第六話 怒
「お……俺じゃねーかっ!?」
瞬間、回りにいる全員の視線がコッチを見た。
次に、全員が画面と俺の顔を見比べる。
本当に穴が空くほどに、全員がじーっと俺を見つめてる。
「あーーーっっっ!!!」
驚きの叫びが大合唱。
開いた口が塞がらない。
そして映像と報道官の熱い解説が続く。
画面は勇者が剣を奪われ、指揮官に鼓舞された兵士達の総攻撃を受ける場面だ。
《ご覧下さいっ!
並み居る屈強な兵士達をもなぎ倒す恐るべき山羊の魔族、それに敢然と立ち向かう小さな修道女っ!
やはり少女の細腕では太刀打ち出来ず、剣を失います。
ですが、彼女の果敢なる挑戦は皇国兵士達を奮い立たせましたっ!
いざ、刮目せよっ!
神を讃える巫女と! 皇国を守りし兵士達が! 剣の舞を演じる様をっ!!》
炸裂する閃光弾。
画面を切り裂く光。
炎に赤く光る刃の列。
踊るように剣を避ける勇者。
逃げ回る俺……。
「まっ! まっ! まっ!……待てっっってんだよっ!!」
目が白黒、点になり、いや、そんなことはどうでもよくて。
俺が魔族なんだよ!
山羊頭は勇者なんだよっ!
あいつと戦ったのは成り行きで、修道女なんかじゃないし、別に人間を守るとかそんなつもりはないし、あいつは俺の情報を守るために殺したわけで。
が、俺の目的とか立場とか、完全に無視して映像が進む。
鏡がひときわ白く輝いた。
俺の『雷撃』が発動し、広場の半分を電撃が襲う。
ことごとく電撃に麻痺して倒れた中で、ただ一人倒れなかった勇者が、腹を光で貫かれた。
一斉攻撃寸前、必死に立ち上がった俺がパオラを抱きかかえ、教会へ逃げ込む。
そして矢が、魔法の炎が、銃の光が、投げ槍が、ありとあらゆるものが勇者へと投げつけられた。
耳をつんざく大音響が聖堂内を反響する。
あまりの光に眩しくて鏡を直視出来ない。
光と音が収まったとき、もうもうと立ちこめる土煙で何も見えなかった。
ただ報道官の、頭の血管が切れるんじゃ無かろうかというくらい力を込めた、早口の叫びが響く。
《こうして、かの穢れた魔族は塵へと還されたのですっ!
おお、なんという奇跡!
素晴らしきは神の加護!
美しきは人の輪!
神と人をつなぐは小さな巫女の愛!
これぞまさに! 神聖フォルノーヴォ皇国の! 我ら人間の力なのですっ!
魔王が何するものぞっ! 真実の信仰を胸に抱く我らの前に、いかなる悪鬼も抗うことかなうまいぞっ!!》
嵐のような喝采。
立ち上がり歓喜を叫ぶ人間達。
感動の涙が流れ、勇気を握りしめた拳が突き上げられる。
対して、聖堂内は沈黙。
全員がこっちを見てる。
俺の全身から吹き上がる怒気が、体内に凶暴な魔力を導いていく。
ほとんどの奴の足は、ゆっくりと一歩ずつ離れていく。
激怒する俺様の隣に立ちたい奴など、いるはずも、ねえだろうなぁ。
誰が、誰がだ。
愛、だ?
神の奇跡??
人間の力だと?
この俺が、魔王第十二子が、トゥーン=インターラーケン様が?
福音とかいう奴へ、真実の信仰を抱くってか?
人間共が魔界へ侵攻するのを助けるってのかよ!?
そんな俺の憤怒など気にせず鏡は映像を映し続ける。
報道官が再び両手を広げて騒然とした人々を静める。
《皆! 静粛に!
まずは、犠牲者への黙祷を捧げましょう》
室内の興奮は一旦静まり、叫び回っていた人々が胸に手を当てて祈りを捧げる。
しばしの静寂の後、再び報道官は熱く語り出した。
身振り手振りは激しさを増し、口からツバが飛ぶ。
《こうして、悪鬼たる魔族の悪行は阻止されました。
ですがっ! いつまた同様の悲劇が繰り返されるかは分かりませんっ!
やはり現実をみる能力もない連中が言う『人間と魔族の共生』など、夢物語だったのです!
