第三話 ペーサロ将軍
「……こちらが宿舎になります。
駐屯地の案内は以上です。お疲れ様でした。
それでは明日の昼に出陣ですので、ごゆっくりお休み下さい。
出発時間になりましたら、私か部下の者が呼びに参りますので」
そういって黒ローブの女性がヴィヴィアナ達を連れてきたのは、駐屯地内周への入り口近くにある、急ごしらえの小屋。
回りを不安げにキョロキョロと見まわす娘達に、彼女は優しく微笑んだ。
「安心して下さい。
再度の魔族襲撃は有り得ません。
それに、小官ら第四魔導師隊が皆さんの警護にあたることになってますから」
「そ、そうですか。ありがとうございました、えと……」
「小官の名はノエミです」
「と、そうでした。失礼しましたノエミさん」
「いえ」
ヴィヴィアナはノエミへ、とにもかくにもニッコリ笑った。
彼女の目は普段から笑ってるようなので、とくに不自然な所は見られなかった。
彼女の後ろからイラーリアがヒョイと顔を出す。
「えっと、確認してよいでしょうか?」
「はい、小官に答えられることであれば、なんなりと」
「トリニティ軍は一から三まであって、私達は最後の第三陣に入るわけですね?」
「はい、明日の昼に出発の予定ですよ」
「え、えっと、そのぉ~」
空を見上げて頭をフル回転させるイラーリア。
どうやれば怪しまれずに情報を集められるかと、アゴに手を当てて考える。
「だ、第二陣は、朝に出発なんですね?」
「ええ、その通り。
従軍神父として参加して下さる司祭様も、第二陣に加わって下さいました」
「わ、私達も第二陣に参加出来ませんか?」
「え、あなた方が、第二陣に?」
その申し出にノエミは黒い目を見開いて聞き返す。
慌てて黒髪を左右に揺らして拒絶した。
「とんでもありませんっ!
第二陣は敵陣へ突撃する、前線の軍団です。
とても皆さんのような、戦闘経験の無い修道女だけの聖歌隊を入れられませんよ!」
「え、えっと……!
で、ですが、ですね。
従軍神父の方は第二陣に入られたんですよね?」
「ええ、それはまぁ
ですが、それはあくまで男性だからですよ。
従軍神父としての十分な経験がありましたし、自らの身を守る十分な力を秘めた方でしたから」
「わ、私達も自分の身を守る力はあります!
それに、その、修道院を襲撃され、多くのシスターを殺されました。
その無念を晴らし、彼女たちの天国への旅路に花を添えたいと思うのです」
その口からデマカセなイラーリアのセリフに、ヴィヴィアナもコクコクと頷く。
「そ、そうですわ!
それに、魔族討伐という聖戦に身を捧げるのは修道女として当然のことですもの。
神への信仰と奉仕を体現する絶好の機会です!」
後ろの二人、サーラとミケラも頷く。
第三陣に参加すると、彼女たちが手引きするトゥーン達も第三陣に紛れ込むことになる。
ということは、寄せ集めの非戦闘員ばかりなインターラーケンは、第三陣が到着したころには壊滅しているかもしれない。
それでは間に合わない。
戻ってきたヴィヴィアナからの情報で、トリニティ軍が三回に分けて列車で輸送されると知ったクレメンタインは、どうにかして第一陣に潜り込みたいと話していた。
だが第一陣は既に出発済み。ではせめて第二陣に参加できないと、作戦の成功率が著しく下がる。
そう考えての必死の申し出だったのだが、ノエミは相変わらず首を横に振った。
「その思いは立派です。さすが修道女の鏡ですわ。
ですが小官としては、危険な最前線に従軍経験のない皆様を、お連れするわけにはいきません。
皆様の役目は後方の本陣にて兵士達の祈りの歌を捧げることですし。
それと、実際的な話なんですが、既に第二陣を乗せる車両は荷の積み込みが終わってます。
もうギュウギュウ詰めで、皆さんと聖具の山を乗せる隙間は無いのですよ」
その返答に四人は顔を曇らせる。
ならば、とイラーリアは再び口を開いた。
「わ、分かりました。
ですが、あの、実は……急いで聖具の検査や、聖歌の練習をしなければいけないのですが」
「あ、荷物でしたら既に宿舎へ運び込んでありますよ。
検査に人手が必要でしたら、小官の部下を貸しましょう。
練習もそちらで」
「あ、いえ、そうじゃなくて、ですね~」
わざとらしくキョロキョロと周囲を見まわしながら、彼女は話を続ける。
「従軍聖歌隊の練習って、ですね、とっても大声や大きな音を出しますので、うるさいんですよ。
でも時間がないので、早く声あわせや聖具の調律もしたいのです」
「え、あら、でも既に夜でして……」
ノエミの黒い瞳がチラリと空を見る。
既に真っ暗で、満天の星空に月が浮かんでいる。
周囲の宿舎や練兵場からは威勢の良いかけ声や笑い声が響いてくるし、歩き回っている兵士も多い。
だが、ほどなくしてし消灯時間がくるだろう。
「明日の朝からでは、ダメですか?
