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魔王子  作者: デブ猫
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     第二話  現状を

「なんと……生き残ったのは、ここにいる者達だけだと?」

「はい……地下倉庫に隠れていた者達と、街から逃げてきた子供達だけです」


 生き残っていた中で一番年長のヴィヴィアナが、中年の兵士の前に立つ。彼女の後ろにはイラーリア。

 他の修道女達と子供達は、力なく広場の片隅にうずくまる、フリをする。

 リアとクレメンタインも修道服に身を包んで、シスター達の中に隠れつつ様子をうかがう。

 そして俺は修道服を脱ぎ、最初に着ていた服へ着替えている。パオラとその弟妹達の近くで座りこみ、こいつらの兄のフリ。


 島に上陸した初老の修道士二人と兵士二人は、火災で焼け落ち死体が折り重なる修道院の有様に仰天していた。

 卒倒と嘔吐を繰り返す修道士達と若い兵士を瓦礫の横に休ませて、中年の兵士が事情を尋ねる。

 中年男はあまりに陰惨な光景に顔を青ざめながら、質問を続けた。


「一体、どういうことなのだ!?

 まさか、この島も、例の魔族に襲われたというのかっ!?

 さっきの聖堂崩落は!?」


 ヴィヴィアナは弱々しく首を横に振る。


「分かりません……。

 私達は院長と神父様に、訳も分からずいきなり地下倉庫へ押し込められたのです。

 地上からの轟音に打ち震える私達が、静かになってから恐る恐る出てきてみると、既に……この有様でした。

 聖堂は、我らが地下倉庫から出るのを待っていたかのように、崩れ落ちました。

 恐らく、私達が安全に聖堂から出れるまで、神と神父様方が支えていて下さったのでしょう」


 そこでヴィヴィアナは顔を両手で覆い、シクシクと泣き出した、フリをする。

 もちろんイラーリアは泣き真似をする彼女の背をさすって慰めるフリ。

 だが冴えない中年兵士は神妙な顔つきで、彼女の細い肩に手を置いた。

 ようやく吐く物がなくなった修道士二人と若い兵士もやってきて、必死な演技をする娘達に慰めの言葉をかけてくる。


「恐ろしいことです……。

 ですが、神はあなた方を守って下さいました」

「そうですね。

 ブラザー・ドメニコとマザー・ロミーナ、そしてシスター達は、天国の門をくぐっていることでしょう。

 これも神の試練です。

 深き祈りがあなた達を救います」

「逃げてきた街の連中も、無念だったろうよ……うぷ。

 ようやく助かったと思った途端に、これたぁな。

 とはいえ、例の魔族は俺達軍人がとっくに倒したからな!

 安心してシスター達は葬式の準備をしてくれよ」


 修道士二人は祈りを捧げ、若い兵士は元気づけてくる。

 その様子には、司教の異端審問とか魔王一族の侵入とかは無関係そうだ。

 本当に、全く知らないのか?