鬼畜にも劣る奴らには、大地を慈しむ慈愛も命を育む優しさも無かったのです!》
魔族は心なき悪鬼、その言葉に賛同の叫びが上がる。
――やはり鬼畜共は皇国への薄汚い欲望を抱いていたんだ。
――長く侵攻してこなかったのは、我らを油断させるためだったか。
――罪無き人々を無慈悲にも殺して回るとは、その暴虐許し難し!
――誰だよ、奴らとの共存を考えるべきだなどと、ふざけた寝言を言ったのは?
――魔族討つべし!
――そうだ、神の加護を受けし我らに、恐るるべき何があろうか!?
――頭の悪い下等生物に正義の鉄槌を!!
そして興奮は『皇国万歳!』『魔族討伐!』の大合唱へとつながる。
報道官の発表は、そこで終わった。だが映像は続いている。
国歌を背景に流しながら、広場での戦闘を再び再生し始めた。
「これが、目的だったのですな」
「やられちゃった、みたい……だニャ」
後ろからクレメンタインとネフェルティの話し声がする。
怒りに身を震わせる俺を気にしないかのように、冷静な解説を加えてくれる。
「魔界侵攻への大義名分が欲しかったのですな。
そのために魔族の侵入と攻撃をねつ造したのです」
「でも、人間の神の教えからすれば、魔界侵攻に理由はいらないはずなのに……どうしてかにゃあ?」
「いっこうにアベニン半島へ侵攻しようとしない魔王軍のせいで、大きな戦乱が起きない平和な日々が続いたからでしょう」
「それは、人間達による要塞への死兵投入のせいだよ?」
「それもあります。
ですが、一番の理由は、魔王陛下が無意味な戦乱を嫌ったためです。
死兵投入以前から、魔王軍は一切の侵攻を止めていたのですぞ。
どんな挑発にも乗らずに、ずっと専守防衛を貫いていたのです。
人間達は、東西に巨大な要塞まで築いた魔王軍が、まさかこんな長期間に渡って戦線を動かさないとは想像しなかったのでしょう」
「そっかぁ。
いつまで経っても侵攻してこない魔王軍と、わざわざ大きな戦争をする必要はない……神の教えに反しても、そう考え初めても不思議はにゃいね」
「そうですな。
それに、過去を記した書物を禁じ、魔族と暮らした日々の伝承を封じたとしても、真相は消しきれません。
この修道院の神父と修道女のように、過去を知る老人達が語るおとぎ話のように。
恐らく、『教会の教えは偽りだ、魔族と共存すべきだ』と唱える、言うなれば和平推進派が台頭してきたのでしょうぞ」
「当然だニャー」
「これに業を煮やしたのは主戦論者達。
そして、魔族を敵視することで自らの正当性と権勢を高める教会。
このままでは、せっかく山脈を貫く大トンネルまで掘ったのに、『インターラーケンを足がかりにしての大規模な魔界侵攻作戦』が支障をきたす……というほどかどうかまでは分かりませんが、それでも和平派が力を伸ばしていたのでしょう」
「だから勇者に魔族のふりをさせて、村や町を襲わせたんだニャ。
ついでに、この修道院もやっちゃった」
「そうですぞ。
全ては国民を戦争へ向けさせるための情報操作であり、猿芝居だったのです」
「……あにゃっ!?
