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魔王子  作者: デブ猫
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     第四話  純情×愛情÷2=?

 深夜。

 いや、もうすぐ夜明けだな。東の空が明るくなり始めてる。


 島でやるべき作業も、なすべき相談も、全て終えた。

 姉貴と俺の情報は全て吐き出した。

 姉貴が持っていた宝玉の一つ、白の宝玉。それは映像を記録するためのもの。それに撮られた陣地や兵装とかの情報も確認した。

 クレメンの立てた作戦は、全員が頭に叩き込んだ。


 今は島の片隅、桟橋近くで多くの修道女と共に、ガキ共も俺達魔族も火を囲んで休んでる。

 ガキ共以外、女達は全員が修道服を着込んでる。

 ネフェルティも耳と尻尾を隠せば人間に見えるから、全員が修道女に変装できる。

 リアだけは微妙だが。


 残りの修道女、ヴィヴィアナはイラーリア他数人の修道女を連れて、東の対岸にある村へ渡った。今頃はメルゴッツォ駐屯地にいるだろう。

 マテル・エクレジェ女子修道院の修道女が、従軍聖歌隊としてインターラーケンを侵攻するトリニティ軍に参加することを伝えるために。

 駐屯地とトリニティ軍の、さらに詳細な情報を得るために。

 そして、その中に俺達魔族が紛れ込むために。


 クレメンタインの策、それは従軍聖歌隊。


 軍にも司祭や僧侶は参加する。それは各魔族も人間も変わりない。人間達は従軍神父とか呼んでいる。

 軍隊内でも各種宗教儀式は行われる。礼拝、結婚式、精神教育等だ。

 そして従軍神父も軍人であり、第一線に赴く。死者達に「最後の祈り」を捧げる、重要な任務を受け持つ。

 魔族の中には自ら棍棒を手にして最前線に立つ、血の気の多い司祭もいる。人間の場合は積極的に戦うわけではない。

 戦況次第では修行で身につけた魔法を駆使して戦うことも当然だが。

 人間達の間では、神学校を卒業して神父の資格を持つ者が就く。

 士官として扱われ、なかなか人気のある兵科らしい。


 そして、従軍聖歌隊もいる。

 人間の宗教儀式では歌と音楽が重要だそうだ。

 で、神聖フォルノーヴォ皇国は従軍聖歌隊も設立した。

 実際、ヴォーバン要塞の映像にも聖歌隊がいた。あのとき、白い服を着た少年少女が死兵達のために歌を捧げていた。

 もちろん戦況次第では従軍聖歌隊も魔道師団へ早変わりする。修道院での訓練と聖具を駆使して戦うそうだ。


 修道女達の手引きで従軍聖歌隊に紛れ込む。それが策だ。

 従軍聖歌隊に紛れて侵攻軍と一緒にトンネルを通過、インターラーケンへ帰還。

 そして、まだ滞在しているはずのリザードマン竜騎兵団・エルフ魔導師、ドワーフ技術者、何よりルヴァンと共に戦うこと。


 当然、トリニティ軍でも一応の警戒はしているだろう。

 普通に忍び込もうとしても、『魔力探知』『探査』等の探知魔法を逃れるのは困難だ。

 俺達の機体を発見したときのような探知魔法を一度でも使われれば、巨大な魔力の塊である俺やネフェルティは一瞬でバレる。

 魔力そのものは隠せないので『穏行』で姿を消しても無駄。

 だから本来は使えない手段だ。


 だが内部からの手引きがあれば、探知魔法を回避して忍び込める、かもしれない。

 侵攻軍が地上へ飛び出すと同時に、俺達も魔界へ帰るんだ。

 そして逆に侵攻軍へ奇襲を加え、ルヴァン達と共に挟み撃ちにする。

 もはや、これしか手段は残っていない。


 生き残った修道女達の半分、パオラ含めて五人が協力してくれることになった。

 残りの修道女は島に残り、死者達を弔ってから故郷に帰る。

 トリニティ軍に入る連中も、出発までは葬儀を手伝う。

 俺達も瓦礫をどかすのを手伝い、使える物を掘り出した。


 疲れ果てた修道女達は、瓦礫から引っ張り出した布にくるまって、泥のように眠っている。

 リアもクレメンタインもネフェルティも同じだ。

 俺はさっきまで寝ていたが、火の番になったので交代で起きた。


 パチパチと弾ける音と共に木片が炭へと変わる。

 少し離れても大丈夫だな……そう思って腰を上げる。

 桶と綺麗な布きれを手にして、桟橋とは島の反対側へヒョイヒョイと瓦礫の山を渡って行く。

 回りが女ばっかで、トイレも潰れたからな。

 見つからないように気をつけないと。



 狭い岸辺でトイレついでに、体を洗うことにする。

 もう汗くさくて泥まみれ、汚くてしょうがない。

 桶に水を汲み、『炎』を付与して熱めのお湯にする。

 服を全部脱いで、お湯を頭から被る。

 おー、気持ちいい!

 何度もお湯を被ってから、さらに布で体をあちこちこする。

 落ちるわ落ちるわ、石けんもないのに、布があっと言う間に汚れてきた。

 髪からは泥やらなんやらボロボロと。

 ふぅ~、さっぱりしたぜ。


「……トゥーン様ぁ」

「ぬぅお!?……って、パオラかよ。

 脅かすな」


 後ろを見れば、崩れかけな壁の端に長い銀髪がのぞいてる。

 恥ずかしそうに隠れてるパオラだ。

 こっちも裸だから、ちょっと恥ずかしい。思わず下を隠してしまう。


「なんだ、お前もトイレか。すぐどくから」

「い、いんや、違うだよ。トイレじゃなくて、そぉのぉ~」


 言いにくそうにモジモジしてる。

 何だろう、と思いつつ、最後にざっぱんとお湯を頭から被る。

 急いで体の水滴を拭き、服を身につける。


「お前も湯が欲しいか?

