第三話 目録
《そうか、喜んでくれて僕も嬉しいよ》
「嫌味を言ってんだっ!」
《分かってるさ。無事、皆の与えた試練も乗り越えたようだね》
「けっ!
俺様を殺したけりゃ、軍団を送るか、兄貴達が直接乗り込むこったな」
《おいおい。愛する末弟を殺すだなんて、穏やかじゃないね》
「殺す気無しに、あんな罠仕掛けたっつーんなら、そっちの方がスゲーな」
《もちろん、殺す気なんか無いよ》
「あにぃ?」
《一族で最も体術と肉体強化術に優れたお前だ。乗り越えられると信じていたさ》
こ、この野郎!
ヌケヌケとぬかしやがって……。
さっきから作り笑いのままだ。涼しい顔でメチャクチャなことをほざく。
もしコイツの罠で俺が死んだら……もちろん墓前で嘘泣きしやがるんだろう。
一番歯の浮くセリフを並べるに違いない。
だが今は、そんなことを言ってる場合じゃない。
歯ぎしりが漏れそうな口で咳払い。
呼吸を整え、気を落ち着ける。
「そうかい。んじゃ、無事に乗り越えたから、乗り越えた後の話をしようや」
《うん、そうだね。それで一体、何の用事だい?
お前と同じく、僕も忙しいんだ、話は手早く頼むよ》
「おう、一瞬で済むぜ。
良く聞け。……城の修理代払え!」
兄貴の細目は変化しない。
黙ったまま俺を、固まった作り笑いで見続けてる。
そして、「ぷっ」と吹き出しやがった。
「何が可笑しいってんだ!」
俺の怒声も構わず、スカしたクソ兄貴はクスクスと笑い続けてる。
こっちは笑い事じゃねえんだよ!
俺のムカツキは無視するかのように、兄貴は爽やかに笑ってるぜ。
ようやく笑うのを止めたかと思えば、人の神経を逆撫でするセリフを吐きやがった。
《魔王に連なる者とも思えないな。些末な事を気にするのだね》
くっ! こっ! この野郎ぉ!!
俺だって気にしてんだよ!
だけど、だけど、だ。こっちも領主としての責任があるんだ。金は少しでも必要だ。
手段なんか選んでられるかよ!
「うるせえ!
人の城に大穴あけやがって。おかげでこっちは大迷惑だ。
ミュウ姉ちゃんにまで迷惑かけるんじゃねえ!」
《おや、もうミュウはお前の城に着いたのかい?》
「ああ。オメーが開けた大穴に落ちそうになってたぞ」
《そうか、お前のことを一番心配していたからね。
でも、こんなに早いとは予想外だな。そうか、城の修理前に到着してしまったのか。
これは迷惑をかけてしまったな》
「分かってンなら、さっさと弁償しろ!」
火を吐くように声を張り上げる。
けど兄貴のツラにはどこ吹く風だ。全然詫びれた様子がない。
むしろ、何を言われたか分からないって感じでキョトンとしてるように見える。
《何を言ってるんだい?》
し、信じられねえ。
本当にキョトンとしていやがった。
《ミュウが到着したのなら、弁償を要求する必要もないじゃないか》
「……なぬ?」
今度はこっちがキョトンとした。
何を言ってるのかわかんねえ。
そして兄貴は首まで捻りだした。
「何を言ってンだ?」
こっちも首を捻ってしまう。
まさかスットボケようとか考えてるんじゃ……いや、それはない。
ラーグン兄貴は腹黒いが体面は気にする。
あんな大都市を持つ領主が、悪趣味なイタズラで弟の城をぶっ壊して修理代も払わない、なんてケチな評判を広められたがるとは思えない。
《ミュウは、一人で遊びに来たわけではないだろう?》
「ああ、ハルピュイと来たぜ」
《ハルピュイと?》
「おう、イタズラ仕掛けてた部下達と一緒に来てたぞ」
《何だって?》
今度は驚いて、ちょっとだけ目を見開いた。
そして、またクスクス笑い出した。
俺には何の話だか分からん。
《もしかして、ミュウから何も受け取っていないのかな?》
「あ、兄貴共が押しつけた下剤を受け取った!
アホなイタズラにミュウ姉ちゃんを巻き込むなっ!」
《そうか、なるほど、そういうことか》
今度は一人で納得して頷いた。
一体、何だってんだ?