 最初に尋ねてきた中年の兵士が、パオラに向かって質問を続けた。


「それで、実は、我らトリニティ軍は従軍聖歌隊が必要なのですが……」

「トリニティ軍……とは、何でしょうか?」


 キョトンとしたイラーリアに、兵士が慌てて解説する。


「ツェルマット山の向こう、魔族を駆逐するべく魔界へ侵攻する我が軍の名です。

 栄光ある神の世界を取り戻すべく集結した我らに相応しい名を、ということで『トリニティ』の名が付けられました」

「そうでしたか。それで、従軍聖歌隊が……」

「ええ。従軍神父は、街の教会から数名の神父の方々が参加して下さいました。

 サクロ・モンテの修道士の方々も、街で負傷者の救助と犠牲者達の葬儀を行っている所です。

 それで、あの、従軍聖歌隊なのですが……」


 冴えないオッサンの兵士は、生き残った修道女達を見る。他の修道士も、控えめに周囲を見る。

 そこには焼けこげた修道院と、修道女達の死体と、疲れ果てた生存者達がいる。

 怯えきり、疲れ果て、立ち上がる気力もない娘達が。

 四人の男達は揃って、「ふぅ……」と溜め息をついた。


「どうやら、今は無理のようですね」


 イラーリアと、ようやく泣き真似を止めたヴィヴィアナが小さく頷く。

 力を振り絞って立ち上がったフリをしながら、兵士達へ頭を下げた。


「申し訳ありませんが、今はお力になれそうにありません。

 皆、昨夜の襲撃で多くの姉妹と神の家を失いました。

 悲しみの底に沈み、立ち上がる気力もありません。

 また、この瓦礫の下に埋もれる姉妹達も弔わなければならないのです」


 イラーリアも頭を下げて話を続ける。


「信仰に身を捧げた者として、信徒としての職責から目を逸らすつもりはありません。

 ですが、見てのとおり、生き残ったのは若輩者ばかり……。

 どうか我らの未熟をお許し下さい」

「分かりました。

 ですが、このような屋根も何も無くなった場所では、夜も明かせないでしょう。

 街では軍が救助活動を行い、人々は避難所へ避難しています。

 皆さんも、どうか無理をせず避難所へ移動して下さい」


 頭を下げる二人を前にして、兵士達と修道士達は目を合わせ、同じく頭を下げた。

 四人は「どうか、気を落とさずに」「神は我らを等しく守り導きます」とかの言葉を残し、島を去っていった。



 全員が、小舟が去ったのを確認する。

 そして、修道女達は「ぶふぅあ~!」「た、助かりましたわ……」と、安堵の息を盛大に漏らした。

 俺の隣で事態を見守っていたパオラも、力が抜けてへたり込んだイラーリアとヴィヴィアナの側に駆け寄る。


「いんやー、上手くいっただなやぁ!

 お二人とも、お疲れ様だぁ。ご立派だべよぉ」


 他のシスター達やガキ共も駆け寄って、二人の名演技を褒め称える。

 横にいる長身の修道女、の格好をしたクレメンタインも額に浮いた汗を拭いている。


「予想はしていましたが、なんとかしのぎ切れましたな」

「本当ねぇ、さっすがエルフの学芸員だわぁ」


 その後ろからヒョコッと出てきたのは、同じく修道服を着込んだリア。

 やっぱり体格が小さすぎだが、顔をヴェールですっぽり隠せば、特別小柄な修道女と見えないこともない……かな?


「ともかく、これでかなりの時間が稼げるぜ。

 さすがはクレメンタインだな」


 少し照れて、それでも「当然のことです」と澄まし顔。

 だが本当に手柄だ。

 人間達の状況を正確に把握し、この僅かな時間に俺達が次の行動に移るための時間を作ったのだから。

 おまけに修道女達まで助けた。

 クレメンタインの持つ知識と、俺や修道女達からの情報を総合した結果、どうやら現状は最悪までには至っていないと分析してくれた――





――まず、勇者に関するクレメンタインの情報だ。

 勇者は一旦死ぬと、奴が持つ情報自体は、人間全軍に伝わるまで二週間はかかる。

 そして、次に姿を現すまで更に二週間以上の時間が必要になる。


 過去、トリグラヴ山にラーグン兄貴が来て間もない時のこと。

 敗走する人間の軍を追撃したとき、魔王軍の横っ腹に勇者が突然出現して、大混乱に陥った事があった。

 本陣のすぐ近くで暴れ回っていたため、ラーグンも出陣して倒したわけだが、このとき兄貴は勇者に名乗りを上げた。

 それから戦線は一進一退の状態になった。

 が、その二週間後から人間達は「魔王の眷属、ラーグンを出せっ!」とか、「悪魔ラーグンよ、一騎打ちを所望する!」とか、「前線に姿を現さぬラーグンは腰抜けの小悪魔だなっ!」なんて叫びだした。

