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魔王子  作者: デブ猫
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第十六部 第一話  闇の中

 魔道車は人間が小走りするくらいの速さで走り続けている。

 見た目は大した速度ではない。

 だが、目的地インターラーケンへ向けて休み無く、真っ直ぐに走り続けている。

 しかも数千人の軍勢と、その物資全てと、馬や犬やペガサスなどの動物達まで載せている。

 全体としてみるなら、魔界人間界を通じて歴史上有り得なかったほどの、恐るべき速度で軍団が移動している、と言える。

 一定間隔で魔法のランプが照らすが、それでも大方は薄暗い。

 長い長い上り坂のトンネルを、魔道車は延々と走り続ける――



 ガラリ、とコンパートメントの引き戸が開けられた。

 入ってきたのはイラーリア。


「到着、つーか、地上に出るのは明日の昼前になるそうだぜ」


 前後に分かれて六人くらいが余裕をもって座ることができる二つの長椅子。

 そこにはヴィヴィアナ、サーラ、ミケラが分かれて座っている。

 皆、緊張した面持ちだ。


 士官向けの車両だけあって、部屋はかなりの余裕を持って作られている。

 長椅子の座席をパカッと開ければ荷物入れ。

 背もたれを引き上げれば簡易ベッドになる。

 天井近くには荷物を載せる網棚もある。

 出入り口の扉には簡単なカギがついてる。小窓もあり、廊下から中をのぞけるようになっている。

 軍の車両だけあって飾りの類は全くない、実に機能的な作りだ。

 そして窓ガラスの向こうは、真っ暗なトンネル壁が流れている。時折ランプの明かりに照らされてはいるが、そこに浮かぶのは無機的な岩の壁だけだ。

 ミケラが窓ガラスに手を触れてみる。


「きゃっ!」


 何かに驚いて、すぐに指を引っ込めてしまった。

 サーラが不思議そうな顔をする。


「どう、したの?」

「つ、冷てーべよ。ビックリするほど、氷みてーにつめてーべ」


 そう言われて他の三人もガラスを触ってみる。

 すると、先ほどまで夏の空気に暖められていたはずのガラスが、本当に冷たかった。

 窓はロックを外すと開けれるようになっている。なのでイラーリアがロックを外し、力を込めて窓を開けてみた。

 とたんに真っ暗な空間から、体の芯まで凍えるような冷気が吹き込んでくる。


「うっわ! なんだこりゃ!?」

「寒いわよ!」

「早く、早く閉めるべよっ!」


 慌てて窓を閉めるイラーリア。

 冷気が吹き込んで冷え切ってしまった室内の空気を入れ換えようと、慌ててミケラがドアを開ける。

 すると廊下の奥、トイレから出てきたらしいノエミが声をかけてきた。


「どうなさったんですか?」

「あ、す、すまんだす。

 今、窓を開けてみたら、すんげーひやっこくて、部屋ん中もさぶうなってもうただ」

「あ、なるほど」


 部屋から出てきた士官達が忙しそうに往復する狭い通路。

 ニッコリ笑ったノエミは往来する軍人達の間を通り、彼女らのコンパートメントをのぞき込む。


「このトンネルはですね、掘るときに『氷』の魔法を大量に使用したのです。

 その時に凍り付いた地面が、まだ冷気を持ってるんですよ。

 特に奥の方は、今も地面を凍らせてる最中ですから。

 そこからの冷気が下りて来てるのです」

「へ? 『氷』の魔法を、だか?