 なら桶の水を温めておくから、使えよ」

「はぅっ!……うぅ、そのぉ~……」


 なんか変なリアクションをしつつ、真っ赤になりながら壁から顔を覗かせた。

 城で侍女見習いみたいなのをしてたんだから、俺の着替えを手伝うときに体も見たろうが。

 つか、山小屋で、あうう。

 今さら恥ずかしがるなよ、なんかコッチまで恥ずかしくなってくる。


「い、行くからな!」


 横をすり抜けて戻ろうとしたら、細い手が俺の腕をひっぱった。

 なんか、潤んだ目で、俺を見つめてくる。


「……ぃだ」

「ぁん?」


 うつむき、あさっての方を見ながら蚊の鳴くような声で、何かを呟く。

 何を言ったのかと顔を覗き込むが、ガチガチに緊張しているようだ。

 腕をつかむ手も震えてる。


「抱いて……欲しい、だ」

「え」


 今度はコッチが固まる、つか、あの、えと……。

 だ、抱く?

 抱くって、えと、この場合、文字通りの、抱き締める、かな?


「女に、してくんろ」


 そういって、パオラは俺の胸に飛び込んだ。

 いやいやいやいやいやいやいやいああいやいあいあやいあ。

 硬直して動けないって、マジで、えと、どうすればいいんだ!?

 どうしろってんだよ、いきなりなんだよぉっ!


「もう、修道女はやめるだ。

 人間も、神様も捨てて、魔界へ行くんだぁ。

 頑張って、立派な魔族になるだよぉ。

 だから修道女の誓願は破らねばなんね。貞潔も従順もポイだべ。

 これからは、今からは、トゥーン様のためだけに生きて、死ぬだよ。

 だから……」


 引きしまった細い腕が、俺の背中にまわる。

 小刻みに震える細い体、ささやかな胸のふくらみが押しつけられる。

 熱い吐息が耳にあたる。


「抱いて、くんろ。

 身も心も、トゥーン様のモンに、してくんろぉ」


 ぴったりと寄り添う細い華奢な体。

 だけど頼りない感じはしない、山の生活で鍛えられてたからだろう。

 そして、柔らかい所は柔らかい。

 押しつけられる、少女の体。


 頭が白くなった。

 何も考えず、唇を奪っていた。

 抱き締めた。

 荒々しく魔力ラインが暴れる腕で、それでも必死で優しく、背中に腕を回す。

 でも丁寧に服を脱がしていられるほど、冷静になれなかった。岩をも穿つ爪で、黒い修道服を一気に引き裂く。

 彼女の小さな悲鳴は、布を切り裂く音にかき消される。

 まだほの暗い早朝、僅かな光にもパオラの白い体は輝いてる。

 互いの舌が互いの頬を、耳を舐め、ゆっくりとうなじへ――



――殺気!



 首筋に、凍り付くような殺気が刺さった。

 魔王の血筋を震え上がらせる、地獄の最下層に横たわる氷河のごとき、殺気。

 気のせいなんかじゃない。確かに、俺の背後から……。



「……ぱぁ……おぉ……らぁ~~……」



 地獄の底から響く声。

 俺の全身から脂汗が流れる。抱き締めてるパオラの白い肌にも、一面に冷や汗が浮かび出す。

 後ろから聞こえてきた声は、振り返るまでもなく、誰かは分かる。

 いや、分かりたくない。

 分かりたくない分かりたくない分かりたくない。

 でも俺の背後へ面と向かってるパオラには分かってしまった。

 恐らく、目も合ってるだろう。


「り、リアさん……」

「パオラああああああああっっっ!!!」


 風が動く。

 音と大気の流れから背後の動きを読み取る。

 瞬間、パオラを抱き締めたまま身を伏せた。

  ビュンッ!

 頭上を何かが飛んでいった。

 瓦礫から引っ張り出したらしい木片が、ボッチャンと湖面に落ちる。


「ま、待てっ!」


 慌てて振り向いたら、目の前に石。

  どごっ!

 鈍い音を立てて、石材の破片が額に直撃した。


「なによぉ、なによぉっ、なによおっ!

 あたしを、このあたしを差し置いてぇ、どういうことよぉっ!」

「いやっそのっ違うんだっ!

 は、話をををっ!?」


 ブロックが、材木が、割れた皿が、なんだか分からないものが。

 手当たり次第に投げつけられる。

 パオラを下に庇ってるもんだから、動けないし避けれない。

 次々と飛んでくるのがボコスカと当たる、痛い痛い。

 話も聞いてくれない。

 背中にも後頭部にも、ひっきりなしに衝撃が来る。


 頭を伏せて耐えていたら、しばらくすると、何も飛んでこなくなった。

 恐る恐る顔を上げてみると、目の前にリアが座り込んでた。

 木の棒を片手に握ったまま顔を伏せてる。

 地面にポタポタと雫がこぼれ続けていた。

 ヒック、ぅぐ……という嗚咽が聞こえる。


「リア、これは、その……」


 おずおずと起きあがり、小さな肩に手を置こうと右手を差し伸べる。

 だが、パシィッ、と払われてしまった。

 朝日でキラキラ輝く涙が弾ける。


「触らないでよぉっ!」


 そして、今度はわんわんと泣き出した。

 目の前の俺とパオラのことなんか気にもせず、大声で泣き出した。

 ようやく体を起こしたパオラが困惑した視線を俺に向ける。

 つったって、俺には、どうすりゃいーのか。


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