すると、もしかして、勇者のインターラーケン侵入は、あたし達を誘い込むための挑発!?」
「そこまで深く読んでいたかは分かりませんが、ともかく我らの侵入は、まんまと利用されてしまったのですぞ。
それにしても、これが『勇者の情報は人間界でも秘匿される』理由だったのですな」
「てゆーと?」
「勇者とは、最強の兵士とか、切り込み隊長とか、そんな単純な存在ではなかったのです。
汚れ役を担っていたのですよ。
暗殺や破壊工作、それも同族たる人間に対して行う存在だったのです。
こうやって情報を操作し、誤った魔族像をねつ造し、反対派を秘密裏に粛清する。
道理で公にできぬわけですぞ」
「え、えげつないニャあ」
「おまけに知ってか知らずか、トゥーン殿が修道服で変装していたため、戦意高揚に利用されてしまいましたな。
ですが、この修道院を襲撃したのは……」
クレメンタインの言葉は途切れた。
それ以上何かを言えば、肩越しに振り返る俺が、力ずくで黙らせていただろう。
今の俺には、もう自分を抑えることが難しい。
暴走寸前にまでなった魔力ラインが、制御仕切れない。
「トゥ……トゥーン、殿……ま、魔力が……!?」
「あ、あらら、怒りすぎて、魔力が溜まり過ぎちゃったニャ」
そうだ。俺の魔力ラインは完全に回復した。
さっきまでは爪が僅かに青みがかっていただけだった。
だが今は指も、手も、腕も、足も、完全に青黒く染まっている。
体内に満ちあふれた魔力が描く模様は、業火のように暴れ回る。
のみならず、もう体に収まりきらず、周囲に漏れ出し始めてる。全身を青黒い霧が覆うかのように。
魔力は意志の力で生まれる。
余りに激しい怒りが、この一瞬で、空っぽだった俺の魔力を、フルチャージさせてくれやがった。
人間達は既に大きく離れてる。
まだ近くにいるのはネフェルティとクレメンタイン。
その間にいるリアが、逃げようかどうしようかとオロオロしてる。
「ぁ……あのぉ、そのぉ……。
トゥーン、様ぁ、おぉ、お気をぉ、たぁ、確かにぃ……」
「……て、行け」
「……えぇ?」
おずおずと、そしてビクビクと声をかけてくるリア。
俺は、必死で爆発しそうな感情を押し殺した、震える声で答える。
「さっさと……出て、行け」
「あのぉ、トゥーン様ぁ、落ち着いてぇ」
「トゥーン殿、ま、まずは話を」
クレメンも俺をなだめようとする。
だが、もう、限界だ。
「早く、出ろ……死にたいかっ!
全員っ!! 出て行けえっ!!」
人間もエルフも妖精も、姉貴も大慌てで聖堂を出て行く。
誰もいなくなった、瓦礫と死体が転がるだけの空間。
魔力が、溢れる。
体から漏れた青黒い霧が、周囲を回転し始める。
純粋な魔力の流れに巻き込まれて風が、塵が、舞い上がる。
術式を与えられず、暴走しだす魔力を、それでも一方向へ向ける。
聖堂正面に高く掲げられた、鏡へ。
薄汚い陰謀を賛美する恥知らずの人間へ。
例の陣地で整列する、俺の変装に騙された愚か者共の姿へ。
嘘を並べ立て、真実を隠し、富と権力をどん欲にかき集める、底なしの欲張りへ。
「うおおああああっっ!!」
右腕を突き上げる。
怒りが生み出した魔力が、己の敵を求めて猛り狂う。
純粋な、単純な力へと変換される。
聖堂が、震えた。
聖堂正面の壁は、吹き飛んだ。
建物を形作る石組みがバラバラになる。
鐘楼は支えを失い崩れ落ちる。
アーチを描いていた天井が、屋根ごと一気に落下する。
舞い上がる粉塵が島を包む。
大音響が湖を飛び越え、山にこだまする。
風が土埃を流し去ったとき、聖堂は無かった。
外へ逃げ出した連中はホコリを被って土だらけ。
「――ゴホゴホォッ!
とぅ、トゥーン様ぁ、どこですかぁ!?」
「トゥーン殿ぉ!ご無事かっ!?」
パラパラと落ちてくる細かな破片の雨の中、全身に被ったホコリを払いながらも名を呼ぶのは、リアとクレメンタイン。
そして後ろからはパオラとネフェルティの声もする。
「ご、ご無事だか!? 返事してくんろー!」
「トゥーン君、ちょっと落ち着きにゃよ~、短気は損気だよ~」
それらの声は、ちゃんと聞こえている。
俺は、崩れ落ちた聖堂の瓦礫の中、しっかりと立っていたからだ。
聖堂を一瞬で瓦礫の山に変えることも、頭上に降ってくる破片を全て弾くことも、今の俺には容易い。
今の一撃で放出した魔力すら、瞬時に回復させてしまった。
そうだ。
これこそが俺の力だ。
魔王第十二子、魔界の王子、トゥーン=インターラーケン様だ。
四肢に踊る魔力ライン、ようやく復活だ。
眼前に右拳を握りしめる。
「見てろよ、人間共め……!
散々コケにしてくれやがって!
今から、たっぷり礼をしてやるぜ、首を洗って待っていろぉっ!!」
これにて第十三部も終了です。
第十四部投稿ですが、今回はいつもより間を空けさせて頂かざるをえません
二週間くらいの予定ですが、どうぞご容赦を