 もちろん兄貴は冷笑して無視。

 つまり、勇者は復活するのに二週間かかる。そして前線に舞い戻るには、さらに二週間かかった。

 ならば、俺がオルタに現れたという情報は、二週間経過しないと広まらない。



 次に、教会と軍の連携は薄い。

 司教は明らかに勇者が魔族のフリをして街を襲うことを知っていた。

 そして修道院も魔族襲撃に見せかけて皆殺しにする気だった。

 でなくば昨夜を選んで来たはずがない。


 だが司教は、勇者がいつ、どこから、どこへ移動するかは正確には知らなかった。

 何故なら、街の襲撃と修道院の襲撃が同時だったからだ。

 ほぼ同時に複数箇所を襲撃したら、魔族が一体だけという筋書きが組めない。

 修道院はオルタ村から町までのルート上にもない。勇者が扮する魔物の通らない場所を襲撃してしまった。

 つまり、司教は勇者の正確な行動計画を知らなかった。

 そして軍も司教の暴走を止めることが出来ていない。

 ならば、軍は司教の行動や目的を知らない可能性が高い。



 さらに教会内部でも、司教の修道院襲撃を知るものはいないはず。

 異端審問も裁判だ。開廷には教皇回勅に従った正式な訴訟手続きが必要で、被告人には証人を喚ぶ権利がある。傍聴人もいる。


 そうなると、神父が異端審問された理由を公衆の面前で読み上げねばならない。

 有罪とするためには証拠品たる禁書の提示も必要。

 つまり、自らの管轄で異端が現れたという事実を公にする必要がある。

 しかも人々の信頼厚き神学校教師のブラザー・ドメニコと、その教えを受けた修道女達が、まとめて異端という、一大スキャンダル。

 司教はこれを闇に葬ろうとしたのだ。


 神父に宣告した異端審問など、大義名分に過ぎない。

 本当は正式な審問を開きたくなかったから秘密裏に虐殺しようとした。

 ついでにこっそりと、教義上禁じられた欲望を満たしたかったのだろう。


 ならば、司教は昨夜の件を極秘にしていたはず。

 知っていたのは実行犯である助祭二名のみの可能性が高い。

 司教の行き先は誰も知らない。



 いずれにせよ、オルタ全域を巻き込んだ虐殺・火災。

 大混乱に陥った現状で、『司教失踪』と『女子修道院の異端疑い』を結びつけ、トゥーン達魔族の潜入に気を回す余裕はない。

 つまり瓦礫の下から司教の死体が出るまで、修道女達は疑われない。


 それも大被害を受けた街が優先となるだろうから、相当に遅くなる。

 もしかしたら、このまま修道院は放棄されるかも。

 余計なことさえ言わず、知らぬ存ぜぬを通せば、十分に時間が稼げる。

 真相を闇に葬ることも可能――





――そう予想して、修道女達には知らんぷりを装わせた。

 結果は予想通り。

 軍の連中も修道士達も、「司教はいずこか」「魔族と切り結んだ修道女は誰だ」なんて尋ねなかった。口にもしなかった。

 と言うわけで、修道女達は安堵のあまり腰が抜け、地面にへたり込んでいるわけだ。


「……と、予想はしていたのですが、正直、賭でしたな。

 ともかく、これで我らは秘密裏に街を去ることができますぞ。

 修道女達も、いずこかへ逃げるがよいでしょう」


 クレメンタインの言葉に、肩を抱き合う修道女達は今度は安心して泣き出す。

 その中から、パオラがトコトコと俺の前にやってきた。


「トゥーン様。こんから、どうすべや?」

「これから、だと?」


 決まってる、決まり切ってる。

 握り拳を前に、決意する。


「人間共のくだらねえ悪巧みも、薄汚ねえ欲にまみれた俺の領地への魔手も、全部まとめてぶっ飛ばしてやるぜ!!」

  シュンッ!

 俺の頭があった位置から風を切る音がした。

 素早く身を逸らして、瓦礫の向こうから飛びだしてきたバカ姉貴のネコパンチを避けた。

 悔しげにネフェルティが牙をむく。


「うぬぬ、腕を上げたな弟よ」

「何度も喰らうか」

「ともかく、まとめてぶっ飛ばすのは却下ニャ」

「なんでだよっ!」


 まぁ、言われるとは思ったけどな。

 そしてネフェルティは、言われなくても分かってる話をしてくれやがる。


「あ~の~ね~。

 あたしとトゥーンだけで、あんな大軍と戦えるわけニャいでしょ?」

「そうでもねーさ。

 俺が派手に暴れ回るから、姉貴は『穏行』で、後ろの偉そうな奴らをサックリ殺ってくれよ」

「う~にゅ、それでいけるかなぁ?」

「だからぁ、そんなのはほっといてぇ、早く逃げましょうよぉ!」


 横から口を挟んだのは、今度はリア。

 久々に背中から羽を出して宙を舞っている。

 もう逃げる気マンマンって感じだな。


「いくら勇者がいないからってぇ、人間達が大軍なのとぉ、すっごい兵器を山ほど用意してるのは変わんないのよぉ?