後ろで控えていた妖精を呼びつけて、何か指示をしてる。
んで、いきなりこっちへ向き直った。
《トゥーンよ。贈り物について、ミュウとハルに尋ねてごらん》
そこで映像が消えた。いきなり回線を切りやがった。
ミュウ姉ちゃんとハルピュイに尋ねろ、だって?
贈り物について……尋ねろって……。
ま、まさか!?
俺もリアを大声で呼び、指示を飛ばす。
そして新たに回線を開く。
ラーグンの執務室並みに広い部屋だけど、白いレースのカーテンとかピンクの服を着た人形とか、小物がそこかしこに飾られた可愛い部屋。
メイド服を着た妖精の女の子が応答に出た。
その妖精が相手を呼びに行くと、今度はすぐ来てくれた。急いで走ってきたらしく、肩で息をしてる。
やたらと白いレースの肩飾りとか宝玉とか、ちょっと飾りが多いメイド服を着たミュウ姉ちゃんだ。
王女の一人として頭にティアラ、みたいなカチューシャ。働くのに邪魔だといって質素な物に変えてもらったとかなんとか。
《ふぅはぁ……、久しぶりね、トゥーン。急にどうしたの?元気にしてた?》
「おう、元気だったさ!
そ、それでなミュウ姉ちゃん、急いで尋ねたい事があるんだけど、この前来たときって……」
姉ちゃんの口から語られたのは、予想通りの内容だった。
あ、あのクソ姉めぇ~。
「トゥーン様ぁ、持ってきましたよぉ」
「おう、そこ置いとけ」
リアは運んできた小箱をデスクに置く。自分は鏡の映像に映らない、部屋の隅へ下がる。
その小箱を、わざとゆっくりと手に取り、もったいぶってフタを開ける。
中には十一枚の白い羽根。ハルピュイが俺に投げつけた羽根だ。
うち一枚を手に取り、その表面を見る。
そこには、小さな小さな字で文が書かれていた。
『ワイバーン航空便 無料使用券30枚
魔王第一子 ラーグン』
それを鏡に突きつける。
鏡には、素知らぬ顔で翼の手入れをするハルピュイがいた。
その背後は白いカベの広い部屋。大きな天蓋付きベッド。
上物の白いレース編みカーテンが掛かった窓の向こうには、青い海と白い雲。
窓からの潮風にピンクの髪を揺らしながら、知らんぷりしてやがる。
「こりゃ、どういうこった?」
爪についたゴミをふぅっと吹き飛ばしてから、サラリと答えた。
《目録よ》
そしてまた翼の手入れをし出す。
「兄貴達からの贈り物、その目録なのは分かった。
俺が聞きたいのは、なんでこんな小さな字で、目立たないように渡すかってこった」
《あーらぁ、何かご不満?》
「当たり前だ!
うっかり焼いたり捨てちまったら、どうするつもりだった!」
《だーいじょうぶよ。
それはタダの目録。品物は後で勝手に送られてくるから。
問題ないでしょ?》
まったく反省する様子も何もない。
うちの兄弟はどいつもこいつも……。
ミュウ姉ちゃんだけだ、ホント、まともなのは。
しかも、問題なのは目録の渡し方じゃない。
「お前、ミュウ姉ちゃんから目録一覧が書かれた羊皮紙を取り上げたろ」
ようやく俺の方を見た。横目で。
そのバカにした目、本当に気に入らねえ。
《取り上げただなんて失礼ね。ちょっと協力してもらっただけよ。
ミュウ姉様だと、いきなり最初に渡しそうなんだもん。
サプライズの演出。イタズラで怒らせておいて、最後の最後に目録をドーン!
ビックリするし、嬉しいでしょ》
「ああ、嬉しいぜ。実際、すげえ贈り物だしな」
そう、本当にサプライズだった。
嬉しい贈り物の山だ。
ラーグンからのワイバーン航空便無料利用券。速くて結構大きな荷を送れるけど、値段も高価なワイバーンの輸送便をタダで使えるなんて。
さすが長兄は太っ腹だ。
他の羽根にも同様な物が書かれていた。
ルヴァン兄貴からは、エルフが誇る巨大図書館から写本を大量に寄付。及び内容を指南してくれる学芸員の派遣。
フェティダ姉から、ドワーフの職人達が磨き上げた最高級宝玉セット。
その他、信じられないような高価な贈り物が並んでいた。
なんと、あの不気味なオグル兄すらも、ゴブリン総合商業組合からの高額かつ無利子融資ときたもんだ。
これならインターラーケンの開発も目処が立つぜ!
