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魔王子  作者: デブ猫
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     第四話  従軍聖歌隊

「……なるほど、今から聖具の調整と練習か。

 あれは音が大きいからな。

 夜中に陣地内でやってもらっては困る」

「はい。

 ですので、湖の畔へ行きたいのです。

 どうかお許し下さい」


 聖歌隊を代表してヴィヴィアナが事情を話した。

 説明する間、ずっとペーサロ将軍の眼光が彼女を射抜き続ける。

 萎縮してしまいそうな威圧感に必死に耐え、どうにか彼女は話を終えた。


 そして彼女も将軍を観察する。

 司教の言葉によれば、勇者に街を襲撃させた張本人らしい。

 疑念と、不信と、憎悪を必死に押し隠し、笑ったような目を保ち続ける。

 将軍は、孫ほど年下の娘達もジロリと見まわす。


「確認したい」

「はい、なんでしょうか?」

「歌だ」

「歌、ですか?」

「そうだ。

 たった四人でも聖歌隊である以上、歌えなければ話にならない。

 試しに聞かせてくれ」


 ヴィヴィアナはチラリと振り返り、後ろの三人と目配せする。

 彼女の手の平が指揮棒のように振られる。

 そして、「ウン、ドゥエ、トレ」との小さなかけ声と共に、四人は同時に声を発した。


 石造りの部屋に声が満ちる。

 それは涼やかな、澄み渡った声。

 四人それぞれが高音から低音までを響かせ、それらは混じり合い、溶け合い、一つの旋律となる。

 楽器の伴奏も何もない、歌ですらない、単なる発声。

 だが室内の軍人二名を、そして建物の外にいる重装騎士達を、犬たちまでも酔わせるほどの、心を震わせる声。


 ヴィヴィアナの手がキュッと閉じられる。

 同時に全員が口を閉じた。

 それでもノエミとペーサロは口を開かない。目も開かない。

 耳に残る旋律の余韻に浸っているようだ。

 黙って次の言葉を待つ娘達が、待ちきれなくて自分から口を開こうかとしたとき、ようやく将軍が言葉を発した。


「……見事だ」

「お褒めにあずかり、光栄です」

「惜しいな。

 四人だけでこれなら、全員が揃えば見事なものであったろうに。

 修道院を襲撃されたのが、惜しくてならん」

「あ、あの……」


 ヴィヴィアナの後ろ、泣きそうな目のサーラが、さらに泣きそうな目で将軍へ問いかける。


「しゅ、修道院を襲った魔族……何か、ご存じなことは、ありま、せんか?」

「サーラ!」


 ヴィヴィアナが慌てて振り返る。

 他の二人も彼女を睨み付ける。その目は「余計なことを言わないで!」と叱っているのは明白だった。

 だが睨まれる彼女の泣きそうな目は、それでも怒りを浮かべていた。司教に裏切られ仲間を殺されたことへの怒りを。

 聞かれた将軍は、「ふむ……」と思索にふける。

 そして窓から夜の駐屯地を見つめながら、答え始めた。


「残念ながら、大したことは分かっていない。

 恐らく君達も噂は聞いているだろう? 正体不明の飛行物体墜落のことを。

 そして、この駐屯地での魔道車暴走、街の襲撃。

 街を襲撃した魔族は倒したが、まだ残党がいたようだな。

 だが、何故に遠く離れた修道院も襲撃したのかが分からない」


 それを聞かされるサーラは、そして他の三人も口を固くつむぐ。手は強く握りしめられる。

 本当は「あなたが勇者にやらせたのでしょうが!」と怒鳴りたい。将軍の罪を明らかにしたい。

 しかし、トゥーン達を救うため、自分達も魔界へ行くため、島に残った仲間のため、知らないフリを通さねばならない。

 四人は必死で口を閉ざし、黙り続ける。 


「ビショップ・ルイーニまでも、助祭二名と共に失踪した。

 ああ、確か……修道院はサクロ・モンテ近くの湖上にあるということだが、司教の行方について、何か知らないか?」

「いえ……」


 ヴィヴィアナは必死で平静を装い、ただ簡潔に答える。

 サーラも、イラーリアとミケラも、内心の動揺を隠し続ける。

 強ばる四人の顔を、鷹のような眼光が順に通っていく。


「そうか……」


 将軍は視線を窓の外へ戻す。

 重々しく低く、威厳ある声を発する。


「魔族は、未だこの地に潜んでいる。