 勝てるはずないじゃないのよぉ!

 そんなことよりぃ、早く山を越えましょぉ。今なら街でコッソリ装備をかき集めることも出来るかもぉ」

「無理だな」


 あっさり逃亡案を否定されて、リアは頬を膨らます。


「確かに今なら山を越えれるだろうさ。

 地図もあるから、山を迂回する事も出来る。

 だが、当然それには相当の時間がかかる。

 俺達が魔界に戻った時には、インターラーケンは人間に占領されてるぜ」

「あぅっ!

 えぇ~っとぉ、そのぉ……そうよ!

 今インターラーケンにはぁ、ルヴァン様達がいるしぃ、そう簡単にはいかないわぁ」

「ルヴァンは出発時、魔力が空だったのを忘れたか?」

「あぁ……」

「そういうことだ。

 ルヴァン兄貴でも、魔力が足りなきゃ話にならない。

 おまけに俺の領地にいるのは非戦闘員と寄せ集めだ。

 人間に占領されたインターラーケンへ戻っても意味がない。

 ついでに言うと、山越えで俺達も魔力が空だろうさ」


 おしゃべりのリアが肩を落として黙り込む。

 故郷へ逃げ帰るのが無理となれば、落ち込むのもしょうがないだろう。

 そして妖精に人間の大軍と戦うなんて悪夢だ。

 姉貴の方は頭を振って溜め息をつく。


「つってもだニャ~……。

 人間の大軍と戦えば、結局魔力が空ニャ。

 それじゃ勝てても、そのあと逃げるの無理だし帰れニャい。

 でも人間の増援はドンドン来るわけで、それじゃやっぱり助からニャいし~」

「つったって、このままじゃ魔界は滅ぶ。

 ほっとくワケにはいかねーだろ」

「うんにゅ~……手持ちの宝玉は四つだけだけど、これでなんとかなるかなぁ?」


 そういって姉貴がポケットから取り出したのは、白・赤・透明・青の宝玉。

 機体からの脱出時、服のポケットに入れてたヤツか。


「お、良いの持ってるじゃねーか。

 早く言えよな。」

「いやー、時間がニャくて話してる暇にゃいんだもん。

 宝玉は消えないから『穏行』中は持てにゃいし、トゥーン君は魔力ほとんどニャくしてたから使えにゃい状態だったしね」

「そか、まぁいいや。

 とにかく、これで大分マシに戦えそうだな」


 勝ち目は少ないかもしれない。

 だが魔力満タンの魔王一族二人がいれば、勝算は十分だろう。

 対して逃げれば魔界は終わりだ。無敵の要塞と化したインターラーケンから次々と侵略される。

 やるしかないし、俺達ならやれる。


「少し、よろしいですかな?」


 黙って話を聞いていたクレメンタインが手を挙げた。


「時間も少し稼げたことですし、ここは基本に立ち返りましょう」

「基本、つーと?」

「情報です。皆に話を聞こうかと」

「おいおい、そんな暇はねーぞ」

「いえ、危地においてこそ、情報と分析は価値を持つのです

 後先を考えぬ蛮勇は死を早めるのみ」


 そういうとクレメンはパオラをはじめとした修道女全員を見渡した。


「今少し、私の問答に付き合って頂けますかな?」


 パオラはコクリと頭を上下させる。

 他の者もぎこちなく頷く。


「もちろんだぁよ。答えれる事なら、何でも答えるべ」

「では、色々と教えて頂きたい。

 まずは、そうですな……」


 その問答は延々と続いた。

 どこが少しだよ。


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