 なんでだべ?」

「う~んと、簡単に言うとですね……」


 少し上を見上げて考えた女性魔導師は、一般人にも分かる言葉を使って説明した。

 そのつもりらしいが、田舎育ちで修道院にこもってた少女にも分かる言葉かどうか、ちょっと微妙だ。


「地下を掘ると、地下を走る水脈に当たるんですよ。

 水が噴き出すと掘った穴が崩れるし、作業の邪魔だしで、凄く困るんです。

 特にこの先のツェルマット山奥深くは、雪解け水が地下に染み込んでて、夏場は特に地下水の量が増えます」

「ふぅ~ん……で、『氷』の魔法で凍らせて固めてしまうんだか」

「ええ、そうです。

 夏場でないと雪で軍が動けませんから、岩での補強と排水溝が更にしっかり出来上がるまで、『氷』でトンネルを固めてますよ。

 私達も散々トンネルの奥へ行かされたものです。『女が山にはいると山の神が怒る』とかいう、迷信を未だに信じてる職人達と、何度もケンカしたもので……」


 懐かしそうに語るノエミ。

 問題なく理解してもらえたことにも満足したようだ。

 その想いは過去の苦労から続く未来の希望を描いていることだろう。

 だが、その想いが純粋で悪意のない物であればあるほど、真実を知るミケラ達聖歌隊と相反する未来へと続く。

 そしてその事実を知られるわけにはいかない。

 また、寒さのことで非常に気になる事があった。室内の全員が不安げに外の真っ暗な風景を見つめる。

 ミケラは長くなりそうな話を切り替えることにした。


「そうだか、よくわかっただよ。

 ところで、話はかわるだども」

「はい、なんです?」

「お祈りの時間が……わかんねんだけど」


 聖歌隊の荷物の中に時計はなかった。

 外の風景は真っ暗で、太陽も星も見えない。

 これでは時間が分からない。


「それは大丈夫です。

 前方の指揮車両に時計も置いてますから、来て下されば時間はお教えできます。

 それと、定時のアナウンスもされますよ」

「あなうんす?」

「あ、えっと、指揮車両から声が各車両に届くんです。

 大きな声が響いてくるから分かりますよ」

「あ、そーだか、助かるべや」

「ええ、なので安心して下さい。

 ただ、夜間に祈りの歌を捧げられるのは、皆、明日の作戦に備えて休息していますので、ちょっと……」

「あ、それはそうだべな。

 でも、そうなっと、ちょっと困るべな~」

「確かに修道女としてはお困りでしょうけど……」

「あ、いんえぇ、そうでなくて、だなや。

 実は、調声と調律を仕上げたいんだべ」

「え」


 昨夜の大音響が脳裏に蘇ったノエミは、顔が引きつってしまう。

 えへへ……と愛想笑いをするミケラだが、外の冷気並に冷たい空気が漂ってしまう。

 天井の方を眺める黒い瞳、その黒髪の中では『どうやって止めてもらおうか』と考えてるのは明らかだった。


「あ、あの、えと、ですね……この車両には他の士官の方々も」

「わかってますだよぉ。

 ほんの小さな声と音しかださねえだ。

 ご迷惑になるようなら言ってくだせえ」

「そ、そうですか。

 それなら構いませんよ」

「あ、申し訳ありません。

 ちょっと教えて欲しいのですが」


 ようやく暖かくなってきた室内、聖歌隊で一番背の高いヴィヴィアナが質問した。


「今後の予定なのですが、どのようになってますか?」

「あ、はい。それならさっきそちらの……えと、そちらの栗毛の方」

「イラーリアですわ」


 粗野な地を隠し、清楚な口調で名乗る栗毛の少女。


「そうそう、失礼しました。

 そちらの方にも言いましたが、明日の昼前には地上へ出ますよ。

 斥候隊からの報告では、出口は山間の盆地だそうです」

「ありがとうございます。

 けど、それもあるんですが、それとですね」


 ヴィヴィアナは慎重に、長い赤毛を揺らしつつ、言葉を選びながら質問を並べる。


「第一陣、第二陣を合わせた、その全体の予定なんです。

 昨日の朝には第一陣、今朝には第二陣が出発したそうですが」

「ええ、その通りです」

「ということは、もしかして、魔界には既に第一陣が到達している……の、ですか?」


 ツバを飲み込みながら、可能な限り平静を装って尋ねる。

 もし既に第一陣がインターラーケンを襲撃しているなら、もはや彼の地の魔族は皆殺しにされているかもしれない。

 そうなれば、聖歌隊とトゥーン達の計画は失敗だ。

 ノエミはこの質問に、頭に叩き込んだであろう侵攻計画の概要を淀みなく答えた。


「いえ、そう単純ではありません。

 魔界へ侵攻するためには、まず第一陣が地上まで掘り進まねばなりませんから」

「第一陣が、掘り進む?」


 彼女の笑った目が、少し見開く。