 その姿も真の目的も不明だが、グズグズしている暇はない。

 奴らの陽動に目を奪われ、作戦を滞らせるわけにはいかないのだ。

 急ぎ全軍を出陣させねばならない」


 そして、軍靴で床を打ち鳴らしながら振り返る。

 力を込めた眼光でヴィヴィアナを射抜く。


「認めよう。

 急ぎ聖具の調整と聖歌の鍛錬を行いたまえ。

 警護には第四魔導師隊を付けよう。

 ノエミ君、その娘達を守れ」


 命じられたノエミは敬礼にて返礼する。

 ヴィヴィアナ達も祈りの所作と言葉で礼をする。

 そして足早に司令部を後にした。

 再び犬たちに睨まれ唸られながら、ヴィヴィアナはノエミに声をかける。


「それでは時間がありません。

 夜を徹して練習したいのですが、手伝って頂けませんか?」

「承知しています。

 すぐに部下達に荷物を運ばせましょう」


 ノエミは近くにいた一般兵士達を呼び止め、修道院からの荷物を湖の畔へ運ぶよう指示した。

 兵士達は敬礼して走りだす。


「それでは、練習中は小官の隊が警護にあたります。

 ただ、我らも明日の昼に第三陣で出立しますので、休息はとらねばなりません。

 交代で休みながらになりますが、ご了承下さい」

「はい、もちろんですわ。

 十分に休んで下さい」


 ヴィヴィアナ達も走り出した。

 彼女たちの計画を進めるために。





 夜のメルゴッツォ湖。

 少し風が強く、湖面のさざ波も普段より少しだけ高い。

 空には幾つもの雲が、星の間を足早に通り過ぎていく。


 メルゴッツォ湖は街を囲む三つの湖の中で一番標高の高い位置にあり、一番小さい。形は丸っこい。

 その湖の北側、少し斜面を上がった所に平地があり、そこに駐屯地が築かれていた。

 湖も駐屯地も、かなり山の上の方にあり、周囲は森に包まれている。

 街から駐屯地へと続く道と、鉄道も湖の西側を通っていた。


 ヴィヴィアナ達は湖の畔へとやってきた。

 真っ暗な岸辺までは、兵士達がいつも水くみに使ってるであろう小道があった。岸辺も草木が刈り取られ、少し開けている。

 何人もの兵士達が岸辺に木箱を置き、かがり火で照らす。

 ノエミ率いる魔導師隊員達が、かがり火に照らされた荷物の山を眺める。


「これでよろしいですか?」


 ノエミの確認に少女達は頷いた。


「はい、十分です。

 あとはこちらでやりますから、皆さんは戻ってもらっていいですよ」

「いえ、警護がありますから。

 常に二人が交代で守りますので、安心して練習して下さい」

「そ、そうですか」


 正直、警護は邪魔だったが、不審に思われてもまずい。なので、ヴィヴィアナはそれ以上は拒まなかった。

 四人は木箱を開け、中から様々な聖具を取り出す。

 取り出されたのは四つの楽器。


 丸顔のミケラはヴァイオリン。

 泣きそうな目のサーラは小さめのハープ。

 栗毛に琥珀色の瞳のイラーリアはリュート。

 そして背の高い笑い目のヴィヴィアナは長方形の大きな物体――ピアノの鍵盤だけを取り外して、肩ひもを付けたような楽器を取り出した。

 それらの表面はビッシリと術式が、模様のように書き込まれている。

 また、色とりどりの宝玉も各所に取り付けられている。


 四人はそれぞれに楽器を手にし、使えるかどうかをチェックする。

 ノエミが興味深そうに聖歌隊の準備風景を眺める。


「皆さん、全員が楽器を持つんですか?」


 ピン、ピンッ、と弦を弾いていたイラーリアが得意げに答えた。


「ええ、修道院では皆、楽器の練習もしていました。

 本当は、歌い手と奏者は別々で担当するんですけど。

 みんな殺されてしまったので、人手が足りないのです」

「あ、そ、そうですね。

 無神経な事を言ってしまい、申し訳ない」

「いえ、気にしないで、くださ……いっ!」


 イラーリアの口元がニヤリと笑う。

 琥珀色の釣り目が一際釣り上がると同時に、リュートはかき鳴らされた。

 魔力を流し込まれた文様が淡く輝く。

 宝玉が光を放つ。

 そして、鼓膜を破らんばかりの大音響が、その場にいる全員の体を振動させる。


 彼女を中心とし、湖面が振動で沸き立った。

 木の上で叩き起こされた鳥たちが騒ぎ立てる。

 脳髄を直撃する大音波に、魔導師隊の女性達は耳を押さえてうずくまってしまった。

