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魔王子  作者: デブ猫
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第十五部 第一話  さようなら

 午後の太陽に照らされるオルタ湖。

 何人もの兵士達が桟橋に大きな木箱を積み上げる。

 よいしょっ、という気合いと共に、小舟に乗った兵士へ手渡す。

 そのたびに小さな船は揺れ、重量を増し、湖水が船を濡らしていく。

 兵士の一人が、背が高めの修道女へ話しかけた。


「シスター、これで全部ですか?」

「はい。ありがとうございました」


 答えたのは、細く笑ったような目をした女。

 目は笑っているが表情には疲れが浮かぶヴィヴィアナだ。

 従軍聖歌隊として参加する旨を伝えた彼女は、荷物を運んでくれる兵士達を連れて、島へ戻ってきていた。


 桟橋にいるのは九人の修道女姿の者達。

 従軍聖歌隊として参加する四人の修道女、島に残る五人の修道女、

 それらの中に、トゥーン達魔族、パオラと子供達の姿はなかった。


 荷物を積んだ小舟が桟橋を離れると同時に、空の船が入れ替わって岸につけられた。

 その後ろにも船頭だけが乗る小舟が、修道女と兵士の乗り込むのを待っている。

 話しかけた兵士は、キョロキョロと周囲を見渡す。


「生き残った修道女は、これで全部なんでしょうか……?」

「はい……。

 島にいるシスターは、この九人、だけです……」


 そういって下を向くヴィヴィアナ、それは表情を見られないため。

 多くの姉妹を一夜にして失い、絶望したが故に。

 同時に、嘘を隠すために。

 皇国を裏切り、魔界へ走る決意を読まれないために。

 だが兵士は彼女の表情を読もうとはしなかった。

 代わりにキョロキョロと桟橋にいる修道女達を見つめている。


「えっと……テルニさん、どうかなさいましたか?」

「え、ああ、えっとですね」


 うつむきながら船へ乗り込む修道女達の顔をのぞき込みつつ、若い兵士は答える。


「実は、ジュリオの街を襲った魔族と切り結んだ修道女なのですが……」

「魔族と、切り結んだ……?」

「はい、『鏡』で見ませんでしたか?」

「いいえ……。

 聖堂も崩落し、『鏡』を見ることも出来ませんでした」

「そうでしたか。

 では、誰が街へ向かったかは分かりませんか?」


 ヴィヴィアナは目元に黒い修道服の袖を当て、涙を拭くような素振りをしながら首を横に振る。


「分かりません。

 まだ瓦礫に埋もれるシスター達も多く、誰がどこにいるかなど、とても……」


 その様子にテルニは顔を曇らせた。

 多少、演技力に問題があったかもしれないが、彼は不審には思わなかった。

 視線は遠い空へ、思いは一昨日の夜へと向いていたから。

 その言葉は熱く、握りしめられた拳が震え、頬は僅かに赤く染められている。


「そうですか……名を聞かなかったのが残念です。

 ですが、彼女は必ずや生きています。

 あれほどの力と勇気を秘めた、美しく気高い少女です。

 神のご加護も受け、無事でいることでしょう」

「誰なのかは分かりませんが、そうであることを祈ります。」

「ご安心下さい、軍も全力を持って捜索にあたっています。

 広場での戦闘で負傷はされたでしょうが、他のシスターもいましたから心配はありませんよ。

 きっといずこかで体を休めているだけのでしょう」

「はい……必ず、生きているでしょう。

 では、私達も行きましょう」


 その言葉と残し、修道女達が船に乗り込んだ。

 島に残る五人に手を振って、対岸の村へと漕ぎ出す。

 最後まで残ったテルニが、荷物を下ろして折り返して来た小舟を背にして、修道女達へ敬礼した。


「それでは、シスター達をお預かりします。

 彼女たちは従軍聖歌隊として、トリニティ軍の兵士達を祝福し悪鬼を打ち払うことでしょう」


 その言葉にシスター達も、祈りの所作と共に答える。


「はい。

 私達の姉妹を、どうかお守り下さい」

「私達は神の御許へ旅立った姉妹達を弔わねばなりません。

 この聖戦に随行できないことをお許し下さい」


 もう一度敬礼をして小舟に乗り込んだテルニ。

 だが、長い栗色の髪を揺らしながら心配そうに振り返る。


「その……やはり、自分達と共に、すぐに島を離れませんか?

