第十四部 第一話 絶望か、希望か
拳を握りしめて仁王立ちする。
人間の娘達は遠巻きにして、近寄ろうとしない。
ジロリと見渡せば、並ぶ目には恐怖が浮かんでいる。
怯えて縮こまり、肩をすくめ、蛇に睨まれた蛙のように体が動かないようだな。
リアとクレメンタインは駆け寄って来る。
「トゥーン様ぁ、大丈夫ぅ?」
「どうやらご無事のご様子、幸いです。
それにしても、完全に魔力が回復しましたな」
「おうっ!
全く、これで大丈夫だぜ。
今すぐインターラーケンまで走ってやらあっ!」
「やったぁっ!
これでもう大丈夫ですねぇ」
リアが首に抱きついてくる。
これでもうコソコソするのは終わりだ。
今ならマジで城まで走って帰れる気分だぜ。
リアもクレメンタインも姉貴もいる、魔力も満タン、これなら山越えに問題はない。
後は急いで魔界へ帰って、人間界の情報を伝えるんだ。それで全ての任務が終わりだぜ。
「よーっし!
姉貴、さっそく帰るぜ。急いでクソッタレな人間共の悪巧みを伝えないとな」
「あ、お、お待ち下さい。
トゥーン殿、とにかく今は」
「んだよ、おクレ……あ、そーだな。
こんだけふざけたマネをしてくれた人間共に、礼の一つもしてやんねーとなっ!
つーか、そもそも魔界に一旦戻る必要もねーのか。そだな、俺と姉貴でトンネルと陣地をぶっ壊してくのもいいな」
瓦礫の中に響き渡る俺の言葉に、娘達は小さな悲鳴をあげて震え上がる。
ふん、いま頃になって魔王の力と恐ろしさに気付いたか。
クレメンまで、なんだか慌ててるな。
「いや、ですから落ち着いて下さい!」
「あん? まだ何かあんのか?
山越えの事なら安心しな。魔王一族が二人もいるし、夏山だし、なーんも怖がる必要はねーぜ」
何か必死に話しかけてくるようだけど、その背中をバンバン叩いて安心させる。
だけど、それでも何か不安げな顔をしてる。
こいつは心配性だな。
「で、ですから、まずは話を聴いて下さい!」
「けっ! ウダウダしゃべってる暇はねーぜ。
急いであの陣地ぶっ壊して山越えだ。
すぐにこんなクソみてーな場所からおさらばして」
ぼかっ!
目の前に、本当に星が飛んだ、気がした。
いきなり姉貴の鉄拳が頭のてっぺんを殴りつけやがった。
「あ、あにすんだよ姉貴!」
「だ~か~ら~、短気は損気だって言うの!
まずは落ち着きニャよ。
それで、クレメンちゃんの話を聞くの!」
「そ、そう言えばいいだろうがよ。いきなり殴ンな!」
ブツクサ文句を言いながらも、とにかくクレメンタインの話を聞くことにする。
そのクレメンはコホン、と一つ咳払い。
「そ、それでは、とにかく話を聞いて下さい。
えと、ここはホコリっぽくて話しにくいですので、ちょっと移動しま」
「あぁっ!?」
急に悲鳴が上がった。
思わず全員の視線が向く。すると、広場の一番後ろにいた修道女の一人が東を指さしてる。
その指先へ視線をずらすが、ここからだと瓦礫の山しか見えない。
だが近くにいた他の修道女からも「た、大変だわっ!?」「どうしましょう、どうしましょう」という困惑が広がっていく。
「……なんだ?」
俺達魔族も瓦礫の上にヒョイと上がって、東の方を見る。
すると、湖の上に小舟が見えた。
この島へ向かってくる小舟、乗っているのは修道服と軍服の男達。
なるほど、被害確認のために、崩壊した修道院を調べに来た連中だな。
首を左右に振り肩もストレッチ、手首の関節もゴキゴキ鳴らす。
「んじゃ、まずはあいつら殺るか」
「ですからっ! 慌てないで頂きたい!」
クレメンはすがりついて俺を止めにかかる。
だが、あいにく慌てずにすむ状況じゃ、ねーんだよな。
「悪いが、もう時間は無いぜ」
「ま、待ってくんろぉ!」
パオラまで駆け寄ってきた。
俺が立ってる瓦礫の下で、必死に懇願してくる。
「そんな、これ以上の殺生は、止めてくんろっ!