正午の出陣まで時間があると思うのですが」
「いえ、それが……」
ヴィヴィアナとイラーリアは、その後ろで黙っているサーラとミケラとも、チラリと視線を交換する。
ヴィヴィアナが胸を張って、ニッコリ笑って説明をする。
「修道院の崩落に、聖具が巻き込まれているのです。
幸い地下倉庫に保管していたので、瓦礫から掘り出して回収できたのですが……。
その衝撃で聖具が倒れたり落ちたりしまして。
今から夜を徹してでも、使えるかどうか、一つ一つ調べなければならないのです」
「そうでしたか。
でも、もうすぐ消灯時間ですので、駐屯地内で大きな音を出されるのは、ちょっと」
「はぁ……。
ですので、陣地から少し離れたことろに、人気が無くて安全な場所を貸して欲しいのです」
ヴィヴィアナの申し出に、ノエミは頭をひねってしまう。
「う~ん~。
そうは言われても、小官は陣地を出ることは少なく、この土地には明るくないので」
「あ、んだったら!
良いトコ知ってるべよ」
「あら、ミケラ。良い所を知ってるの?」
いきなりパンッと手を叩いて、一番後ろから田舎訛りの声が飛んだ。
振り向いたヴィヴィアナの視線の先にいるのは、金色の瞳に丸顔の娘。真っ赤な頬のミケラ。
彼女の指が陣地の南側を指す。
「湖の畔に、ちょっとした草原があるべよ。
この陣地から近いし、回りには森と湖と草地しかねーだ。
さすがにあそこまで行けば、人のメーワクにはならねーと思うだよ」
その提案にノエミは少し思案する。
「ふぅむ、あそこまではレーダーも届いていたと思います。
ですが陣地からも人里からも離れているので、危ないですよ」
「だ、大丈夫、です」
クルクルとあちこちでカールした金髪の、なんだか泣きそうな目をした娘――サーラが初めて声をだした。
恐怖と緊張に声が裏返りそうになってる。
「こ、ここは平和な土地で、夜盗もいま、いませ、ん。
モンスターも、いません、ので、私達だけで、大丈夫……ですっ」
それだけ喋ると大きく息を吐いてハンカチで汗を拭く。
必死に勇気を振り絞ったのだろう、大汗をかいている。
ノエミの方はといえば、やはり彼女たちだけで深夜に陣地から出すのは危険と考えたらしい。
もしくは、責任問題の方を気にしたかもしれないが。
「……なるほど、事情は分かりました。
ですが、やはり小官の一存では……皆様のような少女が夜中に出歩くのは、心配が大きいですね」
そういうと、彼女は後ろに連れていた部下を呼び、耳打ちする。
何かを命じられた部下は小走りで走っていった。更に厳重な警備が敷かれた陣地内周部の入り口へ向けて。
そしてヴィヴィアナ達へ振り返り少し笑った。
「将軍へ伺いを立ててみましょう。
もしかしたら許可してくれるかもしれませんよ」
少し待つと、やはり小走りで部下が戻ってきた。
ピシッと敬礼してから、大きな声で上官の返答を報告する。
「ペーサロ将軍より、直接に従軍聖歌隊に会って話をしたい、とのことです!」
「将軍が?」
「シー、マム!」
返答を聞いたノエミはヴィヴィアナ達を振り返った。その内容に、更に緊張の度合いを増した少女達を。
「どうやら、皆様と直接会い達とのことです。
案内しますので、どうぞこちらへ」
そういうとノエミは皆についてくるよう促す。
怯えた視線が後ろから飛んでくるのは、ヴィヴィアナも分かっていた。
だが振り返った彼女の目は、皆の怯える視線を受け止め、その上で迷いを見せない。
小さく頷き、しっかりした足取りで前へ進む。
三人も、怖がりながらも頷き合って彼女の後ろをついていった。
彼女たちは、陣地内周部をぐるりと囲む柵の側を歩いた。
柵の上に一定間隔で宝玉が白く光っていて、宝玉の間に淡い光の線が伸びている。
イラーリアが宝玉の光を見上げながら尋ねる。
「この宝玉、警報装置ですか?」
「どちらかというと、迎撃用ですね」
皆を連れて歩くノエミは振り返らず答える。
「触ると警報が鳴りますが、同時に光に触れた部分は焼けます。
なので、うかつに触らないで下さいね」
といわれても、彼女たちの手が届くような高さにあるものではなかったが。
そんな話をしながら、再び内周部入り口で厳重なチェックを受けてから、陣地内部へと足を踏み入れる。
そこは斜面を背にした半円形の陣で、急ごしらえの木造の建物が幾つか建っていた。
ノエミは目の前にある建物へ向かう。
それは一番面積をとった建物で、他の急造木造とは違う、石造りの建造物だ。
その隣には一際高い塔が立っている。
