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魔王子  作者: デブ猫
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     第六話  侵攻侵入

 列車が駐屯地へ近づくと、山の方から何かが聞こえてくる。

 最初は練習するかのように一定のリズムと音階を刻んでいたが、次第にそれは一つの流れへと変化していく。

 ゆったりとした、荘厳なメロディ。そして歌声。

 さらに速度を落として駐屯地の敷地に入っていく列車を最初に出迎えたのは、入り口前に並ぶ従軍聖歌隊の聖歌だった。

 駐屯地へ続く線路近くには兵士達が整列し、敬礼をもって第三陣の到着を出迎えた。

 トンネル前の、線路が幾つも分岐する手前まできた魔道車は、腹に響く重低音を生みながら停車した。


「よーっし、積み込み開始だ!」

「先に行った連中に遅れるなよ、手柄を全部取られちまうぞ!」


 下士官達の大声に弾かれるように、敬礼していた兵士達が車両へ殺到する。

 大荷物と武器を背負った人々が車両に飛び込んでいく。

 貨物車の扉を開け放ち、一列に並んで荷物を受け渡して積み込んでいく。

 馬やペガサス、大きな犬達も連れてこられて、一番後ろから数両の車両に積み込まれていく。

 その犬たちはと言えば、演奏を終えて先頭車両へと小走りで駆けていくヴィヴィアナ達へ、相変わらずうなり声をあげていた。


 聖具である各種楽器を抱えた聖歌隊一行は、長い車列の横を急いで走り抜け、ようやく先頭の車両に到着した。

 走り回る兵士達の中、彼女たちはペタペタと魔道車を触る。


「へぇ~、これが魔道車ですのねぇ」

「大きいべなぁ」

「すっげえ宝玉もタップリ付いてるぜ」

「こ、これで、魔界へ、車両を牽いて、いくんです、ね……」


 物珍しげに魔道車を観察する一行を、少し離れたところから部下を引き連れたノエミが呼び止めた。


「こちらにいましたか。

 荷物は貨物車に運び込みましたよ」


 振り返った一同は簡単に礼を返す。

 ヴィヴィアナは一歩前に出る。


「ありがとうございます。

 あ、でも、聖具を入れていた箱も貨物車に?」

「いえ、それは皆さんの客車に入れてます。

 客車の後ろに荷物置き場がありますから」

「そうですか、助かります」


 ホッと息をつく笑い目の少女。

 その後ろから、サーラが泣きそうな目のまま口を開いた。


「あ、あの……」

「はい、なんでしょうか?」


 何か言いたげなのだが、なかなか次の言葉が出てこない。


「えと、なんでしょうか?」

「その、あの、えと……。

 こ、この、魔道ぢゃで、トンネルを抜けるん、ですね?」


 ちょっと嚼んだサーラ。

 でもノエミは、そのことは笑顔でスルーしてくれた。


「いえ、違いますよ」

「え!?」


 サーラ含め、四人全員が仰天する。

 女性士官はクルッと後ろを向いて、別の魔道車を指さした。

 そこには別の線路に乗った、彼女たちの目の前にあるものより重厚で重そうな魔道車がある。


「通常の魔道車では山を登れないんです。

 あちらの、専用の魔道車と交換します」


 しげしげと金色の瞳で専用魔道車を観察するミケラも質問する。


「へぇ~、どこが違うんだべ?」

「車両の下に歯車が付いていてるんですよ。

 ほら、その奥です」


 そういってノエミは身を屈め、専用魔道車の下をのぞき込む。

 瞬間、少女達の体が緊張で強ばる。

 イラーリアがススス……と移動する。通常魔道車とノエミの間に入るように。

 聖歌隊の奇妙な反応に、「?」という顔をしたノエミが振り返る。


「は、歯車がついてんだか!?