 他の少女達も話の内容を聞き逃すまいと、魔導師隊の隊長へ注目する。


「ええ、第一陣の役目は地上へのトンネル開通なんです。

 彼らは主に工兵隊で構成され、掘削機を使って高速でトンネルを地上へ掘り進んでいます。

 この線路は一本ですけど、ところどころトンネルが太くなって、二本になってます。

 そこでトンネルを掘って出た土砂を下ろす車両とすれ違いますから」

「はぁ……なるほど。

 すると、地上へ出るのはトンネルが開通してから、ですか?」

「ええ、その通りです。

 予定では、明日の朝には開通です。

 それと同時に、先に到着した第二陣が突撃を開始します。

 第一陣も後方から援護をしますよ」

「な、なるほど」


 頷いて納得したヴィヴィアナ。

 だが彼女の頭の中では、とても納得できないでいた。

 朝に襲撃が始まって、昼には自分達第三陣が到着して、果たして間に合うのか……そんな悪い予想ばかりがグルグル回っている。

 うつむいて考え込む彼女の背中から、サーラがちょこっと顔を出した。


「あの、でも、その、魔族は、敵は……とても、強いんですよね?

 もしかして、逆に倒されていたり、しません、か?」


 ヴィヴィアナの後ろに隠れるサーラの表情は、泣きそうながらも、どこか期待している様子があった。

 ノエミは泣きそうな顔の彼女を、キッと睨み付ける。


「それは有り得ませんわ!

 何故なら、我らトリニティ軍は皇国軍の中でも最精鋭を選抜し編成したからです。

 自分で言うのも何ですが、小官と部下達も激しい訓練をくぐり抜け、竜すら倒す力を身につけたと自負しております。

 なおかつ、皇都で開発された新兵器も大量に配備されているのです」

「え、あ、そ、そう、ですか」

「加えて!

 天の時、地の利、人の輪、それら全てにおいてトリニティ軍は魔族を上回っております。

 まず、奴ら魔族は万全の態勢を整えた皇国軍に奇襲されるのです。防御陣を整える余裕など与えません。

 また、ツェルマットは前人未踏の大山脈であり、外界から完全に隔絶されています。トンネルを持つ我らは本国と直結されておりますが、魔族の方は孤立した状態です。

 さらに、魔界は多くの魔族がいがみ合う、修羅の地獄です。神の御旗の元に鉄の団結を誇る我らの前に、奴らはあえなく瓦解すること疑いありません。

 よって、我らの勝利に揺らぎなし!」


 部屋の前に仁王立ちし、一気にまくし立てるノエミ。

 何時の間にやら、廊下を歩いていた他の士官や魔導師も後ろで演説を聴いていた。

 ウンウンと頷いたり、握り拳を振り上げて「そうだ!」「神の加護は我らにあり!」なんて気勢を上げる。

 人間達の士気は上がる一方だ。


 対する聖歌隊には不安が広がる一方。

 ノエミの話はトゥーン達から聞かされていた通りの話だ。

 だからこそ彼らは、こんな危険極まりない潜入作戦を実行した。

 聖歌隊一行も教会の追っ手を逃れるため、急いで魔界へ亡命しないといけない。

 しかし、思い出せば思い出すほど、作戦の困難さを思い知らされてしまう。

 少し青ざめたヴィヴィアナが、改めてジルダ達士官に申し出た。


「あの、お話は、良く分かりましたわ。

 それでは、私達も明日に向けて、最後の練習をしたいと思います。

 ちょっと大きな音が出ますが、どうか皆さん、お許し下さい」


 ペコリと頭を下げた彼女。

 士官達は「ああ、気にしないで思いっきりやってくれ」「俺達も明日に向けて、気合いいれにゃあな」「神のご加護を」「食堂車もあるから、後で食事でも一緒にどうだ?」なんて声をかけながら持ち場に戻っていった。

 扉を閉めた彼女が振り返ると、目の前にはさらに不安げな仲間達。


「……聞いての通りよ。

 でも、私達のやる事に変わりはないわ。

 そうでしょ?」


 皆、そろって頷く。

 とく力強く頷いたのは、一番気弱そうなサーラだ。


「みんなを、街の人を、殺されたこと……。

 あたし、ゆ、許せない!」


 他の二人ももう一度、強く頷く。


「ここまでコケにされて、神父様まで殺されて、黙ってられっかよ!」

「んだよぉ!

 街の教会にゃあ、わだすの家族もいただよ。

 絶対に、絶対に許せねえべ!」


 仲間達の言葉に勇気づけられたヴィヴィアナは、ゆっくりと、強く頷いた。


「それじゃ、始めましょう」

「おう!」

「う、うん」

「頑張るだよ!」


 気合いを入れた少女達。

 全く相反する勢力と目的を持つ者達を載せた列車は、暗いトンネルを走り続ける。


第二話 『合流』


2010年8月9日01:00投稿予定

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