鐘楼に似ているが、鐘があるべき場所には白い大きな宝玉がはまっていた。
よく見ると回転しているようだ。
入り口の横には警備の兵士達。
見事な白銀の甲冑と、幾つもの宝玉が装着された巨大な槍を持つ重装備だ。
それと数頭のペガサスもいる。
そして大人ほどの大きさがある、茶色と白のまだら模様な犬が2匹。
建物の前には高いポールが立ち、そこには国旗が揺れている。
「あれが司令部です。
将軍はあそこで指揮をしてますよ」
「隣にある塔は、えと……もしかして、レーダーとかいうものですか?」
ヴィヴィアナの質問に頷くノエミ。
「ええ、あのてっぺんにあるのが『魔法探知』を扇状に放っています」
そう答えながらノエミは警備の兵士達に軽く敬礼をする。
兵士達も素早く敬礼で返礼する。
重々しい鎧とは思えない、機敏で軽やかな動きだった。その鎧にも各所に宝玉が光っている。
少女達の方は、祈りの所作で礼をした。これには騎士達も、同じく祈りの所作で応えた。
犬たちがジロリと修道服の一団を睨み、クンと大きな黒い鼻で一嗅ぎ。
とたんにうなり声を上げ、牙を剥き、娘達を威嚇し始める。
口から涎を垂らす犬たちの低いうなり声に、ヴィヴィアナ達も青ざめ身をすくめる。
「お、おい、どうした!?」
「こらこら、この娘達は違うぞ」
慌てて騎士達が犬の頭に手を置き、魔族の臭いを嗅ぎ取った犬たちをなだめる。
ノエミも犬たちと娘達の間に慌てて入る。
「申し訳ありません。
実は、この者達は魔族に襲撃された修道院の聖歌隊なのです。
そのため、魔族の臭いが付いてるのです」
ノエミの説明に騎士達も納得の声をあげた。
「ああ、なるほど」
「そうか、となると……犬たちが常に聖歌隊へ吠え立ててしまうなぁ」
「ええ、そして彼女たちの荷物にも。
外の兵士達には、その旨は伝えてありますから」
犬たちは騎士に押さえてもらい、とにもかくにも一同は建物へ入る。
入り口を通り、石の床の上を奥へと歩いていく。
一番奥のドアへ到着すると、ノエミは軽く髪や服装を整え直した。
コンコン、と軽くノック。
「夜分失礼致します。ノエミです。
従軍聖歌隊の修道女達をお連れしました」
――入れ。
低い、渋い声。
女性はドアを開け、力を込めて敬礼した。
「失礼します!」
さっきまでの柔和な態度は消し飛び、緊張した面持ちで少女達を部屋へと促す。
彼女たちが入ると、そこには急ごしらえの陣地らしからぬ、立派な家具や彫像が置かれた部屋があった。
木の板の床には、何かの動物の毛皮が敷かれ、フカフカのソファーが置かれている。 壁には宗教画、ひざまずく王侯貴族に司祭が何かを語っている図だ。
部屋の隅にはゴブリンを踏みつける騎士の像。
書棚もあり、その中に並んでいるのは分厚い書籍の数々。
入り口正面、窓の前には立派なデスク。上に置かれたカップからは、コーヒーが白い湯気を上げている。
全てはホコリ一つシミ一つなく掃除され、几帳面に整頓され、絶妙なバランスで並んでいた。
そして、椅子に座る一人の初老の男が立ち上がる。
「……遅い。
グズグズするな、整列っ!」
いきなりなセリフに、小娘と呼ばれた者達は仰天してしまう。
それは禿げ上がった頭まで日に焼けた男。
右頬には大きな傷が斜めに走り、への字に曲がった口が気むずかしさと頑固さを見せつけているかのようだ。
なにより、その灰色の目は鷹のように鋭い。そんな眼光で睨み付けられた少女達は、思わずすくんでしまう。
とにもかくにも、四人は横一列に整列した。
「ノエミ君、紹介したまえっ!」
「はっ!
こちらが先日の報告にあった、マテル・エクレジェ女子修道院の生存者であります!
今回、トリニティ軍に従軍聖歌隊として参加する、とのことであります!」
「そうか……」
彼女たちの細い体を射抜かんばかりの視線が、じっくりと四人を観察する。
そして両手を後ろに回し、ツカツカと踵を鳴らして歩み寄る。
「お初にお目に掛かる。
私は今回の聖戦においてトリニティ軍を指揮する、ペーサロだ。
諸君等の参戦を歓迎する」
階級章と勲章が並ぶ濃緑の軍服は、初老とは思えぬ鍛え抜かれた肉体で膨れあがっている。
濃い緑色の軍服には、肩にも胸にも大量の勲章が並んでいる。
胸ポケットの上には、勲章の中に埋もれることなく黒の宝玉が光っている。
その体躯を誇示するかのように、ペーサロ将軍は胸を張って名乗った。
次回、第四話『従軍聖歌隊』
2010年7月27日01:00投稿予定