 あ~、あれだか、なんで歯車が付いてんだぁ?」


 慌ててミケラは、他の女の子達も専用魔道車の下をのぞき込む。

 その様子に、少し奇妙に感じつつもノエミは説明を続けた。


「ツェルマット山を登るため、ずっと上り坂です。

 荷物も満載なので重すぎて、普通の魔道車では車輪が空回りしてしまうんです。

 だから魔道車の下に歯車をつけ、トンネル内の線路の中央に設置した歯軌条、ああ、えと、歯が付いたレールとかみ合わせるんですよ」

「へぇ~。これで一気にトンネルを抜けるだかぁ」

「一気に、というほど速度はでませんけど、代わりに力強いですよ。

 後ほど、この登山魔道車と車両を交換します。

 それが済んだら出発となりますので、それまで客車にてお待ち下さい」

「あ、あのよ!

 あ、いえ、そうじゃなくて、あのですね」


 思わず地がでそうになったイラーリアがコホンと咳払い。

 改めて丁寧な口調で話し出す。


「少し、陣内を歩き回って、いいでしょうか?

 その、とても珍しくて興味深いものが多いですので、是非、後学のために見学したいのですが」


 その申し出には、立ち上がったノエミは顔を横に振った。


「いえ、もう出陣まで時間がありません。

 皆さんへの警備上の問題もありますので、どうか客車にてお待ち下さい」

「い、いえ、そう言われても、その……」


 わざとらしくチラチラと周囲を見て、モジモジする彼女の姿に、「ああ……」と呟いたノエミはニッコリ微笑んだ。


「トイレなら客車の後ろについてますよ」

「え? ……は、はぁ、そうですか」

「整備は完璧で、キレイに掃除してあるでしょうから。

 しかも皆さんが乗るのは、士官用の特別車です。

 軍の共同トイレみたいな肥だめの臭いもしませんよ、きっと」

「あ、そ、そうです、か」


 答えながらもチラチラと周囲を見る。

 走り回る兵士達が途切れる様子はなく、魔道車の運転席を出入りする者も多い。

 登山用魔道車は整備員達が取り付き、車輪や宝玉をチェックしている。

 車体の下にまで入り、『探査』で状態を確かめ、歯車を金槌で叩いている。


「では、みなさん。

 車両に乗って下さいな。

 小官達も後ほど乗り込みますので」


 魔導師の女性達に促され、聖歌隊は先頭から数両後ろの客車に乗り込もうとした。

 だが、その後ろから、ザッザッ、という規則的かつ力強い行進のような足音がする。

 そしてその中から、低い男性の声が呼び止めた。


「聖歌隊の諸君、準備はよろしいか?」

「あ、ペーサロ将軍様。出来てるだよ」


 振り返ったミケラが両手を組んで祈りの所作で応える。

 乗り込もうとしていた残り三人も、祈りをもって挨拶をする。

 将軍の後ろについてきた士官達も、敬礼ではなく短い祈りをもって応じた。

 ただ、そんな祈りの所作の中、サーラの泣きそうな目が将軍を見つめ続けていた。

 そんな彼女の視線に気付く様子はなく、足早に将軍達一行は客車列の一番先頭へ歩き去ろうとする。

 だが、気の弱そうなサーラの、勇気を振り絞ったであろう声が将軍を呼び止めた。


「あ、あの! ……し、しょうぐ、ん……」


 先頭車両の方へ足を向けていたペーサロ将軍は軽く振り返る。


「何かね?」

「は、は、い……あの……。

 これから、ま、魔族と、戦うの、です……ね?」

「無論だ」

「み、みんな、魔族を、みんな滅ぼすの、ですか?」

「当然だ。

 ああ、安心したまえ。この第三陣は本陣だ、実際には魔族共の攻撃は我々までは届かない。

 第一陣、第二陣によって大方は片付けられているだろう。

 聖歌隊の諸君には魔族の攻撃が届くことはない。

 安心して従軍したまえ」


 将軍は、後ろに付き従う士官達も、サーラは前線に立たされるのではないかと怖がっていると思った。

 だが回りにいる仲間達には分かっていた。彼女の泣きそうな目の奥にあるのは、怒りだと。

 彼女の肩に手を置いたり、手を握ったりして、制止しようとする。

 しかしサーラの想いは、その気弱そうな外見からは計り知れないものだったようだ。