おねげーだよぉ、罪もない人達に、酷いことしねーでくんろ!」
「罪が、ない……ねえ?」
横目で小舟の方を見る。
普通にオールで漕いできてる。どうやら魔法に長けた連中ではないようだ。
ゆったりノンビリと島へ近づいてくる。
「俺達を、魔族をぶっ殺す連中だ。
魔族にとっちゃ、それで十分だろうが」
「そ、それは……!
だども、きっと、話せば分かるだよ!
シスターのみんなだって、分かってくれたべよぉ!」
「そりゃあ話せば分かるさ」
「そうだべ! 話せばみぃんな分かってくれるだよ」
「分かったおかげで死体にされたな」
「……!」
痛烈な皮肉。
言葉に詰まったパオラは周りを見る。
広場に並べられた死体、周囲に積み上がる瓦礫の下にも死体。
話す暇すら与えられなかった、哀れな犠牲者達だ。
「あと、お前も殺されるぜ。生き残った修道女達も、全員な」
「そ……それは、だども……」
「同じ人間だから、同じ神の僕だから、分かり合える……か?
そこで埋まってるウジ虫にも、そのセリフ言ってみるか?」
瓦礫の山と化した聖堂をクイッとアゴで示す。
もう何も答えることはできない。
出来るはずがない。
「諦めな。
お前にも、他の修道女にも、もう人間の世界に居場所はない。
一生、日陰者として逃げ回るんだな。
せいぜい、俺達が今から大暴れするのに、巻き込まれないようにしろ。
そうすりゃ、とりあえず命だけは助かる」
「だ、だども!」
諦めきれないパオラは、なおも食い下がる。
けどな、時間がねーんだよ。
例の小舟が、かなり近くまできちまったからな。
「もうしゃべってる時間はねえぜ。
勇者は俺の顔を知っている。奴が復活すれば俺の情報が人間共に伝わる。
そして、お前の顔も……な」
「わ、わだすの、顔?」
「忘れたか?
お前は勇者と一緒に山へ登り、魔界へ落ちた。
それがバレたら困る、というわけで苦労してきたんだろうが」
「あ……」
こいつ、本当に忘れてたな。
まぁ、パオラらしいっちゃらしいけど。
「つか、とっくに人間の全軍が周辺に包囲網を敷いてるだろうな。
おまけに、異端審問のため島に向かった司教が死体になってて、皆殺しにするはずの修道女が生き残ってて、その側にいるのは魔族。
もう小細工は通じねーよ。急がねえと湖を包囲されるぜ。
その前にこっちから討って出るのが一番だ」
「いえ、そうとも限りませぬ」
「なぬ?」
横で黙って話を聞いていたクレメンタインが割って入った。
だが、この状況で何をする気だ?
俺の当然の疑問には答えず、代わりにクレメンタインは周囲を見渡した。
自分達を庇護するはずの司教に夜襲をかけられ、居場所を無くし、もはや絶望の底にいる修道女達を。
「娘達よ!」
いきなり大声で呼びかけられ、皆ビクッと怯える。
再び泣き出しそうになっている連中へ、魂へ直接に訴えかけるように、強く語りかけた。
「そなた等も、このままでは修道院に、いや、人間界に居場所はない。
司教の死を知った教会は、必ず事の真相を探る。
その時、異端の書を目にし、魔族に触れた者は、今度こそ処刑を逃れえぬ。
そして、この地で魔王一族と人間の軍が矛を交えれば、もはや誰も無事には済まぬ」
その無慈悲な言葉に、娘達は再び震え上がる。
目の前には怒り狂った魔界の王子、後ろには自分達を処刑に来る教会と軍。
強大な魔力と強大な軍事力を持つ両者が衝突したら、いったいどれほどの戦火になるか。
そして教会は生き残った修道女を、地の果てまで追う。
どう考えても逃げ場がないからな。
「だがっ!
もし私の言うとおりに動くのであれば、お前達は助かる可能性がある。
教会から異端の責めを受けることなく、魔王一族の怒りを受けることもなく、この地を無事に去ることが出来るだろう。
平穏無事な明日を迎えられるだろう。
我らに協力せよ。それ以外、お前達が助かる方法は無いっ!」
助かる。教会の追跡から逃げれる。
その言葉に、修道女達の間には困惑と僅かな希望が広がる。
パオラがゆっくりと頷いた。
「分かったべ。
クレメンタインさん、何をすればええだ?」
刻一刻と近づいて来る小舟を気にしながら、クレメンタインは早口で指示を出した。