 いきなりリュートをかき鳴らした本人は、ケロリとした顔で呟く。


「う~ん、やっぱりちょっと狂ってました」


 これがちょっとなのか、なんて抗議はノエミには出来なかった。

 ジンジン痺れる耳には何も聞こえなかったから。

 やっぱりケロリとした顔のヴィヴィアナが、わざとらしくイラーリアを叱る。


「シスター・イラーリア、音を出すなら先に言わないといけませんよ。

 皆さんが驚いてしまったではありませんか」

「あらあら、これは配慮が足りませんで、申し訳ありませんわ。

 おホホホ」

「気をつけましょうね。

 それでは、私も鳴らしてみますので、ご注意を」


 そういってヴィヴィアナも、隊員達が慌てて「ちょ、ちょっと待って!」と叫ぼうとしたのを見て見ぬふり。

 鍵盤の上を、細い指が一気に駆け抜ける。


 それは確かにオルガンの音。

 ただし、明らかに音程が狂っていた。

 そして音量も間違っていた。

 携帯型のオルガンから、書き込まれた術式と宝玉に流れる魔力で増幅された、けたたましい雑音が放たれる。

 木々の枝葉が揺れる、湖面が沸き立つ、羽虫が逃げていく。


 神経を掻きむしる大音響は、ようやく消えた。

 オルガン本体の放つ光も消えた。

 松明の炎の下、ノエミ率いる第四魔導師隊と、荷物を運んできた一般兵士達は、揃って地面に倒れていた。

 笑い目が、わざとらしくノエミ達の身を案じるセリフを口にする。


「あらあら、申し訳ありません。

 皆さん、大丈夫ですか?」


 ヒクヒク痙攣する黒髪の女は、ひきつる口を必死に動かす。


「ひゃ、だ、大丈夫、れふ……」

「はぁ、それなら」


 そういうと、ヴィヴィアナの手が再び鍵盤へ伸びる。

  がしっ!

 必死な手が彼女の腕をとどめた。


「ま、待って!」

「待ってと申されましても、これを明日までに調整しませんと」


 明日の朝まで、この殺人的大音量の側にいる。

 その事実に、魔導師隊の女性達は明らかに怖じ気づいた。

 ノエミの顔がさらに強ばる。


「み、皆さんは、こんな大きな音、平気なんですか!?」

「慣れてますから」


 サラリと答える聖歌隊員。

 他の娘達もケロリとしている。


「こんな練習を、いつもしているんですか!?」

「はい。

 もの凄く周囲に迷惑がかかります。

 修道院は人里離れた湖上にあったので、よかったのですが。

 ですからペーサロ将軍も、駐屯地で練習されては困る、とおっしゃられていたのですよ」


 ノエミは後ろを振り返る。

 鼓膜が破れたんじゃないかというくらい、のたうち回り苦しんだ隊員達の姿を見る。

 そして聖歌隊との間で視線を往復させる。

 最後に、はぁ~……、と溜め息をついた。


「その、申し訳ないのですが……」

「なんでしょうか?」

「しょ、小官の部下達は、その、このような大音量に慣れてはおりません。

 ですので、その、警護の人員は、少し離れた場所に配置せざるを得ないのです」

「そうですか、それはやむを得ないことと思います。

 何か異常や危険があれば、すぐに言いますので、離れていて下さい」


 そんなワケで、警護の魔導師隊員達は少し離れた場所に待機することになった。

 大音量といっても、湖と駐屯地の間には距離があるし、森も挟んでいるので、駐屯地には睡眠妨害になるほどの音は届かなかった。

 警護の女性達も、聖歌隊から離れた場所で暇そうに、そしてうるさそうにしている。


 かき鳴らされるリュートやハープの合間に、チラチラと周囲の様子を探る四人。

 ヴィヴィアナは鍵盤を叩きながらも、定期的に通り過ぎる『魔法探知』のレーダーに気を配る。

 ミケラは顎からヴァイオリンを離し、金色の瞳で素早く辺りを見まわす。

 警護の女性二人がこちらを見ず、おしゃべりをしているのを確認すると、トトト……と湖にかけよった。


「もう大丈夫ですだよ、出てきて下せ」


 ちゃぷ、と水音が起きる。

 小さな丸い物体が暗い水から浮かび上がってきた。


「うぅ~、寒いわよぉ~」


 それはショートの金髪に青い瞳の、小さな女性。

 リアだ。


次回、第五話『第三陣』


2010年7月29日01:00投稿予定

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