 残念ながら、トリニティ軍に駐屯軍の大半が編成され、駐屯地に残る兵士は少ないのです。

 その上、救助も復旧作業も街が優先になってしまい、軍は島の修道院へ人員を割けません。

 サクロ・モンテの方もルイーニ司教が失踪してしまい、混乱しています。

 司祭や修道士の方々すらも、この島へ救援を送ることは出来ないかと……」


 その申し出にも修道女達は首を横に振った。

 彼はもはや何も言わず、最後に敬礼をして背を向けた。





 小舟は桟橋を離れ、ほどなくして村へと到着したのが島からも見えていた。

 同時に、島に残った五人の修道女は頷きあい、急いで聖堂跡へと走り出す――地下倉庫入り口へと。

 そのうち一人が入り口をコツコツ叩いた。


「もう大丈夫ですわ。

 出てきて下さい」


 とたんに扉がパカッと跳ね上がり、トゥーンが飛び出してきた。


「ふぅ~。

 狭っ苦しくてしょうがないぜ」


 そしてネフェルティ、リア、クレメンタイン、パオラ、子供達が次々に地上へ飛び出してくる。

 修道服についたホコリを払いながら、エルフは口を開いた。


「まずは第一段階終了ですぞ。

 では我らはすぐに島を出るとしましょう。

 修道服は助かりました、感謝いたします」


 そういって黒い修道服を脱ぎ捨てた下には、インターラーケン出発時に着ていた服。

 動きやすそうな紺色のズボンに薄緑色のシャツ、その上に白いマントをまとってる。

 さすがに黒のトンガリ帽子は被ってないが、代わりにエルフの証たる長い耳を隠す白髪のカツラを被ってる。

 同じく修道服を脱ぐリアは、濃い緑色のキュロットスカートと、同じく濃い緑色の上着を着込んでいる。

 脱いだ修道服を手に持ちながら、小さな頭を傾げる。


「ねぇ、クレメンタインさぁん。

 修道服はずっと着ていた方が良くなぁい?」

「いえ、それは無駄ですな。

 なにしろ従軍聖歌隊に参加する修道女は四人だけですから。

 また、従軍神父として街の教会から神父が参加します。

 偽物を見かければ、すぐに気付くでしょう。

 おまけに男ばかりの軍隊では、女性は注目の的です。顔も即座に覚えられます。

 いくら修道服を着て変装しても、すぐにバレますぞ。

 ならば動きやすい服で、人目を逃れ続ける方がマシでしょう」


 キチンと脱いだ服を畳みながら説明するクレメン。

 俺もようやく修道服を脱げてサッパリした。

 青のマントに茶色のズボン、上着は黒、革手袋に革長靴。

 墜落時に開いた大穴も縫ってもらってあるし、これで動きやすくなった。

 横ではネコ姉貴も黒のレザースーツ、胸のボタンを苦しそうに留めてる最中だ。


「それじゃ、暗くなったらすぐに島を出るニャ。

 オチビちゃん達も元気でね」


 そういってネフェルティは、泣きそうな子供達の頭を撫でていく。

 パオラの妹弟達、オルタ村の生き残りであるガキ共、この六人は連れて行けない。

 多すぎるし、危険すぎる。

 なので彼女とはここでお別れになる。

 パオラは着ていた服が墜落時にボロボロになったり、俺に破かれたり、瓦礫の下に埋まったり。

 で、結局瓦礫の中から引っ張り出した使えそうな修道服を着ることにした。

 その彼女は、涙を流しながらガキ共を一人一人、名残惜しそうに抱き締めてる。


「すまんべ、さよならだべ。

 マルコも、ソニアも、バジーリオも、元気でなぁ。

 街にいるお兄ちゃん達を頼るべ。

 アリチェも、ブルーナも、シスモンドも、達者でよお。

 死んじゃなんねーよ、どんなに辛くても、挫けちゃなんねーだよ」

「うわああん、ねーちゃあん」「嫌だべよぉ、おら達も、連れてってくれよぉ」「なんでなんで、何でお別れなの!?」「あたし達も連れて行ってよぉ!」「良い子にするから、もうおねしょもしないし、お仕事も手伝うから……みんなで街にいようよお、行かないでよぉ!」


 聞き分けなくパオラを引き留め、連れて行って欲しい残って欲しいと泣き叫ぶチビ達を、同じく涙を流しながら頬に別れのキスをする。

 その横ではリアが修道女達に別れの挨拶をしていた。


「それじゃぁ、あたし達は日が暮れたら出るわねぇ。

 あんた達も教会とは縁を切って、上手く逃げるのよぉ」


 島に残る修道女達は次々に頭を下げる。


「はいな、承知してますだ。

 故郷の村さ帰って、静かに目立たンよう暮らすだよ」

「私は……家に帰って、この島であったことを本にまとめようと思います」

「わだすも本を書くだよ!