《あたしからは、ファルコン宅配便の支店開設と公的文書の無料サービス。
文句ある?》
「いや、素直に感謝する。
まさか兄貴や姉貴がンなモンをくれるとは思わなかった。本当にビックリした」
《でしょ?
これ、ラーグン兄貴が考えたイベントなの。みんな、こうやって領主就任祝いを受け取ったんだって。
あたしもビックリしたわよ。あんたに秘密にするの、大変だったんだから!》
やっとこっちに向き直ったハルピュイは、ニヤニヤと笑ってる。
本当に楽しそうだな……クソ、腹が立つけどありがたい。
まったく、なんて悪趣味な。
今まで、最初の罠で死んだヤツがいなくてよかったな。
ただ、この点も突っ込まざるを得ない。
「んで、その目録の羊皮紙だけどよ」
《ああ、あれなら捨てたわよ》
「そうか」
沈黙が通り過ぎる。
ハルピュイのニヤけた笑いも通り過ぎる。
真顔で、目線だけがあさっての方を向く。
ピンクの髪が風に流れる。
「内容を、羽根に書き写して、目録は捨てたんだな?」
《ええ。だって、もう……要らないでしょ?》
姉貴の翼がせわしなく動く。
翼に浮かぶ青黒いラインもうねうね動く。
「ンで、ワイバーン航空便の券とか、宝玉セットって、お前の宅配便で送ってくるんだよな?」
《そ、そうよ。支店開設に従業員が行くから、一緒に持たせておくわ》
「そうか。ありがとうよ」
《どういたしまして》
「……やっぱりハルピュイ姉さんって、頼りになるね」
《……愛しい弟のためだもの》
非常に冷たい空気が、鏡を挟んだ二つの部屋に満ちる。
「ハルピュイ姉さん。ところで、ね」
《なあに? トゥーン》
「さっき、ラーグン兄さんにも連絡をとったんだぁ♪」
瞬間、ハルピュイの顔が引きつった。
汗が一筋流れる。
「次は、フェティダ姉さんにも連絡を入れようと思うんだ。
やっぱり、こんな凄い物を貰った以上は、お礼を直接言わないとね♪」
《あ、あらやだ。そんな、水くさいこと、しなくていいのよ?》
「そうはいかないよお。
確かに、ラーグン兄さんも、無料券30枚なんて送っていないなんて、言ってたけどね」
《な!?
あ、あんた、もう兄貴に……》
俺は何も答えない。
ただ微笑む。
ハルピュイはダラダラと汗を流す。
《わーっ!
わかったわ、分かったわよ、目録を返すわよ!》
「もっちろん、何かインクが汚れてたりとかぁ、どこか破れてたりとか、しないよね?」
《うぐぐっ!》
「ち、な、み、に!
目録が羽根に書かれてる事に気付いたのは、ラーグン兄貴へ連絡してからだ」
《ぐぅおっ! あ、あんた、騙したわねっ!?》
「どっちがだっ!」
やっぱりか。
イベントの事を知らないのを良いことに、贈り物をかすめ取る気だったな。
目録の内容を確認し、羽根へは少なめに書き込み、自分のファルコン便で運んでくるときに頂きってわけだ。
油断ならねえ。
俺の兄弟はミュウ姉ちゃん以外、油断ならねえ。
「つーわけで、ちゃんと贈り物を、そのままで持ってこいよ。あとでちゃんと全員にお礼を入れるから、な!」
《わーったわよ!》
「それと、これをオヤジに黙っておいて欲しいなら、一つ貸しだ」
《うっさいわねっ、言われなくても分かってるわよっ!》
逆ギレしながら回線を切るハルピュイ。
勝った。
ハルピュイをギャフンと言わせてやったぞ!
リアも飛んできて俺の頭に抱きついた。
「トゥーン様ぁ、やりましたねぇ!
これでお金の方は解決ですよぉ!」
大喜びで大はしゃぎ。
俺の首をグリングリンと振り回す…痛えよ。
窓を開ければ、春の森と綺麗な山々が広がるインターラーケン。
城の庭には、相変わらず木の下でノンビリ寝そべってるベウルの大きな白犬。いい加減、名前でも付けるか。
よーし、資金も目処が付いた。
これからは、頑張るぜ!
俺の領主生活、そして魔王への道の第一歩だ!
「やったらぁーっ!」
「やりますよぉーっ!」
俺達のガッツポーズと共に、気合いを込めた叫びが木霊する。