「ま、魔族を滅ぼすためなら! な、なんでもするの、ですか!?」

「サーラ!」「よせって!」


 ヴィヴィアナとイラーリアが彼女を抱き締め、必死に静める。

 その様子に将軍と士官達は奇妙がり、不思議そうに視線を向け合う。

 将軍の顔色は変わらない。淡々と、当然のように淀みなく返答する。


「何の話か知らないが、私は皇国の一将軍として、皇国のために戦うのみ。

 皇帝陛下の命に従い、神の世界を実現するため尽力する。

 私心も迷いも挟まず、あの魔物共をなぎ倒す。

 そのために微力を尽くすことを約束しよう」


 仲間達の必死な視線に押しとどめられ、サーラはそれ以上は何も言わない。

 唇を噛み、零れそうな涙もそのままに客車へ飛び込んだ。

 他の少女達も短く一礼して車両に駆け上がる。

 将軍一行は多少首をひねったものの、さして気にとめることもなく客車列先頭へと歩いていった。



 かくして、トリニティ軍第三陣は全軍が車両に乗り込んだ。

 インターラーケン侵攻のための全兵器も詰め込まれた。

 何人もの整備員が囲み、大声を上げて誘導や指示を飛ばしながら、線路のポイントが切り替わる。

 先頭の通常型魔道車が車列から切り離され、陣地一番端の行き止まりになっている線路へゆっくり移動していく。

 そのすぐ隣の線路を、重厚な音をたてながら、バックで車列に接近していく登山用魔道車。

 車体が接触するスレスレですれ違う二台の魔道車を、多くの兵士と整備員が囲んでいる。

 聖戦へ向かうトリニティ軍に編成されず、駐屯地に残る兵士達の見守る中、車列は登山用魔道車に連結された。


 登山用魔道車から、山々に鳴り響く警笛が鳴る。

 人々がエールを送り、帽子や手を振り合い、直立不動で敬礼を交換する。

 しばらくして再び警笛が鳴り響き、重々しい金属音や駆動音、様々な物がきしむ音で駐屯地が満たされる。


 そして車列は動き出した。

 トンネルへ向けて。

 その先のツェルマット山、魔族の言葉でインターラーケンへ向けて。





 車両先頭にて全軍を牽くのは登坂用魔道車。

 その力強い車輪がレールの上で重々しく回転する。

 車体の下にある歯車がレールの真ん中に敷かれた、歯の付いたレール――歯軌条と噛み合う。

 僅かな魔法のライトが一定間隔で照らすトンネル内、そのさらに車体の下で、歯車が轟音を上げて回転し続ける。


 その歯車近く、車体の底に透明な物があった。

 それは宝玉。

 透明で丸い宝玉が底に張り付くように浮いている。

 いや、その宝玉の周囲にうっすらと、何かの姿が浮き上がり始めた。


「――どうやら、上手くいったニャ」

「おう、成功だな。

 姉貴の宝玉、助かったぜ」


 俺達は歯車を挟んで車体の底にへばりつきながら、ニヤリと笑った。

 薄暗い中、姉貴の姿が浮かび上がる。

 俺も、『穏行』の力が付与された宝玉の機能を止め、姿を現す。

 トンネル内に入れば、さすがに魔力消費の激しい『穏行』はいらないだろう。

 あとは駐屯地からの『魔法探知』範囲外へ出るだけだ。


 俺達は街で人混みに紛れ、魔道車の下に潜り込んだ。

 そのまま魔道車の巨大な魔力に紛れ、駐屯地からの『魔法探知』を逃れて潜入した。

 さらに姉貴が持っていた『穏行』の宝玉で俺の姿も隠した。

 ヴィヴィアナ達が魔道車付近をウロウロしたおかげで、姉貴の臭いも誤魔化せた。


「さぁ、このままインターラーケンまで行くぜ!」

「おうニャっ!」


 薄暗いトンネル内を、車内に人間の軍団と聖歌隊を載せて、下には魔王一族を貼り付けて、走り続ける。

トゥーン達の人間界潜入作戦も、ついに帰還という最終局面へ移行しました。


果たして彼らは無事にトンネルを突破し、皇国の奇襲作戦を阻止することが出来るのか?


従軍聖歌隊一行の亡命は成功するのか?



次回よりインターラーケン山脈トンネル編開始。


第十六部 第一話『闇の中』


2010年8月7日01:00投稿予定

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