 教会の罪業、魔界と魔族の真実、何より気高くお優しいトゥーン王子様のこと。

 皆に知ってもらわねばなんねーよ!」

「きっと、いえ間違いなく、禁書にされるでしょう。

 けど……でも、神父様のような理由であっても、真実を追う方は必ずいます!」

「待ってて下せえ。

 トゥーン様と魔王様が求める、人間と魔族の仲直り。

 必ず、そのお手伝いをしますだよ」


 その言葉にはリアも、横で聞いてる俺も困ってしまう。

 人間の力は強大だ。その技術水準も工業力も魔界を上回ってる。

 そして教会が、どれほど見事に人間の心を支配してるか、本当に思い知らされた。

 ハッキリ言って年若い修道女、いや既に元修道女か、こいつらに対抗できる存在じゃない。


 だがこのままでは、魔界と神聖フォルノーヴォ皇国の、教会と魔王一族の、全面衝突が起きる。

 恐らく世界が終わるレベルの、破滅的戦乱。

 しかも魔族側の圧倒的不利な戦況だ。

 この程度からでも始めないと、いやここから始めないと、勝利も講和も有り得ない。

 だが、正直コイツらには、荷が重い。


 どう答えたものかと困ってリアの方を見る。

 青い眼も答えに困って俺を見上げていた。

 ふぅ……と息を吐き、思いつく言葉を繋げてみるしかなかった。


「まぁ、気持ちは嬉しいぜ。

 でも無理はすんな。

 せっかく助かったんだから、危険なコトはしなくていい。

 達者で暮らせよ」


 修道女達が俺の前に並ぶ。

 その目には傾き始めた太陽の光で輝く涙が溜まっていた。


「トゥーン様、そして魔族の皆様、本当にありがとうございました」

「皆様のことは一生忘れねーだよ」

「無事に故郷へ帰れることを神に……あ、いえ、その、えーと……何に祈ればいいのかしら?」

「う~ん……?

 あたし達は修道女辞めるし、もう信仰も捨てちゃうし、そもそも魔族の方々に人間の神の祈りなんて。

 でも、どうすればいいんだろ?」

「えと、えと?

 困ったべや、こんな時、何を言えばえーんだか?」


 修道女達も何を言えばいいのか困ってしまった。

 胸の前で祈りのために組もうとした両手が、行き場を失ってフラフラしてる。

 ま、そうだろうな。昔からの習慣をいきなり変えようとすれば、どうしたらいいのか分からなくなる。

 その様子を見ていたクレメンタインが、助け船を出してくれた。


「こういうときは、『ありがとう、さようなら、お元気で』といった言葉だけでよいと思いますぞ」


 優しく微笑んだエルフの言葉に、娘達の顔も明るくなる。

 宙をさまよってた両手を太ももの前に置き、そろって深々と頭を下げた。


「ありがとうございました」

「さようならだべ」

「どうか、お元気で」

「必ず無事に故郷へ帰って下さい」

「残った子供達の事は安心して下さい。

 私達が必ず行き場を探し、大人になるまで面倒を見ますから」


 その言葉に、パオラは今度は仲間達に泣きながら抱きついた。

 娘達は肩を抱き合い、別れのキスを交わし、日が沈むまで泣き続けた。





 こうして俺達魔族とパオラは島を後にした。

 真っ暗な湖面の上、穴が空いて沈んだままになってた小舟を応急修理して走らせる。

 村と反対側、森の方へ向けて。


 目的地はメルゴッツォ駐屯地。

 従軍聖歌隊の手引きで、トリニティ軍に潜入するために。

 極めて困難だが、不可能じゃない。


 ヴィヴィアナ達から駐屯地の情報は簡単にだが手に入れた。

 トリニティ軍の陣容も少し分かった。

 やつらは三つの部隊にに分かれ、順次出陣する。

 できれば先陣を切る部隊に潜入したい。

 でなければ間に合わない。


 どんなに難しくても、やるしかない。

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