷気を嫌がって、全ての窓は閉められている。


「お~い……」


 なんだか死にそうな声がした。

 聞き覚えのある、ちょっと高めな男の子の声が上から振ってくる。

 髪をかき上げてグルリと上を向けば、そこにはトゥーンがいた。その後ろにはネフェルティ。

 二人とも車両の天井にピッタリと張り付いている。

 この冷気の中、『穏行』を使用するため素っ裸だった二人は、寒さで青ざめカタカタ震えていた。





「ぐふぁ~、し、死ぬかと思った!」

「ニャー……。さ、寒いの、嫌いだよー!」


 聖歌隊の手荷物の中に入れていた修道服を着込んだ二人。

 ただ、その服は修道院で着ていた黒のものではなく、従軍聖歌隊が戦場で着る、白い修道服だ。

 作りも上から下までつながったワンピースでなくて、上下分かれてる。

 何より、下はちょっとだぼっとしたズボンになってる。

 従軍聖歌隊が戦場で着る服なので、動きやすいようにスカートではなくズボンにしてあった。


 その上から毛布も被り、必死で冷え切った体を温めている。

 サーラが外の様子をカーテンの隙間からチラチラと確かめ、しっかりカギも閉めている。

 ミケラはヴァイオリン、イラーリアはリュートを鳴らし続け、魔族二人との会話が外に漏れないようにしている。

 ヴィヴィアナが冷え切った二人の身を案じながら情報を伝えた。


「……というわけです。

 全ては明日の朝になりますね

 なにはともあれ、二人ともご無事で何よりですわ」

「ぶ、無事じゃ、ねーよ!」


 はぁ~、と息を手の平に吹きかけるトゥーンが愚痴る。

 鼻水を垂らしたネフェルティが、自分達の方の状況を、歯の根が合わないながらも説明する。


「す、姿を消して、群衆に紛れて、魔道車の下に、と、とりついたけど……。

 登山用の魔道車にも、コッソリ、乗り換えれたけど、ニャァ~。

 トンネルに入ったら、スッゴイ寒いんだもん!

 あ、あたし達は、『穏行』のために、服脱いでたにょにぃー!」


 ハックションっ!

 ネコの姉は派手にくしゃみ、ついでに鼻水を布きれでチーンとかむ。

 説明の方は末っ子が続ける。


「ま、全くよお、オマケに魔道車の下は金属で、無茶苦茶冷たいから、どんどん体温を奪われるし、皮膚が金物に貼りつくしで、とてもそのままじゃいられなくて……。

 ただでさえ『肉体強化』全開で張り付いてるのに、その上、同時に『炎』まで使って体を温めてたら、魔力より先に集中力が尽きちまうよ!

 このままじゃヤバイと思ってたら、お前等の音楽が聞こえてきたから……。

 だから、手を離して、地面に伏せながら、この車両が来るまで待って、車体の外側をコッソリ這い上がって来て、この部屋の真上まで……」


 そこまで話してから、トゥーンも大きなくしゃみを一発。

 聖歌隊の四人は魔族二人の無事にホッと一息をつく。

 立ち上がったヴィヴィアナが一同を見まわした。


「ともかく、これで全員無事に潜入出来たわ。

 さ、これから明日の昼までが勝負よ。

 頑張りましょう」


 聖歌隊の三人は元気に頷く。

 魔族二人は元気なく震えながら、それでもどうにか頭を上下させる。


 女性士官専用車両に乗り込んだ魔界の王族二人と魔族二人、そして裏切り者の修道女達五人。

 彼らの存在に気付いた人間の軍人は、いまだいない。


次回、第三話『難問なもんで』


2010年8月11日01:00投稿予定

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